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春の軌跡はあなたとともに  作者: 真城 玲
第三章 過去
14/23

閑話.友達って…正義って…

 小学校を卒業すると同時に、僕はまた、いつものように引っ越しをした。

 知らない土地の知らない人との関わりが始まろうとしていた。

 元々、僕は人と関わることは苦手だったけど春風桜華、彼女との出会いを機に、僕はもう一度、人間関係というものを学ぼうと思った。

 そのためには、まず友達を作らなければならない。

 そこで、僕は高校デビューならぬ中学デビューをすることにした。

 制服は着崩し、髪も目立つようにアレンジしたりした。一人称も『僕』から『俺』に変えるなどできることは全てした。

 そして、友達の多い人の理想像に近づけていった。

 入学すると、それが功を奏したのか、クラスではある程度の人気者になることができた。

 望んでいた友達もできた。いや、彼との関係は親友と呼んでも良いかもしれない。

 彼の名前は工藤誠哉、クラスのリーダー的な存在で、誠哉の周りには常に多くの派手な男女がいた。

 そんな彼と親友になったことも俺が周りに溶け込めた一つの大きな理由だと思う。

 それほどまでに、誠哉はクラスいや、学年全体に影響のある人物だった。

 誠哉とは入学式の日に出会った。誠哉は話し上手で、俺は人の話を聞くのが好きだった。そうやって、うまくバランスがとれていたこともあり、俺と誠哉はすぐに仲良くなった。

 バカで、二人でよくイタズラもしていた。

 イタズラと一言で言っても、誠哉は人の嫌がるようなイタズラはしなかった。むしろ、誠哉のイタズラには常に笑いが伴っていた。

 だからこそ、俺はそんな彼と一緒にいることが好きになった。

 それからというもの、放課後や休日に誠哉や彼の周りにいる人たちとよく遊んだ。

 カラオケやボーリング、一人で本を読んでいた時とはまた違った楽しさや面白さがそこにはあった。

 誠哉の紹介などもあり、友達はどんどん増えていった。まさに、俺の学校生活は順風満帆だったと言える。

 でも、そんな最高の生活は突然、終わりを告げた。

『悲劇』なんて言って、被害者ぶるつもりなど全くない。でも、そう言ってしまいたいと思うような出来事が起こった。

 その出来事があったのは中学二年の夏休みだった。

 その日、俺は誠哉と遊ぶ約束をしていた。でも、約束の時間には行けそうにもなかった。

 なぜなら、俺はその日、人生初の補修というものにかかっていたからだ。

 一人でいた頃は時間がたんまりとあったこともあり、勉強ができたが、中学生になり遊び呆けて勉強をしなくなるとすぐに結果に出てきた。

 そうして、サボっていたツケが今日回ってきたのだ。


『今日、補修あるから遅れるわ』


 いつものように、軽く誠哉に伝えた。


『補修とかヤバっ!お前バカすぎ(笑)面白いおもちゃゲットしてみんなで遊んでるから早く来いよ!』


 いつもバカをやっている誠哉にバカにされているようで、少し腹が立った。そんな文句を言うためにも早く補修を終わらせよう。

 それに、誠哉の手に入れたおもちゃというのが少し気になった。

 誠哉が面白いというものに間違いはない。これは、一年間誠哉のそばに一緒にいて感じたことだ。

 だから、早くその面白いおもちゃを見に行きたかった。そんな思いが、脳に刺激を与えたのか、いつも以上に勉強に精が出た。

 その甲斐あって、補修の終了予定時刻の約三十分前に補修を終わらせることができた。


「始めからそれくらいやってくださいね!」


 軽く先生には叱られたが仕方がない。それよりも俺は一刻も早く誠哉の元へ行きたかった。

 さっさと荷物をまとめ、学校を出た。

 誠哉との待ち合わせ場所は小さな公園だった。

 この公園は周囲が木に囲まれ、昼間でもたくさんの影が差して薄暗いことから『真夜中公園』と呼ばれている。

 だから、公園の入り口からは中の様子は見えなかった。

 でも、公園の中からはたくさんの歓声や指笛などが聞こえた。いかにも楽しそうな雰囲気に胸が踊る。

 そういえば、誠哉はみんなと言っていた。この様子からすると、今日はかなり多くの人が来ているのだろう。

 大勢で遊ぶ時はなかなか意見がまとまらないけど、やっぱり楽しい。

 今から何をするのだろうと胸を弾ませ、僕は公園の中へ入った。

 だけど、そんな高揚感は中に入った瞬間に消え去った。

 僕の目に映ったその光景はおおよそこの世のものとは思えなかった。いや、思いたくなかった。

 一人の少年を大人数で殴り、蹴る。そして、それを周りは止まるどころか、盛り上げていた。

 こんな光景を見たことはなかった。でも、これを何というかは知っている。

『いじめ』この言葉しか出てこなかった。みんな、狂っている。

 なにより、それを先導している人間を見て、衝撃を受けた。何度も目をこすり、間違いなのかと確認したけど、やはりあれは紛れもない誠哉だった。


「おう、蓮。遅えよ!さっさと混ざれよ!」


 誠哉は俺を見つけるなり、駆け寄って来た。

 そして、いじめに誘ってきた。まるで、カラオケにでも誘うように。

 俺は返答に困り、思わず目を逸らした。すると、今度はいじめられている少年と目が合った。

 そういえば、彼は同じクラスメイトだった。名前は…思いだせない。ただ、学校ではいつも本を読んでいて、根暗なイメージしかなかった。

 なんだかその姿は小学生の頃の俺と重なって見えた。

 その少年は俺を鋭く睨みつけた。お前もこいつらと同じなのか、まるでそんな風に言われているようだった。


「なあ、早くやろうぜ!」


 きっと、ここで非情になっていじめに加担できたのなら、俺はもっと楽に生きられたのだろう。


「やめろよ!」


 自分でも驚くほど大きな声が出ていた。あたりは静寂に包まれた。熱狂は一気に冷め、長くて短い沈黙が訪れた。

 なんで、俺は止めたのだろうか。少年と俺が重なって見えたから?誠哉達と同じにされたくなかったから?いじめが嫌いだから?

 俺にもそれが分からなかった。ただ、本能的にこうするべきだと感じて、気づくと口に出ていた。


「えっと、やめるって…何を?」


 きっと、誠哉は分かっている。分かった上で、彼は俺を試しているのだ。

 これは、脅しだ。自分の意思を貫けば、俺は確実に誠哉と対立しなければならない。

 今ならまだ間に合う。頭ではそんなこと分かっていた。


「その子をいじめるのをだよ」


 頭で分かっていても、俺は止まることができなかった。

 拘束されている少年を指差し、俺も負けじと誠哉を睨んだ。


「ふーん、いじめ…か。俺たちはただの遊びのつもりだったんだけどなー」


 誠哉はとぼけた顔で僕を見つめた。

 誤魔化そうとしているのか?彼の真意が僕には読めなかった。


「まあいいや!じゃあ、やめだやめだ!」


「えっ?」


 思いの外あっさりとやめると宣言した誠哉に驚きを隠せなかった。

 もしかしたら、誠哉はバカだから本当に遊びのつもりだったのかもしれない。

 よかった、安心してホッと一息ついた。

 でも、そんなポジティブな考えはあっさりと裏切られた。


「なあ、なんでいじめってなくなんないんだろうな?」


 誠哉は何を思ったのか突然そんなことを俺に聞いてきた。

 質問の意味も分からず、俺はただ首を傾げた。


「人が常に人上に立ちたいって思ってるからか?ストレスの掃き溜めが欲しいからか?」


 誠哉につられて、僕もなぜいじめがなくならないのか考えてみる。でも、どれだけ考えても答えは分からなかった。


「この問題の答えってのは、いたってシンプルだ。でも、きっと優しいお前には理解出来ねえよ」


 誠哉が次に何を言うのか、僕は思わず息を呑んだ。ふと、誠哉と目が合う。彼は薄気味悪く、ニタっと笑った。


「楽しいんだよ。人が傷ついて、泣きわめいたり、健気に我慢してんの見るとすげえ興奮すんだよ」


 背筋が凍るように寒くなった。人を傷つけるのが楽しい?誠哉の言う通り、俺もには全く理解できなかった。

 どこからか拍手が送られる。そして、それはどんどん広がり、この公園内は拍手の音で埋め尽くされた。

 誠哉の笑い声、この異様な光景、ここにいる全員を俺は人間として見ることが出来なかった。

 人を傷つけてないと心が安定しない、まるで誠哉はいじめの中毒者だった。


「だからさ、次はお前が変わってやれよ。あいつへのいじめ、やめさせたいんだろ?」


 ついさっきまで、親友だと思っていた奴から放たれたその言葉に、俺は声すら出なかった。


「やれ!」


 誠哉の一言で、数人の男子が僕の体を拘束した。僕を拘束した男子は全員クラスメイトだった。

 昨日までは、みんなでワイワイ談笑してたはずなのに。何が、彼らをここまで変えさせるのだろうか。

 元々華奢な俺の体では、彼らの拘束から抜け出すことなど出来なかった。それに、精神的にも彼らに対抗する気などもうなかった。


「まあ、でもお前はいじめを止めた正義のヒーローなんだ。情けくらいかけなきゃな」


 そう言うと、誠哉は先程までいじめていた少年を僕の前に連れてきた。そして、誠哉は少年に向かって有り得ない言葉を投げかけた。


「こいつを殴れ。もし、殴れたならお前には今後一切殴りも蹴りもしない。お前は自分を助けようとしてくれた人を殴れるか?」


 誠哉の提示した選択肢は正に最悪だった。

 どちらを選んでも、必ず僕と少年のどちらかがいじめの次の標的になってしまう。本当に、ハッピーエンドなんて、どこにもありはしなかった。

 誠哉の話を聞いた少年は、すぐさま俺に近寄ってきた。

 次の瞬間、体に衝撃が走った。殴られた。勢いよくみぞおちに入ったパンチに息をするのも苦しくなる。

 彼のその行動には一切の迷いがなかった。

 痛かった。今までのどんな怪我より痛かった。体以上に心が痛かった。


「テメェもこれくらい非情になれたら良かったのにな」


 誠哉は何かを決断したようなそんな表情だった。

 そして、僕を押さえつけていたクラスメイト達は一斉に僕に殴りかかった、何の躊躇も戸惑いもなく。

 みんな、笑っていた。カラオケやボーリングに行った時よりも、彼らは楽しそうだった。

 僕は、一体何を間違えたのだろうか。

 クラスメイトを助けようとしたこと、誠哉と友達になったこと、間違いを間違いだと伝えることが出来る力がないこと。

 悔しくて、悔しくてたまらなかった。

 殴られてからの記憶はほとんどない。度重なる痛み、外から聞こえる笑い声、僕を助けようとする人など一人たりともいなかった。

 夢だと思いたいような、そんな地獄のような時間だった。

 結局、誠哉達のいじめは止まることを知らず、気づけば冬になっていた。

 時間が経つのと共に、内容まで徐々にエスカレートしていった。挨拶がわりに殴られ、毎週月曜日には集金と言われ、お金を取られた。たまに、家からこっそりお金と取っていく時もあった。

 学校側も気づいていたが、問題にしたくないのか、いつまでたっても見て見ぬ振りだった。

 地獄のような毎日に、僕の身体と精神は限界を迎えていた。

 そして、いつもと何ら変わりのないその日、僕はついに壊れた。


「よう!」


 朝、教室に入って早々に誠哉から挨拶の声と共に肩を殴られた。それは、友達とやるただの遊びのような肩パンではない。肩が青くなり、上がらなくなるほどの威力だ。

 そして、殴られた衝撃と共に、僕の中の何かが切れた。


「お前が、お前さえいなかったら!」


 気づくと、僕は誠哉を蹴り飛ばしていた。

 とっさのことで、誠哉も反応しきれていなかった。

 でも、自分が蹴られた事を理解すると、誠哉はもう一度殴りかかってきた。その鬼のような形相は、僕の息の根を止めることを厭わないようだった。

 その一部始終を目撃していたクラスメイトも加勢し、軽い集団リンチになった。

 きっと、いつもの僕なら誠哉達の気の済むまでサンドバッグになり続けていたのだろう。

 でも、今日は違った。僕を取り押さえようとする手は無理矢理にでも引き剥がした。

 四肢だけではなく、頭や歯も使って。

 暴れた。とにかく無我夢中になって暴れた。机や椅子も押し倒し、暴れまわった。

 みんな、いなくなればいいのに。みんな、消えてしまえばいいのに。

 僕は全てを壊そうとした。この教室も、人間関係もいじめも、そして…自分さえも。

 流石に騒ぎが大きすぎたせいか、すぐに先生がやってきて、僕らを止めに入った。

 先生に止められ、やっと我に返った。あたりを見渡すと、教室は地獄絵図そのものだった。

 机や椅子はあちらこちらに転がり、女子は遠くで怯え、男子は血走った目で僕の方を見ていた。

 床に飛び散っている赤い液体が状況を雄弁に物語っていた。

 結局、先生が事態を収拾し、男子のほとんどが保健室に連れていかれた。

 僕は肋骨を二本と右手首を骨折し、他にも打撲やかすり傷を負った。打撲やかすり傷はいつやったものかは分からなかったけど。

 他にも、誠哉を筆頭に、骨折や打撲、軽い怪我だと、擦り傷など、クラスの半分以上の男子が怪我をした。

 流石にこの規模の事件が起こってしまうと、学校側も知らんぷりは出来ないようだ。

 後日、いじめの主犯である誠哉とその母、標的だった僕とその両親が学校へと呼ばれた。

 会議室に入れられた僕たちは、担任から事態を一から説明された。もちろん、僕がいじめを受けていたことを知った上で何もしていなかった事も含めて。


「頼むから、問題にしないでほしい」


 誠哉の母と担任は僕と僕の両親に何度も頭を下げた。

 その姿は、大人にしては実に情けなく、失望を隠せなかった。

 でも、そんな失望なんて、まだまだ序の口に過ぎなかった。


「いえ、そもそも問題にする気なんてありませんよ。うちの子が弱いのが悪いんですから。」


 父の声だった。でも、その声はいつもより冷たく聞こえた。


「仕事の都合もありますので、お話が以上ならこれで帰らせていただきます」


 誰も言葉を発することが出来なかった。担任もまさかこんな事になるなど思っていなかったらしく、慌てているようだった。

 父は何事もなかったように会議室から出て、僕と母もそれに便乗した。


「なんのために金がなくなっているのを見過ごしてやっていたと思ってるんだ!問題なんか起こしやがって!」


 帰り道、父は僕を叱った。きっと、父は僕がいじめられていることを知っていたのだ。

 知っていた上で、何もしなかったのだ。

 涙が、出そうになった。


「ごめんなさい」


 でも、それでも僕はただ、下を向いて謝る事しか出来なかった。

 この時、僕はようやく理解した。この世界に僕の居場所なんてきっとない。

 家は両親のための場所、学校は僕以外の生徒や先生のための場所。

 なら、僕はなんで生きているのだろう。うつむき、悩み、苦しんだ。自殺、その二文字が脳裏に浮かぶ。

 そんな時、一人の女の子の名前が僕の中に浮かんだ。

 春風桜華、その女の子はあの瞬間、僕に居場所を与えてくれた。いなくなってしまったけど、間違いなく、あの時、あそこは僕の居場所だった。

 僕に迷いなどなかった。彼女はもうそこにはいない。もし、いたとしても僕のことなんて覚えていないかもしれない。

 でも、ただ漠然と、あそこへ行けば何かが変わると、本能的にそう思った。

 両親に、高校で一人暮らしをしたいと言うと、興味もなさそうにお金だけを僕に渡した。

 あの後、誠哉達は僕を危険人物とみなしたらしく、もう手出しはしてこなかった。

 だが、噂では、彼らはまた懲りずに標的を変えていじめを行なっているらしい。

 そんな風に見られていることもあり、僕の周りには良い意味でも悪い意味でも人がいなくなった。

 そんなこんなで僕は結局、小学生の頃に逆戻りした。

 時は過ぎ、高校受験はあっさり合格。

 そして春休みを迎え、家を出た。

 全ては彼女に会うために、もう一度、自分の居場所を見つけるために。

 悩みと願いを胸に、僕は四年ぶりのこの街で、新たな春を迎えた。

読んでいただきありがとうございます。

ちょっと重すぎましたかね。

次回からはまた、現在の蓮に視点を戻します。

もし、よければ次の話も是非読んでください。

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