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ハルはどこだ

 織姫ハルは、生まれたときからの幼馴染だ。

 ものごころ付いた頃には、もう隣にいるのが必然の存在だった。

 「昔からお節介な性格で、よく俺の世話を焼いていた」…と、ハルは以前誇らしげに語っていたが、決してそんなことはない。むしろ俺が、ハルの世話を焼いていたと思う。道に迷ったおばあさんを助けようとして迷子になったハルを探したり、弁当を忘れた友達に自分の弁当をあげて、逆にお腹を空かしたハルに昼飯を分けたり…。「もうちょっと考えたらどうなんだ?」って手を貸す度に思う。

 思うだけじゃなく口にも出すのだが、ハルはいつもニヘ~と笑って、

「考えるより先に、動いてるんだもん」

なんて答える。


 ―いつか痛い目見るぞ―


幾度となくそう感じてきたが、実際には起こるはずがない。そう、思っていた…。

この忠告は、神様には届かなかったようだ。

 

 思春期というのは、必要以上にくっつく男女の関係を大きく変える力を持っているらしい。

 高校生の時期には、すっかり学校内で話すことが無くなっていた。

 それは、ハルが場の空気を読んだからかもしれないし、(またはハル)、もしくは両方が、無意識のうちに距離をとったのかもしれない。そんなの、どうだっていいことだ。

 ただ、仲が悪くなった訳ではなく変わっていないこともあった。毎朝欠かさず、ハルが俺を迎えに来ることだ。

 面倒なことに両親の仲もよろしいので、ハルは毎回二階の俺の部屋まで勝手に上がってくる。うちの母も黙認だ。少しは警戒してほしいものだが…。

 ハルが起こしに来るのが、日課だった。ほんのつい最近まで。


 ある日、ハルは起こしに来なかった。俺は、たぶん初めて自力で起床した。

 日課がない、抜けた感覚のまま俺は登校した。

 母はちょうど、出張で家にいなかった。


 学校に行く前にハルの家を覗いたが、人の気配がない。

 

(とりあえず、学校に行こう。ハルとはクラスが違うし、学内で話すわけにもいかないけれど、お昼にでも登校しているかだけ確認しよう)

そう決めて、早足で学校に向かった。

 

 学校に着いて一限が始まった頃、急に校内が騒がしくなった。

 授業を行っていた先生も、慌てて廊下に顔を出す。

 何があったのだろう。


徐々に、教室の中がざわめき始める。


(○組の××が事故ったんだって!)

(えっ?そうなの?)

(××さん、可哀想……無事だといいけど)

(××さん今昏睡状態らしいよ)


聞こえてきた会話から、誰かが事故ったらしいことが分かった。うちのクラスではなさそうだ。

暫くして、一限担当の先生が戻ってきた。口をキュッと締め、いまにも「これから悲しい話をします」といった雰囲気だ。

生徒の囁き声は耐えない。先生は少し静かにと一言発し、その様子お構い無しに報告を始めた。

「えー、○組の××さんが交通事故に遭いました。今近場の総合病院に運ばれたようですが、意識不明の重体です。…… 先生はその事で緊急会議があるからみんな自習しててくれ」

あれ?

「すまんな。彼女は小さな子供を助けようとしてトラックに轢かれた らしい。余談でしかないがな。まぁ、命あっての人生だ。××さんの無事を、よければ祈ってくれ。じゃ……」

そう言って、先生はまた教室を後にしてしまった。

コソコソだった話し声が、一人、一人とじわじわと大きくなってくる。教室が反響し合う。隣も、そのまた隣のクラスも、状況は同じようだった。

そんな喧騒の渦の中、俺は頭を抱えていた。

教室の噂話や、先生の言葉。俺は真面目に聞いていたはずなのに、何故か事故に遭った生徒の名前を聞き取れていなかった。それなのに俺の動悸は、まるで絶叫マシンのアトラクションに乗る前みたいにバクバクいっている。なぜだ?

(聞き取れていなかった?違うだろ?)

俺の中で、誰かが指摘する。だれだ?

(もう分かってるくせに。知らないふりしてる)

違う。俺は……。

(聞こえなかったんじゃない。把握出来なかったんだ……あまりに ショックで)

俺が、ショック?

(認めなきゃ。手遅れになる前に)

これは…俺?

(俺が今日、会えなかった人……会わなきゃ)

そうか。

(事故に遭ったのは…彼女は……)


「ハル!!!」

叫ぶと同時に、俺は走り出した。

(ハル!…ハル!)


『3組の織姫ハルさんが事故ったんだって』

『織姫さん可哀想…無事だといいけど』

『織姫さん今昏睡状態らしいよ』

『3組の織姫ハルさんが交通事故に遭いました…』


 俺の意識は今、ハルにしか向いていなかった。


 ハルに、無事なハルに、会いたい。


 どうすれば会える?どこにいる?


 学校の外までなりふり構わず全力疾走してきたが、俺は立ち止まる。

「どこにいけばいい?」

 胸が締め付けられるように痛い。呼吸が苦しいのか、心が苦しいのか。もう俺には区別できなかった。

 (近くの病院…)

 気持ちだけが焦る。

 見つかるはずも無いのに、右に左に彼女の姿を模索する。

 しかし、視界に入るのは知らない人ばかりだ。

 (どこだ、どこにいる…)


「ブー、ブー!」

 俺のポケットの中でスマートフォンが振動した。

 着信は、母からだ。

 慌てて着信ボタンを押す。

「ベル!?ハルちゃんが大変なこと…」

「知ってる!…場所は?ハルはどこにいる!?」

 実家に近い病院だった。帰宅途中にある大きな総合病院だ。

 居場所を認知すると、もう一度俺は走りだした。一時も早くハルに会いたかった。


 病院に駆け込むと、すぐに母の姿が見えた。母と合流をし、奥にある集中治療室へと足を向ける。

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