14.迷宮1階(4)
「もうそろそろ昼食を食べて軽く休みたいんだが、どこで休むのがいいかな?」
薬草と泉の水の採取に満足した隆一は、傍に立っていたお目付け役2人に尋ねた。
「上層だったら別にどこで休もうが危険は無いが、廊下で昼食というのも落ち着かないだろ?
こっちの小部屋にでも入ろうぜ」
デヴリンが斜め前にある小部屋を覗き込んでそちらを指した。
「小部屋の中だと魔物の発生率は違うのか?」
入ってみた小部屋は5畳程度の小さな石張りのスペースだった。一応周りをざっと鑑定したところ、特に興味深い物はない。
目に魔力を集中して魔力感知を使って見ても魔力が光って目を引くような物も無いようだ。
スライムも蜘蛛も鼠もいないし、罠や隠し扉も無い。
・・・この迷宮にも隠し部屋とか、あるのだろうか?
取り敢えず全てのフロアのマッピングをきっちり行って隠し部屋が無いか確認するつもりだが、出来れば一つぐらいは隠し部屋を見つけてみたいと密かに願っている隆一だった。
ちなみに、魔物の発生する場所や迷宮内での安全な場所などに関しては神殿でもあまり詳しく教わっていない。
後で迷宮を潜ることを勧めるつもりだったので態々プロの探究者を呼んでレクチャーするほどのことも無いと思われていたのだろう。
「フロアごとに守護者が出るタイプの迷宮だと、守護者のいた部屋はそいつを倒した後なら魔物が湧かずに確実に安全だ。
それ以外の場所では小部屋だろうが廊下だろうが魔物は湧く。
まあ、小部屋に入っていれば廊下の向こうを通りすがった魔物が寄ってくる確率が低いから、もう少し落ち着いて休めるな」
背負っていた荷物を降ろしながらダルディールが答えた。
「階段だと安全だとか、飲める泉が湧いているところは魔物が寄ってこないとかは無いんだ?」
ダンジョンがあるようなRPGソフトでも全てのゲームでセーフゾーンがある訳ではなかったが、現実の探索では休める場所が無いと中々きつそうだ。
「迷宮によっては特定の条件で魔物の湧きが少なくなる場所が存在することもあるが、絶対に湧かない場所というのは守護者を倒した後の部屋だけだな。
『陰』を散らして魔物を湧きにくくする魔道具があるから、守護者に挑戦する探求者が多い上層や、1日で守護者を倒すところまで進めないぐらい深い下層では探究者は基本的に魔物が歩いて入ってきにくい場所を見つけてその魔道具を使って交代で休むぜ」
この世界では、『陽』は神様に指示された通り召喚陣を準備して神様に異世界人を召喚してもらうことでしか必要量を消費出来ないというのに、『陰』は魔物が一時的にでも湧きにくい様に出来るなど、それなりにコントロール出来ているようだ。
『陰』とは『魔素』のようなものと考えていいのだろうか?
魔術や魔道具で魔力を使えることから、そのエネルギーである『魔素』もしくは『陰』をある程度制御できるのかもしれない。
とは言え。
地球の人類は原子力や大量破壊兵器を開発できたが、その破壊力をコントロール出来ているとは言い難く、いつの日か人類が自滅する確率はかなり高いと隆一は密かに考えていた。
この世界だって、『陰』をある程度制御出来ているからと言ってそれが世界にとって正しい形でコントロールされているかは不明だ。
全世界での『陰』の流れやバランスは人間には把握するには膨大過ぎるだろうから、魔力を使いすぎてバランスが崩れて何らかの形での暴走や大爆発が起きる可能性だってそれなりにあるのではないだろうか。
まあ、この世界の神はそこそこ介入主義なようなので、取り返しのつかなくなる前に何らかの形で天罰なり神託なりを下して人間の行動を抑える可能性もあるが。
そんなことを考えながら、隆一はバックパックの背中の部分に持ちやすいように固定してあった2つのコの字型のフレームを引き抜き、それらと20センチ四方の布とで造られた小さな登山用のマイクロチェア擬きを組み立て、小さく息を吐きながら椅子の上に身を投げ出して座り込んだ。
この世界に来て体力が上がったようだったが、それでも3時間以上動き続けるのはやはり疲れる。
マイクロチェアを造っておいたのは正解だった。
隆一はアメリカに留学していたころにシェアハウスに住んでいた。
色々な学部の大学院生が集まった(同じ学部内の人間がいると論文の盗作問題などが起きるので基本的にシェアハウスは異なる学部の人間で行うことが推奨されていた)シェアハウスだったのだが、そのうちの一人に登山好きの政治学の大学院生がいて、そいつが『最近の登山グッズはこんなに凄い!!!』と自慢しまくったらそれに反応した物理学の大学院生が『俺ならもっとすごいのが造れる!』と反論したことから、いつの間にかシェアハウスの人間全員で『更に凄いマイクロチェアを造れないか』というプロジェクトが始まっていた。
その際に作った『俺たちの考えた最強のマイクロチェア』を参考にしたものを隆一はこちらでも錬金術で造って持ってきたのだ。
『医療特化』な隆一の錬金術だったが、意外にも他の分野の錬金術も努力すればそれなりに使えた。
だが、必要な金属を鉱石から抜き出して溶解し、焼入れをすれば良かったジュラルミン合金は隆一が積極的に関与してきたこともあって比較的簡単に再製出来たが、あまり手伝わなかったから詳細を聞いていない生地の部分については強化ナイロン(かポリエステル?)を錬金できなかった。
お蔭でヴァダスから異世界にありがちな『ハイランクな魔物の部位』から作られた不思議物質をゲットすることになったのだが・・・負荷テストをしてみたらアメリカのミリタリーグレードの生地よりも強かった。
流石ファンタジーな世界だ。
金属の方も、調べてみたらきっとジュラルミンよりも強い物がありそうだ。
というか、単純な物理的な防御力ではジュラルミンはこの世界でも屈指の強さを有しているらしいのだが、魔防力が無いので実用できる場面がかなり限られるのだ。
ドヤ顔でジュラルミンをヴァダスに披露した隆一は、魔力を籠めた錬金術師の細腕一本でジュラルミンのパイプをあっさりへし折られて驚愕したところ、爆笑されてしまった。
もっとも、そのヴァダスも「こうやって魔防を上げるんだよ」とお手本を見せようとジュラルミンに魔力を通したのに、魔力を素通りされてしまって驚愕していたが。
そう。
なんとジュラルミン合金は魔防力がゼロだったのだ。
隆一が造ったからかと、一応特許登録した後にヴァダスに詳細を教えて一から抽出させて錬金した物でも駄目だった。
この世界では、基本的にほぼすべての物質は魔力を籠めることである程度の魔防力を得ることが出来る。
魔力をキープしやすい素材と直ぐに漏らしてしまう素材とでその魔防力は千差万別だが、金属は基本的に鍛造する過程で魔力をかなり蓄えることが出来ることが多い。
が、ジュラルミン合金は鍛造の過程で叩いている間ですら魔力をキープできなかったのだ。
ある意味、悪い意味で奇跡的な金属と言っても良い。
お蔭でヴァダスはすっかり興味を引かれて、なんとか魔防力を付与しようと引きこもってしまった。この分ではジュラルミンに魔防力を付与できるようになるまで、錬金術についての質問も難しくなりそうだった。
「随分と小さな椅子だな。
体重をかけても大丈夫なのか?」
そんなことを考えながら隆一が水筒から水を飲んでいたら、ダルディールが隆一の座り込んだ椅子を覗き込んでコメントしてきた。
「負荷実験では私の2倍ぐらい体重がある巨漢を探してきて座らせてもつぶれなかったから、大丈夫さ。
座ってみるか?」
元々、地球でも耐荷量は金属ではなく生地の強度がネックになっていたのだ。
魔物由来の不思議物質の生地はちゃんとした加工をしないと火には弱いらしいが、単純にかかる力にはべらぼうに強かったので座るだけだったらこの椅子はまず破壊不能だろう。
この国は極端に太った人間というのはそれ程いないし、巨漢の上に他の人間を座らせて耐荷重を調べるには小さな椅子でバランスをとるのが難し過ぎたせいで椅子が壊れる負荷を確認する時間が取れなかったが。
「お、是非!!」
ダルディールが答える前にデヴリンが割り込み、立ち上がった隆一のところに行って椅子に勢いよく体重をかけて座り込んだ。
「こら!
壊したらどうする!」
ダルディールがデヴリンの頭をはたいたが、椅子は軋みすらせず安定している。
「凄いな~これ。
金は払うから、俺にも一つ、作ってくれないか?」
体を揺すって座り心地を色々試していたデヴリンが、ダルディールの怒りには目もくれず隆一におねだりした。
「金属の方は軽銀の合金だから錬金術を使えばその椅子程度なら比較的簡単に作れるが、その生地は何やら蜘蛛系の高ランク魔物の糸らしいから高くつくんじゃないか?
それを入手してくれるんだったら作るのは構わんが」
デヴリンを押しやって自分も座ろうとしたダルディールが、ふと椅子を持ち上げて眉をひそめた。
「これ程軽くてこの細さで体重を支えられる程強い金属が、軽銀から作れるのか?
ちゃんと特許登録したんだろうな?」
隆一は肩を竦めた。
「一応言われて登録はしたが、この合金はやたらと魔防力が低くて、魔力を籠めて殴ったらべこべこなってしまうからこのままでは使える場面はかなり限られると思うぞ?
馬車の機軸とかには良いだろうが、現時点では錬金術師が抽出しないと造れないせいでちょっと高くつくし」
「魔防力が低いのか」
ちょっとがっかりしたようにダルディールがため息をついた。
現役は引退しても、それなりに防具への興味は残っているらしい。
探索者ギルドの職員として、興味があるのかもしれないが。
「まあ、ヴァダスが気に入って色々調べていたから、暫くしたら魔防力を上げる方法を編み出すかも?」
デヴリンが笑いながら首をふった。
「あの爺さんなら確かに魔防力を上げる方法を見つけるかもしれないが、下手すると魔防力が低い原理を発見して反対にミスリルの魔防力を下げる方法を編み出すかも知れないからな~。
ヴァダス老師の暴走の方向は誰にも予想できないぜ」
おっと。
錬金術師として探究心が強く、『何故AとBを合わせて魔力を籠めたらCを錬金できるのか』といった『やり方』ではなく『原理』に関わるような質問にも深い洞察力を感じさせる答えをくれて、研究者気質の強い隆一とも気が合った錬金術の教師役は・・・やはりちょっとマッドサイエンティスト気味な暴走傾向も有しているらしい。
隆一との議論の熱しぶりやジュラルミン合金が魔防力ゼロなことが判明した時の反応から、隆一も密かに大学院で親しかった研究馬鹿な教授に似ていると思っていたのだが、気のせいではなかったようだ。
ダルディールがマイクロチェアに座って頭を抱えた。
「やめてくれ。
ミスリルの魔防力を下げる方法なんぞ発表されたら、大金をはたいてやっと手に入れたミスリル防具の魔防力を下げられて首をつる探索者が続出しかねないぞ」
「流石に人の命にかかわるような研究結果は公表しない・・・と思うが。
取り敢えず、錬金術ギルドに網を張っておいて危険そうな研究結果が出てきたら対応策を取るようにしておく方が良いかも?」
直接は自分の責任ではないとは言え、隆一のもたらした金属が発端となった研究で人が死ぬようなことが起きては寝覚めが悪い。
とは言え。
探索者よりも国家に仕える騎士団の防具の方が先に対応策を取っておく必要がありそうな気もするが。
一応ヴァダスの研究室に時折お邪魔して経過には気を付けておくことにしよう。
何か迷宮探索から話がずれまくってます;
明日はちゃんともう少し探索っぽい話に戻る・・・はず?




