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短編

100年の恋が冷め続ける理由

作者: 鶴

「シャロン。お前やっぱりそんなに俺のことが好きだったんだな。そこまでいうなら仕方ない結婚してやろう」

「お花畑は進行中ですね。何度でも言いますが、貴方など大嫌いです。結婚などお断り致します。さっさと消えて」


満開の色とりどりの薔薇が咲き乱れ、濃厚な薔薇の匂い庭を埋め尽くしていたバラ園とも呼ぶに相応しい友人の屋敷で開催されたお茶会での出来事。


庭に充満していた甘く濃厚な匂いが、あの日あの出来事と重なって私の脳裏にいらぬ思い出としてまた一つ刻まれる。


10年前の出会いと同じように、この屋敷の庭で繰り広げられ、薔薇の匂いが消え去ると同時に、

私の中で芽がでた瞬間に育つことなく枯れていった小さな小さな恋心。

変わりに大きく育った氷山のような冷たい感情は今でも解けることはなく、今回の出来事によりさらに大きく育つだろう。


自称『婚約者候補』であるこの男が、私について回る限り――。



シャロン・ハインツベル。それが私の名前。

ハインベル家の三姉妹の長女で、ハインベル伯爵夫人を担う後継者だ。


まぁ、実際には私の旦那様となる方がハインベル伯爵を名乗られるので、後継者は私の夫となる方なのだけど、生憎と私には決まった相手がいない。

そのため、このままいけばハインベル伯爵は妹の夫に継がせるべきか、私が伯爵として継ぐかの二択なのだが、正直私が伯爵を継ぐなど不安すぎてお断りしたいと思っている。


だからこそ、お茶会や夜会で手頃で問題の無さそうな婚約者様を見つけ出さねばならぬというのに。

それを毎回毎回あの男が邪魔をするのだ。

口に出すのもおぞましい腐れ縁の男―――レイド・ライナリィ。


奴が言うには自称ではなく、『自他も認める婚約者候補』で、最も私の夫に相応しく結婚も時間の問題らしい。なんて思い込みの激しさだろう。

どの口がそれを言ってくるのか、出逢うたびに私に向けて放つ自分の言葉を理解していないのだろうか。


10年前のあの事件が無ければ、確かにレイドとはもう正式な婚約者であり、結婚も時間の問題であったといえるだろう。

どちらの家の高爵位の家で、レイドは次男であるし、なにより

ライナリィ家とハインツベル家は互いの両親が友人関係にあるからか、他家に比べて有効な関係なため、互いの結婚には何の問題もない。

むしろ親同士は結婚して欲しがっているレベルなのだ。


それなのに婚約にいたらなかった全ての理由こそ、レイド自身の問題。

あの性格さえ私が知らなければ、私がもう少し大人であり何を言われても右から左へ聞き流すことができていれば、全ての面倒なことが片付くのだと。

分かっているが、理解はできても納得ができない私はまだまだ子供なのだと、成長しない自分自身に涙が出てくる。



「姉様、またレイド様からの求婚をお断りになったそうですわね」


ぼんやりと家のリビングで色々思い出していたら、いつの間にか妹のシャリアーナが座っていた。


自分と同じ、母親譲りの茶髪と青瞳で自分よりも毅然としたすぐ下の妹。


我がハインツベル家は、私や私の将来の夫ではなくシャリアーナが継いだ方が絶対に良いのにとずっと思っているが、妹にはすでに嫁にいく家が決まっているので、そこはどうしようもない。


そもそも妹には幼き頃から婚約者がいて、長女の私には正式な婚約者がいないってのはどう考えてもおかしいのだが、そこは考えないことにする。

全て、あの男のせいなのだから。


「今回のお茶会でも、婚約者に相応しい方はお見えになりませんでしたの?」

「そうね…。今回もよくわからなかったわ」


貴族間での結婚適齢期がだいたい20歳前後のこの国で、15歳の私がいまだ正式な婚約者もいない状態などそろそろ本腰いれて取り組まねばと思っているのだが、なかなかにうまくいかない。


お茶会だ、夜会だと母親や父親とともに貴族間のコミュニティに参加し、知り合いを増やしているにも関わらず。

15歳で学園へ入学した私は、卒業予定の年齢が結婚適齢期にあたるため、学生として学びながらも、自分の家と領地、領民を守っていける

未来の夫も探さないといけない、そんな時間が全然足りない状態なのに。


「レイド様からの求婚をお受けしたら、一番早いと思うのですけどね」

「絶対に嫌よ」

「けれども、どこへいっても結局はレイド様からの邪魔が入っているのでしょう?」

「・・・そうね」


家柄や性格、容姿や知性に気品、礼儀に悪い噂に、大人達からの評価に。

私の婚約者となる相手には全てが高い水準を求められる。


そこに関してはしょうがないとは思う。

将来『ハインツベル伯爵』その名を継ぐのだから、相応しい相手をと思うと相手の範囲はかなり狭まってしまう。


そして、現時点で婚約者がいない適齢期の相手、となるとさらに範囲は狭まるといういうのに、来る日も来る日も同じ男が邪魔してくるため、本当に全然進まない。


いいなと思った相手がいたら、いつの間にか別のご令嬢と良い雰囲気になっていたり、

こちらからアプローチをかけようと思った相手がいたら、先にその相手に話しかけ会場から連れ出してしまったり、私の目の前で別のご令嬢を紹介したり。


両親の知り合いからの紹介で知り合った方々からは、『レイドに悪いから』って線を引かれ、ダンスすら踊っていただけないことも多々ある。


今日こそは!と意気込んでドレスアップしたのに、どなたにも誘っていただけず、さらには恥を忍んでこちらからお誘いしてもさらっと断られてしまい、結局壁の花となることの多いこと…。

あの瞬間のいたたまれなさったら無い。虚しさとか切なさとか怒りとか抱えたままの針のむしろ状態で、曲が終わるまで微笑んでいなくてはならない辛さ。


会場にお友達がいればまだいい。

問題はいない時。そのタイミングを狙って毎回のようにあの男は『結婚してやる』だの、『お前が望むなら婿に行ってやる』だの、『ダンスの相手すらいない可哀想なお前に、心優しい俺が相手をしてやる』だの。自信満々な素振りで言ってくるのは本当に本当に腹が煮えくり返る瞬間である。


最初は私に気があるのかと、これが噂の恋の駆け引きというやつなのかもなんて、すこしは前向きに考えてみたのだが、ここまであからさまだともう完全な嫌がらせだと確信している。

なんてしつこい男なのだと、本当に本当に腹がたって仕方が無い。


「ふふ。レイド様ったら年々、形振り構わず、になっておりますものね」


シャロン・ハインツベルいるところに、レイド・ライナリィ有り。


貴族の間で囁かれている不名誉な称号である。嬉しくない。


「あの男もいい加減、嫌がらせではなく自分の婚約者を探すべきだわ」

「レイド様はご令嬢に厳しいと有名ですものね」


自分の家を継げない次男なのだから、今から良縁を探して自分の未来に時間をかければいいのに、いつまでたっても私への嫌がらせに時間割いてくる謎な行動の数々。


「高望みしすぎなのよ」


メイドが新しくいれてくれた紅茶を堪能しつつ、ふと口をつけたティーカップを眺める。

暖かい紅茶をいれても持ち手が熱くならないように、しっかりと厚みのあるカップ。それでも重くならないようにギリギリまで軽さを求めているのか、部分的に美しい花と蝶が掘られており、澄みきった紅茶の色を邪魔をしないように淡い青色が縁を染めるそのカップは、私のお気に入りの一品でもあるだが…。


「ふふ。本当にレイド様は謎な方ですわね。そのティーカップはレイド様からの贈り物なのでしょう?」

「・・・・・・さぁ、どうだったかしら」

「その鈴蘭の髪飾りも、レイド様からの贈り物では?」

「気のせいではなくて」

「よく使われている、秋桜が掘られたあの万年筆だって」

「・・・・・・」

「この間夜会でお召しになった、ベルベットのチョーカーだって」

「シャーリー、…何が言いたいの?」

「いえ、本当にレイド様は不思議な方だなぁと、実感しているだけですわ」


含み笑いを続ける愛しい妹。

妹は優しさも兼ね備えた立派な淑女に見えるが、本当はイタズラが大好きで、好奇心旺盛な、普通の可愛い女の子なのだと私は知っている。


「そうね・・・。全てあの男からの贈り物…かもしれないわね」

「姉様ったら。そろそろお認めになっては?」

「仕方ないじゃない」


いつもプレゼントを我が家に届けてくれるのは、ライナリィ家に古くからつかえている顔見知りの執事。

誰からとは言わず、『お受け取りください、主からの心よりの贈り物でございます』のみだけ。


最初はライナリィ家の方々からの謝罪の贈り物なのかと思っていたけど、それにしては手紙が添えられていないし。

本来贈り物にはマナーとして短くても手紙を添えるものなのに、あの真面目なライナリィ家の皆様がそんなことするわけないもの。


だとすると、これはあの男の個人的な贈り物かも。って疑ったところで後日あっても贈り物のことは何も言ってこないし、わざと使って見せても反応はないし。


なんだか怖くて捨てようとしたら、私への想いがつまっている贈り物なのだから、捨ててはかわいそうだよなんて苦笑いで止めるお父様やお母様は、贈り主がわかっているようで、そうなるとやっぱりライナリィ家が関わっててなんてぐるぐるしてしまうのだ。


「確証はなくとも、全て姉様の好みの物で、しかも毎回レイド様に会われた後に、姉様だけに届くのですから、決まったも同然では?」

「やっぱり・・・そう考えてしまうわよね。本当に何がしたいのかわからないわ…」


出逢うたびにいちゃもんをつけて、早々に私を会場から帰宅させた後に好みすぎる贈り物を送ってきたり、嫌がらせはしたいけどハインベル家は敵に回したくないってことなのかしら。

男性の気持ちはわからないわ。


そもそも最初で問題が起きなければ、こんな意味不明なことに悩んだりもしなくてよかったはずなのよ。


あの男に初めてあった10年前。あの男が無言でさえいてくれたら・・・。

ハインツベル家とライナリィ家どちらとも親交がある家での、薔薇のお茶会に母親と参加した私は、

あの日初めて着たドレスと普段よりも少しヒールが高い靴に緊張していたのよね。


それでも、周りのお姉様方のようになりたくて少しでもと真似をしてゆったりと歩いてみたりなんかして、今思うとあれはゆったりではなくて恐々って表現がぴったりだったと思うけど。

お庭には色んな色の薔薇が咲き誇ってて、どこをみても大輪の薔薇が広がってて圧巻だったわ。

そんなお庭を背景に突然現れた、近い年の綺麗な顔の男の子だなんて、物語の王子様のようで。一目ぼれしてしまったわ・・・。

その後に続く『そんな地味な色で薔薇の中にいると、埋もれてしまうぞ』だったから、すぐに目が覚めたけどね。


地味な色って酷いわよね。

確かに私の髪の色はこの国では珍しい色でもないし、あの日着ていたドレスは若草色だったと思うけど、回りを囲む薔薇に比べれば地味だったかもしれないけど、『埋もれる』は流石にないと思うのよね。もう少し言い方ってものがあったと思うわ。


その後に偶然再会したお茶会では、流行もパステルカラーのドレスと小さな花や星をモチーフにした髪飾りで、気合をいれてみたら『今日は派手なんだな、前の色の方がマシだった』とか、色気で攻めてみるのもありだとお友達にアドバイスされて少し背伸びをしたドレスを着てみれば『お前にそのドレスは似合わない、お前は自分に似合うものもわかってないのか』とか、苦手なワルツで苦戦していれば『そんなダンスでは誰とも踊らないほうが良いんじゃないか。しょうがないから優しい俺が相手してやる』とか散々言ってくれちゃって。それを正面から本人に言うあの男の神経を疑うわ。


「姉様、もう諦めてレイド様の求婚を受け入れたらいいのに」

「絶対に嫌よ。結婚よ一生ものなのよ。愛は無くても心ある方が良いと思うのは仕方ないじゃない」

「心ならあると思うわよ」

「嫌よ。真っ黒な心なんてお断りだわ」

「まぁ」

「さぁ、来週の夜会のドレスを準備しないと。今回も気合いれていくわ!」


他にもまだ言い足そうなシャリアーナから自室へと逃げ帰った私宛に、また謎の言葉とともに欲しいと思っていた香水が届けられ、

シャリアーナの意味ありげな視線にいたたまれなくなるのは、それから数時間の話。


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