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神様に借りた農場  作者: 秋野 木星
第一章 四月
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闘い

神庭の滝からの帰り道、林の奥の方からガサゴソと音が聞こえてきた。


「珠美、気をつけて! イノシシだ!」


ペロルが警戒の声をあげた途端、ドッドッドという音と共に巨体を震わせてイノシシがこちらに向かってきた。

珠美はアニメでしかイノシシを見たことがなかったので、とっさに木の影に隠れた。

猪突猛進(ちょとつもうしん)」という四字熟語があるくらいだから、隠れていればイノシシは真っすぐに走っていってどこかに行ってしまうと思ったのだ。


ところがイノシシというのは、思っていたより頭のいい動物だったみたいだ。

少し行って、クルリとこちらに向き直ると、グフッとよだれを垂らしながら牙をむき再び突進してきた。

真っすぐではなく、こっちの動きを捉えながら、器用にフェイントをかけている。


珠美がもうダメだと思った時に、ペロルが唸りながらイノシシの首筋に噛みついた。


「ペロル!」


グワッ! グルルルルッ

イノシシは体重の軽いペロルを振りほどこうとして、右に左に暴れながら首を大きく振っている。


このままではペロルが危ない。

珠美はふと閃いた『ウィンドカッター』を使ってみることにした。


「【ビュン キット カット】!」


珠美の放った風魔法は、暴れているイノシシの四肢を見事に切断した。


イノシシはドウッと砂埃をあげながら倒れていき、ペロルはイノシシにつぶされないように、軽々と横に飛びのいた。


「ふうっ、すげーや、珠美! 助かったよ。ついでに首筋の動脈を切断して、血抜きをしなくちゃね」


ゲゲッ

さっきは無我夢中だったので、魔法を使うことにためらいはなかったが、こうやって落ち着いてイノシシを見ていると、ヒンヒンと断末魔の鳴き声をあげているのが気の毒になってしまう。


「痛みを長引かせるよりも、引導を渡してやった方が親切だよ。そういえば今朝『解体』魔法を習得してたじゃないか、それなら血抜きをしなくても大丈夫だよ」


ペロルに言われて、珠美は『解体』魔法を発動した。


「【サスレバ ミゴトニ カイタイス】」


イノシシは高く吠えると、みるみるうちに光に包まれていき、毛皮、肉、骨に分割されると、空中を飛んできて珠美の収納倉庫へと吸い込まれていった。


「うわぁ、うわぁ、なんか変な感じ~」


「何言ってるんだよ。さっきムー牛の肉を美味しそうに食べてたじゃん」


それはそうだけどさ。

命を頂いていることは頭の片隅にあったものの、動物の死と肉の関係をこんなにリアルに見たのは初めてだったんだもの。

現代人には刺激が強すぎるわ。



血の臭いから逃避したくてぼんやりしていた頭に、なんとか喝を入れて、再び家への道を歩き出した。

歩いていくうちに、今度はいい匂いがしてきたので側にあった木を見上げると、それは月桂樹の大木だった。


「ベイリーフだ……」


ローリエとも呼ばれるこの月桂樹の葉っぱは、スープのブーケガルニ(香草の束)の一つとして広く使われている。

珠美もシチューを作る時や、ハンバーグにかけるデミグラスソースを作る時によく利用していた。スーパーでも度々乾燥したローリエの葉を買っていたので、そのお金を倹約するために園芸店で月桂樹を買ってきて、鉢植えで育てたりもしていた。


こうやって出会うのも何かの縁よねー

珠美は何枚かの葉を頂いて、小さな実生の木がないか辺りを調べてみたら、すぐ近くに珠美の背の高さぐらいの月桂樹が生えているのを見つけた。

考えていたよりは大きな木だったが、掘り上げて持って帰ることにした。

月桂樹もハーブガーデンに植え付けよう。



林の中を歩きながら、山椒の木も見つけて、葉を採っておいた。

家に帰ると、早速、きゃらぶきを作っておくことにする。

フキの柔らかそうな茎を皮ごと使う料理だ。山椒の葉を入れて醤油辛く煮つけるのだが、針金のようにかたくなったフキに冷水を加えて何度も煮ていくと、つやが出てふっくらと柔らかなきゃらぶきができあがる。

珠美はきゃらぶきが大好きで、冷蔵庫にはいつも常備菜として入れていた。


きゃらぶきを煮つけている間に、水に濡らしたフキの葉っぱで包んだタケノコを薪炭の中に入れて丸焼きにする。

ワラビの方はまんべんなく灰をまぶして、熱湯の中に浸けると、これを一日放置しておいてアク抜きをしていく。後は浸けている水を替えればいいだけだ。


こうやって下ごしらえをしておいて、火の番はいつものようにミーニャに頼むことにした。

そして珠美は月桂樹をハーブガーデンに植えに行った。


月桂樹は大きくなるので、シンボルツリーにするために、ハーブガーデンの一番後ろ、他のハーブを守るような位置に植えることにした。

こういう大きな木を植えるのにも『掘削』魔法が大活躍だ。

穴の中には腐葉土と水をたっぷりと入れたうえで、慎重に木の根に土をかぶせていった。最後に春の強風で倒れないように支えの木を結んで完成だ。


「世界樹みたいだね」

ペロルがそんなことを言っていた。

世界樹とは何か知らないが、月桂樹に似ている青々とした常緑樹かなんかで、空気を浄化して皆を守っているんだろうな。



炊事場に戻ってみると、タケノコが汗をかきながら、いい匂いをさせて焦げていた。

タケノコを掻き出して冷ましているうちに、水分がなくなったきゃらぶきの鍋をクドからおろして、フタをして最後の煮汁を含ませておく。

そして豆腐とワサビの葉や茎で、甘味噌味の白和えを作った。


今日はタケノコの穂先の柔らかい所だけを温かい刺し身にして食べるつもりだ。

下のかたいところは、明日、ワラビやフキと一緒に煮物にすることにする。


晩御飯は山菜尽くしだった。

白飯にきゃらぶきは、いつも通りにご飯が進む。ワサビ醤油をちょいとつけて食べるホカホカのタケノコの刺身は、日本人で良かったと思わせてくれる味だ。白和えはそんなすべての食材を優しく包んでくれるホッとする味だ。ワサビの茎の歯触りとピリッととした辛みが、そんな優しい味のアクセントになっていた。


今日はテレビの番組で観た、秘境に住む村人にでもなった気分だったな。

山からの恵みをこんなに感じたことはなかった。

こうやって自然と闘いながら、季節の恵みを享受しながら、人間は長い間生きてきたんだろう。


夕食が終わって、珠美は『ライト』を灯しながら、いつもの裁縫をしていた。

『裁縫』魔法があるので、頭の中で想像したデザイン通りに布を断つことができる。

昨夜は替えのパンツと弁当用の風呂敷を作ることができたし、今夜は作業着のズボンをこしらえている。

ここにミシンはないが、魔法とはありがたいもので、今までの珠美よりもハイペースで作業を進められている。

明後日には、何日も着続けて汚れきった作業着を、ようやく洗濯できそうね。



凝ってきた肩を、時折トントンと叩きながら、珠美は柔らかな布をチクチクと縫っていった。

ミーニャはあくびをしながら、頑張る珠美の姿を優しい目でずっと見ていた。

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