26.今度は実験台:ゼルガン
迷宮に潜るためにはパーティの各メンバーが己の役割をしっかり理解し、お互いの弱みをカバーするように動くことが重要だ。
何も考えない脳筋な物理職だけのパーティが比較的安定して迷宮に潜れるのは中層上部程度までであり、またたとえ魔術師がいたとしても持ち込めるポーションの量が他の補給品との兼ね合いで限られてしまう為、回復師なしのパーティではどうしても下層の上部程度が限度になってくる。
ゼルガンのパーティは幸いにも比較的早い段階に魔術師を加えることが出来たので中層までは安定して潜れるが、回復師がいない為にそれより中層部下部に潜ろうとして最近はちょっと行き詰っている。
そんなパーティにおけるゼルガンの役割は盾も兼ねた堅めな前衛。
もう一人の前衛と交代で魔術師を守りながら戦う。
お蔭でそこそこ怪我を負うことが多く、今日も探索者ギルドで回復師の見習いが来ることを期待しながら時間を潰していた。
今回は裂傷だけなので、夜になるまでに見習い回復師の練習台になれなかった場合は傷が膿まない程度に劣化して安くなったポーションを掛けて表面だけを癒し、後は本調子になるまで中層の上部近辺を周回することになる。
中々腕が良く、しかも比較的頻繁に練習に現れたリュウイチという回復師が一人前になってしまって無料で練習しに来てくれなくなってしまってからは探索者ギルドで待っていてもあまり期待通りな結果にならない事が増えたのだが・・・今日は久しぶりにリュウイチが練習台を求めて姿を現した。
「スライムの素材を使った新しい回復薬の試作品を試したいので誰か実験台にならないか?
上手く治らなかった場合はちゃんと回復するから、痛いかも知れないが安心して欲しい。
切り傷が多めで、出来れば古い傷跡がある者を求めている!」
ギルドに入ってきて声をあげたリュウイチに、ゼルガンが慌てて手をあげて近寄った。
「はいはいはい!!!
切り傷沢山、傷跡も山ほどあるぜ!!!」
こちらを向いたリュウイチが呆れたように眉を上げた。
「ゼルガン、またあんたか。
いくら前衛職とは言え、ちょっと怪我を負いすぎじゃないか?
まあいい。多少痛みがあると分かっていて実験台になると言うのならあんたの自由だ。
奥でやろう」
くいっと顎で奥の小部屋を示しながらリュウイチが動き出した。
やったぜ!
・・・練習台ではなく実験台と言われたところがちょっと怖いが。
「脱げ」
小部屋に入ったゼルガンに、リュウイチが指示した。
「なんかすっかり遠慮がなくなったなぁ。
慣れたからって恥じらいを捨てる必要はないんだぜ?」
冗談を言いながら服を脱ぎ始めるゼルガンをよそに、リュウイチは机の上に何種類ものボトルとガーゼを出して準備を始めた。
「ふむ。
先に丸洗いしておく方が無難か」
リュウイチがそんなことを呟いたと思ったら、突然頭からバサッと水を掛けられた。
「うわっとぉ!
急に冷たい水をかけるなよ!!」
「男だろう、軟弱なことを言うな。
これで体を乾かしてくれ」
大きめな端切れを渡されて体を乾かしている間、リュウイチは丹念にゼルガンの体を調べ始めた。
「ふむ。
この古傷は良い感じに盛り上がっているな。
ここだったら少し腕の動きにも支障が出ていたんじゃないのか?」
左腕の上腕部に残った傷跡を示しながらリュウイチが聞いてきた。
「あ~、どうかな?
もう慣れたし」
左腕の傷跡は探索者になって最初に死にかけた時の怪我のものだった。
金がなくて他の部分を治療するのが精一杯だった為、骨にも重要な筋にも届いていなかった左腕の傷は膿まないようにだけ最低限の治療をして放置した。
あの頃は大剣を両手で振り回していたので左腕は補助的な感じだった。
その後、基礎能力が上がって大剣を片手で振り回せるようになってからは左腕に盾を持つようになったが、特に不自由は感じていない。
「よし。
まずは比較対象として普通のポーションをつけよう。
で、こちら側には試作品だ。
ちょっとピリピリするがこの砂時計が落ち終わるまで我慢しろ」
そんな言葉と共に、ポーションをしみ込ませたガーゼを傷痕に充てられた。
「痛え!!!
何だよこれ、びりびりする!!!」
痺れるような痛みが腕を包み込んだ。
燃えさしを押し付けられた様という程ではないが、ガルザン(カニ型の大型魔物)のハサミにガーントレットの上から挟まれた時ぐらいの痛みを感じる。
「何か問題が起きたら責任を持って治すから、我慢しろ。
取り敢えず、砂時計が落ち終わったらどけるから見ておいてくれ」
そっけなくそう答えたリュウイチは別のボトルからポーションをガーゼにしみ込ませて、今度は脛にあった裂傷に張り付けた。
今回も何故か2枚のガーゼに2つのボトルから出したポーションをしみ込ませている。
そちらは痛くはなかったが・・・暫くしたら痛くなるのかとちょっと心配になる。
びりびりする痛みを耐えながら砂時計の砂が落ちるのを必死の思いで見ていたゼルガンは、それが終わりそうになった瞬間に声をあげた。
「ほら、落ち終わったぜ!
どけてくれよ!!!」
リュウイチはちらりと砂時計に目をやって確認して、ガーゼをどけてくれた。
「ふむ。
普通のポーションでも微妙に傷痕が薄まっている感じだな。
ちなみに、痛みは残っているか?」
「いや、無いけど・・・」
ガーゼが当てられていた左腕を見て、思わずゼルガンの声が途切れた。
手のひら位の長さ程あった傷跡が、半分ぐらいに減っている。
「鑑定」
そんなゼルガンをよそに、リュウイチがじっくりと傷跡を睨みながら鑑定をしていた。
古い傷跡なぞ鑑定して、何の意味があるのか分からないが。
だが、砂時計が1回落ちる程度の痛みを我慢したら傷跡が薄れるのだったら、この治療を望む人間は多いだろう。
女の探索者は傷跡が残ることを嫌がるし、男でも傷痕で人相が悪くなると迷宮外での依頼を請けにくくなる。
ちょっとびりびりした痛みを耐えるだけで人相を改善できるなら十分やる価値はあるだろう。
そんなことを考えていたら、リュウイチが満足したように頷き、何やらボトルからポーションを再びガーゼにしみ込ませて左腕に再び張り付けた。
「うぎゃあ!」
「よし!残りの部分も治してしまおう。
砂時計が落ち終わったらまた声をかけてくれ」
「痛えよ!!!
先に一言警告してくれよ!!!」
「痛みなんぞ、慣れればどうということは無いだろ。
我慢しろ」
そっけなく苦情を跳ね除けたリュウイチはそのままあちこちの傷にポーションをしみ込ませたガーゼを張り始めた。
「こちらは普通のポーションと同等程度に治癒完了」
「お、こちらは普通のポーションよりいい位か?」
「こっちはちょっと足りない気味という感じか」
等と呟きながらガーゼを順番に剥がし、また別の場所に貼るのを繰り返す。
「砂時計が終わったぜ!!
どけてくれよ!!」
というゼルガンの嘆願に左腕のガーゼが外された。
「ほおう。
綺麗になったもんだな。
鑑定」
最初にびりびり痛いガーゼが載せられ、再び他の部分と一緒に痛い思いをした個所はすっかり傷が無くなって平らで白い肌が露わになっていた。
先ほどは痛くないガーゼを張られた部分はまだ傷跡が薄っすらと残っていたが、かなり薄い。
「ふむ。
これって回復で治せるのかね?
回復」
そう呟き、リュウイチが回復を掛けたが・・・特に変化は現れなかった。
「やはり、傷跡が治っていると回復を掛けても変化は殆ど起きないな。
よし、ついでだから完全に綺麗にしてしまおう!」
そう言ったリュウイチはまたもや痛いガーゼを乗せて砂時計をひっくり返した。
ビリビリとかジンジンした痛みって段々辛くなりますよね。




