176.迷宮7階再び(4)
隆一の視点に戻りました。
「学生時代に迷宮に潜るのが推奨されるって聞いていたが、あの位の年齢の子供に命に係わるかも知れない探索を推奨するというのもなんとも微妙だな・・・」
ジェルグから話を聞いた後に7階に戻りながら隆一は呟いた。
スフィーナに確認したところ、彼は14歳だった。
職人の息子が魔術師のギフトを発現したせいでイマイチ迷宮に潜る伝手が足りなくて基礎能力アップに躓いているらしく、見習い魔術師にテストさせるという目的と、将来が有望な魔術師の卵の成長を助けるという目的との両方を達せられて一石二鳥という事で彼に頼んだとのことだった。
「14歳といったら王都学院に通い始めて1年目ってことだろ?
来年には見た目はひょろくても基礎能力は上がってぐっと逞しくなってるって。
強くなる手助けをしているんだから別に気にすることはないんじゃないか?」
デヴリンが肩を竦めながら答えた。
「そんなに1年で変わるか?
子供の成長期には個人差があるだろうに」
まあ、この世界の人間の成長が地球と同じタイミングで起きるのかは不明だが。
なんと言っても迷宮で魔素(もしくは魔物の生命力?)を吸収すると基礎能力が上がる世界なのだ。
基礎能力だけでなく、体の成長にも迷宮の影響があっても不思議はない。
「体格は変わらなくても、筋力や魔力が上がるし、なんと言っても戦う経験を積めば精神も強くなる。
願わくはあのキラキラと純真さがにじみ出てくるような素直さがあまり損なわれないことを期待したいところだが」
ダルディールが隆一の言葉に答えた。
「ちなみに、王都学院ってのが以前聞いた、文官や武官になりたい人間が通う学校なのか?」
2階への階段を降りながら隆一が尋ねる。
ギフトが発現した人間や努力したやる気のある人間には平民でも教育の機会が与えられると聞いたが、詳しい教育制度については教わった記憶はない。
「王都学院は戦闘系の技術や文官に役立つような知識、及び魔術を教える教育機関だ。
それらの系統のギフトを持つ子供は14歳になる年に無料で入学して3年間掛けて能力の使い方やその他の知識・技術を身に付ける。
職人系のギフト持ちの場合は王都学院ではなく、ヴァサール職業学校に同じく3年間通う。
勿論、ギフト持ちでなくても教育を受けたい子供はどちらの学校にも通えるが、学費はそれなりに払う必要がある。
とは言え、学費が払えない場合は国の低金利ローンがあるし、親の収入がある程度以下で、かつ子供が頑張って元の学力に見合った成績を発揮している場合はかなり学費が割引される制度になっているがな」
突進してきた一角ウサギを足も止めずにあっさり盾で弾き飛ばしながらダルディールが答えた。
「ちなみに、割引に使われているのが異世界人基金からの寄付金だぜ。
なんでも、『すべての子供に教育の機会が与えられるべきだ!』って主張した招かれ人が世界中の国に人口に比例した金額の寄付を毎年するよう手配したらしい。
もっとも、国によってその寄付金の使い方は違うらしいな」
ダルディールの言葉にデヴリンが付け加える。
「違うとは?」
手を付ける気は殆ど無いが、自分や煌姫に関係するかもしれない異世界人基金だ。
それが横領されているのだったり金持ちの貴族の授業料補助に使われたりしているのだったら、神殿に手を回して是正させたい。
「ヴァサール王国ではギフト持ちの授業料は国が払うんだ。
代わりに卒業後3年間はヴァサール王国で働くという誓約をする必要がある。
だから卒業後すぐに他国に嫁いだり婿入りしたりする可能性がある貴族なんかはギフト持ちでも自腹で授業料を払うことが多いな。
で、手をつけなかった寄付金をやる気があって金とギフトがない子供の授業料の割引に使う。
こっちは異世界人基金からの金だから紐付けは出来ないし、していない。
だから高位貴族なんかは自領の子供を引き留めるために、異世界人基金の話は広めずにひも付き奨学金を提供しているところも多いぜ。
まあ、それはともかく。
他の国では寄付金を所得に関係なく成績が良い子供に使ったり、ギフト持ちの平民の授業料に使ったりするところもあるらしいな」
3階への階段を降りながらデヴリンが肩を竦めながら答える。
なるほど。
ヴァサール王国の様にギフト持ちに国が援助していない場合は、寄付金がそちらに回されるのか。
確かに全人口の子供全員の授業料を賄うのは厳しいだろうから、そうなると各国の考え方に基づく基準で線引きされてしまうのは受け入れざるを得ないのだろう。
才能のある人材が国の宝であると考えるならば、ヴァサール王国の様に紐付きの授業料援助というのは賢い手段の様に思えるが、気軽に情報収集が出来て飛行機で休みには帰国できる地球と違うこちらの世界では、ちょっとぐらい扱いが悪くても国を出ていく人間は少ないのだろう。
ある意味、比較的国の制度がまともで魅力的らしいこの国に国民にとって魅力的で更に他国から人をひきつけそうな制度が揃っていることが皮肉だが、初代国王かその周辺に居た人間が良い国を造るために色々と制度設計で工夫したのだろう。
そんな国が隆一たちが召喚される直前には攻め込まれる寸前だったらしいというのだから、良心的な国の運営が必ずしも国の存続を保証する訳ではないという残念な真実を現しているようだ。
まあ、攻め込まれたら負けていたのか否かは不明だが。
奨学金制度や軍事国家の経済性などに思いを馳せている間に3人は5階にたどり着いていた。
食後の腹ごなしも兼ねて歩いて降りているが、やはり時間がかかる。
更に下の階に降りたら昼食後も転移門を使った方が良さそうだ。
「しかし、同じギフト持ちでもギフトの種類で学校が違うのか。
名前の印象からすると生産職系のギフト持ちが通う学校はもっと庶民的な感じだが、貴族は生産職系のギフトを発現する人間が少ないのか?」
まあ、考えてみたら没落していない貴族が大工や裁縫のギフトを発現させてもそのギフトを活用した職人として生きていくことはまずないのだろうが。
「確率的には貴族だって生産職系のギフトを発現させているはずだが、あまり聞いたことが無いから公にせずにギフトを無視して『ギフトなし』として王都学院に通っているんだろうなぁ。
まあ、大抵ギフト持ちっていうのはそのギフトを好きで楽しむから趣味として習う可能性はあるが」
こちらに走り寄ってきたアイアンゴーレムに目をやりながらデヴリンが答える。
今日は7階での鍛錬重視なのでその前の階層ではデヴリンが切り捨てて行くことになっている。
素材が消える前に誰か探索者が通りがかって活用してくれると良いのだが。
それはさておき。
貴族として書類に埋もれる毎日を過ごすよりも、例えば大工として家を建てる日々の方が心が満たされる可能性は高い気もするが、経済的影響を考えると家を捨てて平民になって大工になるなんていう選択肢は非現実的なのだろう。
土木工事系のギフトだったら領地の治水工事等に役に立ちそうだが。
そんなことを話しながら、隆一達はやっと7階までたどり着いた。
さて。
突進牛の討伐成功率をせめて85%ぐらいまでは上げたいところだが、何日掛かるだろうか・・・。
『大工のギフト』って言うと凄く庶民っぽい感じですが、『土木建築系のギフト』だと領地の公共工事に使えそうなイメージですよねぇ。
考えてみたら、治水工事とかの技術はどこで教えるんだろ・・・?




