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春の軌跡はあなたとともに  作者: 真城 玲
第二章 出会い
9/23

8.それでも、桐崎翔悟は笑い続ける。

 チュンチュン、という名前のわからない鳥の鳴き声で僕は目を覚ました。

 窓の外はうっすらと明るくなっている。僕は手元にあった時計で時刻を確認した。

 五時半、なんとか間に合いそうだ。今日は、僕が昨日までのお礼も兼ねて、桜華さんのために朝ご飯を作ろうと思っていた。

 流石に、この時間なら彼女は起きてこないだろう。

 僕はベッドから出ると、横の布団で寝ている桜華さんを起こさないように静かに歩いた。泥棒のように。抜き足差し足と。

 さっそく着替えて学校の準備をする。

 それが終わると引き出しからエプロンをつけた。随分前から使っていたのに、この家に引っ越してから着けるのは初めてだった。と、同時にこの家の台所に立ったのも初めてで、なんだか不思議な感じがした。

 さっそく、ピカピカの冷蔵庫を開けて準備をする。

 冷蔵庫を覗いて、メニューを決めた。トースト、目玉焼き、ベーコン、彩りにレタス、朝食なのでこんなものでいいだろう。あまりにも重かったり量が多いとかえって良くない気もするし。

 今日は、桜華さんに僕の料理を振る舞うということもあり、いつもより少し気合いを入れる。

 オーブントースターの「チン」という音とともに、朝食が完成した。

 桜華さんのように見るからに美味しそう、というほどの完成度ではないが、僕にしては頑張った方だと思う。

 朝食を盛り付け、桜華さんを待った。


「あー、いい匂い」


 桜華さんが寝室から出てきた。鼻でクンクンと匂いを嗅いでいる様子は少し犬に似ていた。


「おはよう。昨日はよく寝れた?」


 まだ寝ぼけ眼で寝癖がたっぷりの桜華さんに問いかける。

 ちなみに、僕は昨日はとてもよく寝れた。やはり、シングルのベッドは一人で使うべきなんだと改めて実感した。

 ここまでくると、隣で桜華さんが別の布団で寝ていることなんて全く気にもならなかった。

 そんな桜華さんは「うん」と適当な返事をして洗面所へ行った。寝起きということもあり、珍しく彼女は静かだった。静かな彼女は新鮮だ。そのままでいてくれたら、もっと色々と楽なのに。


「えー!これ全部蓮くんが作ったの?」


 洗面所から戻ってきた桜華さんは、やっと状況を把握したらしく、うるさいくらいの声で驚きを表現していた。まあ、これくらいの方が彼女らしいけれど。


「いただきます」


 今日は昨日とは違い、時間が有り余っているのでゆっくりと食べ始めた。

 桜華さんも僕に続いて食べ始めた。


「おいしい!」


 僕は、今まで誰かにご飯を振る舞ったことがなかった。だから実際に桜華さんが口にするとき、とても怖かったし、まずいなんて言われた日にはどうしようかと思っていた。

 でも、桜華さんのその一言が、そんな不安な気持ちを全て吹き飛ばした。

 もちろん、お世辞だったかもしれない。社交辞令なのかもしれない。でも、その一言でなんだか救われた気がした。

 桜華さんが昨日、一昨日と、僕に味の感想を求めて来た気持ちがわかったような気がした。

 今日の授業も午前中に終わるものの、忘れ物がないように、入念にチェックをした。もちろん、シャー芯も忘れずに筆箱に入れた。


「いってきます!」


 力強くドアノブを開け放った。

 外へ出ると昨日と同じ、快晴の空が僕を迎えてくれた。

 ほどよい春風に吹かれながら、今日も僕は学校へ向かう。




「じゃあ、まずクラスの学級委員を決める。誰かやりたいものはいるか?」


 一時間目の授業はそんな担任の威圧的な声から始まった。

 もちろん、手を挙げるものなどいない。

 なぜなら、高校生にもなって学級委員をするメリットがないからだ。

 小学生ならば、クラスの人気がある奴がする。でも、高校生にもなってそんなものをやった所で真面目な人、というレッテルを貼られるだけだ。

 文字面だけを見ればいいようにも思えるが、高校生の言う真面目というのはどちらかと言えばマイナスの印象の方が強い。

 多少、内申点が加点されるかもしれないが、仕事の量を考えるのであれば、それも全くもって割りに合わない。

 僕に関してもそれは例外ではない。まして、目立ちたくない僕がやるわけもなく、教室はしんと静まり返っていた。


「じゃあ、投票にする。今から白紙の紙を配るから、男女一名ずつ名前を書け。」


 担任は、「はあ」と、クラスの全員に聞こえるくらい大きくため息をついた。その後、担任は片手サイズの紙をいくつか出した。おそらく、こうなることを見越して用意していたのだろう。

 相談するな、と言われなかったのをいいことにクラス内は少しざわつきを見せた。

 担任もそれを止める気配はなく、むしろ相談してもいいから早く決めろ、という雰囲気だった。

 僕は、誰の名前を書こうか悩んでいた。男子は翔悟の名前を書けばいいとして、女子はただの一人として話したことがなかったからだ。だから、周りに聞き耳を立て、票数が集まりそうな人に投票しようとした。

 女子については様々な名前が飛び交っていた。その中から、適当に一人の名前を書いた。

 そんな中、男子の名前は不思議なことに一人しか出てこなかった。

 それは、僕の隣の席の人間、桐崎翔悟だった。たった一日で、周りの人にそこまで言わせるなんて、昨日の親睦会とやらで彼は一体何をしたのだろう。

 当の本人はといえば、先程からずっとニヤニヤしながら、軽く口笛を吹いていた。その雰囲気から、翔悟はもしかすると、本当は学級委員をやりたいのかもしれないと思った。

 そんなクラスのざわつきを一時的に収めたのはの一人の女の子だった。


「うち、学級委員します」


 その子は手を挙げ、大きな声でそう言った。


「わかった。次からはもっと早く手を挙げるようにな」


 そのまま彼女にはクラスのみんなからだるそうな拍手が送られた。担任は、面倒くさそうに黒板に書かれた学級委員の女子の欄に彼女の名前を書いた。

 美ヶ野原綾玲(みかのはらあや)、それが彼女の名前だった。

 彼女はスタイルが良く、まるでモデルのようだと思った。翔悟のようにクラスの中心にいそうな感じがした。

 そんな彼女が学級委員をすると言ったところで、文句の一つも飛ばなかった。

 しばらくして、担任の「集めろ」という声で男子の名前が書かれた紙が回収された。

 担任は一票ずつ開票し、黒板に正の字を書いていく。

 開票の結果は言うまでもなく、翔悟の名前以外は見当たらなかった。いや、見当たりたくなかった。

 もちろん四十人のクラス内、僕を含めた三九人は翔悟へと投票した。でも、もちろん翔悟にも投票権というものがある。なら、その一票は一体どこへ消えたのか。

 あんなふざけた男が、自分に入れるわけなどありはしなかった。事実から言おう。翔悟が書いた名前は僕だった。清水蓮と黒板に書かれた時は流石に焦った。横で笑う翔悟を殴りそうになるほどに。


「じゃあ、開票の結果通り、桐崎翔悟と美ヶ野原綾玲でいいな?」


 ただ、所詮はただの一票、そこまでの力はなかったので今回はよしとしよう。

 そのまま、担任は話を終わらせようとした。


「ちょっと、待ってもらえませんか?」


 すっかり話がまとまる雰囲気だったのにも関わらず、それを遮るような声が入った。その声は僕のすぐ隣の席から聞こえた。

 担任は面倒くさそうに翔悟の話を聞いている。


「投票って言っても、要するにみんなが俺を一番適任だと思っているから俺がやる訳ですよね?」


 翔悟の質問に対し、担任は「まあ」と曖昧な返事をする。


「じゃあ、そんな俺がもっと適任と思うやつがいたら、そいつがやるのが一番いいと思うんですよね」


 翔悟は、いかにも正論のように語った。


「じゃあ、その適任って誰なんだ?」


 担任は、誰でもいいからさっさとしろ、とても言うように急かした。


「そりゃもう、先生だってさっき名前を黒板に書いてたじゃないっすか!」


 嫌な予感がした。いや、ここまでくるともはや予感ではなく、確信だった。


「蓮ですよ。蓮!こいつっすよ!」


 翔悟はそう言うと、僕の肩を軽く叩いた。この時、もっと抵抗すれば良かったのだろうけど、あまりの展開に頭が追いついていかなかった。


「じゃあ、学級委員は蓮がいいと思う人は拍手ー!」


 パチパチパチ、という拍手の音は翔悟から始まり、やがてクラス全体に広がった。きっと、多数派に便乗した奴も沢山いるだろう。

 ただ、ここまでされておいて、出なかったら、これからの学校生活で肩身が狭くなってしまう。

 そうなってしまうと、友達を作ることも難しくなるだろう。


「じゃあ、やります」


 クラスの雰囲気にあてられ、仕方なく手を挙げた。

 ついでに、思いっきり翔悟を睨んでおく。


「悪いな!今日の昼飯は奢るよ」


 全然反省していないような表情で翔悟は僕に謝った。

 正直、昼飯代では全然割に合わないし、彼のしたことも許せない。だけど、なんだか怒る気にもならなかった。

 そういう所も、なんだか桜華さんに似ているような気がした。


「じゃあ、後は学級委員でやっといてくれ」


 担任は、僕と美ヶ野原さんに残りの仕事を丸投げし、隅の椅子に腰を掛けた。

 僕は渋々席を立ち、教卓へ向かった。同じように美ヶ野原さんもそうした。


「ちっ。なんでよりにもよってあんたなの。最悪」


 僕の隣に並んだ美ヶ野原さんは、僕にだけ聞こえるような小さな声でそう愚痴をこぼした。

 何もした覚えがないのに、なんでそんなことを言われなければならないのだろうか。


「せっかく、翔ちゃんと一緒にいれると思ったのに。」


 その寂しそうな声で彼女のことを思い出した。

 そういえば、美ヶ野原さんは昨日、僕と話していた翔悟を呼びに来た女の子だ。

 この感じからして、彼女は翔悟のことが好きなのかもしれない。

 きっと、周りの雰囲気から、翔悟が学級委員をすると思って立候補したのだろう。

 もしそうなのだとしたら、少し申し訳ないことをしたと思った。

 でも、よくよく考えると僕も翔悟の被害者だ。

 そこだけは、美ヶ野原さんにも理解していただきたい。


「じゃあ、うちが書くからあんたは仕切っといて」


 どうやら乗り気じゃないものの、しっかり仕事はこなすらしい。

 僕は美ヶ野原さんに指示された通りに、残りの委員を決めるため、軽く司会をし始めた。

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