131.やっと卒業?:迷宮4階
「創水」
やっと魔術での攻撃のコツがつかめてきたお陰で、歩きながらでも隆一は迷宮4階で火球による森狼の討伐が出来るようになった。
水球での討伐をマスターするのにかかった日数を考えると午前中の半日だけで『問題なし』と合格点を貰えたのはある意味信じがたい。
それだけ、魔術のコツというのは一度掴むと応用性が高いという事なのだろう。
それなりに歩き回って汗をかいて埃っぽい気分だった隆一は、神殿の図書室で見つけた飲料用の水を出す創水の術で直径30センチほどの水の球を目の前に出すと、そこに頭を突っ込んで顔と頭をわしゃわしゃと水洗いした。
水球でも速度0、威力0と指定すれば似たような効果が得られるのだが、調べたところ水球の水は飲むと人によってはお腹を壊すことがあるらしいので、うっかり口に含んでも大丈夫なように飲料水を出す術を態々学んできたのだ。
濡れた頭を振って適当に水を切り、首にかけていた冷感タオルを頭にかけて魔力を通す。
一気に髪の毛の水分が乾燥して飛んでいった。
冷えた感覚も中々爽快で気分が良い。
顔は流石に目が乾燥したりしたら困るので普通にタオルで拭いておく。
「なんか随分と便利そうなタオルだな」
隆一の行動をあっけにとられたように見ていたデヴリンが声をかけてきた。
「すぐに乾いてちょっと冷えてるタオルって今の時期には良いだろ?
これだったらざっと頭を流してもその後ポタポタと水が垂れてこないから便利だぜ」
にやりと笑いながら隆一が答え、バックパックからランチを取り出した。
最近は特許申請関係で色々とまだ不特定多数の探索者に見せたくない物が増えたので、ランチにギルドの食堂まで戻らないことが増えた。
今日もまた、下での食事だ。
「自分だけでなく、複数の人間にテスターをさせた方が良くないか?」
デヴリンの下心満載な質問に思わず笑いが零れた。
「タオルだったらちょっとぐらい想定外なことがあっても大きな問題にならないだろうからそれ程テストが必要だとは思わないが・・・まあ、何か改善点を思いついたら教えてくれ」
使い始めたら強請られる可能性が高いと思って持ってきていた試作品をデヴリンとダルディールに一枚ずつ渡す。
「良いのか?
今朝は冷感シャツの試作品までくれたのに」
ダルディールは良心の咎めを感じたのか、受け取るのを躊躇して尋ねてきた。
「構わないよ。
どうせ神殿の備品を失敬した試作品だし。
何だったらそのうち神殿の炊き出しにでも協力してやってくれ。
冷感シャツを着た場合にその冷感タオルがどのくらい役に立つかとか、何か想定外な相互作用が起きるかとか、確認しておいた方が良いだろうし」
朝に試用してもらう為に渡した冷感シャツは4階についてすぐに着用され、『汗が気にならなくて本当に良い!』という感想を既に午前中に何度か貰っている。
だからこそ冷感タオルを渡すのは急がなかったのだが、冷感シャツを着ていてもタオルが必要かどうかも興味があるところだ。
隆一の創水の残り水に浸して濡らした冷感タオルを首の周りに巻き、魔力を通して冷やしていたデヴリンが短く口笛を吹いた。
「良いね~、これ。
冷感シャツが無くてもこれと水が豊富にあったら代替品として体を冷やすのに使えそうだ」
「魔術師が居なければ水が豊富にある事なんてほぼ無いだろうが。
しかも魔術師だって涼むために水を使わせるほど余裕がある事なんて滅多にないぞ」
ダルディールがそっけなくデヴリンの言葉を否定した。
「確かになぁ。
タオルがびしょぬれになるほど汗をかいているんじゃあ首の周りを一瞬冷やしても足りないし、やっぱり水が必要だな」
ため息をつきながらデヴリンが自分のランチを取り出した。
「遠征の時とか長期探索の時なんか、水はどうするんだ?」
補給品としての水は、かなりかさばるし重い。
持って行くとなったら大変だが、持って行かないで魔術師が魔術切れになったり死んでしまったりしたら場所によっては部隊やパーティが全滅しかねないだろう。
「魔術師が居る場合は多めに魔力回復薬を持って行って魔術師に出して貰って日中飲む分は各自が運ぶことになるな。
魔術師が居なければ人数によっては水を運ぶ用の馬車を持って行くこともある」
肩を竦めながらデヴリンが答えた。
「水を抽出する魔道具は無いのか?」
「一応あるが、コップ一杯の水で小魔石1個使い切る。
コストも荷物も増え過ぎて、非現実的だな」
何とも不便そうな話だが、考えてみたら地球での戦闘や旅行だって多分似たり寄ったりだったのだろう。
と言うか、魔術という理不尽に便利な手段が無いのだから、行先に水道があるとか水源があると分かっていない限り水を持っていくのは必須だったのだろう。
・・・登山家とかは水を持って山を登るのだろうか?
ただでさえ傾斜がキツくて空気が薄い山を登るのに、重い水まで運ぶなんて大変そうだ。
そう考えるとこっち世界の方が、魔術師を連れ歩ける場合は人間が動ける範囲は地球よりも広いのだろう。
魔物を倒す戦闘能力があれば、だが。
隆一がそんなことを考えている間に、デヴリン達はランチをあっという間に食べ終わっていた。
研究者だった隆一も食事は急いで流し込む癖があるのだが、それでも探索者に比べると2テンポぐらい遅れる。
まあ、早食いは健康には良くないのだから、急がない時はしっかり咬んでゆっくり食べるべきと考えても良いだろう。
どうせ食べた後も食休みをするんだし。
「火球が終わったから、後は風球と土球だな。
今日か明日には4階は卒業できそうだな」
デザート代わりなのかリンゴを齧りながらデヴリンが言った。
「コツを掴むまでが長かった・・・。
でも、今日は良い感じに出来たから、本当に明日あたりには5階に行けそうだな」
「魔力も大分増えたんじゃないか?
慣れもあるだろうが、基礎能力が増えたお蔭で出力が上がって安定したというのもあると思うぞ」
ダルディールが水筒の水を飲みながら付け加える。
「確かに、魔力が上がったのと一緒にあまり集中しなくてもデフォルトの攻撃力が足りるようになってきたのも大きいな。
このまま魔力が増え続けたら槍系の魔術にグレードアップ出来るかも?」
中層の魔物相手では水球などの球系の術では余程溜めて出力を上げない限り、一撃では倒せなくなる。
そうなると水槍のような槍系の術を使うか、水球を複数回撃つかになるのだが、基礎魔力がある程度上がらないと槍系の魔術は放てない。
錬金術師である隆一がそこまで魔力が上がるか微妙に不明だったのだが、意外と順調に魔力が増え続けているのでこのままいけば大丈夫そうだ。
「ちなみに、錬金術師でも中層とか下層まで探索するような人間もいるのか?」
死にそうな羽目になりながら探索を続ける程の熱意は無いが、じっくり着実に腕を上げて準備をすれば何とかなる間は探索を続けたい。
どうせ隆一には『やらねばならない』ことは無いのだ。
だったら『出来る限り深く潜る』というのも目標の一つとしてじっくり腰を据えて挑戦しても良いだろう。
むやみやたらと魔道具を開発しても思いがけない弊害がありそうだし。
水を作る魔道具は改良しても変な軍事的影響は無い・・・かな?




