魔術書
やっとこれが読めるね!
珠美が嬉しそうに魔術書を持ってきて台所のテーブルにつくと、ミーニャが仕方がない子ねというように笑った。
表紙をめくると古い本特有のくすんだ匂いがする。
「うわ、一ページ目から何が書いてあるのか読めない~」
「それはこの世界の共通言語で書かれてあるからニャ。後ろの言語検索ページの日本語を探して、そこに書かれている呪文を言ってみるニャ」
なるほど。
ミーニャの言う通りに本の最後のページを見てみると、小さな字でたくさんの言語が書き並べられていた。
老眼だと厳しいけれど、15歳の身体をもらった珠美には苦も無く読めてしまう。
若いっていいな。
「えっと、日本語日本語……あった! なになに? 【ホンニホン ゴナラベナラト マシマスル】?」
珠美が呪文を唱えた途端に、魔術書があたたかくなってボワンと光を発した。
驚いて本から手を離した珠美に、ミーニャはよくできましたというように頷く。
「これで読めるようになったニャ。でも読む時にも魔力を使うから、Fランクの珠美だと読む場所を絞った方がいいニャ。まずは言語と着火を覚えると便利ニャ」
そうか、店に買い物に行くには言葉が通じなくちゃいけないし、着火はご飯を作る時に一番使う魔法だ。
しかし魔力を消費してしまう本か……
本好きの珠美にとっては、ずっと読み続けられない本というのは、とても残念な感じがする。
ランクが上がると、読み続けられるようになるのかな?
気を取り直して、まずはミーニャお勧めの魔法からだな。
最初のページに戻ると日本語で表記してあり、今度はスラスラと読むことができた。
魔術大全 著 ゼス・ダンバール
ふんふん、ゼスさんという人が書いたのね。
ページをめくると、献呈文が書いてあって「魔神 ドルチェ に捧ぐ」となっていた。
へーほー、魔神なんているんだ。すごいなぁ、この世界。
やっと次のページに目次があった。
ミーニャが言った言語と着火の魔法は、生活魔術の章に載っていた。他には水を出すウォーターや光を灯すライトなどもあるようだ。
珠美が言語のページを開くと、最初に種族別基本言語の習得と書いてあった。
その種類を見て驚いた。
地球星と書かれていたところには、英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、アラビア語、韓国語、中国語などがズラズラと出ている。まるで某国営放送局の春の語学習得用のラインナップのようだ。
まだある。
スーラ星のところには、上級エルフ語とか精霊語もあるし、古代竜語なんていうレアそうなものもあった。
うちのお婿さんが見たら、よだれを垂らしそうね。
「ヘブンの共通語を覚えたらいいニャ。この辺りの人たちはたいていそれを使えるから」
おー、ここはヘブンというのか。
神様の農場があるくらいだもの、ヘブン=天国なのね。
《ヘブン 共通語》
神の試験場とも言われているヘブン星には、多種族が暮らしている。
大きく分けて、ウノス、ケトラ、カーントの三大陸に住民が住んでいる。
特に大きな大陸であるカーント大陸では、1500年前から共通言語が使用されてきた。
魔術の発達により、最初に習得する基本発声が統一されてきたことから、今では地方に一部、方言が残る以外、ほぼ同じ言語が話されている。
※ 魔力 Fランク から習得可能
呪文 【アンカント クライセス モジリアーヌ】
へぇ、ここの大陸は言語が統一されているのか。
カーント大陸ね。
国なんかもあるのかしら??
珠美はミーニャに質問する前に、呪文を唱えてみることにした。
「【アンカント クライセス モジリアーヌ】!」
今度は自分の中の元気の素がごっそりと削られるような感じがした。その後で身体全体があたたかくなると、脳がかき回されているような感触がした。
「ウゲゲゲッ、なにこれ?! 気持ち悪い」
船酔いのように頭がユラユラする心地になって、吐き気を我慢していると、徐々に脳みそが落ち着いてきた。
「ふぅ~、魔法って体力勝負なのねぇ」
「こういう覚えるタイプの魔法は仕方がニャいね。それに言語魔法はFランクの中でも魔力を使う部類に入るから」
もうミーニャったら、それを先に教えといてよ。
「ここはカーント大陸っていうそうだけど、何か国かの国に分かれてるの?」
「国はないニャ。5つの地方に分かれてる。この農場は西の外れにあって、西部地方と言われてるニャ」
「へー、もしかして東西南北の地方と中央かしら?」
「ご明察! 珠美は頭がいいんだね」
あの軽そうな神様だったら、単純な分け方をするかなぁと思ったことは内緒にしておこう。
「ウノス大陸にはダンジョンがあるから冒険者ギルドがはばをきかせてるニャ。ここは転生者に人気が高くて、昨今は人口が増え過ぎてるらしいよ。もう一つのケトラ大陸は王族や貴族が治めている土地が多いニャ。カーント大陸が一番民主的かニャ。だから共通語なんかも昔から取り入れられているんニャ」
ふうん、ここの大陸に転生できて良かったかも。
ダンジョンというところには強いオバケがいるんじゃなかったかしら?
娘婿が「回想の攻略」だとか言ってた気がする。
※ 注 : 「回想」ではなく「階層」である。ちなみにダンジョンにはオバケもいるかもしれないが、一般的にいうと「魔物」だろう。珠美のゲーム知識にはたぶんに誤解が含まれている。
王子様やお姫様は見てみたかったけれど、庶民として暮らすには封建主義社会より民主制のあるところの方が生活しやすそうな気がする。
さて、次は着火魔法か……
「ねぇ、またこんなふうに気分が悪くなるんだったら、魔法の習得は明日にしようかな」
「あ、着火魔法はそんなに魔力を使わなくても習得できるニャ。心臓のところと両手がほんのりあたたかくなるだけだし」
ミーニャにそう言われたので、珠美は着火魔法のページを調べて呪文をみつけだした。
「なるほど、面白い呪文ね。【ヒツケマキツケ チャッカマン】!」
さっきよりも少ない元気の素が奪われて、ミーニャが言う通りに手がポカポカしてきた。
「珠美、どっちの手が、よりあたたかい?」
「え? そうね、どちらかというと右手かな?」
「それニャら珠美の利き腕は右手だニャ。右手に集中して呪文を唱えてごらん。心臓から血液を手の先まで送り出すような感じで念じるのよ」
おほほ、いよいよ魔法を使うって感じね~
右手の指先にね。
「よっし、やってみよう! 【ソツケマキツケ チャッカマン】!」
あれ? 何にも起こらない。
「珠美、呪文が違うニャ」
ミーニャが目をクルリと上にあげて、呆れかえっている。
……………………
猫に呆れられちゃった。
「ゴホン、ちょっと間違えたのよ。今度は大丈夫。ええっと【ヒツケマキツケ チャッカマン】」
珠美が本の文字列を見ながら慎重に呪文を唱えた途端に、右腕がカァッと熱くなって、人差し指の先に長細い炎があらわれた。
「わっわっわ、え? 止める時はどーするのぉおおお?」
「慌てニャいで。供給しているガスのスイッチを切る感じをイメージすればいいから」
「わ、わかった」
ガスレンジのスイッチを意識したら、やっと出ていた火が止まった。
火傷をしていないかどうかマジマジと指先を見てみたが、赤くなってもいないし、水ぶくれもできていなかった。
……不思議だ。
こうして珠美の魔法生活が始まったのだった。




