188.迷宮8階再び
またもやちょっと寄り道。
「おはよう」
相変わらず早い目に迷宮の入り口付近に現れていたデヴリンに隆一が声をかけた。
今日はあいにくの雨だが、この世界では傘の代わりに雨よけ合羽もどきなフード付きローブが一般的に使われる。
安物は、単に蝋やその他撥水効果のある素材で防水処理をされただけのローブ。
もうちょっと良い品になると撥水の魔法陣が付与されたローブ。
更に高級品だと防水の結界を張れる魔道具付きローブになる。
防水の結界を張るタイプなら横風が吹こうと全ての水滴を遮断するので濡れない。
が。
水たまりを踏んだ際に下から跳ねてくる水に関しては、よっぽど大股で歩かない限り結界内で生じる水の動きであるため、ズボンが濡れるのを防げない。
まあ、それでも地球で雨の中を傘をさして歩くよりはよっぽどましなのだが。
何故か昔から雨の中を歩くと足元からの水はねでズボンがずぶ濡れになる隆一は、更なる対応策を講じることにした。
それが今回試してみたのは電動キックボードもどきである。
ハンドルの部分を握ることで魔力を抜き出して極低出力で反重力魔法陣を起動させて軽くした上で、初代飛行式運搬具に使った原始的な風力推進器で動かしている。
動力源は毎日魔力測定を兼ねて充填している小魔石だ。
車輪を足場の端から10センチ程度奥に設置する事で、車輪からの水跳ねは足場で全て遮っている。
ただし、足の置き場に気をつけないと本体が立ち上がってしまって足を捻りそうになるが。
昨日、ヨナルトの工房からの帰りに雨に降られて辻馬車に乗る羽目になったので、午後の時間を使って急遽造り上げた。
探索の為にギルドに行くのに馬車を使うのは微妙だったが、雨の中を歩き回って濡れたズボンで1日を過ごすのも嫌だったのだ。
タイヤは適当な素材と蜘蛛糸を合成して作ってみたところ、意外と良い感じに反発力があって悪くない。
耐久性がどのくらいあるかによるが、場合によっては売り出しても良いと隆一は考えていた。
「なんだそりゃあ?」
隆一の乗っているキックボードもどきに目を丸くしてデヴリンが尋ねる。
「まあ、いわば運搬具を超小型にして推進具をつけた個人用乗り物?
流石に迷宮で探索に行くのに辻馬車を捕まえるのもどうかと思ったんだが、どうも俺は雨の中を歩くと水跳ねが酷くて足がびしょびしょになるんでね。
歩かなくて済むように初代飛行式運搬具を改良する感じでちゃちゃっと創ってみた」
頭を振りながらデヴリンが近づき、キックボードもどきを観察する。
「俺も試してみて良いか?」
「ああ。
取り敢えず、ここを握ると少しだけ重量を軽減して推進にかかる力を減らすために微量に魔力が抜かれる。
で、こっちのレバー踏むと前進するから、後はハンドルを曲げていきたい場所にたどり着くように調整する感じだ」
ひょいっと一段上がっている階段のところでキックボードもどきから降りて隆一はデヴリンにハンドルを渡した。
考えてみたら、これは探索者ギルドの受付にでも預けておく必要がある。
運搬具に載せられるが態々これで運搬具の容量を減らす意味はないだろう。
「面白いな、これ!
もっとスピードを出せないのか?」
器用にキックボードもどきを乗り回しながらデヴリンが声を上げる。
「それ以上早く進んだら周りに迷惑だろうが。
下り坂でもない限り、成人男性の早歩き程度以上のスピードは出ないぞ」
出力がそれほど無いし、タイヤにせよ他の部品にせよ、強度テストをしていないのであまり酷使すると石にでも乗り上げた拍子に分解しかねない。
「おはよう。
またなんか面白い物を造ったねぇ、リュウイチは」
待ち合わせの時間通りに現れたダルディールが、興味深げにデヴリンの動きを見ながら呟いた。
いつの間にか雨にも負けずに探索に来た探索者やギルドの職員が、迷宮前の広場に集まってデヴリンが乗り回すキックボードもどきに注目していた。
「面白そうですね、リュウイチ殿。
ちょっと私も試させて貰えますか?」
そばに現れてにっこり笑ったスフィーナの目力に、思わずうなずいた隆一だった。
魔物を狩る探索者達にキックボードもどきは似合わないと思うのだが・・・この世界の常識では『あり』なのだろうか?
『子供のおもちゃ』という先入観が無ければ、馬よりも手軽な移動手段としてありかも知れませんが・・・起伏が激しい街の外のデコボコ道では無理かな?




