19.色々実験:スライム編(2)
引き出しからヴァダスに貰って形をスパチュラ形に変形加工した魔法発動体を水槽の中にいるスライムの傍によせ、そっと風矢を発動する。
魔法発動体は無くても一応魔法は発動できるが、微量ながらミスリルの入ったそれを使うと魔法のコントロールがもっとデリケートに出来る。
お蔭で外科用メスのように鋭く細い風の刃がすっとスライムの核の下を切り込み、水槽の壁にあたって消えた。
「よいしょっと」
魔石に変じた核をラテックス・モドキな手袋をはめた手で拾い、水の入った清掃用水槽に放り込み、急いでリトマス紙と魔力試験紙をスライム水にあてる。
「分裂した後放置していたスライムでpH9に魔力は5か」
取り敢えず水槽の上にガラスの蓋をして、次の水槽へ。
次のスライムでも同じ事をやってpH値と魔力値が同じであることを確認して今度は粘土を適当に錬成・加工して作った陶器モドキの箱にスライム水を入れてコルクで蓋をしておく。
3体目のスライム水は水槽に魔力封じの封印を刻んだ蓋で保存しておいた。
さて。
次はスライムに魔力を注ぎ込んで核を取り去る。
スライムは水や餌を与えなくても魔力をふんだんに与えればそれだけでも分裂するのだが、何も与えないと分裂する為の質量を魔力で補うのか、分裂するまでに吸収する魔力の量がより多くなる。
多めに吸収された魔力でプルプル震えている分裂し始めたスライムの核を取り去り、テストしたところ・・・。
「pH11に魔力7ねぇ」
魔力が多いとアルカリ性も濃くなるらしい。
しかし。
分裂寸前のpHはまだしも、普通の状態のスライムから採取したスライム水のアルカリ性は意外とpHが低い。
pH9では直ぐにタンパク質や細胞膜を破壊して獲物を吸収できるほどではない。
漂白剤くらいのpHだと指に着くとヌルヌルして肌が荒れる程度だから、大鼠や大蜘蛛を消化するにはとんでもない時間がかかりそうなものだが……迷宮を歩き回っている際に獲物を消化している最中のスライムを見かけた記憶はない。
となるとやはりスライムのアルカリ性には何らかの形で細胞の何かを壊して魔力を吸収する働きがあるのだろうか?
そしてこの世界では魔力を吸いつくされると生物の細胞が崩壊するのかも知れない。
まあ、もしかしたら単にスライムが消化を助ける酵素を大量に有しているだけかも知れないが。
そのうち、大鼠からでも完全に魔力を吸収しきったらどうなるか、実験をしてみたいところだが・・・有機物から完全に魔力を抜き取る手法って何かあるのだろうか?
魔石から魔力を抜き取るのは比較的簡単だが、生物から魔力を引き抜くのは可能かどうか分からない。
『生命力』を測定する手段すらないことを考えると、生命力や魔力を直接干渉する手段があるのかまず調べる必要性がありそうだ。
しっかし。
スライムが分裂する為に有機物が必ずしも必要ないとするのだったら、下水や汚物処理に利用できるのは何故なのか、不思議だ。
汚物に含まれる微量の魔力を目当てに汚物全体を溶かして消化しているのだとしたら、スライムはとんでもなくお人好しな働き者と言えるかもしれない。
まあ、理由はどうであれ汚物処理に実際に役に立っているのは事実なのだから、あまり悩んでもしょうがない事だが。
次に、隆一は大き目の水槽にスライムを移し、水槽の反対側の隅に魔石を置いた。
水槽を移されて警戒したように暫くじっとしていたスライムは、やがて魔石に気が付いたのかそちらの方に移動し始めた。
「やっぱりスライムってそれなりに知性というか本能はあるよなぁ。
核のなかのプログラミングがどうなっているのか、本当に知りたい」
取り出して確認しようとすると核は魔石に代わってしまうのだが、何とかしてガラスのスライドの間にでも挟み込んで顕微鏡で確認できないだろうか?
あまり時間をかけると顕微鏡そのものが溶かされそうだから中々難しいところだが、スライムが触れるところを全部ガラスで塗装でもした顕微鏡を造ってみるのも良いかも知れない。
まあ、魔力のネットワークが神経網の役割を果たしているのだとしたら、それは顕微鏡では見えないから魔力を視認できる何らかの検査機器を開発する必要があるが。
そんなことを考えていたら、スライムが魔石の傍までたどり着いたのでさっと魔石を取り上げ、反対側の隅に置く。
意外にも、スライムは直ぐに魔石の新しい場所に気が付いたのか魔石が無くなったことに混乱する様子を見せずに即座に魔石の新しい場所へ向かって動き始めた。
犬や猫でも餌を突然動かすとちょっと混乱することが多いのだが、スライムは混乱するだけの知能がないということなのだろうか?
それとももっと機械的な魔力探知と追跡機能の下に動いているのか。
取り敢えず、ひたすら魔石を取り上げては動かしを2時間近く繰り返したら、やっとスライムの動きが鈍くなってきた。
「何を延々とスライムを虐めているんですか」
呆れたようにザファードが声をかけてきた。
「いやぁ、スライムの魔力を消費させようと動かしてみたんだが、意外とエネルギー効率がいいな。
動物だって2時間もぶっ続けで動けるのは少ないぞ」
そう答えながら魔法発動体をスライムの傍に寄せて風矢で核を取り去り、リトマス紙と魔力試験紙を残ったスライム水に触れさせる。
「pH7.5に魔力3か。
やはりスライムを疲れさせると魔力が減るんだな。
アルカリ性が薄れるというのはちょっと面白い結果だが」
「アルカリ性が薄まる、ですか?」
「おう。
今のこのスライム水だったら触っても肌は荒れないな。
さっきの疲れ果てたスライムだったら手に取りつかれても皮膚が溶けなかったかもしれないということだ」
「試したりしないでくださいよ、そんなこと」
ザファードが嫌そうに顔をしかめて言った。
「勿論人間では試さないさ。
肌に触れさせたら多分魔力を吸い取ってアルカリ性が高まって体を溶かすようになるだろうからね。
魔力が無い生き物があったら試してみたいが・・・そこら辺の外にいるダンゴムシとかだったら大丈夫なのかな?」
「全ての生き物は『陰』と『陽』から形成されるのですから、魔力を有さない生き物なんて存在しませんよ」
何を非常識なことを、とでも言わんばかりの口調でザファードが助言した。
なるほど。
この世界では『生きる』=『一部は陰で形成される』=『魔力を有する』ということなのか。
つまりは『魔力が完全に失われる』=『存在が崩壊する』になるのか?
だとしたらスライムはどれほどエネルギー切れ寸前の状態でも、生きた獲物に触れることさえ出来れば己の魔力を増やしてアルカリ性を高め、そして魔力を早急に吸収することで餌を溶かし切ることが出来るようになるのかも知れない。
上手いことデザインされている。
その後、先ほどのスライム水を確認したところ魔力を封じる蓋をしたもの以外は全て魔力とアルカリ性が両方減っていた。
やはりスライム水のアルカリ性は魔力と比例しているらしい。
ちなみに、ガラスの方が陶器よりは魔力が残っていた。
「魔力が抜けてきたスライム水に魔力を注ぎ込んでも・・・アルカリ性に変化は無いのか。
本当にこのアルカリ性と魔力の関係は良く分からんな」
実験結果をノートに書き残しながら、思わず隆一は首を傾げてしまった。
アルカリ性を中和するような物を足していないのに勝手にアルカリ性が下がる癖に、魔力を戻してもアルカリ性が下がったままというのは一体どういう化学反応が起きているのだろう?
最初に魔力が抜けた際にアルカリ性が下がっているのだから、魔力が何らかの作用でpHを高めたはずなのに、抜けた魔力を補充してもアルカリ性が戻らないとは、本当に不思議だ。
ふと、魔力が抜けた別のスライム水にスライムの魔石からの魔力を直接注ぎ込み、リトマス紙をつけてみたらpHが8に上がっていた。
「スライムの魔力がアルカリ性なのか??」
魔力に酸性とかアルカリ性とかあるとはどうも想像を絶するのだが・・・。
「スライムの魔石を使うと魔道具が壊れやすいといった様な傾向があったりするのか、聞いたことは無いか?」
ザファードに聞いてみたが、肩を竦められただけだった。
まあ、それなりに神官として偉くなってきているザファードだ。
魔道具の魔石交換なんて見習いがやっている事なので、全く関与していないのだろう。
「・・・今度、ヴァダスに錬金術ギルドで確認してもらうか」
ヴァダスだったらこの不思議なスライムの魔力の話に興味を示しそうだ。
スライムの不思議さにすっかり魅了されちゃっている隆一ですw




