2. お互いのホンネ
「酷いな。
せめて家業の後継者候補の一人とでも言ってくれ」
思わず異議を申し立てる。
こんな誘拐されたのか夢を見ているのかよく分からない状況で細かいことに拘っている場合ではないとも思う。
だが、これが夢や幻覚ではなく妹が生前に読んでいたようなラノベの『召喚物』な状況で煌姫が『聖女』なんて言う存在だった場合、もしも自分がアクシデント擬きなオマケ扱いされるのだったら、巻き込みに対する賠償金の金額だって単なる使用人と後継者候補ではかなり違ってくる可能性がある。
ここはしっかり自己主張しておかないと後の生活に大きくかかわりかねない。
しっかし。
召喚陣が浮き出て人が行方不明になるとか、クラスまるごと学生が姿を消すなんて事件はラノベでは良くあったが現実では動画も何も存在しないのだから、異世界召喚なんて欲求不満な若者の妄想だと思っていたのだが・・・本当に起きるとは。
隆一たちの場合、確実にプロポーズの場面を撮影していた人間がいるはずなので、今頃YouTubeにアップロードされているのだろう。
神の力か何かで二人の存在がいきなり無かったことにされている可能性もゼロではないが。
召喚者側の人間はいきなり険悪な雰囲気になった隆一たちに戸惑ったようだったが、部屋の正面っぽい所に立っていた老女がパンパンと手を叩いたことで言い合いが中止になった。
「神によって招かれた方々はどなたも皆、柵を捨てて新しく道を拓くことを願った者と聞きます。
こちらの世界に来ていただくことで既に招かれ人としての役割は果たしていただき、代価としてギフトを受け賜っている筈ですが、まずはもっと居心地のいい部屋で椅子に座って説明をさせて下さい。
こちらへどうぞ」
扉へ二人を誘った老女の後を続きながら、一瞬隆一と煌姫と目があった。
見合い結婚とは言え、既に合意されていた結婚のプロポーズの現場で当事者の男女両方が柵を捨てて異世界にて新しいことをやりたいと願っていたとは・・・なんとも皮肉だ。
「私は神殿長のヒュゲリアと申します。
ただいまギフトとスキルを鑑定する神具とお茶をお持ちしますので、少々お待ちください」
10人前後用の会議室のような部屋に案内されて、椅子に座るように指示して老女が自己紹介をしたのちに部屋を出て行った。
ソファではなく会議室というのはちょっと意外かもしれない。
『既に招かれ人としての役割は果たした』とか言っていたから、二人の扱いってかなりビジネスライクな感じになるのだろうか?
最初のきゃぴきゃぴした声はもっとラノベ的な『聖女』への呼びかけに近い感じだったが・・・。
妹に言われて隆一が読んだラノベだと王女か王子が出てきていたが、先ほどの若いのはそういう感じではなかった。
そんなことを考えていたら、椅子に身を預けた煌姫が皮肉げに右眉を上げてこちらに声をかけてきた。
「逆玉結婚の何が気に食わなかったの?
世界を捨てたいほど嫌なのだったら断れば良かったのに」
隆一は自分も椅子に腰かけて、肩を竦めた。
「妹が死んだことが実感できて、これから何を目標に生きていけば良いのかと茫然としていた時に会長に声を掛けられたんだ。
跡継ぎ作りに協力してくれたら好きなように研究させてくれるし、教育に関して協力さえすれば離婚になっても親権は認めるって言われてね。
まあ、煌姫も噂で聞いていたほど酷い人間では無いようだったし、恋愛結婚の相手を探す程の興味は無かったんで合意したんだが・・・流石に共同作業である結婚に対して、最初からパートナーがやる気ゼロじゃあ結婚が上手くいくと思えるほど楽観的ではなくってね。成功の確率がゼロな家庭じゃあ生まれてくる子供が可哀想だろう?
今日の不機嫌丸出しな煌姫の装備を見て、どうやってこの段階からキャンセルするかと頭を抱えていたんだよ。
禿デブ成金のとこの新年パーティに無理矢理行かされた時と同じアクセサリーなんて、希望が無すぎだぜ」
別に、研究予算なんぞ同業他社から幾らでも誘いは来ていたのだ。
というか、妹が死んだ今となっては研究に対して以前の様な身を焼き尽くしてもやり遂げようという熱意は感じないし。
そう考えると、家族が欲しいという漠然とした自分の個人的な願いの為だけに子供を作るのは自己中心的過ぎないかと思えたのだ。
「あら。
真面目に家族として暮らすつもりだったの?」
意外そうに煌姫が聞いてきた。
「当然だろう。
結婚しているのになんだってわざわざ愛人を外に囲う必要がある?
俺は真面目に仕事をして、ワークライフバランスにも気を配って育休とか取りまくる育パパになるつもりだったんだぜ?」
煌姫のやる気ゼロな様子を見るまでだが。
「そうだったの?
それにしちゃここに一緒に召喚されているじゃない」
少し苛立ったように煌姫が呟いた。
自分だって柵を捨てたいと願っていた癖に、自分のことを『切り捨てたい柵の一部』として見なされていたのは不満らしい。
「自分で気がついているのか知らないけど、煌姫って機嫌の良し悪しのパラメーターがアクセサリーで分かるんだよ。
機嫌が良い時とか楽しみにしているイベントだとデザイン重視の小ぶりなアクセサリーを使うのに対して、機嫌が悪かったり嫌々だったりな場合はインスタ映え重視の派手なダイヤ系のアクセサリーを纏うだろ?
で、今日のアクセサリーは会長に言われて嫌々出席したA産業の新年パーティに使っていたやつだよな。
そちらの希望で満席のレストランの中に跪いてプロポーズなんて恥ずかしいことをする羽目になったというのに、プロポーズを受ける側から禿デブ中年成金と同じ扱いされていると思うと萎えるのも当然だろう?」
本当に、断りたいなら最初から断ってくれればよかったのだ。
隆一の言葉に煌姫が驚いたように目を丸くし、やがて申し訳なさげに小さくため息をついた。
「悪かったわね。
隆一が特に嫌と言う訳では無かったのよ?
種馬候補の中では1番まともだったから隆一でいいわって言ったのだし。
だけど、やっぱり自分がしたいことをするためにお爺様に子供を売るって言うのもかわいそうかなぁって良心の咎めを感じちゃって。
いっそのこと自分の力だけでなんとかできる新しい世界に行きたいわ~なんて夢想していたらこの世界に来ていたの」
どうやら二人の間で会話が足りなかったようだ。
まあ、話し合ったところで煌姫が自分のやりたい道に進む為の資金を実家に出してもらうためには子供を産む必要があるという事に変わりは無いのだから、結論は変わらなかったかもしれないが。
「ちなみに煌姫は何がしたかったんだ?」
隆一が無遠慮に聞いていみたら、煌姫はちょっと恥ずかしげに目を逸らした。
「隆一みたいに難病の治療薬を開発したいとか言うようなご立派な夢じゃあないのよ。
お陰でお爺さまも援助を拒否したんだけどね。
私、アクセサリーが好きなの」
確かに、煌姫のアクセサリーへの拘りは凄い。
とは言え、全ての柵を捨てたいと思うほど好きだったとは思わなかったが。
そんなことを考えていたら扉が開き先ほどの老女が入ってきた
煌姫は高校2年になって進路を考え始めた際にアクセサリー製作の専門学校に行きたいと親に言いましたが、『国立か4大私大の経済か理工学部でければ学費を出さん』と言われちゃいました。
なまじ一流大学に入れちゃう学力があったので、『ジュエリーデザイナーになりたい』なんて話は鼻で笑われてしまったんですね。
お陰でちょっと拗ねて大学も実質受験なしで家柄のみで入れるようなお嬢様学校に行き、卒業後も家事見習い(使用人がいるんで家事なんてしませんが)でフラフラしていたら祖父から「後継になる孫を産めば好きにやらせてやる」と言われました。
最初は同じような金持ち階級のご子息と見合いをしていたんですがそりが合わず、次に会社の取締役とかの息子を勧められて会ってみたものの下心が剥き出しすぎて嫌気がさし、最後に祖父に勧められた隆一と会って「まだこれなら許容範囲内か」とOKしたものの最後に良心の咎めを感じてドタキャンを考えていたら召喚されましたw