19.もう、嘘はいらない
ヌシに着くと、すぐに桜華さんを見つけた。彼女はいつも通りベンチに座ってスマホの画面とにらめっこしていた。
その表情には若干の苛立ちが見て取れた。僕が遅れていることに怒っているのだろうか。
「あっ!蓮くん、遅いよ。もー」
桜華さんは僕を見つけるなり、スマホをポケットにしまって駆け寄って来た。いつも通りに、いつもと何も変わらず。
でも、今日も彼女は、高校の制服を着ていない。
改めて見ると、やはりおかしい箇所がいくつかあった。
「ごめんごめん。ちょっと翔悟達としゃべりすぎちゃった」
僕は謝りながら桜華さんの顔色を伺った。
彼女は少し怒っているようだったが、それ以外はいつもと何ら変わりがなかった。
怪しい所こそあれど、やはり彼女が嘘をついているようには思えなかった。いや、思いたくなかった。
「ねえ、そういえば、桜華さんって1年何組なの?」
いっそのこと聞いてみることにした。
ただ、確信もないのに「嘘をついてるの?」とは聞けなかった。
だから、まずカマをかけた。
「六組だけど、それがどうしたの?私、今怒ってるんだけど?」
桜華さんは身振り手振りで怒っていることを表現していた。
でも、そんなのは全く僕に入ってこなかった。
桜華さんが嘘をついていた。その事実が僕の身体中をえぐっていく。
きっと、一般的な友達という関係には嘘の一つや二つなんてあって当然なんだろう。
でも、僕たちの関係には嘘や偽りがないと、少なくとも僕はそう思っていた。
「なんで、嘘つくの?」
桜華さんへの疑いが確信に変わった今、口は勝手に動いていった。
「えっ?」
きっと、僕は先程の彼女以上に怒ったように見えたのだろう。それは、この前のような、当たり散らすような怒りではなく、静かな怒りだった。
そんな僕の表情に蹴落とされたのか、怒っていた彼女は、一転して僕から目を逸らし、下を向いた。
「さっき、桜華さんの高校に行ってきたんだ」
静かに、優しい声で、追い詰めるような、少し意地悪な言い方をした。
「…そっか」
桜華さんも僕が何を言いたいか察したようで、それ以上何も聞いてこなかった。
しばらく沈黙が続いた。お互いに一言も発さず、聞こえるのは、ただ風の音だけだった。
先に沈黙を破ったのは桜華さんだった。
「ごめんね。私ずっと嘘をついてたの」
桜華さんは言い訳をせず、素直にそう自白した。
「別に、もういいよ」
僕はただそう答えた。桜華さんが嘘をついているかもしれないと思った時は、確かにわずかながらでも怒りが込み上げていた。
でも、彼女がちゃんと謝ったのなら許そうと思った。そして、また新しく、嘘偽りのない関係を築きたいと思った。きっと、それが友達だから。
「ううん、違うの。本当は蓮くんに初めて会ったあの日から、ずっと嘘をついてるの」
桜華さんは首を横に振り、僕にそう伝えた。
理解出来なかった。いや、出来るはずなんてなかった。
初めて会ったあの日からずっと嘘をついている。だとしたら今までの全ては嘘だったのか。…また、裏切られるのか。
色々な思考が頭の中で交錯していった。
「私ね、ヌシなんだ。だから、そもそも人でもないし、まして春風桜華ですらないの」
僕の思考の処理を待たずして、彼女は新たに訳の分からない情報を付け足した。
そして、その一言は、僕の頭をもっと狂わせた。
目の前にいる桜華さんが人ですらないなんて誰がそんなファンタジーなことを理解できるのだろうか。
確かに、ネットでは付喪神の伝説は見た。でも、桜華さんがその付喪神だなんて全く信じられない。
だって、目の前にいる彼女は、春風桜華はどこをどれだけ見ても人間にしか見えないのだから。
「…やっぱり、信じられないよね」
あはは、と彼女の引きつった笑いに耐えかねて僕も笑顔を作る。きっと、とても歪な笑顔を。
「じゃあ、もしかして桜華さんがヌシの付喪神なの?」
信じられない、そう言うのは簡単だ。でも、いくら桜華さんでも、こんな時にそんな嘘はつかないだろう。
「うん」
桜華さんの迷うことのない返事に、もう納得する他なかった。
でも、彼女と今まで通りに接することが出来るのだろうか。少し、不安になった。
「私ね、豊作祈願とか、無病息災だとか、そんな風に色々な人から想われて生まれたんだ。町の人たちのヌシを大切に思う心が、その言葉が、私を生み出したの。」
桜華さんはヌシを見ながら遠い何かを思い出すように語った。
「その証拠に、私は春の間、つまりヌシに桜の花びらがついている間だけしか意識を保つことができないの」
彼女の言葉を聞き、僕も四年前のあの日のことを思い出した。
確かに、桜華さんがいなくなったあの日、もうヌシには桜の花びらはついていなかった。
非現実的なことなのに、桜華さんの言っていることは事実と一致していた。
「今まで、嘘ついてて本当にごめん」
最後に、桜華さんはそう言った。
彼女は僕に嘘をついた。それも出会ったその日から。
嘘をついていた彼女に腹がたつのか、
人ではない彼女とは友達ですらないのか、
彼女のことが嫌いか、
彼女との日々は全て嘘だったのか。
次々と入ってくる情報を頭をフルに回転させて自問し続けた。
彼女とこれからどう接するべきなのかを考えるために。
でも、そんなことは考えるまでもなかった。
「関係ない、関係ないよ!桜華さんがたとえ人じゃなくても、僕に希望を与えてくれたことも、一緒に流しあった涙も、全部本物だったから!」
自分でも、クサイことを言っている自覚がある。でも、知ってほしかった。僕が、今、何を思い何を考えて、桜華さんの前にいるのかを。
僕の言葉を聞き終えると、桜華さんは涙を流した。笑顔のまま泣いていた。
「私、怖かった。本当のことを言ったら、蓮くんに拒絶されてしまいそうで。ずっと言わなきゃって思ってたのに」
桜華さんの気持ちは痛いほどわかった。誰にでも、言わなきゃいけなくても、なかなか言い出せない話というのはあるものだ。
大きさは、違えど僕にもあったから。
だから、僕は桜華さんのことを受け入れよう。彼女がそうしてくれたように。
「なんで、大事なことって気づいた頃には遅いんだろうね」
桜華さんは辛そうに口を開いた。彼女が何のことを言っているのか僕にはわからない。
「ごめんね。もう私には三日もないの」
ああ、そうか。そう言えば今年もそろそろ桜が散る頃だ。確かにあと三日もあればヌシの桜は散ってしまうだろう。
「そっか。じゃあ、また来年まで会えないんだね」
僕がそう言うと桜華さんは首を横に振った。
「ううん、違うよ。本当にあと三日でお別れなんだ」
彼女の声は、悲しそうだった。
「ヌシはね、今年で切られちゃうんだって」
聞こえた音を気のせいだと思った。正に、耳を疑った。
「町おこしのために、大きなショッピングモールを作るんだって」
そういえば、引っ越してきたあの日、桜並木の一部が切られていた。
まさか、ヌシまで切られてしまうとは思っていなかったけど。
「ねえ、ヌシが切られたら桜華さんはどうなるの?」
「多分、存在そのものがなくなる。春が来ても、会えなくなると思う」
嘘だ。そう信じたかった。だってそれは、桜華さんが死ぬことと同義だったから。
やっと、また会えたのに。やっと、嘘も偽りもない、そんな関係になれると思ったのに。
もうお別れだなんて、そんなの嫌だ。
「なんでだよ!なんでなんだよ!クソッ!」
やりようのない怒りを口に出した。地団駄を踏み、地面を蹴る。
怒りで、意識が遠のきそうだった。クラクラと倒れそうになる。
そんな時、背中から穏やかな温もりを感じた。僕は桜華さんに後ろから抱きしめられていた。
「私はね、もう一回こうやって蓮くんと一緒にいれてよかったよ」
桜華さんはスッと僕の体から離れ、今度は手を握った。
「…蓮くんは違う?」
桜華さんはまた、笑顔で問いかけた。また、そうやって自分がどれだけ辛くても僕のために笑顔を作る。
「なんでーーー」
ずっと笑っていられるんだ。そう言おうとした。
でも、辛い顔は誤魔化せても、手から伝わってくる微かな振動は誤魔化せてはいなかった。
やっぱり、怖いんだ。怖くないわけないんだ。自分という存在がもう少しでなくなってしまうのに、怖くないわけがない。
けど、それでも彼女は僕を支えようとしてくれている。
本当に自分が情けない。
桜華さんからはたくさんのことを教えてもらった。人と関わることの大切さ、自分を貫き通しても良いこと、考えれば考えるほど、もらった物の大きさを実感させられる。
じゃあ、僕は彼女に何かを返すことが出来たのだろうか。もらった物と同じ大きさの何かを、彼女に渡せたのだろうか。
きっと、全然足りない。じゃあ、今の僕にできることは何だ。
考えるよりも先に口にしていた。
「僕と付き合ってください」
それは、あの日言った言葉となんら変わらなかった。でも、言葉の重みは全くと言っていいほどに違った。
桜華さんにたくさんの物をもらった分、この最後の三日は彼女のために生きたいと思った。
そのためには、より桜華さんに近づくべきだ。
とはいえ、当の本人はというと、ポカンと口を開け、バカみたいな顔をしていた。
自分の正体を明かし、三日もすれば会えなくなることがわかっているのに告白。確かに、そんな反応になってしまっても仕方がない。
「え、でも私さ、人ですらないんだよ?」
桜華さんはいつになく困惑していた。
「だから、関係ないって言ったでしょ。それに、桜華さんは他人のために生きすぎなんだよ。最後の三日くらい、わがままを好きなだけ言って自分のために生きてよ。それで、それを僕に手伝わせてほしい」
正直な思いを言葉に乗せた。桜華さんが生きていて良かった。そう思えるような最後にしてあげたかった。
「私、人じゃないから、自分のために生きちゃいけないんだって思ってた。誰かに想われて生まれたから、誰かの為に生きるのが当然だと思ってた」
桜華さんの初めて見せるその訴えかけるような表情が、言葉が、全て本音なんだと思わせた。
「でも、そんな、そんな私でも、私の為に生きていてもいいのなら、私は、蓮くんと一緒にいたい。」
「うん。桜華さんがそれを望むのなら、僕は桜華さんの隣にちゃんといるよ」
「…ありがとう」
呟かれたその言葉は、小さくて弱々しくて、聞き逃しそうになるほどだった。
でも、桜華さんの顔を見て悲しいじゃないんだと感じた。
彼女からは、感謝、喜び、そして別れに対する寂しさが伝わってきた。
桜華さんの最期に未練を残さない為に。桜華さんが最期の瞬間まで桜華さんらしくいられるように。僕は全力を尽くそう。
こうして、僕と桜華さんの最後の三日が始まった。
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次回からいよいよ最終章です。
最後までお付き合いください!




