聖女と買い物
ローレンが買い物があるというので、珠美も一緒に店に行くことにした。
途中でマーサさんは自宅の宿屋に帰っていった。宿屋の入り口にあるつる薔薇は、たくさんの徒長枝を伸ばしており、手入れが大変そうだ。マーサさんもこれから薔薇の枝の剪定をすると言っていた。
「あそこがスパポーンさんのお店だけど、ローレンさんは家が近いからもう買い物に来たんでしょ?」
「ええ、当座の食料だけは買い足したんだけど、服なんかが家には最低限しか揃ってなくて……」
「ああ、わかるわかる。最初はそこよねー もしかして、ローレンさんもカード残高が3万ドドルからだったの?」
珠美がそう尋ねると、ローレンは驚いたようだった。
「珠美さんも3万ドドルだったの?! 私は店屋の人にそう言われて、聖女だから少ないのかと思ってたのよ」
「は、聖女? ローレンさんって、聖女が職業なの?」
「珠美さんは知らなかったのね。さっき、教会に村の人が集まって、100年ぶりの聖女降臨だから、教会のことをよろしく頼むと言われたのよ。私は聖女なんてガラじゃないんだけどねぇ。前世では大学の図書館で司書をやってたの」
「へえ~」
そうか聖女だから教会の裏のとんがり屋根の家に住むんだね。
店に入ると、珠美とローレンが揃ってやって来たのを見て、スパポーンさんは笑っていた。
「さすが魔法使い同士だね。もう知り合いになったのかい?」
「そこでマーサさんに紹介されたのよ」
「ハハッ、そうか…………い?!」
しかし珠美が近くに来ると、作業していたスパポーンは口を「い」の形にしたまま動きを止めてしまった。
「……た、珠美、いったいどーしたのさっ、その顔!!」
「あー、ちょっと変わった魔法の呪文を覚えたら、こんなことになっちゃって、へへっ。今は29歳なんですよ~」
「今はって、どういうこと? 前は違う年齢だったってこと??」
ローレンはマーサに引き続き、スパポーンも珠美の見た目のことを言っているので、何か変だと思い始めたようだ。
「うん、一か月ほど前に私がこっちの世界に来た時には、ステイタスが15歳表記だったんだよねー」
「え、それって一か月で倍近く歳をとったっていうこと?」
「んー、ちょっと違うかな。5日前に一瞬で年老いちゃった。ローレンも統一呪文を習得する時には気を付けたほうがいいよ~」
「へ、へえぇ……」
「スパポーンさん、ローレンさんは着るものをみたいそうよ。私は合い物のシーツを作る布が欲しいんだけど」
「お、おう、まいどありがとうございます」
ローレンが既製服や下着を見ている間に、珠美はシーツに使う広幅の布を、多めに15メートル切ってもらった。ゼスが家に居ついてしまったので洗い替えのシーツもいるだろう。
それに帰りにはサミー牧場へ寄って、肉なども買い足しておいたほうがいいかもしれない。ゼスは食べるのを生きがいにしてるからね。
珠美は醤油やみりんなどの少なくなっていた調味料をレジの側に置いて、小人族のところに持っていくカレー粉も大量に選んだ。
「まぁ、珠美さんはこんなにたくさんの布やカレー粉をどうするの?」
「そういえばそうだね。また何か変な物でもこしらえるのかい?」
ローレンとスパポーンに不思議がられたが、詳しく話をすると不思議でも何でもない。
「うわぁ、山に住む小人たちに、魔術書を書くような大魔法使い! まるでファンタジーの本の中に迷い込んだみたい……」
なにか夢のような素敵な物語をローレンは期待しているのかもしれないが、現実はそんなにいいものでもない。特に大魔法使いというものは、怠惰にできていて金食い虫もいいとこだ。
スパポーンは珠美のカードの精算をしていたが、前に頼まれていたことを思い出したらしい。
「そういえば珠美に頼まれてたガラス窓ができてるよ。今日、持って帰れるかい?」
「うん、持って帰る! これで魔法で虫よけをしなくてもよくなったわ。ゼスさんが部屋に入る度に『防虫』魔法を使うのは不便だとブツブツ言ってたから喜ぶわ」
スパポーンが裏から持ってきたリヤカーに乗せられていた何十枚もの窓を、珠美がちょちょいと触って一気にお腹の『収納』に入れたのを見て、ローレンは目を白黒させていた。
「なんか、珠美さんの魔法ってすごいわ~」
「珠美はちょっと変わった魔法使いだからね。サミーだって、こんなに早く『収納』魔法を使えなかったよ」
「そうそう、そのサミーよ! ローレンさん、ちょっと頼まれてくれない?」
それからローレンに詳しい話をして、サミーとの花祭りのデートのことを了承してもらった。
「やれやれ、タングさんにも困ったもんだね。シャリナとサミーじゃ釣り合わないだろうに」
スパポーンもそう言って、タング夫人のことをローレンに説明してくれたので、話がスムーズに運んだ。
これは、帰りに牧場へ寄るのは決定ね!
ミヨンに相談しようと思ってたから手間が省けたわ。
帰りにヘイじいさんの家に寄って、聡さん達が住む新しい家の報告でもして帰ろうかしら。
明日からポコットが開店か。
自分が作ったものがたくさん売れたらいいな~
雑貨の売れ筋を考えて、補充商品を作っておくべきかしらね。
珠美はそんなことを考えながら、ローレンと別れ、店の裏にあるヘイの家へ向かっていった。




