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春の軌跡はあなたとともに  作者: 真城 玲
第二章 出会い
11/23

閑話.春、出会いの季節

 その春、僕は人生を変える出会いをした。

 小学六年生の春、僕にとってはほぼ毎年行われている恒例行事、転校があった。

 赤波東小学校、通称東小、それが僕の新たな学校の名前だった。

 保育園に通っていた頃、僕にはたくさんの友達がいた。実際、周りから好かれるように行動を心がけていたし、結果もあった。

 でも、小学校に入るとあることに気がついた。

 僕はほぼ毎年転校していた。それにより、今まで作った人間関係も全てリセットされた。前の学校で友達だった人とも、転校してからはもう一度も会っていない。

 ならば、友達なんていらない。我ながら極論だと思うがそんなことを思った。

 毎年、毎年、人間関係を作ってはなくし、そんなことをこれから先も続けるのはうんざりだった。

 だから、それからというもの人と関わることは極力避けた。

 その代わりと言ってはなんだが、僕は読書の世界にのめり込んでいった。


「清水蓮です。ーー」


 転校初日、いつものようにありきたりな自己紹介をしてクラスの輪に入った。

 よく聞かれる質問も無難に返して、あまり深い関わりを持たないように心がけた。

 そして、いつも通り僕をつまらない相手とわかるや否や僕に話しかけてならような人はいなくなった。

 全部、僕の計画通りに進んでいった。

 そして、転校して数日したある日、僕は本屋で本を買った。

 何が欲しかった訳でもないが、適当に何冊か選び、会計を済ませた。

 その後、少し寄り道をすることにした。

 ただの気まぐれだった。引っ越してすぐにその場所のことを知っていた。ただの桜の木。でも、その桜の木は異様な存在感を発していた。

 街のシンボルと呼ばれていたその桜は前から気になってはいたが、学校から少し離れていたこともあり、なかなか行く機会がなかった。

 でも、偶然にもその桜の木はこの本屋の近くにある。だから、ついでに見に行って見ようと思ったのだ。

 公園に入ってすぐ、その壮大さに数歩後ずさった。それほどまでの存在感だった。

 木に近づき、軽く触れる。そこには、何十年、何百年と生きてきたことを感じさせる力があった。

 僕は、近くにあったベンチに腰下ろした。

 ここで本を読もう。心地の良い春の風、命の力を感じさせる桜の木、この場所は本を読むためのベストプレイスのように感じられた。




 読みにくい、そう思って僕は顔を上げた。空はもうすっかり薄暗くなっていた。

 本の世界にのめり込むあまり、時間を忘れていたようだ。

 適当に選んだにしては、なかなかの名作だと思う。

 公園の時計を確認する。公園に設置されている時計は午後六時を示していた。門限は六時半、時間がない。少し急いで帰る準備をする。

 門限とはいえ、家には誰もいないのでそこまで問題はないけれど。

 不意に、僕の視線が一人の女の子に向かった。

 身長や体格からして同学年くらいだろうか。

 でも、視線が向かったのは、別に彼女が絶世の美女だったからとか、そんな不純極まりない理由などではない。ただ単に、彼女のことが気になったからだ。

 僕は、だいたい二時間ほど前からこの場所で本を読んでいた。彼女はその時から、いや、僕が来る以前からここにいた。

 初めは待ち合わせでもしているのだろうか。と思った。でも、流石に二時間も待っている訳はないだろう。かと言って、彼女は僕のように本を読んでいた訳でもなく、ただそこに佇んでいただけだった。

 それが不気味で無性に気になった。


「ねえ、さっきからずっと何でここにいるの?」


 不思議に思った僕は、すぐに彼女の元へ行き、話しかけた。

 話しかけられたことに驚いたのか、彼女は一歩だけ後ずさった。

 変な人だ、と彼女は思っただろう。しかし、彼女はそんな僕に笑顔で返事をした。


「私この場所が好きなんだ。見てるだけで心が落ち着くっていうか…わかる?」


 同意を求めるように、彼女は僕に言った。


「なんとなく」


 僕は言葉を濁して答えた。僕も、今日初めてこの場所に来たとはいえ、すごく落ち着くいい場所だと感じた。だからこそ、読書に夢中になれたのだろう。

 しかし、彼女の好きというのはこの桜を二時間以上も見続けられるほどのものである。だから、僕の思ういい場所、とは少し意味が違う気がした。

 だから、そんな簡単にわかるとは言えなかった。


「そっか…じゃあ、私がここの魅力を教えてあげるね!」


 僕の返事を聞くと、彼女は少しだけ残念そうな顔をした。そして、思わぬ提案を仕掛けて来た。


「ごめん。今日はやめておくよ。門限ももうすぐだし」


 本当は、彼女と話している間にとっくに過ぎている。それに、門限と言ってもほぼ形だけだから、どうしても帰らなければいけない訳ではない。

 彼女が、どこの子なのかはわからないけど、やはり関わり合いは最小に抑えるべきだと思う。


「じゃあ、明日また来てね!待ってるから」


 不意打ちだった。大抵の人ならば今の言葉で僕の心情を察して、それ以上話しかけたり、遊びに誘っては来なかった。

 でも、彼女にはそんな考えがないらしい。


「うん。わかった」


 諦めをつけ、気乗りはしないけどそう答えた。

 流石の僕でも、ここで断れるほど無愛想ではなかった。

 それに、元々この場所にはいい印象を持っていた。だから、もっとこの場所の魅力を知れるというのは大して悪いことではない。

 何より、彼女は僕が何度断ったとしても誘って来そうな、そんな気がしたから。


「やった!そう言えば君、名前は?」


 彼女は嬉しそうに飛び跳ねた。感情の表現が激しい子だと思った。

 その様子を見ていると、彼女がこの場所に対してかなりの思い入れがあるように思えた。


「清水蓮、東小の六年生だよ。ついこの間この街に来たんだ。」


 僕は軽く自己紹介をした。


「そっか!じゃあ、まだこの街のことはあんまり知らないんだね!」


 彼女は早くこの街について教えてあげたいというような雰囲気を醸し出していた。


「それで、君は?」


 僕が自己紹介したのだから向こうにもやってもらうのが筋だろう。


「私は…春風桜華。北小で、私も小学六年生だよ。よろしくね、蓮くん!」


 北小、通りで見たことがないと思った。まだクラスの人の顔ですら覚え切れてはいないけど。


「よろしく、桜華さん」


 こんな自己紹介や、人の名前を自分から聞こうとするのなんて久しぶりだった。でも、その感覚は少し恥ずかしく、だけど嬉しかった。


「「じゃあ、また明日!」」


 声を合わせ、別れを告げた。

 桜華さんは大きく手を振った。彼女の後ろでは、大きな桜をライトアップするために、少しずつ明かりが灯ってきた。

 どうせ断り切れないのなら、ライトアップされた桜も見ておけば良かった、そんな後悔をした。

 それでも、明日の約束のことを考えると、少し楽しみになった。

 人との約束を楽しみにしたのなんて何年ぶりだろうか。

 春の夜はまだ少し寒いけど、足取りはいつもよりも軽い、気がした。

 次の日、学校が終わると急いて桜華さんがいるあの桜の元へ向かった。

 いつもなら図書室にでも寄って、本を読んでいた。だから、こうして真っ直ぐ学校を出るのは久しぶりだ。

 最初はあまり乗り気ではなかったのに、僕は思いの外、桜華さんとの約束を楽しみにしているのかもしれない。


「あっ!蓮くん!」


 桜華さんは僕を見つけると大きく手を振った。僕もそれに習い、軽く手を振った。


「いやー、昨日結構無理やりに誘っちゃったから、来なかったらどうしようかって思ったよ。」


 どうやら桜華さんにも無理矢理誘ったという自覚はあったらしい。

 僕は桜華さんに会ってすぐ今日来て良かったとおもった。桜華さんの笑顔は昨日初めて会ったばかりなのにとても僕を安心させた。


「僕は人とは関わりたくないけど、一度した約束は破らないよ」


 僕は自信満々に胸を張った。桜華さんは「なにそれ」と一人で楽しそうに笑っていた。


「じゃあ、行こっか!」


 そう言って桜華さんは僕の手を引いた。たとえその気がなくても、同い年の女の子と手を繋ぐのは胸がドキっと高鳴った。


「行くってどこに?」


 僕らはすでにあの大きな桜の前にいる。この桜の魅力を教えてくれるのなら別にこのままでいいはずだ。


「ねー、蓮くんってもしかして好きなおかずは先に食べちゃう派?」


 突然、桜華さんは意味不明な質問をした。


「この子はね、メインディッシュなの。だから、この子の話をする前に、この街のこといっぱい教えてあげる!」


 桜華さんは呆れ半分な口ぶりで僕に説明した。確かに、僕はこの街に来てそれほど時間が経っていない。

 なら、ここは彼女のルールに大人しく従っておこう。その方が、楽しめるような気がした。


「じゃあ、お願いするね」


「うん!」


 桜華さんのこの街についての知識は幅広く、内容も深かった。

 例えば、有名なお店や、隠れた名店、あの桜の前に植えられている数十本の桜、他にも、名物おじさんなど、この街について彼女が知らないことはないんじゃないかと思わせるほどだった。


「さあ、じゃあこれが最後だね。」


 僕らは街を散策した後、もう一度、あの大きな桜に戻って来た。


「あ、でも時間が…」


 公園に立て付けられた時計の短針はすでに六を指していた。


「蓮くんはほんとに間が悪いね。まあ、時間は仕方ないか。じゃあ、また明日ね」


 当然というふうに桜華さんは『明日』と口にした。彼女と明日も会える。ただそれだけでなんだか胸がいっぱいになる。


「また明日!」


 彼女といる時間はとても短く感じた。それほどまでに彼女といる時間は濃密で楽しいものだった。

 人と関わるのは苦手だけど、桜華さんは僕の中で少しだけ特別だった。

 次の日も、僕が桜の木の下へ行くと、桜華さんはすでにそこにいた。


「今日もちゃんと来たんだね」


 桜華さんは僕を見るなり、そんなザツな挨拶をした。


「そりゃ、昨日も一昨日も僕の用事で帰った訳だし、来ないわけにはいかないよ」


「それもそっか。来なかったら全力でげんこつをお見舞いするところだったよ。じゃあ、今日は念願のメインディッシュ、ヌシ様のお話をしよっか!」


 そう言って、桜華さんはベンチに腰を下ろし、話し始めた。

 その口調は昨日までよりもさらに高揚していた。桜華さんがどれだけヌシのことが好きなのか彼女の全身から伝わって来た。

 この桜を街の人々はヌシと呼ぶこと、その由来、どこからの眺めが最も良いのか、興味深いことからどうでもいいようなことまで、桜華さんは話し続けた。

 それは何時間にも及んだ。

 桜華さんとの約束はヌシの魅力について教えてもらうことだった。この時点で、僕と彼女が会うことに理由は無くなった。

 でも、僕は結局それから約二週間もの間、桜華さんに会いに行き、当たり前のように遊んだ。

 桜華さんと過ごしている間は、今までで味わったことがないほど、心が温かくなった。

 桜華さんの存在は僕に、初めて人のぬくもりを教えてくれた。

 でも、そんなぬくもりさえ、あっという間に消えてしまった。

 彼女と出会い、約二週間が経った頃、突然彼女は姿を消した。桜も散ってしまったその日から、彼女はヌシの元に来ることはなかった。

 なんの前触れも、お別れの言葉もなかった。

 僕の心の中にはぬくもりと共に、裏切りも深く刻まれた。

 それからは、以前にも増して、内向的になり、自分をなるべく出さないようにした。

 そんなある日、クラスメイトの女の子が僕に話しかけてきた。名前も知らない、ただ漠然とクラスに存在することを知っているだけの子だった。


「一緒に遊ぼ!」


 桜華さんのように話しかけてきたその子に僕は嫌悪感を抱いた。

 僕はその頃、桜華さんの一件もあり、少し気が立っていた。僕が彼女に悪いことをしたのか、それとも何か理由があったのか、どちらにせよ、その事に気づくことが出来なかった自分に腹が立った。


「ねえ、一緒に遊ぼうってばー!」


 その女の子は僕の肩を前後に揺らしていた。

 その瞬間、僕の怒りは最頂点に達した。

 そこまで怒る必要のあることをその女の子はしていない。

 だから、これはただの八つ当たり。わかっていても、その衝動を抑えることは出来なかった。


「僕に構ってる時間があるなら、もっと有意義に過ごせばいいのに。目障りなんだけど」


 僕は、軽く女の子を突き飛ばした。

 きっと、今の僕の顔はとても歪んでいるのだろう。今までに体験したことのない心の底からドス黒い感情が溢れ出てくるようで気持ち悪かった。

 優しく遊びに誘ってくれた人を突き飛ばした現場を、たくさんのクラスメイトが見ていたという事もあり、もう僕に話しかけるような人は一人もいなくなった。

 もっと、違うやり方があったのかもしれない。桜華さんのような友達も作れたのかもしれない。また、やり直せるかもしれない。

 そんな可能性の考えにたどり着いた時には、もう既に僕の周りには誰もいなかった。


読んでいただきありがとうございます!

今回はちょっと閑話を書かせていただきました。

次回からはもう一度今の蓮たちに話を戻すつもりです。

感想、評価、誤字報告等お待ちしております。


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