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春の軌跡はあなたとともに  作者: 真城 玲
第三章 過去
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12.本当の友達

 どれくらい走ったのだろうか。

 空は暗く、ずっと下を向いていたのでここがどこなのかすらわからない。

 桜華さんは今どうしているだろうか。家を出てからずっと彼女の泣き顔が脳裏に浮かんでいる。

 言い過ぎたとは思ってる。それでも、やっぱりあの時、中学生の頃の話はできなかったと思う。


「おーい、蓮!何してんだよ」


 不意に名前を呼ばれた気がした。でも、今は誰とも話したい気分ではなかった。

 だから、さっきのは空耳だと決めつけ、また走りだした。


「おい!待てって!」


 肩を引っ張られた。僕は思わず振り向いた。そこにいたのは、僕のよく知る男女二人だった。


「お前、この雨の中で傘もささずに何やってんの?」


 翔悟は心配そうに僕を見つめた。やっぱり、なんだかんだで、翔悟は優しい。


「そうだよ!れんれん風邪引くよ?」


 綾玲も便乗して僕に話しかける。

 二人が僕を心配してくれていることが嬉しくて少し涙が出そうになる。


「ちょっと出掛けてたら突然雨に降られちゃったんだ」


 ハハッと笑い混じりで嘘をついた。今度はちゃんと嘘をつけた。こんな心中で嘘をつくなんて我ながら呆れる。

 二人には申し訳ないけど、本当のことなんてとてもじゃないが話せなかった。


「じゃあ、ちょっとうちに来い。どうせ、綾玲と今から行く予定だったし。シャワーでも浴びてけよ」


 翔悟はそのまま僕の腕を掴んだ。それも痛いくらいに。

 本当は一人になりたかった。でも、怪しまれずにこの状況を乗り切れるような嘘は思い浮かばなかった。

 それに、翔悟の顔はいつもよりも強張っているように見え、ただで帰してもらえそうにもなかった。

 僕はそのまま翔悟に連れられ、翔悟の家に行った。

 翔悟の家は、思いのほか近く五分もしないうちに着いた。

 家には誰もいなかった。なんでも、父親は単身赴任をしていて、母親は夜勤の仕事に行っているらしい。

 翔悟に言われるがままにシャワーを浴びさせられた。

 一人になると、また思い出してしまう。桜華さんの泣いている、あの顔が。

 でも、二人には迷惑をかける訳にいかない。だから、早くこの家を出よう。

 シャワーを浴び終えると、リビングに翔悟と綾玲が隣同士に座って何かを話していた。

 そして、その向かい側には、椅子が1脚だけ用意されていた。

 ここに座れという意味だろう。でも、ここに長居する意味などない。僕は早々に服だけ持ち、帰ろうとした。


「おい!どこ行くんだよ」


 翔悟は僕を追いかけるように玄関までやって来た。


「帰るだけだよ?」


 僕はまた平気な顔で嘘をついた。とりあえず、今日はあの家へ帰るつもりなどない。

 桜華さんと顔を合わせるだけでも、辛くなりそうだから。


「なあ、そろそろ嘘つくのやめろよ」


 翔悟は少し怒り気味の口調で僕の肩を持った。


「そうだよ、れんれん!言いたくないこともあるかもしれないけど嘘はやめて。友達なんだから」


 二人とも僕の嘘に気がついているようだった。

 僕がそれに驚いていると、翔悟は鏡を持ってきて僕に渡した。


「自分の顔、一回見てみろよ」


 言われるがまま、僕は鏡に自分の顔を写した。

 そこにあったのは、筋肉が全てが下に下がっていて、どんよりとした正に死んだ魚の目をしていた男だった。気持ち悪い、その顔を見た第一印象はそれだった。その顔が自分のものだと気づくには少しだけ時間が必要だった。


「そんな顔したやつが、今からただ帰るだけって言って、お前は信じれんのか?」


 翔悟はまじまじと僕を見つめた。


「…信じられるわけないね」


 そうだ信じられるわけがない。きっと、立場が逆なら僕も同じことをしていた。

 なんだ、こんな簡単なことだったんだ。こんな簡単なことに気づかないなんて。おかしくて、なんだか笑ってしまった。


「ねえ、ちょっとだけ話したいことがあるんだ」


 そうだ、二人に聞けばいい。この二人なら、きっと大丈夫だ。


「おう!もちろん」


「うん。うちもいいよ」


 二人とも笑顔でそう答えた。やっぱり、二人は僕の友達だ。

 まず何から話すべきか、迷いながらも僕は、今日桜華さんとあったことを順を追って話した。

 もちろん、桜華さんと僕が半同棲生活を送っていることがバレないように。

 二人は親身になって話を聴いてくれた。


「ねえ、二人は僕が中学生の頃の話を知りたい?」


 全てを話し終え、僕は二人に最も聞きたいことを尋ねた。

 もし、翔悟たちが知りたいと言ったら話すべきなのか、話さなかったら僕を嫌いになるのか、様々な不安が僕の頭をよぎる。


「まあ、聞かせてくれるんなら聞いてみたいかな。そこまで隠されると余計に気になるしな」


「うちもー」と綾玲も便乗している。

 やっぱり、話すべきなのか。


「でもさ、言いたくないなら言わなくてもいいんじゃね」


「え?」


 思わず声が漏れた。それは一番予想していない言葉だったから。


「だってそうだろ。確かに、蓮自体を作ってんのはこの十六年間の出来事だと思う。でもさ、俺が友達だって思ってんのは今の蓮だ。だからさ、昔がどうとか関係ねぇよ。蓮が中学生の頃に人を殺してようが、俺が好きなのは今の蓮だ。てことだから、中学生の頃のことなんて言ってしまえばどうでもいいんだよ」


 翔悟の言葉は心に染みわたった。その言葉は僕の心の中に刺さっていた棘を丁寧に抜いてくれた。


「暴論だね」


 僕には涙を堪えて一言そう言うことしかできなかった。

 本当にこんなことを言ってくれる友達に出会えたことを心から嬉しく思う。


「あ、あと隠し事があったって、そんなことじゃ、うちらはれんれんのことを嫌いになんてならないよ。」


 綾玲の声はいつになく優しく聞こえた。


「それに、そんなんでいちいち嫌いになってたら友達なんてなってられないよ」


 これが、友達なんだろうか。桜華さんとはまた別の暖かさが二人にはあった。


「…ありがとう」


 溢れ出す感情をもっと上手な言葉で表したい。

 でも、今の僕にはありがとう、その言葉しか出てこなかった。


「あ、でももしかしたら桜華ちゃんはそれじゃ納得できないかもしれないぞ」


 思い出したかのように翔悟は口を開いた。


「え、どういうこと?」


 僕は思わず聞き返した。


「うーん、なんていうか…」


 翔悟はどうやって伝えようか迷っているようだった。


「俺と綾玲は別に中学生の頃の蓮のことはどうでもいいって思ってるけど、もしかしたら桜華ちゃんは違うかもしれないってこと」


 翔悟は考えながら右手で頭をかきむしっていた。

 正直、何が違うのか、翔悟は何を言いたいのかはあまりよくわからなかった。

 でも、翔悟の挙動から彼が一生懸命、僕に何かを伝えようとしていることはわかった。


「俺は小学生の頃の蓮のこと知らないし、綾玲だってほとんど関わってないから、その頃の蓮のことは全然知らないだろ。でもさ、桜華ちゃんは知ってる。小学生の頃の蓮を知ってる。これが大事なんだよ」


 僕の頭には、きっとたくさんのクエスチョンマークが浮かび上がっているのだろう。

 小学生の頃の僕を知っている、それだけで何が変わるというのだろう。


「例えばさ、小学生の頃のれんれんと高校生になって再会したれんれんで何か違いがあったら、自分の知らない中学生の頃に何かあったんじゃないかって疑うでしょ」


 今度は翔悟に変わって、綾玲が話し始めた。僕は無言で軽く首を縦に振った。


「それで、たとえそれが良い変化でも悪い変化でも、友達だったらなんでそうなったのか知りたいってもんじゃない?」


 綾玲の言葉は不思議とスッと頭の中に入った。

 確かにそうだ、僕だって再会して、もし桜華さんがとても静かになっていたら気になってしまう。

 それで、もしそれが悪い変化なら簡単には聞けない。例えば、それこそ一週間くらい家に一緒にいないと。

 でも、もしそうなのだとしたら、桜華さんは僕の変化に気づいたということになる。

 あまり、顔や態度に出ないようにしてたはずだけど。むしろ、どこで気付かれたのか全くわからない。

 でも、その上でもしも今日聞いてきたのだとしたら。僕にはわからないくらいの覚悟を持って聞いてきたのだとしたら。

 あくまで仮定ではあるけど、もしそうなのだとしたら僕はどんな顔をして桜華さんに会えば良いのだろう。

 それに、もうこれ以上の誤魔化すことはできないだろう。


「ねえ、やっぱり桜華さんには話した方が良いのかな?」


 僕は本当にダメなやつだ。こんな大事な決断まで、人に頼ろうとする。


「さーな?それは蓮次第だろ?」


 僕の考えを見透かすように、翔悟は答えをくれなかった。

 まるで、それくらいのことは自分で考えろ、とでも言う風に。

 そうだ、むしろここまでしてもらって桜華さんに伝えないのは違うだろう。

 ここから先は僕自身が決めるべき問題だ。


「わかった。僕、話すよ。それで、いつか絶対、翔悟達にも話すから!」


 今はまだ、彼らには言えない。その勇気はない。そもそも、できる限り話したくもない。

 でも、彼らはそれでも良いと言ってくれた。それがたまらなく嬉しかった。

 ここまで相談に乗ってくれた、最高の友人に深々と頭を下げて、僕は勢いよく玄関から飛び出した。

読んでいただきありがとうございます!

蓮の過去編である三章もいい感じに盛り上がってきたと思います。

もしよければ、ブックマーク、感想、評価、誤字報告などよろしくお願いします

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