14.この街に来て
「いやー、やっぱ改めて見てもヌシってすげえなー!」
桜華さんに僕の中学生の頃の話をした週末、僕らはヌシの前に来ていた。
名目上、ダブルデートというらしい。ただし、この中の誰一人として付き合ってはいない。
桜華さんの提案で、僕らは集まった。元々、翔悟達も桜華さんに興味を持っていたこともあり、簡単に準備をすることができた。
「でも、もう桜はだいぶ散っちゃってるけどね」
そんな楽しい雰囲気に水を差すかのように綾玲が言った。
でも、実際その通りなのである。もう四月も半ばだ。そんな中、ソメイヨシノという品種で、まだここまで花弁が付いているという方がすごいことなのである。
「そうだよな。午前中は花見をする予定だったし」
「そうだね」
じゃあどうしようか、とみんなで頭をひねった。
「まあでも、高校生の花見なんて、結局桜なんて見ないで飯食って話すだけじゃね?」
翔悟の意見はまさに花より団子だった。ただ、こんな状況では誰も反対などしなかった。
元々、僕以外の三人はコミュニケーション能力が高かったということもあり、すぐに打ち解けていた。
ブルーシートを敷き、女性陣が作ってくれた朝ごはんを食べながら、色々な話をした。
僕と桜華さんの再会してからの日々、翔悟達が中学生だった頃の話、学校での僕ら三人のこと、笑ってしまうような失敗談。どれも定番でありきたりな話だった。
それでも、話は大いに盛り上がり、気づけばみんな楽しくて笑っていた。
「翔悟、綾玲、やっぱり聞いてほしいことがあるんだ」
朝食もほとんど食べ終わり、話題のネタが尽きかけてきた頃を見計らい、僕は二人にそう告げた。
「おう!なんでも聞くからな」
「うん。いいよ」
二人とも、真剣な眼差しで僕を見つめた。多分、二人は僕が何を話そうとしているのか、わかっているのだろう。
「ありがとう」
僕は一言彼らに礼を入れ、話すことを決意した。あの、地獄の中学時代を。
きっと、今の僕の声はとても震えているだろう。
桜華さんはあの話を聞いても、それでもなお、僕の側にいてくれると言ってくれた。でも、二人もそう言ってくれるとは限らない。
もし、この話をしたことによって、二人との距離が離れてしまったら…。そんなことを考えるとだんだん話すことが怖くなってきた。
そんな時、ふと僕の右手に微かな温もりが伝わってきた。
桜華さんの手だった。その少し小さくて、優しい手は僕に大丈夫だと告げるように強く握られた。
なんでだろう。桜華さんといると今までごちゃごちゃ考えていたことがバカみたいに思えた。
思い切りぶつかろう。それで、失敗したらまたやり直せばいい。
桜華さんに勇気をもらい、僕はもう一度話し始めた。あの、地獄の中学時代を。
今度は、桜華さんと一緒に。
「ふーん。そっか」
「大変だったんだねー」
僕の話を聞いた彼らの感想は思った以上に薄かった。
もっと、驚いたりするものだと思っていた。
その反応の薄さに思わず「えっ?」と声が漏れた。
「えっ?ってなんだよ。えっ?って!」
逆に翔悟にツッコミを入れられてしまった。
「いや、思いのほか反応が薄かったから」
翔悟は「あぁ」と言いながら右手で髪を少しだけくしゃくしゃ、っと掻きむしった。
その動作からは何かを恥ずかしがっているように思えた。
「だって、蓮のことを思って一緒に泣いてやるのはもう俺らの役目じゃないんだろ?」
そう言って、翔悟は僕と桜華さんを繰り返し見つめた。
「だから、うちらはれんれんの今までの全部のことを受け止めて、これからも友達でいようって思ったの!」
二人の優しい言葉に、つい涙が溢れ落ちた。今度もまた、嬉しくて。
「それに、蓮は被害者だろ?だったら誠哉って奴を地獄に落としてやるって思っててもいいくらいだぞ?」
「そうそう!それに、うちだったらいじめを止めるとか絶対出来ないし、多分いじめに加担してた。だから、れんれんはすごいよ」
あの頃は、自分という存在そのものまで否定され続けていた。何度も死にたいと思った。誰からも必要とされなかった。
でも、ここにはいる。僕の為に泣いてくれる人が。僕と一緒に笑ってくれる人が。みんなと一緒なら、あんな過去も少しは吹っ切ることが出来るかもしれない。そう思った。
本当に、この街に来てから泣いてばかりだ。そして、そのどれもが嬉し泣きだった。
「てか、蓮こそよく俺と話そうと思ったな。俺と誠哉ってやつ、出会いから何からめっちゃ似てんじゃん。怖くなかったのかよ」
実は僕もずっとそう思っていた。桐崎翔悟という人間はあまりにも工藤誠哉に似ている。ただ、それはあくまでいじめをしていない誠哉だ。だから、別に大丈夫だと思った。
それに何より、似ているのなら翔悟のしそうなことくらい僕にもわかっていた。
「怖かったよ。でも、どうせ僕が逃げたって翔悟なら逃してくれなかったでしょ」
「まぁ、そりゃそうだわな」
ははは、と翔悟は一本取られたと笑った。
「まあ、それはいいとしてその手はどういうことかな?」
翔悟は笑い終えると、僕と桜華さんのちょうど間を指差してそう言った。
僕も反射的にその指の先を見た。すると、そこには先程から繋がっていた二人の手があった。
それもかなり強く繋がれた手だった。
「えっと、これは…」
一体なんと説明したら良いのだろうか。すぐに言葉が出てこなかった。
「お前ら、やっぱり付き合ってんだろー!」
翔悟は僕の隙を見て、早速冷やかして来た。
こういう所は本当に翔悟の悪い所である。
「付き合ってないよ」
出来るだけ、スマートに答えようと心がけた。
その分、心の中で「だから、振られたんだよ!!」と叫んでやった。
これ以上冷やかされても面倒なので、とりあえず手を離した。
同時に、心の中で必ずいつか絶対、翔悟にも同じことをしてやると密かに誓った。
僕の話なんかをしているうちに、時間は経過し、気がつくと時刻は一時に差しかかろうとしていた。
ちょうどキリも良いということで、ダブルデート第一部のお花見はお開きにしようということになった。
そして、午後からはヌシを後にし、高校生らしく遊び尽くした。
カラオケ、ゲームセンター、ショッピングモール、色々な所に行って、色々なことをした。
どれも、中学生の頃にやったことがあった。
でも、今日はなんだかあの頃の比じゃないほどに楽しかった。
それはきっと、彼らとなら本当の僕でいられるから。飾らないこんな僕を好きと言ってくれるから。
これからも、こんな日々が続いて欲しいと心の底から思った。
「今日は本当に楽しかったね!」
翔悟達と別れた後、僕ら二人は家に帰ろうとしていた。
どうやら、今日のダブルデートにはご満悦だったようだ。
「また、みんなでどこかに行きたいな」
「…うん」
その、少しの沈黙と含みのある言い方はどことなく僕を不安にさせる。
顔を覗くと、案の定桜華さんの顔は沈んでいて、どこか暗かった。
その顔を見たのは再会した日以来だった。
いや、ここまで沈んだ顔を見たのは本当に四年前の桜華さんがいなくなる前日以来かもしれない。
こんな時、僕は桜華さんになんと言えば良いのだろう。またいなくなるの?なんでそんなに暗い顔をするの?なんで僕に相談してくれないの?聞きたいことは山ほどあるのに、その一つ足りとも聞くことが出来なかった。
それは、彼女を傷つけたくなかったから。なんて、綺麗事ではない。
本当は僕に桜華さんが暗い顔をしなければならないようなその理由を受け止めきれる自信が、覚悟がなかっただけだ。
「これで、二つ目のお願いも終わりだね」
勇気も覚悟もない、そんな僕はまた、話題を変えて逃げてしまう。
「そうだね。翔悟くんも綾玲ちゃんも、蓮くんの言ってた通りの素敵な子だった。……本当にあの2人で良かった」
最後に何かを言っていたようだったけど、あまりに小さい声で聞き取ることが出来なかった。
おそらく、翔悟達のことを褒めていたのだろう。
「なんか、母親っぽいセリフだね。」
母が仕事なんてせず、僕をちゃんと見ていてくれてたらこんな感じなのかな?そんな意味も含めて言った。
「そうかな?」
気がつくと、桜華さんは言葉に正気が戻っていて、笑っていた。そんな、いつもと変わらない彼女に戻ったことに少し安堵する。
勇気も覚悟もない僕ができる唯一の気遣いは何もなかったようにすることくらいだ。
「うん」
だから、僕は何もなかったように、いつも通りにそう答えた。
「ねえ、明日デートしよっか」
桜華さんの不意の言葉に、僕は動揺を隠せなかった。なぜなら、今まで二人で遊ぶ時はデートか否かを問わず、僕が誘っていたからだ。
「うん!」
もちろんという気持ちも込めて、いつもより大きな声で答えた。嬉しくて、耳の先まで赤くなっている気分だった。
今日は本当に楽しかった。それにきっと明日も、いや明日からも。そう、思っていた。
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