128.汗疹再び(6)
「素晴らしいの一言に尽きる!!!」
夜になって試着の結果報告に現れたアーシャはかなりハイになっていた。
初日にもぎ取られた初代冷感シャツはそのまま日中の訓練の際にテストしてもらい、パジャマ用の新バージョンを昨日送っておいたのだが、それらの結果報告もかねて夕食に来ることになっていたのだが・・・思わず酒を飲んだのかと聞きそうになった隆一だった。
「初日のバージョンは乾燥が発汗に追い付かなくってウザくなってきて魔力を通すが急にシャツが冷たくなって目が覚めなかったか?」
それともアーシャはあの程度の汗だったら気にせずに夜通し寝ていたのだろうか?
「ちょっとぐらい目が覚めても直ぐにまた眠れるから、汗を乾かす際に少し冷たい感覚があるのなんて全然構わないよ。
まあ、確かに昨晩のバージョンの方が更に快適だったが」
騎士だと遠征中などに夜番で睡眠時間が細切れになる事が多々あるので、夜中に目が覚めても直ぐに寝付けるらしい。
お蔭で隆一の様に睡眠不足にならなかったようだ。
とは言え、そんなアーシャにとってすら昨日の麻に綿を混ぜた改造版の方がより快適だったというので、やはり最初のバージョンはパジャマには向いていなかったようだ。
「ちなみに、日中の使用では何か問題や感想はあったか?
改善できるポイントは思いついたことがあったら何でも言ってみてくれ」
一瞬躊躇してから、アーシャが口を開いた。
「出来ることなら、顔拭きとかにも使えるタオルにも同じような機能が欲しいな。
更に贅沢を言えるのだったらズボンにも同じような機能が欲しい」
確かに、顔拭きタオルサイズで乾燥と冷却機能を持たせたタオルがあったら便利そうだ。
男だったらシャツを引っ張り上げて顔を拭くことも可能だが、女性ではそれも難しいだろう。
どちらにせよ、変に引っ張ってお腹周りの生地を伸ばさない方が良いだろうし。
それに、濡らした髪の毛に乾燥用タオルを巻いて魔力を通したらそれで一気に髪の毛も乾くのだ。
女性にとっては髪の毛を乾かす手間が減って助かるだろう。
もっとも、売り出す前にそう言う乾かし方をして髪の毛が傷まないことを確認した方が良いだろうが。
それは別として、更に詳しくアーシャの要望を聞いてみたところ、もしも可能なのだったら全身タイツ(着替えやすい様に上下は分かれているらしい)っぽいのに冷感シャツと同じような付与をしてくれたら最適だという話だった。
戦闘職の人間は真夏だろうと防御的な必要から、長袖長ズボンで動き回らざるを得ないのだ。
しかも戦闘が想定される時は防具とその下に肌を防具との軋轢から守るための全身タイツのようなアンダーまで着るとのこと。
そうなると肘の内側や膝の裏、太もも全般などが汗でびしょ濡れになるらしい。
「背中や首回り程は汗を放置しないせいか、汗疹になる事は少ないので極端に辛くはないのだがな。
しかし一か所の辛さが軽減されたら、他も・・・と際限なく欲望が湧いてくるのが人間というものなのだと実感したよ」
肩を竦めて苦笑しながらアーシャが言った。
確かに、危険な動物すらいないような日本で普通に登山したりや林へウォーキングに行くだけでも長袖長ズボンは必須だったのだ。
こちらを喰おうとするような魔物が徘徊する山の中で戦うような騎士や探索者はどれだけ暑かろうと半ズボンや半袖で出かける訳にはいかないだろうし、そうなると手足も汗でびしょびしょ状態になるのは必然と言えた。
「手足の先まで着る服となるとかなり伸縮性が無いと動きを制限しそうだが、どんな生地を使っているんだ?
現物を見せてくれないか」
蜘蛛糸で適当に作り上げた生地もそれなりに伸縮性はあったが、胴体だけをカバーするアンダーシャツとして着るのに支障が無い程度でしかなかった。
肘や膝をカバーする衣類の場合、伸縮性が足りないと戦闘での動きに支障が出るだろう。
「こんな感じだな」
鞄から取り出されたアンダーは薄くてビヨンビヨンに伸びる、正しく全身タイツの素材っぽい物だった。
・・・ちょっと意外過ぎる。
こんな服がこの世界でも存在していたとは。
まあ、今までにだって色々な世界から技術を移植しているのだ。
全身タイツを創るような技能が持ち込まれていても不思議はない。
錬金術というファンタジーな技術もあるのだし。
鑑定してみたところ、その全身タイツモドキはスライムの液とトレントの樹液に蜘蛛糸を混ぜた、中々不思議な合成物質だった。
だが、これらの素材を合わせることでナイロン並みに伸びるのにナイフで切り付けても傷がつかないような防刃機能を持つ優れモノになるのだから、魔法技術とは凄い。
「こんな服が地球であったらきっと軍隊とか機動隊とかが活用したんだろうなぁ」
鑑定結果を見ながら思わず隆一は呟いてしまった。
銃に対してどの程度の効果があるかは不明だが、何か事件が起きるたびに暑苦しそうな防弾チョッキを真夏でも着て外に立つ羽目になっていた警察官とかも、こんな魔法防具がきっと欲しかったに違いない。
そんな埒もないことを考えながら、密かに希望を籠めてアーシャが持ってきたというアンダーを受け取る。この魔物由来の素材だったら魔法陣を焼き付けても大丈夫そうだったので、早速上下パーツに乾燥と冷感機能を付与してみた。
「ちなみに、これって防御効果だけでなく汚れ落としの付与が素材にされていると鑑定に出るんだが、どんな効果があるんだ?」
魔法陣を付与し終わったアンダーを返しながらアーシャに尋ねる。
「乾かした状態で振ると汚れが落ちやすいという程度だな。
ぬるま湯につけてもみほぐすと洗剤なしでもかなり汚れが落ちる。
ただ、カビ防止機能はついていないので下手に洗って乾かし損ねると次の日に酷い目にあうんだ」
冷感シャツで乾燥したとしても汗と一緒に出てきた老廃物や塩が溜まって大変なことになるのでは、と思っていたが、どうやらそう言った汚れ落としの付与と言うのは騎士団が着るような高級アンダーにはちゃんとなされているらしい。
そこまでやっているのになぜ汗の乾燥と冷却機能も付与しなかったのか、不思議だが。
神殿の食料保存庫に湿気防止魔法陣があるのだ。
それにちょっと手を加えて流用すれば良いだけなのに、今までのテスター達の反応からすると、誰もそれを思いつかなかったらしい。
こういった付与や魔法陣を研究するのが快適な温度にキープされた室内で働く錬金術師である事の弊害なのかも知れない。
『防御機能を』というのは最初から注文に含まれるだろうし、研究者というのは研究に没頭しすぎて風呂とかを忘れた生活をして不潔になることも多々あるので、『汚れを落としやすく』というのだって想像がつくだろうが、『汗をかいて大変なことになる』というのは思い付かなかったのだろう。
オーダーするお偉いさんもどうやら現場を離れて汗疹の辛さを忘れていたようだし。
まあ、それはともかく。
ついでに冷感タオルは自分用に、寝る際に枕に巻いたらいいかも知れない。
背中が痛痒くってついつい引っ掻くと瘡蓋が取れて『痛痒い』が『痛くてちょっと痒い』に変化。
治ってきたらまた『痛痒い』になるんだろうなぁ。
今度こそ瘡蓋を剥がさずに、治るまで寝ぼけてても掻かないようにしないと・・・。




