9.思わぬ過去との再会
ブーとポケットから携帯のバイブが鳴る。
翔悟からのラインだ。
『桜並木の近くのサイゼにいるからな!はやくこーい馬鹿野郎!」
携帯を投げ捨てたくなるような怒りが込み上げてきた。
サイゼにいるのはいいとして、早く来いとは一体どういうことだ。
僕は今、学級委員の仕事をしている。それも、翔悟に半ば押し付けられたからだ。流れで学級委員にされたとはいえ、流石に仕事をサボることはできなかった。
それに、美ヶ野原さんはと言えば、「今日は用事があるからよろしくー」と早々に帰ってしまった。
きっと、もし翔悟が学級委員になっていたのならこんなことにはなっていなかっただろう。
『了解』
こちらの苛立ちを表現するためにもあえて素っ気なく、無愛想に返信をした。
相手が相手なので、そんなことなど気にもしないかもしれないけど。
翔悟を懲らしめるためにも、遅れて行くのもいいかと思ったけど、生憎僕の空腹の方が先に限界を迎えそうだったのでやめた。
「よっ!思ったより早かったな!」
サイゼに着くと、翔悟は手を振って僕を迎えた。
あまりに楽観的な態度に、思わず手が出そうになる。誰のせいでこんなことになっているんだ、と。
「うん。まあね。…え?」
返事をした後、翔悟の向かいに人がいることに気がついた。
昨日の翔悟の言い方からして、てっきり二人だけでご飯に行くのだと思っていた。
でも、何より驚いたのはそこにいた人物だ。翔悟の向かいには用事があると言って帰った、美ヶ野原さんがいた。
この様子から推察すると、どうやら美ヶ野原さんの用事とは、翔悟と食事をすることだったのだろう。まさか、僕が来るとは思っていなかったんだろうけど。
「そういや、綾玲はここにいんのになんでお前だけ遅れてるんだよ」
ファーストネームで呼んでいるところから二人の仲の良さが読み取れた。
「…えっと」
事実だけを言うのであれば、仕事を丸投げさせられたからだ。
ただ、先程から向かいの席で殺気に満ちた視線を感じていた僕は流石に真実を口にすることはできなかった。
「思ったよりも仕事の量が少なかったから、一人でやるって言ったんだよ」
本当のことを言うのは簡単だ。ただ、今は何より美ヶ野原さんの視線が怖かった。
それに、もしも美ヶ野原さんが翔悟のことを好きならば真実は言わない方が良いだろう。僕にも、なんとなく彼女の気持ちがわかるから。
ただ、仕事を丸投げした相手にここまで世話を焼くのは流石にお人好しなのかもしれない。
翔悟も僕の話を聴くと、「そっか」と言い、それ以上何も聞いてこなかった。
「じゃあ、食おうぜ!」
どうやら、僕が到着したのは、翔悟達がご飯を食べ始めた頃らしく、テーブルにはいくつかの料理が並べられていた。
翔悟の隣に僕も腰を掛けた。そして、銀色のフォークとスプーンをもらい、少しずつ食べ始めた。もちろん、翔悟の奢りで。
「結局、翔悟の行きつけの店ってサイゼだったんだ」
もっと隠れた名店を紹介されると期待していた僕からすれば少し残念だった。
「違えよ。流石にあの店で奢ると、財布がピンチなんだよ」
翔悟は笑いながら答えた。
「じゃあ、次はその店で奢りだね」
「おい!」
そんな自然な会話に思わず笑ってしまう。なんだか、本当に翔悟と友達になったようだ。
反対に美ヶ野原さんはとば、相変わらず話にも入らず、無表情で機嫌が悪そうにしていた。
「悪い、ちょっとトイレ行ってくるわ!」
翔悟が席を立ち、テーブルは僕と美ヶ野原さんの二人きりになった。
沈黙が続く。長い、長い沈黙が。きっと、1秒が数分に感じると言うのはこういうことなのだろう。それほどまでに、二人の空間には気まずい空気が流れていた。
「なんで、美ヶ野原さんは僕のことをそんなに嫌うの?」
沈黙と気まずさに耐えきれず、思っていたことを口に出した。
「あんた四年前くらい、東小にいたでしょ」
美ヶ野原さんの言葉に、驚きを隠せなかった。東小とは、僕がこの街で一年間過ごした小学校の名前だ。
僕は無言で軽く頷いた。
「うち、あんたとクラス一緒で学級委員やってたの」
美ヶ野原綾玲、その名前に聞き覚えはない。ただ、あの頃の僕は桜華さん以外の同級生と全くと言っていいほど関わっていなかったので記憶にないのも当然と言える。
「それで、先生に転校生の清水蓮って子がちょっと浮いてるみたいだから、話しかけてあげてって言われたの。」
学校の教師がよくやりそうなことだ。おそらく、立場の同じ人間の方が話しやすいとでも思ったのだろう。
美ヶ野原さんの言葉には徐々に力が入っていった。怒りが表面に出ていた。
「うちは、昔それが頼られてるみたいで嬉しかった。だから、あんたに話しかけた。一緒に遊ぼ、って。そしたらあんたなんて言ったと思う?」
小学生の頃、桜華さん以外に話しかけてくれた人に、僕はどんな酷い言葉を浴びせたのだろうか。
そんな大事なことを覚えていない自分に腹が立った。
「僕に構ってる時間があるなら、もっと有意義に過ごせばいいのに。目障りなんだけど。だってさ!」
その言葉を聞き、やっと僕はその女の子のことを思い出した。そういえば、あの頃そんなことを言った気がする。
客観的に見ても最悪なことを言っている。でも、何より悪かったのはタイミングだ。確かあれは、四月の後半、桜華さんがいなくなった時だった。
あの時の僕は軽い自暴自棄になっていた。
「私の親切心は目障りだったらしいよ。それで、またこの街に戻って来たと思ったら、今度は私の居場所も奪うの?」
美ヶ野原さんは自虐的な笑みを浮かべた。目には涙がたまっている様にも見えた。
僕は覚えていなくとも、美ヶ野原さんは間違いなく傷ついた。その事実が僕の心をえぐるように痛かった。
「おー!戻って来たぞ!」
こんな、いかにも悪い雰囲気の時でさえ、翔悟はいつも通りだった。
でも、今回ばかりは彼のそういう所に甘える訳にもいかないだろう。一人の女の子を傷つけた事実は変わらないのだから。
だから、僕のすべきことは最初から決まっていた。
「ごめん。あの時の僕にはある事がきっかけで他の人に気を遣えるほど心に余裕がなかったんだ。」
「ある事って?」
美ヶ野原さんは鋭い眼差しを再び僕に向けた。威圧的な物言いではあるけど、僕の話を聞いてくれるらしい。その鋭い眼光に嘘をつけばすぐわかるぞ、とでも言われているようだった。
「四年前、毎日のように遊んでいた友達が急にいなくなったんだ。何も言わずに。嫌われたのかなって、不安になった。人を信じるのが怖くなってたんだ」
その事実に嘘はない。あの時は辛くて苦しくて、それを相談できる唯一の友達すらいなくて、だからとにかく一人になりたかった。
「へー、大変だったね。で、だから謝るから許してくださいってこと?私はあの時、みんなの信用もなくしたのに?」
美ヶ野原さんは長い髪を人差し指でくるくると丸めながら僕に問いかけた。
「うん、そうだよ。都合がいいのはわかってる。僕が今ここで謝ったところで四年前に美ヶ野原さんがなくした信用は返ってこない。でも、許して欲しいんだ。翔悟だけじゃなくて美ヶ野原さんのこともこれからたくさん知って、いつか友達になりたいんだ」
そう言って僕はまあ一度謝罪の言葉とともに頭を下げた。深く、思いを乗せるように。
「頭上げなよ。ここ、ファミレスだよ?」
怒鳴られて、美ヶ野原さんと一生話すことができなくなるかもしれない。それくらいの覚悟はしていた。
でも、美ヶ野原さんの反応は僕の思っていたものとは大幅に違っていた。
「はー、どうせなら俺は悪くない、とか言ってくれた方が面白かったのになー!」
そう言うと、美ヶ野原さんは僕向かって初めて笑顔を見せてくれた。
「確かに、あの時はすごい腹が立ったよ。でも、もう四年も前の事じゃん。うちも、ただけじめをつけたかっただけだよ」
その言葉に救われた気がした。
「それに、れんれん必死すぎ。まじウケる」
美ヶ野原さんの切り替えの早さに驚きを隠せなかった。
ツッコミどころが多すぎて、まず何を言えばいいのかわからない。まずは、名前の方から尋ねるべきだろうか。
「綾玲、そろそろやめとけ。蓮が困ってるだろ」
見かねた翔悟が美ヶ野原さんを止めに入った。
仲が良さそうに二人はじゃれあっていた。その様子はまるでカップルのようだ。僕の存在をすっかり忘れられているような、そんな感じだった。
ただ、翔悟の昨日の自己紹介の仕方からして、二人は付き合っていないのだから不思議だ。
「で、結局美ヶ野原さんは僕のことを許してくれるの?」
二人がじゃれあうのをやめた所を見計らって僕は尋ねた。
「うん、別にいいって。でも…んー、あっ!いいこと思いついた!」
その言葉は、僕に良くないことを連想させた。というよりも、この場で使われるいいこと、という言葉は大抵悪いことだと相場で決まっている。
「れんれんさ、うちの言うこと一つだけ聞いてよ!」
八割くらい桜華さんのせいで、お願いという言葉は僕を不安にさせた。まるでアレルギーのようだ。
「うん、まあ…わかったよ」
あまり気乗りはしないけどそう返事する他なかった。
「別に断ってもいいんだぞ?」
翔悟は僕の心情を察したらしく、そんな提案をしてきた。
でも、こうなってしまった原因は僕にある。だから、美ヶ野原さんの言うことを聞くこと通すべき筋だろう。
「じゃあ決まりね!内容は後でメールするから。」
美ヶ野原さんは嬉しそうに指を鳴らした。彼女がこんな嬉しそうな顔をすることを僕は初めて知った。
そして、さらっと僕のラインに美ヶ野原さんが友達として追加された。
「ねえ、後一つだけいい?」
僕はここで、ずっと気になっていたことを聞くことにした。聞かなければ、このまま流されそうな気がしたからだ。
「なに?」
美ヶ野原さんは無機質に返事をした。
「さっきから、僕のことをれんれんって呼んでるけど、あれ何?」
はははっと隣から笑い声が聞こえた。美ヶ野原さんの次は翔悟だった。
「ああ、そいつ気に入った奴には変なあだ名を付けるから。まあ、呼ばれてたら慣れてくるから安心しろって」
「センスはねえけど」と翔悟は付け加えた。
おそらく、その変なあだ名には翔悟の翔ちゃんというのも含まれてるのだろう。それならまだ、僕も蓮ちゃんの方がマシだった。いや、どっちでも嫌だ。
「センスがないなんて失礼な!」
美ヶ野原さんは少し怒ったように翔悟を見つめた。
「あ、でもうちもれんれんって呼ぶから、れんれんも綾玲りんとか、あだ名で呼んでもいいよ!」
美ヶ野原さんの中で、僕のことをれんれんと呼ぶことが確定していることに軽くショックを受けた。
それに、自分でつけたあだ名が綾玲りんは…少し痛い。
「遠慮しておくよ」
「じゃあ、綾玲ね!」
まるで断られるのがわかっていたとでも言うほど早い反応だった。
「いや、でも…」
そもそも、桜華さんですらさんづけで呼ぶのにも関わらず、ほぼ初対面の女の子を呼び捨てにするのは僕にとって少しハードルが高かった。
だから、断ろうとした。
「綾玲だよ!」
有無を言わさぬ形相に僕は諦めた。
「わかったよ、綾玲」
「よろしい」
美ヶ野原さんは、僕に優しく微笑んだ。そんな顔もするんだ、驚きと同時に本当にあの頃は何も知ろうとしなかったんだと実感した。
それからしばらくは食事をしながら色々な話をした。
桜華さんと再会できたこと、この後は夕食を食べに行く約束をしていること、翔悟と綾玲が出会った時の話、これからは三人で仲良くしようという口約束もした。
以前の僕なら、しょうもないとでも言うのだろうか。
でも、なんだか二人と話している時も、桜華さんの時のように不思議と笑顔になれた。
それと、食事の途中にメールが送られてきた。
差出人は綾玲で、内容はさっきのお願いを聞くということについてだった。
『私の恋を…翔悟との恋を応援して』
一行だけ書かれたその文字には綾玲の気持ちがそのまま詰まっていて、なんだか読んでいる方が恥ずかしくなった。
告白したら、いつでも付き合えそうなのに、なんてことも思った。
でも、きっと二人には二人のペースがあるのだろう。だから、僕は一歩後ろで見守っておこう。
僕は、綾玲のメールに二つ返事でオーケーした。
「じゃあ、僕そろそろ桜華さんとの約束の時間だから!」
僕はお金を置いて、そのまま店を後にした。
本当は、もう少し時間はあるけど、少しでも長く二人きりにしておいた。一応、応援すると約束してしまった訳だし。
それに、僕も桜華さんに会うための心の準備がしたかった。
僕は携帯を取り出し、メールをした。
『二人きりにしてあげたんだから頑張って!』
ほんの数秒足らずで綾玲からメールが返ってきた。
『バカ』
今頃、綾玲は頬を赤らめているところだろうか。店の中でそんな風になっている彼女を想像すると、少し笑えて、元気が出た。
頑張るぞ、心の中でそう呟いて、僕は向かう。桜華さんとの待ち合わせの場所へ。
感想、誤字報告等待ってます。
面白くなるようアドバイスとかも欲しいです!




