3.召喚したくてしている訳じゃあないんだね
「お待たせしました。
準備が整いましたので今回の召喚に関する説明とギフトの確認をいたしますね」と言いながらヒュゲリアが席に着き、後ろからついてきた若い神官姿の男がその前に何やらクッションの上に安置した水晶のようなものを置いた。
「ちなみに、神の招かれ人とさっき言っていましたが、一体何が起きているのです?
自分の世界の神の存在すら信じていないのに、勝手に違う世界に呼び出された上に存在すら知らない神の『招かれ人』だと言われてちょっと困惑しているのですが」
煌姫が尋ねた。お上品そうな優し気な声なのに皮肉を滴らせるという器用な真似をしている。
流石生粋のお嬢様。
そう。
煌姫も隆一も無神論者なのだ。神の存在自体を信じてもいなかったのに異世界の神に誘拐されるなんて、想定外過ぎた。
幾ら柵を捨てて新しいスタートを切りたいと漠然と考えていたとしても、日本人で便利な現代社会を捨てて異世界に行きたいとまで考えているのは中二病な少年少女以外はほぼいないだろう。
こちらに来る前に神との話し合いを行って条件に合意した訳でもないのにここに召喚されたのは、誘拐以外何物でもない。
お茶を3つのカップに淹れ、毒味を兼ねてか先に一口飲んで見せてからヒュゲリアが二人の方にお茶を差し出してきた。
「どうぞお飲みください。
今回の召喚では色々驚いたと思いますが、まずは何故この世界で召喚が行われているかを説明しますね。
この世界では『陰』と『陽』の2種類の存在力が常に生じ続けていて、それが世界を動かしています。
世界の仕組みですので実際には色々複雑に相互作用しているのですが、簡単な現時点での理解としては『陰』は魔力のようなエネルギーによる力、そして『陽』は物理的な存在や力だと考えていただければいいでしょう。詳しい事を知りたい場合は神殿や王都図書館に色々と資料がございますのでそちらを閲覧になって下さると良いと思います」
どうやらこの世界にはある程度一般の人間でも使える図書館があるようだ。
もしくは彼ら召喚された人間や、貴族階級以上の人間のみが自由に使えるのかもしれないが、どちらにせよ隆一にとっては自分で好きに調べられるというのはありがたい。
「魔力は魔法を行使することで消費されますし、魔物が吸収することで世界に漂う魔力が凝固して魔石という固形化され使用されやすい形になり、それが魔道具に使われることで魔術が極端に発達しすぎた時代を除き、『陰』はほぼ問題なく循環した均衡状態を保っていると言われています。
しかし『陽』は、人間やその他の生物の創造によって消費されるだけなので中々増やせない為に『陰』とバランスが保てていないのです。
戦争や疫病、自然災害で人口が減ってしまうこともあるので、どうしてもこの世界は物質の存在力はエネルギー過多に陥りやすいのです。
国を富まそうにも、人口を増やすために周りの森林等を伐採しすぎて物質エネルギーの消費量を減らしてしまうなんてことも過去にありましたし」
老女の説明を聞きながら隆一はお茶に口をつけた。
どうせ最初は一切の飲食物や衣類を相手に頼らざるを得ないのだ。
相手が毒や薬を出すつもりだったらこちらに出来ることはどうせない。
『陽』と『陰』。
隆一の記憶では確か中国の思想では『陰』の方が物質で『陽』の方がエネルギーと考えられていたはずだが、まあ世界が違うのだ。ロジックが違っても不思議はあるまい。
とは言え、物質が消費されないせいで『陽』がエネルギー過多になるというのはちょっと意外だったが。
つまり、『陽』の存在力とやらは常に生じ続けていて、それは物が発生する時に消費されるのだがその消費が足りないということのようである。
根本的な真理が違うと、科学的な原理とかも適用されないのだろうか?
魔法とやらがあるみたいだから科学を超越した作用は確実にあるのだろうが、水が100度で水蒸気になるとか、磁石とコイルで発電できるといったような原理はこの世界でも通用するのか、実験してみたいところである。
「そのような『陽』の物質の存在力過多を解消する為に、この世界の神は『陰』と『陽』のバランスが崩れそうになってきたタイミングで神託によって異世界から人の召喚を行うよう指示を出すのです。
我々にしても 関係のない世界から人を呼ぶというのは心苦しいですし、召喚した人の扱いもそれなりに難しいのですが・・・世界の存続の為に神に命じられたことですので従わないわけにはいきません」
どうやら現地人にしても召喚したくてしている訳ではないようだ。
召喚された方だって来たくて来た訳ではないということをちゃんと理解しておいてくれれば構わないが、召喚したほうも実は内心ウザいと思いつつ召喚しているとは・・・ちょっと切ない。
「異世界から人を召喚するとこの『陽』の存在力が消費されるのか?」
イマイチ想像がつかないが。
隆一が妹に付き合って読んだラノベの知識では召喚は魔力、つまり『陰』を消費しそうなものだが。
ヒュゲリアが隆一の問いに頷いた。
「はい。
召喚においては、神は我々が準備した召喚陣を使って条件にあった異世界の人々を探し、その魂をこちらへ写してその体を創造するのだと言われています。
招かれ人の体を創るのに膨大な物質の存在力が消費されるのだと我々は教わっています」
「・・・私たちは元の世界に居るオリジナルのコピーなの?」
煌姫が微妙そうな口ぶりで尋ねた。
突然愛娘が行方不明になったら家族が苦しむだろうからそれが無いのが良いが、結局元の世界に『煌姫』が残っているのだったらあちらのオリジナルが自分のしたい道に進む為に子供を産まねばならないという状況は変わらないことになる。
自分の存在を最初からなかったものとして抹消されるのも、突然行方不明になるのもあまり有難い事ではないが、逃げ出したいと思った状況がそのまま元の世界の自分にとって残っているというのも微妙な心境なのだろう。
「そうです」
「なるほど。
本人がこちらに転移してきている訳ではなく、魂を写して体を新しく創っているから突然人が姿を消す動画が存在しないわけなのか」
魂をコピーできると言うのもかなり微妙な気がするが、神様だったらそういうことも可能なのだろう。
「招かれ人の元の世界においては召喚そのものが起きていなかったことになっていると伝わっております」
隆一の独り言にヒュゲリアが答えた。
世界がどのくらいの数があって、召喚がどのくらい起きているのか不明だが、隆一たちが唯一の召喚ケースでない限り動画に何も出ていないのは不思議だった。
まあ、最近の映像加工技術だったら召喚陣を出して人が消えたかのようなCGモドキを作成するのも難しくないだろうから、愉快犯の映像と本物がごっちゃになって収拾がつかなくなっているだけなのかも知れないが。
「物質力を消費したことで我々をこちらに招いたことで目的は達せられたとのことですが、我々の扱いはどうなるのです?」
煌姫にとってはそちらが気になるらしい。
この世界が物理的な暴力の脅威性や出産の難しさから中世的な世界にありがちな男尊女卑な社会なのかは不明だが、確率的には立場の弱い女性は権力者に性的に搾取される可能性が高いだろうから異世界人の扱いは重要なのだろう。
「いくら招かれ人が柵を捨てたいと思っていた方々で、潜在的に望んでいたことが出来るようなギフトをこちらで賜れるとしても、全く見も知らぬ世界に来ることになると言うのは招かれ人達にとって大変大きな犠牲であるということは我々も理解しております。
ですから、一軒家に使用人を一人から二人雇って暮らしていける程度の生活費は招かれ人の生涯にわたって支給されます。
勿論、大抵の招かれ人の方々は成し遂げたいことがあるからこそこちらにいらしていますし、色々と商業的に価値のある知識をお持ちの方も多いので経済的支援は必要が無くなることも多々あります。不要になった場合はこの生活給付金を『異世界人基金』に寄付されるのも可能です」
こほりと小さく咳払いをしてから、ヒュゲリアが答えた。
『異世界人基金』とは・・・なんとも微妙なネーミングだ。
子供が出来なかった異世界人や、自分の子孫にあまり莫大な財産を残さない方が良いと思った異世界人が将来自分と同じ立場になった人間の役に立つように基金に残したというところなのだろうが。
「やりたいと希望してこの世界に来た事が出来るように、ギルドへの入会、ギフトやスキルの習熟への手助け、研究所への紹介といったことでも国が招かれ人を援助いたします。
また、日常の生活に問題が出ないように、そしてこの世界に馴染みのない政治思想や新しい商品の売り出しで社会に大きな軋轢が起きないよう、そういった新しいアイディアに関する相談や根回しをする為に秘書のような役割の神官も我々の方から派遣いたします。
この秘書役は招かれ人の周りで問題が起きないようにするための重要な役割ですので、相性が悪くて忌憚なく話し合えないと感じられたら何回でも人を変えますのでおっしゃってください」
ヒュゲリアが続けた。
招かれ人による社会的変化をできるだけ抑えようとする為の人材も提供するシステムになっているようだ。
招かれ人を隔離するのではなく、根回しをして必要ならセーフティネットを手配した上で新しいアイディアを世界に出させてくれるのだったら、まあありがたいと考えて良いだろう。
既存権益を侵害する際の軋轢を神殿が派遣した秘書役の人間が請け負ってくれると考えて良いかも知れない。
現代地球の先進国から貴族制度の世界に来たら、議会民主主義に変革するべきだと主張する人間が出て来ても不思議は無い。
反対に奴隷制度が普通な社会から来た人間とかだったら社会的弱者に対して非常識な行動をとることだってあるだろう。
・・・そう考えるといくら神が関与しているとは言っても、もう役割の済んだ招かれ人にそこまで自由が許されるのって意外な気がする。
「私たちが最初に来た部屋で『聖女様』と声をかけてきた女性がいましたが・・・『聖女』や『勇者』みたいな外部の敵と戦う戦奴的な扱いはないのですね?」
よりはっきりと確認を求めた煌姫の声はちょっと尖っていた。
『聖女』なんて、アクセサリー作りに打ち込みたい煌姫にとってとんでもなく迷惑な役割の押し付けだろう。
が。
ヒュゲリアの返事は想定からかなり斜め上にずれていた。
「招かれ人は戦闘を含めた全ての分野でこの世界の一般的な人に比べて上達が早いので、以前は魔物や他国との戦いに利用しようとした権力者もいましたが・・・そのような者の多くが天罰で死んでいることが明らかになってきてからは基本的に招かれ人を戦いの旗頭に使うようなことは無くなりましたのでご安心ください」
マジ???
招かれ人を『勇者』とか呼んで利用すると神様に殺されるの???
思わず隆一は驚きを隠せずにヒュゲリアを凝視してしまった。
勝手に何も言わずに隆一たちを誘拐してきた割に、意外とこの世界の神様はアフターケアに注意を払っているようだ。
「この国では100年近く召喚の順番が回ってきていなかったのですが、前回召喚された女性が魔物に人類が駆逐されかけていた世界から来た人物で・・・魔物と戦うことを熱望していたのです。その方は自ら強く希望して魔物との戦闘の最前線にその身を置いて活躍した為、その女性の癒しの能力と魔術による殲滅力から『聖女様』とおとぎ話のように話が伝わってしまいました。
神殿としては招かれ人をそのように神聖視することは本人にとっても周りにとっても好ましくないと抑制するよう努力しているのですが・・・招かれ人を迎えた人間にそのような言動をする者がいたなど、問題外ですね。何が起きたのか確認して是正しておきます」
ヒュゲリアが眉をひそめながら付け加えた。
「ちなみに、神罰で権力者が死んだというのは?」
口ぶりからすると異世界人と神罰の関係がすぐにはっきりとはしなかったような感じだが。
「招かれ人はある意味、この世界の存続のための犠牲者です。
ですから彼らを殺すことは神が許しません。
招かれ人を殺した人間、殺されるような状況に追い込んだ人間、もしくは自殺に追い込まれるような状況をつくったり座視したりした人間は神によって罰せられます。
直接殺したり自殺に追い込んだら天罰が下ることは以前から分かっていましたが、勇者が亡くなる場合というのは大抵王都などから遠く離れた場所になるため、死の情報が正しく流れてこなかったりすることもあり、王や宰相の死が天罰であると気付かれなかったことがあったのです」
煌姫が首を傾げた。
「我々の世界で天罰というと、有名な話だと雷に打たれるとか塩の塊に転じるといったような通常ではありえない死に方をするので周りの人間がタイミング的に心当たりがなくてもそれなりに露骨に天罰だと分かる状況になるのだけど・・・こちらでは違うの?」
海外の一神教の天罰は派手だが、日本の神による呪いとか祟り系の『天罰』だと単に病気になるとか転んで首の骨を折るとかいうのもあったはずだが、どうやら煌姫はそちらのことは考えていないらしい。
まあ、日本の800万もいるような神が異世界から人を召喚できるほどのパワーを持っているとはちょっと考えにくいし、ヒュゲリアの口ぶりではこの世界は単神らしいので一神教の神話を参考にするのが正しいのかもしれないが。
煌姫の言葉にヒュゲリアは肩を竦めた。
「他の招かれ人からの話からも、天罰というのは色々と種類があるようですが・・・この世界では単に心臓が止まって死ぬだけです。
ですから招かれ人を直接殺した場合は、殺して直ぐに殺人者も倒れて死ぬので天罰だと分かりやすいのですが、遠隔地で死亡した場合ですと単なる普通の心臓麻痺や卒中との違いが分かりにくいのです。
試行錯誤の末、ここ数百年は神殿が全ての招かれ人の死亡日時を正確に記録し、同じタイミングで亡くなった人がいた場合は天罰である可能性を確認することになっています」
なるほど
だから招かれ人の扱いが良いのか。
招かれ人を殺しても自殺に追い込んでもダメとなると、常識が違う招かれ人が法律や常識を破っても罰しにくくて、色々と不便そうでちょっとこちらの世界の人に同情を感じるが。
「殺せないしうっかり自殺に追い込むことも出来ないとなったら、それを利用して招かれ人に革命を起こすよう唆す人も出てくるのでは?」
なんと言っても自殺に追い込めないというのはかなり幅が広い制約だ。
革命に失敗して仲間が全部逮捕され、首謀者が死罪にされて自分だけ招かれ人だから処罰を緩くしても自殺してしまう招かれ人だっている可能性はそれなりに高そうだ。
最後の嫌がらせとして『諸悪の根源を懲らしめてやる』とでも考えかねない気がする。
ヒュゲリアがため息をついた。
「招かれ人の知識と共に、その対応の難しさは常にこちらの世界の権力者と神殿にとっての悩みの種でもあります。
様々な試行錯誤の末、現在では招かれ人は社会的権力の流れから外れた存在として、出来るだけ一般市民として平和に平凡な一生を生きていただくことへ可能な限りの援助をすることになっております。
突出した知識や技術によって大成すると権力者との付き合いが必要になってくることも多いのですが、基本的に政治権力へは無防備には近づけず、また変な特別扱いをすることで招かれ人に『己は特別な人間である』と感じさせぬよう努力しています」
「政治的権力に近づけないとは?」
隆一としては、孤児院の設置とか教育制度の普及など、無いのだとしたら広めたい制度も一応ある。
ちゃんと世界が回っているのだったら手を出すつもりは無いが、孤児に対する教育やちょっとした生活の保護が無い事で子供が社会の底辺から抜け出せないような状況なのだとしたら少しは手助けしたい。
政治権力に近づくのを止められてしまうのでそういったことを行えないとしたら・・・それは業腹だ。
「基本的に、5位程度までの王位継承権ある方は招かれ人と個人的に親しくなることが禁じられています。パーティなどでの立ち話を除き、王位継承権のある方と招かれ人が話し合う場には必ず神殿の人間が証人として参加させていただくことになっています。
また、この世界の一般常識をお教えする際にこの世界で権力の座に就いた招かれ人の末路に関しても詳しく情報を提供させていただいております」
ふぅっと小さく息を吐きながらヒュゲリアがお茶のお代わりを注いだ。
後ろに立っている若い神官はお茶くみとかしないようだ。
神殿のお偉いさんと言ってもヒュゲリアは身の回りのことは部下にやらせないタイプなのだろうか。
もしかしたらあの若い神官は秘書ではなく護衛なのかもしれない。
「末路とは随分と不吉な言葉ですね」
そんな隆一の言葉にヒュゲリアが苦笑した。
「基本的に、招かれ人とは柵に嫌気がさして半ば世捨て人になろうと思っていたような人物が多いのです。
ですから権力を振るうよう教育されてきた人間は少なく・・・権力を握った後に『神に守られているから殺されない』という考えに実感が湧いてくると、残念ながら王権神授説に傾倒するようになってしまうようなのです。
元来は良心的で周りの人のことを考えて革命を起こした人でも、国の統治は綺麗事だけでは動きません。
招かれ人で権力の座に座った方は、清濁を合わせて飲むのを最後まで拒否して国を滅ぼすか、泥に慣れ過ぎていつの間にか権力に溺れ堕落してしまい最終的には天罰を下されてしまうかのどちらかに、ほぼ全て当てはまってしまっています。
神は招かれ人を死なせることを許しませんが、招かれ人が無辜の人を大量虐殺することも許しません。
権力を握った後に正当な理由なく国民を弾圧して彼らの死をもたらした場合は、招かれ人にも天罰が下るのです。
まあ、革命を起こし、現実的かつ近代的な政治制度をいくつか制定した後に信頼できる貴族に王座を譲って姿を消した招かれ人も数人はいますが」
なるほど。
『神に守られている』なんて思った人間が慣れない権力なんて握ってしまったら、全能感が頭にいって変な方にぶっちぎれてしまう可能性が高いのだろう。
英語のことわざで、Power corrupts, absolute power corrupts absolutelyという言い回しがある。
『絶対的な権力は絶対腐敗する』という内容だが、これはどうやら違う世界からの異世界人でも同じように当てはまるようだ。
隆一は政治的活動をする気も正当防衛以外で人を殺す気もないから関係ないが。
しっかし。
確かにこれだけ面倒なことになるなら、こちらの世界の人間が異世界人を召喚するのを本心からはありがたく思っていないのも理解できる。
新しい技術が来るのはありがたいかもしれないが、新しい技術とは下手をすると既存権力である貴族の資金源を潰しかねないし、急激な生産性の向上は社会における富の分配を歪め、既存の権力構造に負荷をかけることになる。
そう考えると単純な兵器として使えないとしたら異世界人なんて邪魔なだけなのかもしれない。
どうせなら召喚しなくて済む世界をデザインすればいいのに、何を考えているんだろう、この世界の神は。
兵力や戦奴として召喚されるのは困りますが、内心では来て欲しくもないのに召喚されるのも微妙ですね~