3.だから想いを打ち明ける
あの頃はお互い小学生だったこともあり、こうして夜に出歩くことはできなかった。
だから、二人で歩く夜道は新鮮で、思いのほか心が踊っていた。
この街は比較的田舎なので、夜は人通りが少ない。時折聞こえる虫の声に風情を感じながら僕らは歩いた。薄暗い街灯が僕らをロマンティックに染め上げる。
「ねえねえ、こうしたら私たちカップルに見えるのかな?」
えへへ、と少し頬を赤くしながら桜華さんは僕の腕にしがみついた。
急な出来事で、振り払うことも出来ず、呆然と立ち尽くした。彼女の持つ女の人特有の大きな膨らみがぼくの腕に密着している。身長差もあって、下には彼女の頭があった。艶やかな髪の毛に、思わず撫でたいという衝動さえ覚えた。
頭は混乱し、理性が保てなくなりつつあることを感じる。心臓も、きっといつもの倍くらい早く脈を打っている。それこそ桜華さんにも聞こえそうなくらいに。
「さあね。でも、普通に考えて男女が腕を組んで歩いてたらカップルに見えるんじゃない?」
動揺を悟られないような精一杯平静を装った。それと同時に密着していた腕も振り払う。
我ながら、自分の理性を褒めてあげたい。
「もー、釣れないなー。そんなんじゃ彼女出来ないよ」
「あいにく今の僕には友達もいないし、彼女も作る気がないんだ。そういう桜華さんこそ、誰の腕にでも引っ付いてるようじゃ彼氏なんて夢のまた夢だよ」
僕は負けじと彼女を挑発する。
「あれ?蓮くん私に彼氏がいないって思ってるの?」
「え?」
時間が止まる、という感覚を僕は人生で初めて味わった。確かに、僕らはもう高校生だ。年齢的にも恋人という存在がいてもおかしくはないだろう。
桜華さんには「彼氏なんかできない」と言ったが、実際のところ桜華さんの容姿は整っている。
加えて、時に鬱陶しくはあるけれど、彼女の溌剌とした性格は周りの人に元気を与えるだろう。だから、贔屓目なしでも、桜華さんに彼氏いるという事実は大して驚くほどのことではない。
だけど、いざそう言われると簡単に納得ができない。
「彼氏いるのに男子の家に泊まってもいいの?」
少し、棘のある口調だったかもしれない。多分、僕は今イライラしている。
「なに?嫉妬してるの?」
桜華さんは口元を手で隠して、ニヤリと僕に笑った。
嫉妬、その聞き慣れない言葉に体がピクッと反応する。
本当は言い返してやりたいけれど、何を言っても墓穴を掘ってしまいそうなので、無言を突き通した。
「冗談だよ。流石の私でも彼氏いるのに男友達の家に一人で泊まりに行くほど性格悪くないよ」
桜華さんは僕をバカにするように顔をクシャッとして笑った。
「あぁ」
安心と怒りが半分ずつ心の中に生まれた。だから、そんな気のない曖昧な返事くらいしか出来なかった。
「んー、蓮くん本当に怒ってる?」
「怒ってない」
例え怒っていたとしても、それを桜華さんに伝えることは絶対にしたくない。
でも、どうやら口にはしなくとも僕が怒っていることは彼女に届いていたらしい。
二人の間に妙な沈黙が生まれる。
「まあ、彼女はいいとしても友達くらい作らなくちゃダメだよ」
やはり、桜華さんはこういう沈黙に耐えられないようで、また彼女が沈黙を破った。と同時に、彼女の心配の仕方に「母親かよ!」とツッコミを入れたくなる。僕の母はそんなことを言ったりはしないけど。
「わかってるよ。努力しようとは思ってる」
「えっ?」
桜華さんは口元を押さえ、信じられないという表情をした。
「何かおかしなこと言った?」
「蓮くんが人と関わることに積極的だからびっくりしちゃった」
桜華さんは僕がどれだけ人間関係を築くことを苦手に思っているか知っている。
そんな僕から友達を作ろうと思っているなんて聞いたら確かに驚くのも無理はないのかもしれない。流石に驚き過ぎだとは思うけど。
「とはいえ、まだ難しいかな」
そこまで言って、僕は昔のことを思い出していた。
痛くて、辛くて、助けを求めても誰もこないあの日々のことを。
「ーーくん、蓮くん、大丈夫?」
桜華さんは僕の顔を覗き込むようにして尋ねた。
どうやら僕は桜華さんの声に気がつかないほど落ち込んでいたらしい。
「うん、大丈夫だよ」
桜華さんを心配させない為にも僕はそう答えた。
「蓮くんはなにを怖がってるの?」
それは意味がわからないくらい抽象的で、でも驚くほど鋭く、僕の心に突き刺さった。
桜華さんが言いたいことも不思議と僕には分かっていた。
「人と関わることが全部が怖い。嘘をつかれるのも、隠し事をされるのも全部嫌なんだ。」
嘘をつかない、隠し事をしない、そんな人が世界にいるわけないのは知っている。どれだけ仲のいい人でも言えないこと、言いたくないことはある。
でも、僕はそんなことすら許すことができない。腹を割って、腹の中身の中身までその人を知ってやっとその人のことを信頼できる。
「うーん、難しいね」
桜華さんは片手で頭を抑え、考えるポーズをとった。
「じゃあ、私のことも怖い?」
桜華さんは頬を人差し指で触りながら、俯いて僕の答えを待った。その指は少し震えて見える。
「怖くないよ」
考えるまでもなく、即答した。
「そっか」
桜華さんは嬉しそうに優しく微笑んだ。
答えて、自分の思っていることと言ったことが矛盾していることに気がついた。
僕は桜華さんのことを全部知っているわけじゃない。もしかしたら嘘をつかれてるかもしれないし、隠し事もあるかもしれない。でも、桜華さんと関わることは不思議と怖くない。
「私ね、蓮くんになら騙されてもいいって思うの。嘘つかれて、傷つけられても、蓮くんならいいや、ってきっと思う。」
桜華さんはどこか悲しそうに彼方の空を見上げていた。
「自分でもバカだなって思う。でもね、蓮くんのことが大切なんだもん。怖くない理由なんてそれだけで十分でしょ」
「すごいな」
そんな幼稚な感想が、気がつくと声に出ていた。
僕は素直に桜華さんを尊敬していた。そして、そこまで言ってもらえることを嬉しく思った。
「私ね、蓮くんの良いところたくさん知ってるよ。だから、きっと私みたいに蓮くんのことを大切に想ってくれる人が現れる。だからせめて、蓮くんに近づいてくれる人がいたら逃げちゃダメだよ」
真剣な表情で桜華さんは言った。
いつにも増して、熱を帯びている彼女の強い眼差しに僕は首を縦に振るしかなかった。
「側にいてくれたのが桜華さんで良かった」
素直な気持ちだった。あの頃からずっと、僕は彼女に救われている。
「ば、ばか。別に普通のことだし!」
桜華さんは照れ隠しをするように僕を叩いた。なるほど、彼女は褒められることに弱いのか。何かに使えそうなので覚えておこう。
そんな会話をしながら、僕らはようやくコンビニにたどり着いた。
ほんの十分程度の道のりなのに色々なことがありすぎてもっと長く感じた。
店内に入るとコンビニ特有のメロディーが流れ、僕らを迎えた。
「じゃあ、僕はシャー芯を探してくるから適当に何か見といて」
「おっけー!」
桜華さんは右手の親指と人差し指を付けて丸を作った。彼女の返事を聞き、僕も自分の買い物をし始めた。
文房具売り場は店内に入ってすぐの場所にあった。
コンビニは知らぬ間に進化を遂げていた。
文房具売り場を見て、僕は規模に似合わないそんな大層な感想を抱いた。
でも、コンビニにこんなにも文房具が置いてあるとは思っていなかったので、あれくらいの感想でちょうどいいのかもしれない。
シャーペン、ノート、消しゴムはもちろん、のりや筆箱まで置いてあるとは思わなかった。
本当はもう少しじっくりと感傷に浸っておきたいけれど、今日は残念ながら僕一人ではない。買い物に付き合わせている彼女をあまり待たせるのも悪い。
僕は普段から使っているシャー芯と切れかけていたテープのりをカゴに入れ、名残惜しくも文房具売り場を後にした。
僕の待たせていた女の子はスイーツコーナーにいた。一生懸命何かを見ていて後ろにいる僕に気がついていないようだ。
「こんな夜遅くに糖分とってたら太るよ」
「わぁ!!」
桜華さんはびっくりしたと言わんばかりの大きな声を出した。あまりの大きさにレジにいる外国人も少し取り乱しているように見えた。
「びっくりした!あと、女の子に太るとかデリカシーないよ!」
「びっくりしたのはこっちだよ。それに僕は優しく現実を教えてあげているだけ」
桜華さんは頬を膨らませ、怒っているアピールをしていた。僕はそんな彼女に目を向けず、早足でレジに向かった。
「ねぇ、蓮くん〜」
桜華さんはわざとらしく甘い声を出した。
「せっかくだし、蓮くんの引越し祝いパーティーしない?」
「しないよ。」
僕は即答した。
「ええ!やろうよ。やろうよ」
「嫌だよ。明日朝早いし」
「あれ?さっき蓮くんを励ましてあげたのは誰だっただけな?女の子に向かってデリカシーのない言葉を使ったのは誰だっけ?あぁ、ご褒美すらないのかなー?」
桜華さんはわざとらしく顔をニヤつかせた。
デリカシー云々に関して言えば反省するつもりはないけれど、励ましてもらったのは事実だ。それに、元々こうなった彼女を止めるのは非常に面倒くさい。結局、最初からとれる行動は一つだったのだ。
「わかった。いいよ」
とは言ったものの、こうして桜華さんの言いなりになり続けることが少し癪にも感じた。それに、このままずっと彼女の言うことを聞いていたら彼女の忠実な僕になってしまう。
何か、僕のしたいことはないのか。様々な記憶を辿り、考えた。
「あっ」
一ついい考えが浮かんだ。
「パーティーをするっていう桜華さんの要求は飲む。代わりに夜桜を見に行こう」
あの頃はできなかったこと。いつか一人で行こうとは思っていた。でも、桜華さんと歩く夜道が新鮮で楽しかったように、きっと彼女と見る夜桜も一人とは違った見え方があるだろう。僕はそれを見たかった。
「…いいよ。行こっか」
微妙な間の後、桜華さんも行くことに賛成してくれた。
僕らはパーティーに必要なお菓子などをあらかた買い、コンビニを後にした。
「すごい、きれい」
第一声はこれでもかというほど月並みな言葉だった。この感動を、この情景をうまく言葉にできない自分が悔しい。
例年、ヌシのライトアップは十時までだったらしい。しかし、今年は何かのイベントらしく十二時まで照らされている。
去年だったら今頃真っ暗な桜になんだかやらせない気持ちになっていたかもしれない。
桜華さんにまた会えたことと言い、ライトアップされた夜桜を見れたことと言い、今日の僕は本当に運がいい。
「ほんとに、綺麗だね」
桜華さんは落ちてくる花びらを両手で優しく受け止めた。
照らされているヌシと彼女の綺麗な色をした肌があまりにも似合っていて見惚れてしまう。
まるで、映画のワンシーンに自分が立ち会っているような錯覚にとらわれる。
今、この場所だけ時間が止まっているのかのようだ。
この場で言葉は蛇足にしかならない。僕はただ、舞い散る儚い花弁とうっすらと瞳を潤ませる桜華さんをじっと見守ることにした。
「ごめん、ぼうっとしてた」
桜華さんは振り返り、僕の存在を思い出したようで、申し訳なさそうに謝った。
「大丈夫だよ。僕も見惚れちゃってたし」
桜華さんとヌシに、と明確には言わなかった。
「もう四年も経つんだね」
僕は辺りを見回す。街並みとは反対にヌシの周りは時間の経過を感じさせず、四年前と全くと言っていいほど変化していなかった。
「あ、蓮くん。今日も来てくれたんだ」
桜華さんはヌシまで走り、わざとらしく言った。
普通の人なら、「何を急に言っているんだろう」と思うかもしれない。でも、僕はこの先に言うべきセリフをしっている。
「桜華さんがまた明日って言ったんでしょ」
「えへへ」と彼女は照れ臭そうに笑う。
「じゃあ、今日は何しよっか」
「桜華さんの好きなことでいいよ」
そこまで言うと、僕らは同時に吹き出して笑った。
これは四年前、僕らが毎日会うようになってから行なっていた、一種の挨拶だった。それを今でもお互い一言一句間違えず、言えたことに思わず笑いが漏れてしまった。
それに、桜華さんが僕のようにあの時を大切にしてくれていたことが分かって少し嬉しかった。
「こうやっていると、昔に戻ったみたいだね」
僕はヌシの近くに設置されているベンチに座った。
「あの頃は私がこの街について教えてあげてたっけ」
桜華さんは当然のように、僕の隣に腰をかけた。その距離の近さに少し心臓が鼓動を早くなる。
「今なら僕も、桜華さんに少しくらいヌシのことを教えてあげられるよ」
引っ越しをして新しい土地に行っても、ここのことだけは忘れなかった。もちろん、桜華さんという存在があってこそなんだろうけど、僕の中では桜華さんと同じくらいヌシのことも印象に残っていた。
桜華さんのことは引っ越しの後に、知りようがなかったけど、日本でも有数の桜の名所として知られているこの街の特にヌシについての資料は山ほどあった。
それを読み尽くした今の僕なら、彼女にも勝らずも劣らない知識を持っているとたかを括っていた。
「ふーん、じゃあ教えてよ」
僕を試すような口ぶりだった。僕としても、知識を披露できる機会を待ちわびていたのでその挑発に乗る。
「じゃあ、まずはヌシの伝説って知ってる?」
「伝説?」
桜華さんは首を傾げた。
これは僕のとっておきの話だ。ネットで偶然見つけた話なので正誤のほどはわからないけど、きっと彼女も知らないだろう。
「ヌシにはある伝説があるんだ。ヌシは昔からこの土地の人々に大切にされて付喪神が宿ってるんだって」
僕はこの話を知った時、スッと納得がいった。ヌシをこの目で見て、体で感じて、どれだけ偉大なものかを知っていたから。
大切にしたものには魂が宿る、日本古来からある考え方でなんだかロマンティックだと思う。もし、本当にいるのならいつか会ってみたい。
「…そんな不思議な言い伝えもあるんだね」
知らなかった、と桜華さんは残念そうにした。
彼女が知らないことを知っていた、その事実に少し胸が熱くなる。
「じゃあさ、桜の花言葉って知ってる?」
今度は仕返しに、と桜華さんも反撃に出てきた。
「知ってるよ。精神の美、とか優雅な女性って意味でしょ」
「むむむ。お主勉強しておられるな。」
僕を認めたというふうに桜華さんは表情を固くした。
「私もヌシみたいに優雅な女の子って言われるようになりたいな」
桜華さんには程遠いね、そう言おうとしたけれど、もっといい表現も思いついたので、あえて口にしない。
「じゃあさ、ヌシの品種、ソメイヨシノにも花言葉があるって知ってる?」
もはや、幹の太さ、根の張りよう、開花時期、何よりも大きさにおいてソメイヨシノという品種としては規格外ではあるが、分類上、ヌシはソメイヨシノだと言われている。
「え?品種別に花言葉があるの?」
「あるよ。それに、ソメイヨシノの花言葉は純潔、これは桜華さんらしいよ」
天邪鬼な所もあるけれど、桜華さんの核にあるものは紛れもなく誰かを想う心だと僕は知っている。
それが変わっていないことも、ここに来る途中の会話で分かった。
「純潔って…変態!」
パチンという音とともに僕の頬に衝撃が走った。
平手打ちがこんなにも痛いなんて、初めて知った。
「ねぇ、純潔って言葉の意味知ってる?」
「女の子にそんなこと言わせるの?」
桜華さんは汚物でも見るように僕を睨みつけた。
この瞬間、疑惑は確信に変わった。彼女は何か勘違いしている。
「純潔って、心が汚れていなくて綺麗、って意味だよ。訂正するよ。桜華さんに純潔は似合わない」
僕は、頬にある少し暖かい部分を抑え恨めしく桜華さんを見つめた。
「えっ」
彼女はそう言うと口を開けたまま動かなくなった。次第に桜華さんの頬は紅潮していった。限界に達した彼女はついに手で顔を覆い、伏せてしまった。
「まあまあ、勘違いは誰にでもあるよ」
僕はニヤニヤと無様な桜華さんを笑いながら慰める。
「一般的な純潔はそんな意味じゃないよ」
清々しいほどに開き直った桜華さんに思わず呆れる。
「辞書にはこっちが先に載ってるんだけどね」
「蓮くん、辞書が全てじゃない。この世は理屈でできてないんだよ」
「それ、今の状況じゃなかったらすごく心に響いたんだろうね」
それからも僕らはヌシを眺めながら、お互いのヌシに対する知識を披露し合った。気がつけば、夜はさらに更け日付が変わろうとしていた。
「本当に楽しいな」
桜華さんの声は何かに想いを馳せているようだった。
「うん。僕もだよ」
「よし、決めた!」
桜華さんは勢いよくベンチから立ち上がった。
「私、今日家に帰るよ。荷物もまた取りに行くから。パーティできなくてごめんね」
まくし立てて言ったかと思うと、桜華さんは颯爽と公園を出て行こうとした。僕の返事も聞かずに。
「またね」
その言葉が引き金だった。僕は走り出した。桜華さんの元へ。気がつくと、僕は彼女の腕を後ろから握っていた。その手は僕より少し暖かくて、強く握ると壊れてしまいそうなほど細くて、そして、小刻みに震えていた。
「何してるの?」
きっと、桜華さんを家に帰すのは正しい選択なんだろう。少なくとも、僕らが二人で泊まることに比べれば。
「わからない」
わからない、けどこの手を離したくはなかった。
「やめてよ!」
桜華さんは手をブンブンと振り回し、僕の手を振り払おうとした。
「やめない。僕は、桜華さんが好きだから。少しでも一緒にいたいんだ」
少しの沈黙が訪れる。
桜華さんはピクリとも動かない。
僕は僕で自分の発言に驚いていた。
桜華さんのことが好き。多分心の中では知っていた。でも、それを見て見ぬ振りをしていた。
友達としてとかそんなんじゃない。一人の異性として彼女が好きだ。口にして、意識して、やっと分かった。
「好きって何?意味わかんない」
嘆く声は小さな子どものようだった。
口調こそ荒いけれど、彼女の言葉は語尾へいくにつれ、徐々に小さくなっていき、ついには涙に変わった。
「桜華さんが好きだ。一人の異性として。だから、付き合ってほしい」
「なんで告白しちゃうの」
「桜華さんが好きだから」
「さっきからそればっかり」
「いいじゃん、本当のことなんだから」
掴んでいた腕を引き寄せて桜華さんをぎゅっと抱きしめた。思っていたよりも小さな体が僕の胸に密着した。
彼女も嫌がるそぶりを見せず、僕に体を委ねた。
「わかった。でもごめん。私も蓮くんのことが好き。だから、付き合えない」
一瞬、自分が振られたという自覚を持つことができなかった。あまりに出来上がったシチュエーション、支離滅裂な返事、断られた事実にショックを通り越して呆然としていた。
「そっか。って、ごめん」
振られたという認識を再度確認して、僕は自分がしてはいけないことをしていたことに気がついた。
振った相手にハグをされて嬉しいはずない。とっさに桜華さんから離れようとした。
でも、彼女はそれを許してくれない。
「待って」
桜華さんは離そうとした僕の腕を力一杯握りしめていた。
「涙、止まるまでは一緒このままでいさせて」
やっぱり、僕は桜華さんがわからない。何を思って、僕を振ったのか、何を想って、僕に抱きしめられているのか。わからない。でも、今はそれでいいのだろう。
彼女から返ってくるこの暖かい温もりさえあれば。
昨日は更新できず、すみません。
これからは出来るだけ毎日8時に投稿できるようにします。絶対、いやたぶん。。。