20.お別れは笑顔で。
「あぁー、ついに最後だね」
桜華さんは寂しがる様子もなく、そんなことを言った。
彼女のことを本当の意味で知ってから、もう二日が経過していた。
「この二日間、すごい充実してたよ!」
桜華さんはこんな風に言っているが実際は少し違う。
充実させてもらった、だ。結局、この二日間、僕は学校を休み、桜華さんと出かけていた。
彼女の行きたいところに行き、僕がその後ろをついていく。ただ、それだけだった。
主に、四年前に彼女と一緒に行った場所をもう一度巡った。
そんな二日間だった。だから、最後に来る場所も自ずと決まっていた。
「もうすぐだね」
桜華さんはヌシを見上げた。
ヌシにはもう花びらが数えきれるほどしかついていなかった。
「もしさ、もしも、私が人として生まれてたら、蓮くんと私は普通に付き合ってたのかな?」
不意に、彼女はそんなことを訪ねた。
「それは、ありえないね」
考えるまでもなかった。だって、桜華さんが人として生まれていたのなら、きっとクラスのみんなの人気者で、僕なんかには気がついてすらいなかっただろう。
そもそも、僕ら二人が交わることなんてありえなかったはずだ。
「じゃあ、私は人として生まれなくて良かったよ」
桜華さんの答えは不思議だった。人として生まれていたのなら、もっと長く生きられたのに、人として生まれていたらもっと色々な人と関われたのに、なんで、そんなことが簡単に言えるのだろうか。
「なんで、人じゃなくて良かったって思うの?」
それを聞かずにはいられなかった。
「そんなの、蓮くんに会えたからに決まってるじゃん」
当然のこと、とでも言うかのようだった。
それが、なんだかとても嬉しかった。桜華さんにとって人として生きることよりも、僕と出会えたことの方が大事だと言ってもらえたことが。とても、幸せだと思った。
ああ、やっと分かった。幸せって何なのか。そんなこと、簡単だったんだ。
「ねえ、桜華さん。やっと見つけたよ」
「何を?」
桜華さんは頭にたくさんのクエスチョンマークを並べていた。
「幸せとは何なのか、だよ」
ああ、と彼女は納得するように頷いた。
「で、何々?」
桜華さんは興味津々に聞いてきた。
僕の答え、今思えば、彼女の思う幸せの定義を聞いたあの時にはもうすでに知っていたのだと思う。でも、それはあまりにも当たり前過ぎて、見過ごしていた。
「僕の答え、それは桜華さんといること。桜華と話すこと、翔悟たちと笑うこと、綾玲たちと泣くこと、怒ること、それら全てが幸せなんだ。そして、それを当たり前だって思って、幸せってことにすら気づかないことこそが、本当の幸せなんだと思う。」
桜華さんという、僕の人生においてかけがえのない人ともうすぐ会えなくなる。
そんな時になって、やっと桜華さんといる時間の大切さが分かるなんて、遅すぎた。
大切な物は失ってから、気づく。とかなんとか、偉い人はそんなことを言う。
正にその通りだった。失いそうになってから気づいてももう遅い。でも、まだ失っていないのなら、まだ、できる何かがあるはずだ。
「私、ちゃんと蓮くんのこと、幸せに出来たんだね」
桜華さんは嬉しそうなのに、どこか寂しそうだった。
「うん」
彼女に返すように、僕も穏やかな顔で微笑んだ。
「じゃあ、最後のお願いも決めちゃった」
そういえば、桜華さんからはまだ二つしかお願いを聞いていなかった。
『最後』というその言葉が、なんだか別れを意味していそうで、嫌な気持ちになる。
でも、大切な桜華さんからの最後のお願い。もう、聞くことのない彼女の最後のわがままだ。
だから、それがたとえどんな無理難題でも、聞いてあげようと思う。
「私からの最後のお願い、蓮くんは幸せなままでいて。これから先、辛いことも、悲しいこともあると思う。でも、それでも蓮くんは、また新しい当たり前を作って、幸せに生き続けてよ」
最後のお願い、それはまた自分のための物じゃなかった。また、僕の為に。最後の最後まで、桜華さんは僕のことを思ってくれている。言葉にならないくらい嬉しい。でも、最後くらい、自分の本音を言って欲しかった。
「…もう一勝したかったな」
桜華さんが小さな声で呟いたその言葉を僕は聞き逃さなかった。
「なんでもう一勝したかったの?」
まさか、声に出ていたとは思わなかったのか、彼女は驚いていた。
「いや、ちょっとお願いしたいことがあったから」
「一回言ってみて。お願いなら聞いてあげるから」
桜華さんは首を横に振った。
「ダメだよ。ルールはルール。私は三回しか勝ってないから、三回までしかお願いしちゃいけないの」
確かに、ルールはそうかもしれない。でも、少なくとも三回のお願いのうち、二回は僕の為に使ったんだ。
もし、最後の一つが本当の彼女の願いなのだとしたら、僕がそれを聞くのは義務だ。
「じゃあ、言って。言うだけでいい。僕が、勝手にそれを叶えるだけだから」
こうでも言わないと、桜華さんはいつまで経ってもお願いをしてくれそうになかった。
「じゃあ、最初に言っておくけど、これは私のただの願望だから、聞いてくれなくていいよ。」
そんな前置きを入れて、桜華さんはやっと、本当の願いを話してくれた。
「私を忘れないで。私が、春風桜華がこの世界にいたことを蓮くんだけでも、覚えていて」
桜華さんの本心、やっと聞くことができた。初めからそう言ってくれればいいのに。
それに、絶対に彼女のことを忘れない、忘れられるわけがない。
ビュー、と風が吹く。桜はどんどん散っていく。
「私ね、蓮くんに会えて本当に良かった」
桜華さんは僕の顔に大きく近づいた。
チュっという音とともに、唇に柔らかな感触を感じた。
「付き合ってるんだし、これくらい…ね」
桜華さんは、頬を赤くした。不意打ちのキスに思わず僕もたじろいだ。
僕もファーストキスで、なんだかとても恥ずかしい気持ちになった。もしかすると、今の僕の顔は彼女以上に赤いのかもしれない。
「蓮くん、今までごめんね。突然家に泊まってごめんね。言いたくないこと無理に聞いちゃってごめんね。ずっと、嘘をついててごめんね。いっぱい、いっぱいごめんね。……でも、それ以上にありがとう。いっぱい一緒にいてくれて。いっぱい二人で笑ってくれて。いっぱいわがまま聞いてくれて。本当に、本当にありがとう」
桜華さんは涙を流した。涙を流しながら、今までで一番きれいな笑顔を見せた。
「清水蓮くん、私はあなたが大好きです」
「僕もーーー」
大好きだ、そう言おうとした瞬間、桜華さんは消えた。
映画や、漫画のように光の粒になったりせずに、ただそこには元から何もなかったかのようだった。
上を見上げると、ヌシにはもう花びらの一枚もついていなかった。
なんで、まだ何も言えていないのに。また、お別れを言えなかった。
神様は、僕のことが嫌いなんだろうか。なんで、なんでもうお別れなんだ。せめて、少しくらい何かを言わせて欲しかった。
やっと会えたのに。もう、桜華さんには会えない。
彼女の最後の笑顔が、頭に残っている。
彼女は最後まで笑っていた。だから、僕も最後まで笑おう。彼女が生きたかった分、僕が彼女の分まで生きてやる。
でも、今日だけは、ただここでヌシを見つめていたかった。
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