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神様に借りた農場  作者: 秋野 木星
第一章 四月
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神界の試み?



挿絵(By みてみん)


  by 相内充希さん





吸い込んだ空気の中に懐かしい焚火(たきび)の匂いがして、珠美(たまみ)は微笑んだ。


珠美が生を終えた場所は、今ではそこそこ住民数の多い都会になっている。

そのため春先に田んぼで干し草を焼いた時の、あの香ばしい匂いを、もう何年もかいでいない。


冬枯れした多年草の根元から、みずみずしい新芽が顔をのぞかせる時期が、この世界にもやってきているようだ。

新芽にお日様の光が十分にあたるように、冬の寒さで枯れてしまった葉や茎を鎌で取り除き、それを野焼きにする。

そんな作業が始まると、農家にまた忙しい日々がやって来る。


昔は、田畑を包むこの焚火の香りが、長い農作業の始まりを告げる進軍ラッパのようなものだった。

春のこの匂いを胸に吸い込むと、これから新しい年度に向けての仕事の日々が始まるんだと、心が浮き立ってくる。


『今年は米の収穫量を増やすぞ!』


土手で桜の花見をしながら、毎年のように言っていた父親の、日に焼けた顔を思い出す。




ふふ、私も神様と約束したからには、ここの農場を発展させていかなくちゃね。


見た目がすっかり若返った珠美は、十五歳の頃と同じように、どこもかしこもポッチャリとしている。

まん丸い顔にはお餅のようなぷにぷにとしたお肉がついているし、色白の肌は吸い付くような手触りになっている。どう見ても、ぴちぴちのティーンエージャーだ。


若返りの恩恵って、すごいわね~



そんな身体に変身させてもらった珠美だが、本当は五十歳をゆうに過ぎているおばあちゃんだ。





珠美が、がんで亡くなった時、病院の空に迎えに来てくれた神様は、いやに現代風な優男に見えた。


珠美が魂だけになり、春霞の空をふわふわと風に揺られて漂っていた時のことだ。

どこからかスーッとやって来た神様らしき人に、突然「おっ疲れさぁーん!」と、軽いノリで肩を叩かれた。


神様のどこかウキウキとした朗らかな笑顔を見ていると、自分はもしかして死んでないんじゃないかと、一瞬、勘違いしそうになる。


普通「死」というのは、もっとしめっぽいもんじゃない?


珠美は、死ぬと荘厳な光に包まれてお花畑のような所に行ったり、じめじめした三途の川の船着き場のような所に連れて行かれるのかと思っていた。


でも、どうやら違うらしい。



「もう、珠美ちゃんったら、情報が古すぎるぅ~」


なぜか、神様に大笑いされてしまった。


「今、日本では『異世界もの』が全盛なんだよー」


あたりまえのようにそう言われたが、異世界ものなんて言葉は聞いたことがない。

異世界というのは、SFで読んだ時空間宇宙にあるパラレルワールドのようなものなのかな?



次に神様が言ったことは、ますます珠美を戸惑わせた。


「今度は、ほら、よく聞く製作チートものをやってみたくてさぁ」


「???」


製作チートものってなに?


神様の口から次々に出てくる単語は、まるで十代の若者言葉のようで難解すぎる。


けれど神様から丁寧に説明されて、なんとなくだが、言いたいことが理解できたような気がする。

どうやら娘婿が持っていたテレビゲームのような世界のことらしい。


製作チートというのは、製作に特化した能力をもらえるらしい。

そのギフトを使い、地球とは別の世界で、手作り生活をすればいいということなのかしらね?



「広範囲に生える製作チートを付けるし、身体も若返らせてあげるから、僕の農場に住んでみない?」


農場か……


自然の中で生活できるのは魅力的だ。

珠美はできれば次の生でもガーデニングをしたいと思っていた。


「農場ですね。わかりました、そちらでお世話になります」


珠美が快諾すると、神様はニヤッと笑って珠美の手を握ってきた。


「良かったぁ~ 農業ものに反応する人が少なくてね。皆、冒険者や勇者や貴族の内政ものばかり望むんだよ。女の子は悪役令嬢のざまあがしたいとか、エルフになりたいと言ったり、もふもふの獣の耳とかを欲しがるしさぁ。やっぱり五十代にターゲットを絞って正解だったね」



神様によると、還暦を超えて亡くなった人にはこういう案内をしていないらしい。

六十を迎える前に、若くして亡くなった人へのサービスの一環として、神界の新たなる試みに付き合ってもらっているそうだ。


……これって、サービスといえるんだろうか??


なんだかちょっと遊ばれているような気がしないではなかったが、次の生へ生まれ変わる時に特典が付くと聞いて、嬉しくなった。

珠美は一般の主婦の例にもれず、特典とかオマケとか言われると得をした気分になってしまう。










農場での製作チートを使った生活というものがどんなことになるのか、正直に言って不安を感じていたが、引き受けていて良かったと思った。


この焚火の懐かしい匂い。


それだけで身体の奥底から気力が湧いてくる。




神様に降ろされた世界の、林沿いの道をしばらく歩いて行くと、北に広葉樹林を背負った土地に小さな木造の家が建っているのが見えた。


家の南には草原が広がっており、遠くの高い山から流れてきている大きな川には、銀色にきらめく魚影が見える。


土地はまだ耕されていないけど、立地は恵まれてるみたい。

さすが神様の農場ね。


生活に使う薪などが豊富な林があり、耕しやすそうな草原がある。その草原の隣にはどうやら田んぼらしきものがあって、田んぼの水を引き込みやすいように、すぐ側を小川が流れている。

この小川は北の林の奥からやってきているようで、家のそばをかすめ、小さな木の橋のほとりにある満開の桜をゆらゆらと川面に映しながら、田んぼの方へと向かって流れている。


どうやら農業をしながら生活していくための環境が、ここにはすべて揃っているようだ。



目に映るすべての景色がなんとも素晴らしい。


珠美は橋の手前で足を止め、もう一度ぐるっと周りを見渡した。


青々とした遠くの山々の頂には、まだ白い雪が残っている。

大川の土手には黄色いからし菜が咲き乱れている。小川沿いには薄紅色の山桜があり、林の中には濃いピンク色の桃の花が見える。


こういう彩の饗宴は、いかにも春を感じさせる。


赤みがかった紅葉(もみじ)の若葉や、広葉樹の新緑の萌黄彩(もえぎいろ)が広がる林を背景に、春霞のかかった青い空がどこまでも続いている。


草原の花の蜜を求めて蝶が舞い、林からは小鳥の鳴き声が聞こえてくる。


こんな景色を毎日眺めながら農作業ができるなんて、贅沢なスローライフが送れそうだ。




珠美が目に映る景色を楽しみながら家の近くまでやって来ると、玄関の木の扉がわずかに開いて、中から一匹の三毛猫がスルリと出てきた。


「遅かったニャ。待ちくたびれたよ~」


「は?! ね、猫がしゃべった?」


驚く珠美に、その猫は呆れたようにため息をついた。


「当然でしょ。誰があなたの世話をすると思ってんのニャ。私はミーニャ、あなたのアシスタントよ。護衛犬をすることになっているペロルは、いつもの見回りに行ってるから、じきに戻ってくるニャ。それで、あなたの名前(にゃまえ)は?」


「えっと……珠美(たまみ)です」


「ふうん、ポッチャリした見た目にピッタリの名前ニャ」


「グッ」


学生の頃もそんな風に言われて、よく友達にからかわれたものだけど、まさか猫にまでこんなことを言われるなんて……


ふん、でも思春期の頃とは違うのよっ。


おばあさんになった経験がある珠美としては、こんなことを言われたぐらいでは落ち込まない。

健康ならいいのよ、見た目なんてどーだっていいんだから。

それに旦那様はポッチャリした珠美が好きだったしね。


ま、それはさておき、挨拶だけはしておきましょう。


「神様から頼まれてやってきました。これから、よろしくお願いします!」


「まぁまぁ、そんなに張り切らなくてもいいから。のんびりといきましょう。ところで珠美、ステイタスを確認してみた?」


「は? ステイタス? って、どこにあるんですか?」


何か注意書きを掲示してあるものを見落としたのかもしれない。

珠美が庭の外を見に行こうとして振り返ると、ミーニャが慌てて走ってきた。


「ちょっと、マジ?! ここまで異世界慣れしていない子をよく選んだわニャ。違うのよ、珠美! そっちに立て札があるわけじゃニャいから」


「ええっと、すみません。じゃあ事前に、神様にステイタスとやらを確認しとかないといけなかったんですか?」


ミーニャは頭が痛いというように、右前足で眉間の(しわ)をもんだ。

あ、器用な猫だな。


「ふぅ~ あのね『ステイタスオープン』と言ったら、自分の目の前に文字が出てくるから、それを確認してほしいの。表示されたことでわからないことがあったら、私かペロルに聞いてくれたらいいから」


「はぁ……」


目の前に文字が出てくる?

猫がしゃべるし、そんなものも出てくるなんて。やっぱり神様の世界は、夢みたいなところなんだな。


珠美はミーニャに言われたとおりにやってみた。


すると、そこにはゲームのような言葉が書かれていたのだった。

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