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春の軌跡はあなたとともに  作者: 真城 玲
第二章 出会い
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7.母親の味

 桜華さんとそんなやりとりをしているうちに近所のホームセンターに辿り着いた。近所とは言え、電車に二駅揺られている間、ギャーギャーと騒ぐ彼女の相手をするのは相当に骨が折れた。

 一体、そのテンションの高さはどこから来るのだろうか。少し見習いたい。


「ねえ、どの布団にする?」


 そして、その元気さはホームセンターに着いてなお、健在だった。ずっと一人で年甲斐もなく「キャー!これ、かわいい。これも良くない?」と大きな声で評価している姿は本当に見ていられない。


「とりあえず、安いの」


 日が暮れる前に帰りたかったので、あえてそっけなく答えた。


「ちぇー、つれないな。そこは桜華ちゃんが選ぶものならなんだっていいよ、ってくらいのこと言ってよね!せっかくのデートなんだしさ」


 あんなに話したのにも関わらず、桜華さんはまだあえてデートという言葉を使おうとする。

 さすがに、さっきのこともあって、バカにしているだけではないとわかってる。でも、だからといって簡単に納得できるわけでもない。


「うるさい」


「もー、蓮くんったら照れちゃって。かっわいい!」


 別に照れていたつもりなんてない。勝手にこちらの心境を想像するのはやめてもらいたい。


「あと、デートには時間を定めてどこか外へ出かけるって意味もあるんだって。だから、これもデートなの!」


 一体、何ぺディアの情報なのかわからないようなことを桜華さんは自慢げに言った。


「とんだ屁理屈だね」


「屁理屈でもいいの!人生短いんだよ?だからプラスに生きなきゃ損だよ、損!」


 デートをするということが人生においてプラスなのかは微妙だけど、実際にこんなやりとりすら、桜華さんとなら楽しいと思えるのだから決してマイナスばかりではないのだろう。

 それに、ここで桜華さんを否定するということは間違いなくマイナスなことだとわかる。だからここでは彼女の意見に賛成しておく方が正しいのだろう。


「そうだね。で、早く決めないと本当に日が暮れちゃうんだけど」


 こんなくだらない話をしていると、いつまでたってもがらちがあかないので、桜華さんに早く布団を選ぶように促した。

 さっきから彼女は水色の水玉模様が入っている布団のセットを見ていた。

 その視線から、桜華さんがそれを欲しがっていることくらい僕でもわかる。


「じゃあ、この水ーー」


「これにしよ!」


 桜華さんにその布団を買うことを勧めようとしたのとほぼ同時に、桜華さんはそういって一つの布団を指差した。

 それは先ほど見ていた水色のものではなく、無地のシンプルな白い布団のセットだった。


「あれじゃなくていいの?」


 僕は桜華さんがずっと見ていた水色の布団を指差す。


「だって、あれ値段が…」


 桜華さんに言われて慌てて値札を見る。値札にはセールと書いてあるものの、実際の価格は白い布団と比べ、二倍ほどの差があった。


「じゃあさ、お金とかなしだったらどっちがいいの?」


 桜華さんは無言で下を向いてゆっくりと水色の布団を指差した。


「じゃあ、それ買おっか!」


 僕がそう言うと、桜華さんの顔は途端にパッと明るくなった。

 どちらにせよ、桜華さんの言う通りこの先友達を作るのなら、友達を家に泊めることもあるだろう。

 それなら、少し高い物でも買って損はないはずだ。

 それに、買わない理由が値段なら、買いなさい。買う理由が値段なら買わないほうがよい。って誰かが言っていた気がするし。


「でも、いいの?」


 桜華さんは僕の出費を気にしているようで心配そうな顔をしている。


「うん。大丈夫」


 実際、出費だけに関しては本当に問題はない。

 両親は僕に興味はないけれど、今まで教育や生活環境に関しては最高といっていいほどのものを与えてくれている。普通の人の考える二歩、三歩先の放任主義が僕の親だ。

 だからどうせ、今回も一人暮らしでお金が足りないだのなんの、理由をつければ「そう」と二つ返事で僕に大金を渡してくるのだろう。

 中には、そんな親からもらった金ならいらない。なんて言う人もいるかもしれない。確かにそれも一理ある。

 でも、もらえるものならもらっておけばいい。僕はそう思う。むしろ、愛情の対価がお金なら安いものだ。

 その後、僕らは布団を買うために店員さんと少し話をした。さすがに手で持って帰ることは出来ないので、ホームセンターの宅配サービスを利用することにした。

 僕らは、さっさとその手続きを済ませて、店を出た。

 外へ出ると、空はもう、紅色に染まっていた。


「ねえ、時間も時間だし、そこのスーパーで夜ご飯買っていかない?」


 すぐ側に見える大きめのスーパーには、多分沢山の惣菜や冷凍食品、お弁当などがあるはずだ。


「それはいいけど、正確にには材料を買いに行く!だからね」


 桜華さんは人差し指を突き出し、めっと僕を叱責した。

 つい、癖で夜ご飯を簡単に済ませようとしていた。しかし、桜華さんにはそんな考えお見通しだったようだ。


「でも、悪いよ。毎日そんなにやらせちゃって」


 昨日から今日に至るまでまで、桜華さんを少し働かせすぎているように感じる。

 桜華さんが善意でやっていることだったとしても、家事の全てを彼女に任せるのは少し後ろめたさがあった。


「昨日も言ったでしょ。家賃だからいいの。それにね、スーパーのお惣菜ばっかりだと体に悪いよ?私に気を使う前に自分の体に気を使いなさい!」


 そう言うと、桜華さんは僕の頭を軽く叩いた。

 その姿からは、先程の布団選びに困っていた小さな女の子の姿はなかった。むしろ、よく出来た姉のようにすら見えた。


「じゃあ、今回はお言葉に甘えさせてもらうよ」


「えー、今回と言わずにいつでも甘えにおいでよ」


 ニコニコと彼女は楽しそうに笑い、腕を大きく広げ、ハグのポーズをとった。


「それは遠慮しとくよ」


 桜華さんに甘える自分の姿を想像しようとしたけど、あまりの気持ちの悪さに耐えられなかった。

 この先、桜華さんが僕に甘えることはあるかもしれないが、僕が彼女に甘えることは金輪際ないと、心の中で静かに悟った。


「で、夜ご飯は何食べたい?」


 スーパーに入ってすぐ、桜華さんは野菜を見ていた。その様子はさながら主婦のようだった。


「シェフの気まぐれコースで」


 パッと何かを食べたい気分でもなかったのでテレビか何かで見たようなことを言ってみる。

 何やら、高そうなレストランなどでは、シェフの気まぐれサラダやパスタなどがあるらしい。僕としては気まぐれで作られたものなんて店で食べたいとは思わないけど。


「そっか、なんでもいいのなら肉じゃがとかどうかな?」


「いいね」


 軽く返事をすると、今更ながら桜華さんは僕にアレルギーや、嫌いな食べ物を聞いてきた。


「ねえねえ、肉じゃがってお母さんの味みたいで女子力高そうじゃない?あ、でも私は蓮くんのお母さんじゃないからお桜華さんの味かな?」


 桜華さんは、一人でふふふっと不気味に笑っていた。そもそも、その発言自体が女子力の低さを物語っていることに彼女は気がついていない。

 それに、僕は少し複雑な気持ちでもあった。

 物心ついた頃には母は働いていて、それこそ仕事の鬼だった。だから当然、出てくるご飯もスーパーのお弁当ばかりだった。ただ千円札が置いてあるだけ、なんて日も珍しくはなかった。

 だから、母が作ったご飯を食べたのは、本当に両手で数えきれるほどだった。当然母の作った肉じゃがなんて食べたことがない。そもそも、お母さんの味というのが一体どんなものなのか僕には想像すら出来ない。


「お母さんの味…か。楽しみにしてるよ!」


 だから、彼女の作った肉じゃがが僕の中での一番大切な肉じゃがになる。そう考えると、なんだか今日のご飯が一段と楽しみになった。


「あと、お桜華さんの味って語呂悪すぎ。せめて、桜華さんの味とかにしなよ」


 桜華さんは僕に訂正されると「じゃあ、忘れられない桜華さんの味を食べさせてあげるよ」と言い、再び材料を選び始めた。

 心なしか、桜華さんも今日は特に気合が入っているように思えた。



 結局、家に着くころには空も紺碧のカーテンがかかっていた。やっぱり桜華さんと話していると時間が過ぎるのが早いく感じる

 布団の宅配を少し遅らせてもらったのはどうやら正解だったようだ。


「じゃあ、僕はお風呂洗ったりしておくから、その間にご飯作ってもらってもいい?」


 放っておくと、何も言わずに桜華さんはご飯も作り、お風呂まで洗ってくれるだろう。

 いくら家賃代わりだったとしても、そこまでやらせるのは僕の気持ちが許せない。

 僕の言葉を聞くと、桜華さんは「了解であります!」とふざけた敬礼をして鼻歌混じりで台所へと向かった。

 僕は、風呂掃除を終えると、リビングでテレビを見ていた。結局、桜華さんに任せきっているけれど、何も最初から任せるつもりではなかった。

 本当は、僕の風呂掃除が早く終わったので桜華さんを少しでも手伝おうとした。

 でも、桜華さんは頑なに「テレビでも見て待ってて!」と怒るのでそうすることにした。そもそも、ぱっと見、僕が台所にいても桜華さんを手伝えるようなこともなさそうだったのでちょうど良かったのかもしれない。


「ピンポーン」


 インターホンが鳴った。インターホンのカメラ越しに宅配便のマークが見えた。

 僕は素早く用意していた印鑑を持って、外へ出た。


「蓮くん、布団だよ。布団!ふっかふかだー!」


 桜華さんは台所から出てきて、届いた布団をさっそく開封した。ずっと飛んだり跳ねたりして、はしゃいでいる。

 布団がよほど気に入っているのか、いつにも増して桜華さんは興奮しているように見えた。


「そりゃまあ、さっき買ったばかりだからね。ていうか、埃がたつからやめない!」


 また、小さな女の子のようになっていた桜華さんに注意する。


「はーい」


 彼女は間延びした返事をして、少し拗ねたようにした。それがまた、子どもっぽくて面白くて笑ってしまった。


「なんで笑ってるの?」


 桜華さんは眉間にしわを寄せ、少し怒ったようにそう言った。


「なんでもないよ」


 僕が笑うと、桜華さんは不思議そうな顔をしていた。


「じゃあ、僕は布団敷いておくから、ご飯の続きをお願いね」


「はいはーい!お腹空かせて待っててよ!」


 肉じゃがによほどの自信があるのか、桜華さんは元気だった。


「あ、あと、布団は絶対蓮くんの部屋だからね」


「わかってる、わかってる。って、え?」


 思わず耳を疑った。


「え?じゃないよ。もしかして、もう昨日のお願い忘れたの?」


 桜華さんの昨日の発言を思い出してみる。


「私はね、一緒に寝よって言ったんだよ?」


「でも、それは昨日だけじゃ…」


 桜華さんは呆れているのか、いつもの僕がするように、はー、と一つ大きなため息をついた。


「それは一緒のベッドで寝る話!一緒の部屋で寝るって言うのは別の話なの!」


 確かに、昨日は桜華さんのお願いを妥協して一日だけにしてもらった。だから、桜華さんが妥協してくれなかったら今日も一緒のベッドで寝ているはずだった。

 桜華さんにうまく丸め込まれている気もしたけど、逆らう気力も僕にはなかった。


「わかったよ」


 少々納得できないこともあったが、どうせ何を言っても結局は桜華さんに押し切られ、僕の部屋で寝ることになるのだ。

 それなら、いっそのこと折れてやる方がいいとおもった。

 まだ、再会してたった二日だけなのに僕が数え切れないほど桜華さんのわがままを聞いていることはもうこの際気にしない。

 僕は、大人しく布団を敷きに行った。

 リビングへ戻ってくると、いい匂いが部屋を漂っていた。


「あ、蓮くん。ちょうど出来たよー!」


 机に皿を並べている桜華さんが、僕に気づいてそう言った。


「今日も美味しそうだね」


 今日も昨日に引き続き肉じゃがを中心にサラダなどの付け合わせも豊富に用意されていた。


「そりゃあもう、腕によりをかけましたから」


 桜華さんは自信満々に胸を張って答えた。そんな彼女を見るとより一層、ご飯が美味しそうに見える。


「いただきます」


 桜華さんが僕の向かいに座ると、合掌した。

 早速、熱々の肉じゃがを口の中に入れる。

 なんというか、不思議な感覚が僕の中を走った。

 美味しいのは、もちろんだ。でも、なんだかずっと昔から知っている味、そう感じた。


「どう?美味しい、かな?」


 僕が何も言わないでいると、桜華さんは不安そうな顔で尋ねてきた。


「美味しい」


 ただの一言だった。でも、その一言にはたくさんの思いが詰まっていた。

 桜華さんはその言葉を聞くと、机の下の方でわからないくらい小さくガッツポーズをしていた。

 その後、桜華さんは嬉しそうな顔で、ご飯に手をつけ始めた。

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