10.今この瞬間をいつまでも
店を出るなり、僕はヌシに向かった。
ヌシにはまだ、桜華さんの姿は見当たらなかった。少し早く来すぎたようだ。
「ヤッホー!待った?」
トントン、と背中を叩かれ、振り向くと桜華さんがいた。
なんでわざわざ後ろから声をかけてくるのだろうか。まったく驚いてしまう。
時計を見ると、待ち合わせの時間ぴったりだった。
「全然待ってないよ」
そんな、フィクションの世界ではおなじみの決まり文句を行ってみる。
「もう、蓮くんったらー!」
桜華さんは照れたように僕の頬をつんつんとつついてきた。なんだか少し鬱陶しい。
でも、桜華さんは笑顔で、なんだか楽しそうだった。
彼女につられて僕も頬が緩む。
「じゃあ、行こっか!」
僕ら二人は横に並んで歩き始めた。
よくよく考えてみると、僕はただただ買い物をするという一般的なデートと呼ばれるものはしたことがなかった。
桜華さんは昨日のアレもデートと呼んでいたが、やっぱりアレを一般的なデートとは呼べないだろう。
小学生の頃も、桜華さんと遊ぶことはあれど、買い物に行ったことはなかった。
そんなことを考えると、なんだか急に桜華さんのことを一人の女性として意識してしまう。
心臓が高鳴った僕には、彼女と手が当たりそうなこの距離でさえ、長くは耐えられそうになかった。
そんなことを考えているうちに、駅前の商店街に着いた。
昨今の商店街というと、なんだか廃れているイメージがあるがこの街のは違った。
この街で一番賑わっているのはこの商店街なのではないかと思わされるほど、今もなお大盛況だった。
桜華さんは迷いない足取りで商店街を歩いた。僕は、はぐれないように桜華さんの後ろにぴったりとついていった。
「着いたよ!」
桜華さんが入っていった店、それはメンズの洋服屋さんだった。
「蓮くんは素材がいいんだから、もっとおしゃれに興味を持とうよ!」
桜華さんの勝手な意見により、僕も嫌々その店に入れられた。
「いらっしゃっいませ。って桜華ちゃんじゃん!久しぶり!」
店に入るなり、店員さんは桜華さんに馴れ馴れしく話しかけた。その態度に少し複雑な気持ちになる。
店員さんの格好はいかにも遊び慣れていて、チャラいという印象を受けた。
「店長さん、お久しぶりです」
桜華さんは僕の前で一度も見せたことのないお淑やかな声や仕草で挨拶をした。
女の子の外面は怖いという話は聞いたことがあったけど、実際に見てみると、目の前にいる女の子が本当に桜華さんなのか疑いたくなるくらい別人だった。
「おう!で、隣にいるのは彼氏?」
「いやいや、まさか。友達ですよ。それより、この子の服、ちょっと見てくださいよ。素材はいいのにすごい損してますよね」
いくら振られたからと言っても即答で付き合ってないと言われるのは流石にこたえた。
「なるほどな。よし、俺に任せろ!」
そう言うと、チャラ男店員は真っ直ぐにいくつかの服を取りに行った。そして、それを僕に渡し、試着するよう促した。
それからのことは言うまでもない。1 一時間以上もの間、チャラ男店員と桜華さんに僕の体をおもちゃにされた。
でも、意外なことに服のコーディネーションを考えるのは楽しかった。自分でも、しっくりするものを見つけれたので、それを購入することにした。
桜華さんの知り合いだったこともあり、値段も安くしてもらえた。
僕の中で新しい世界が拓けたので、今日は桜華さんとチャラ男店員に少しだけ心の中で感謝をしておいた。
「じゃあ、次々!」
店を出ると桜華さんはまた、歩き出した。迷いなく向かった先、それはレディースの洋服屋さんだった。
周りには女性しかおらず、完全アウェイな状況だった。
「あ、桜華ちゃん!一年ぶりくらいじゃないー?」
店に入るなり、桜華さんは女性の店員さんに抱きしめられていた。どうやら、桜華さんはこの店にも知り合いがいるらしい。
桜華さんの顔の広さに僕は驚きを隠せなかった。
もちろん、店の中で行われたのは大方予想通り、桜華さんのファッションショーだった。
様々な服を見つけては着てを繰り返し、その度に僕に感想を尋ねてきた。
でも、今の今まで服に興味などなかった僕から言えることなどせいぜい似合っているとかかわいいとかくらいだった。
それでも、桜華さんは楽しそうに買い物を続けた。
本当はもっとゲームセンターやカラオケなど、いかにも高校生らしいことをして遊ぶつもりだった。
しかし、桜華さんとの買い物が時間通りに進むはずもなく、気がつくと夕食の予約の時間になっていた。
引っ越し前から楽しみにしていたということもあり、僕のテンションは更に上がっていた。
「ご予約の清水様ですね」
ウェイトレスの人の気品、店の内装からして、普段のファミレスとは違うことが見て取れた。
僕と桜華さんはメニューを見て、その値段に驚愕しつつも、いくつかのメニューを選んで注文した。
想像以上の場違い感に緊張した。
「ねえ、今日は翔悟くんとどうだった?」
僕は今日あった出来事を全て桜華さんに話した。
綾玲のこと、翔悟のこと、綾玲は実は小学生の頃に同じクラスだったこと。本当に全部だった。
僕と桜華さんの出会いについて話した事実を伝えると、彼女は顔を赤くして照れていた。
「へー、あの蓮くんにもう友達が二人もできたなんてね」
桜華さんはニコニコと嬉しそうに笑っていた。
「蓮くんの魅力に気づいてもらえるのは嬉しいけど、蓮くんを取られるのは嫌だなあ」
なんというか、その言葉は僕を振った人間の言葉ではないように思えた。やはり、桜華さんはデリカシーがない。
「桜華さんが作れって言ったんだよ。それに、二人とも良い人だよ」
「そっか。早く二人に会いたいな」
どうやら桜華さんの頭の中では、もう翔悟たちに会うことは決定事項らしい。
「そうだね。また、四人でどこか行こうか」
実は、翔悟たちも桜華さんの話をした時、会ってみたいと言っていたのでちょうどよかった。
「ねえ、蓮くん。今日楽しかったね」
桜華さんは優しく僕に微笑みかけた。
その笑顔を見れただけで、今日のデート?は大成功と言えるだろう。
「そうだね」
僕も桜華さんを真似て、優しく微笑み返した。
こんな日々がいつまでも続いて欲しい、柄にもなくそんなことを空に願った。
読んでいただきありがとうございます!
今回の話で第二章完結となります。
第三章からは少し、シリアスな雰囲気になると思いますので、よろしければそちらも読んでください!!
感想、評価、誤字報告等お待ちしております。




