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春の軌跡はあなたとともに  作者: 真城 玲
第一章 再会
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4.そして、夜が更ける

 

「たっだいま!」


 夜も更けているのにも関わらず、桜華さんは相変わらず大きな声で挨拶をする。近所迷惑も甚だしい。

 でも、その声からはもう先程の涙は感じ取れなかった。


「おっこいしょっと」


 コンビニで買ったとは思えないほど大きな荷物をようやく下ろすことができた。


「おじいちゃんみたいだね」


「誰のせいだと思ってるの」


 泣いている桜華さんにこんな量の荷物を持たせまいと見栄を張って全部持ったのはいいものの、バカにされるのは癪に触る。


「ねえ、さっそくパーティしようよ!」


 桜華さんはビニール袋からコンビニで買ったお菓子やジュースを並べ始めた。

 改めて並べてみるとその量に驚愕せざるをえない。あの袋がどれだけ重かったかを目の前の景色が物語っていた。


「ねえ、パーティって結局何をするの?」


 ずっと疑問に思っていたことを桜華さんに伝えた。

 僕の貧相な想像力では偉い人が何か難しい話をしているようなものしか考えられない。


「うーん、普通はただおしゃべりするだけじゃないの?」


 どうやら桜華さんもはっきりとパーティを理解していないらしく、頭を抱えていた。


「それっていつもと変わらなくない?」


 もちろん、桜華さんと話すだけでも楽しい。でも、わざわざパーティと銘打って明日のことも考えず遊ぶのだ。どうせならいつもと違うことがしたい。


「確かに。でも、退屈にならないように色んなゲーム買ってきたよ!」


 桜華さんは自慢げにビニール袋から5つのゲームを取り出した。

 オセロ、チェス、将棋、トランプ、UNO、多種多様だった。最近のコンビニにはこんなものも売っているのかともう一度感心した。でも、やっぱり彼女はバカだと思う。


「ねえ、なんでチェスと将棋を両方買ったの?」


 将棋とチェスはおおよそルールが同じである。取った駒を使えるかどうかや戦略などに違いはあるけど、僕たちのような素人がすればどちらも泥沼試合を免れないだろう。


「なんとなく?」


 考えもなく、物を買うのはやめてほしいものである。桜華さんと話してわかったことはこれ以上この話を掘り下げても拉致があかないということくらいだ。


「まあ、いいよ。で、これをするのことがパーティなの?」


「そーなんじゃない?」と桜華さんは適当に答える。


「でも、普通にやっても面白くないから5番勝負って形でどうかな?」


 おそらくこの5つのゲームで勝負をして勝ち数を競うのつもりだろう。

 桜華さんはなんとなくと言っていたが、おそらく最初からこうするつもりで将棋とチェスを買ったのだろう。


「もちろん、罰ゲームありでやるよ!」


 桜華さんの性格からして、罰ゲームという言葉には嫌な予感しかしなかった。


「で、その罰ゲームは?」


「うーん…あっ!決めた!」


 桜華さんは一度手を叩き、ニヤッと不敵な笑みを浮かべた。


「勝った方が負けた方になんでもお願いを聞いてもらうっていうのはどうかな?」


 桜華さんの口から放たれたそのルールは、意外とありきたりで平凡だった。

 でも、決して罰ゲームが簡単なわけではない。むしろなんでも言うことを聞くという条件はなかなかにリスクが大きい。


「お願いが出来る回数は?」


 次に気になっていた質問をした。こういったことをしっかりと確認しておかないと負けた時に、何度もお願いをされる可能性があった。そんなことをされたらたまったもんじゃない。


「勝った回数にしよ。だから五つのゲームを全て勝ったら五回お願いができる。みたいな感じで」


 なるほど、それなら5つ全てのゲームをする価値があって面白い。


「分かった。それでやろう」


 少し危険なゲームではあったが僕には自信があった。

 あまりゲームはする方ではなかったけど、こういった論理的に物事を考えることは苦手ではなかったからだ。数学が比較的得意だったことも僕の自信を後押しした。

 しかし、僕の読みは少し甘かった。論理的に考えることによって勝利することができるのはコンピュータだけであった。何も考えずに次の手を打つ桜華さんの行動は全く読めず、泥試合が続いた。

 結局は最終戦のUNOを残してお互いニ対ニの同点になっていた。


「蓮くん思ってたより強いね」


 桜華さんはいつにも増して楽しそうな表情だった。その表情はまさにバトル漫画の主人公だった。

 そんな彼女を見て、いつのまにか乗り気ではなかった僕も桜華さんにつられて楽しんでいた。

 いよいよ最終戦、あんなにあったジュースやお菓子もほとんどなくなっていた。


「桜華さんもね」


 UNOを始める為にカードを取り出すと、見覚えのない札がニ種類入っていた。

 一種類は手と手が書いてありカードを交換しているように見えた。もう一種は何も書いておらず真っ白だった。


「ねえ、これ何かわかる?」


 僕はニ種類のカードを手に取り、桜華さんに見せた。

 彼女は首を傾げ、わからないと、表現した。

 仕方なくスマートフォンを取り出し、確認した。別にこれらのカードを使わなくてもゲームは進行できそうだけど、どうせなら一番楽しめそうなルールでしたかった。

 調べた結果、手が書いてある方は、とりかえっこワイルドカードというらしい。このカード意味は絵に書いてあることのそのままで、お互いの手札を交換するらしい。

 何も書いていない方は白いワイルドカードというらしい。このカードはお互いにルールを書き、自由にルールを変えることができるらしい。


「このカードの意味、分かったよ」


 調べた内容を桜華さんに教え、さっそく白いワイルドカードにルールを書いた。三枚入っていたけど、二人でするんだからニ枚でいいや、といういつもの彼女の適当さにより、二枚だけを使うことになった。


「お互いに書いたルールはわからない方が面白そうだからそうしようよ!」


「わかった。ちゃんとお願いを聞く覚悟をしといてよ」


 そんな軽い挑発をした山札を切り、手札を配った。

 桜華さんはふふっと笑いながら「そっちこそ」と答えた。

 中盤まではほぼ互角で、お互い順調に手札を減らしていった。

 そして、終盤に桜華さんは知ったばかりのとりかえっこワイルドなども駆使して、残りカードを三枚まで減らしていた。

 彼女はニヤニヤと笑い、余裕の表情だった。対して僕は7枚と、厳しい状況だった。

 場には、かなりのカードが積まれ、一番上には黄色の九が出ていた。

 そんな中、僕の手札には黄色も九もなく、渋々少なくなった山札からカードを引いた。


「きた!」


 思わず声が漏れた。こうなってしまえばポーカーフェイスも何もない。ただ、僕の引いたカードは一発逆転の白いワイルドカードだった。

 そのカードは僕の書いた方のカードだった。内容は《これを使った人は手札を一枚にして残りの手札を全て相手に与える》だった。

 さっそくこのカードを場に出した。きっと、今僕は勝利を確信したような表情をしていただろう。


「えっと、このカードなに?」


 桜華さんは不思議そうに僕を見つめた。


「白いワイルドカードだよ」


 彼女は納得したように「あぁ!」と声に出した。

 そして、彼女は内容を読み、素直に僕からカードを受け取った。


「じゃあ、色は赤で」


 複数人で、UNOをする場合にはせっかくワイルドカードを使っても自分の番の前に色が変わっているということは多々ある。しかし、二人ならば、ワイルドカードなどを使わなければほとんど有り得ない。

 勝利を確信した僕は桜華さんにどんなお願いをしようか考えていた。


「じゃあ私の番いくよ!蓮くん、ありがとね」


 そう言って、桜華さんはニヤッとまたもや不敵な笑みを浮かべ、一枚のカードを出した。

 白いワイルドカードだった。カードには《このカードを出す時に、手札に4色全ての色のカードがある場合、カードを出したプレイヤーは勝利する》と書かれていた。

 そして、桜華さんは手札を見せた。桜華さんの手札には、赤と青、そして僕が渡した緑と黄色のカードがあった。


「はっ?」


 あまりの衝撃に自分が負けたと理解するのに時間がかかった。勝利の確信から一転、僕は負けた。今の僕はきっと間抜けな顔をしている。

 何より自分が渡したカードのせいで負けたのだ。墓穴を掘ったとはまさにこのことだ。


「私の勝ちだね!」


 桜華さんはウインクして嬉しそうに飛び跳ねている。


「はあ、僕の負けだよ」


 一枚のカードを出しただけで勝敗を決めるのはどうかと思う。そうやって文句をつけようとも考えた。でも、きっとそのカードを僕が引いたら躊躇なく使ったと思う。だから今回は負けを認めよう。

 それに、せっかくのパーティだ。そんな水を差すようなことはしたくない。


「じゃあ、さっさと三つお願いしてよ」


 僕が桜華さんを急かすのにも理由があった。目の前の時計の短針はもう四を指していた。日が差してくるのも時間の問題だろう。

 散々楽しんでおいてこんなことを言うのは卑怯だが、このままでは寝坊してしまいそうなので早く寝たかった。

 いくら明日の入学式が正午からとはいえ、十一時過ぎにでなければ間に合わない。

 それをふまえると、一分一秒ですら惜しい。


「うーん、いざお願いごとを言えって言われても難しいなー」


「分かった。じゃあ、いつでもいいからそのうち言って。僕はもう寝る。」


 まくし立てるように言った後、「おやすみ」と一言加えて、リビングのソファーに寝転がって眠る体制をとった。


「え?なんでソファーで寝ようとしてるの?」


 すっかり眠る雰囲気を作ったにもかかわらず、桜華さんは平気でぶち壊した。


「それは皮肉?僕は家に泊める友達なんていないから予備の布団なんてないの」


「じゃあ、一緒に寝ようよ」


 これだから、桜華さんを家に泊まるのは嫌だったんだ。まして、そんなの思春期の男子に言うべき言葉ではない。なにより、振った相手に対してその仕打ちは最悪だ。


「よし!じゃあ1つ目のお願い決めた!」


 鳥肌がたつほどに嫌な予感がした。僕はソファーで寝たい、それで十分だ。何度も心の中でそう言った。


「今日から私と一緒に寝よ!」


 僕の願いは届かなかった。かわりに桜華さんの鬼畜な願い事が僕を襲った。

 当の彼女はというと、満面の笑みでニコニコしている。


「それ、聞く人が聞いたら絶対違う意味で捉えられるよ」


「え?どういう意味?」


 純粋な彼女にはどうやら僕のジョークが通じなかったらしい。


「もういいよ。しょうがないから今日だけならいいよ」


 そもそも五番勝負のお願いを使われてしまえば逆らう気すら起きなかった。


「そのかわり、明日はホームセンターに行って布団買うよ」


 明日は入学式だけなので、午前中に終わる。その後なら桜華さんと一緒に行くことができるだろう。

 きっとこのまま彼女と何日も寝ていたら理性が持ちそうにない。


「うーん、じゃあ今回はそれで許してあげる」


 そうして僕たちはベットのある部屋に向かった。

 部屋に到着して気がついたことがある。今までは一人で寝ていたので感じなかったが、このベッドは二人で寝るにはあまりにも小さかった。

 もちろんサイズはシングルだ。クイーンくらいあったのなら少しは楽だっただろう。

 これほどまでにベットのサイズを恨んだことはない。そして、きっとこれからもないだろう。


「じゃあ寝よっか」


 そう言った桜華さんはさっそく布団にもぞもぞと入っていった。

 罰ゲームのお願いということもあり、僕も彼女に続くようにしてベットに入った。しかし、やはりというか当然というか二人の間隔はとても狭いものになっていた。

 寝返りなど打とうものなら、必ず体が密着してしまうだろう。


「やっぱり、小さいね」


 どうやら桜華さんも同じことを思っていたらしい。ただ、彼女と僕には大きな違いがあった。声のトーンは明るく、暗いせいで、顔は見えないけれど笑っているんだと思わせるほどに楽しそうだった。


「早く寝ないと明日遅刻するよ」


 僕はレース越しに見える窓から明るんだ空を見た。

 桜華さんは、僕の声を聞くと「はーい」と間延びした返事をして寝ていった。

 僕は普段、寝つきの良い方だと思う。大抵の日はベットに入れば十分も経たずして寝ることができる。まして、今日のように疲れた日ならなおさらである。

 でも、今日はいつも通りにはいかなかった。

 時折肘に当たる柔らかな感触、隣から香る甘い匂い、耳元で聞こえる息遣い。遂には、寝返りまで打ち始めた。そのせいで二人の間隔はどんどん縮まっていく。

 僕は眠れずにいた。やはり、明日買い物に行くという選択は正しかったようだ。そうでもしなければ毎日寝不足になるところだった。

 冴えている目を強引に閉じ、眠れるまで心を無にしてぼうっとした。

 一時間くらい経った頃だろうか、耳元から小さな声が聞こえた。


「ねえ、蓮くん。起きてる?」


 あまりにも近くから聞こえるその声に、心臓が飛び跳ねそうになる。


「うん、起きてるけど何?」


 別に、今わざわざ答える必要はなかったのだろう。起きてからでも桜華さんの話を聞くことはできたと思う。でも、どうせ無視したところでまた天井を眺めるだけだ。それなら、少しくらい話して良いだろう。

 そんな適当な考えで返事をした。


「えっと…その聞きたいことがあって」


 桜華さんは少し困ったような苗切らない答え方をした。

 僕が「なに?」と尋ねても彼女はしばらく言い淀んでいる。


「絶対、怒らないでね」


 桜華さんがそんな念を押すなんて珍しい。それだけにいつもより少し緊張する。


「蓮くんってさ…その、友達いるの?」


 桜華さんの質問は、僕の予想の遥か斜め上をいった。いつも不真面目な彼女が真剣な表情をして一体どんな話を切り出されるのかと身構えたが、そんなものは必要なかったらしい。なんだかおかしくて笑ってしまう。

 僕は自分が思っていたよりも笑っていたらしい。それこそ、彼女が「なにがそんなに面白いの?」と尋ねてくるほどに。

 なんとか笑いを堪え、彼女の質問に対する答えを少し考えた。


「友達…か。多分、いたことはあったよ。でも…その、色々あって今はいないよ」


 いなくなった理由は触れて欲しくないけれど、いたという事実には間違いない。


「そっか。さっきの蓮くんの言葉が気になっちゃってね」


 おそらく、さっきの帰り道の話だろう。


「ねえ、2つ目のお願い、言ってもいい?」


「うん」


 どうせ、どんな無茶苦茶なお願いだったのしても僕に拒否権などない。だから、覚悟はできている。


「2二つ目のお願いは、高校で友達を作って。多くなくてもいいから。なんなら一人でもいいから」


 桜華さんの言葉からは何か強い意志を感じた。同時に声からは寂しさのようなものも感じた。

 それが一体なぜなのか、僕には分からない。

 ただ、彼女の頼みを聞くことが、僕にできることだ。


「分かった。作るよ」


 結局、桜華さんの力強い迫力に気圧されてそう答えた。


「じゃあ、一週間以内に会わせてね」


 彼女は自分の言いたいことを言い終えると、もう一度スースーと眠りについた。

 顔は見えないけれど彼女は笑っていたような気がした。

 本当に作れるのかどうかはわからないけど、努力はしよう。

 レースから微かに光が差してきた。もうすぐ朝がくる。少しの時間だけど、もう一度寝たほうが良さそうだ。

 布団を深く被り、もう一度目を瞑る。

 今回は、先程とは違い、すぐに夢の中へ行けそうな気がした。

次の投稿も明日の8時を予定してます。

誤字脱字報告もしていただけると嬉しいです。

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