08 スカウト大作戦-1
長くなってしまったので分割します。
明日も同じくらいの時間に更新します!
あれから一日経って、私は早速行動を開始していた。
新しい学園へ編入するまで二ヶ月。それまでにこの国のことをもっと色々知って、そしてできればアイドルをデビューさせたいわね!
「あ~燃える、燃えるわ!」
私のプロデュース力が試されるわ!
「ふっふっふ……」
「お嬢様……、最近何だか……その、随分とお元気ですね?」
廊下を歩きながら意気込む私に、クリスは訝しい顔だ。
おっと、キャロラインらしくなかったか。でも、キャロラインの意識は未だに出てくる様子はないし、『私』が前に出てきてしまうのは仕方がないと思う。
自己主張は大事なのよ、音楽科のある高校から音大に進み、芸術にどっぷりだった私は特にそう思う。
「新しい場所に来たんだもの。イメージチェンジというやつよ」
もしくは大学デビューならぬ隣国デビュー……って言ってもクリスにはわからないかな?
美貌の女装メイドは、令嬢らしからぬ発言に遺憾な表情をしている。
「最近のお嬢様は……別人のようで……ああ、でもこんなお嬢様も素敵……」
と思ったら頬を染め出した!
どんなキャロラインでも受け入れてくれるメイドさんの忠誠心すごいな。
「ところで、チェスターとシリルはどこにいるか分かる?」
「チェスターはフォルケル家の護衛のチームに組み込まれるようなので、そちらでしばらくは色々と学ばれると思います。いずれはお嬢様専属になるかと。シリルも同じく執事のところへ参ったようですが、こちらは人が足りているらしく、すぐお嬢様専属になるだろうとのことです」
クリスも2人と同じく、私付きにと用意された他のメイドさんに混じって仕事をすることになるようだ。とはいえ、私と一緒に来たということでしばらくはこちらのことを学びつつも、私の精神安定剤となるようそばに置くつもりなのだろう。
自由時間が多いのは私にとってありがたい。
「ふむ……だったら、やっぱり色々と早めに動かないと」
私は家から連れてきた三人を、アイドルとしてデビューさせたいのだ。
正統派イケメンで優男なシリルに、ミステリアスで中性的なクリス、そして若武者のようなチェスター。三人組で個性もバラバラだし、体格も身長も違うからそれぞれが目を引くと思うのよね。
それに三人共とっても顔が良いし!
アイドルに重要なのはまずは容姿、次にオーラ、最後にダンスと歌よ!
性格の良さは時には重要じゃないけれど、この三人は間違いなく善人で、そして私に忠実だ。
「とにかく、まずは音楽よ。さあ、ここが楽団用の練習室ね」
この国で音楽団の扱いは2つに分かれる。
一つは王族や貴族がそれぞれの家で作った音楽団。形態は室内楽からオーケストラまであり、お茶会や夜会、ちょっとしたショーを彩る。
もう一つは市政のショーのために雇われる音楽団。こちらは専用の劇場が王都や主要都市にあり、そこで上映される劇やオペラなどに色を添える。王都でも十数グループはあり、大抵は商会などが出資し、その名前を冠していることが多い。最初は平民の集まりでも非常に実力や人気があって商会のパトロンがついている楽団もある。
どちらの音楽団も非常に優秀で芸術性も高く、個人に対しての尊厳も保持されている。つまり、演奏者はスカウトなども自由に受けることができるのだ。無理強いは不可能だし、移籍するときは両方の楽団と国が運営する音楽ギルドからの許可が必要になる。
ちなみに演奏者はすべからく音楽ギルドに登録していて、助っ人を探したいときなどにも利用できる。
それ以外には吟遊詩人のリュートに、大道芸のアコーディオン、広場で行われるちょっとしたお祭りのBGMで起用されるボランティアで結成される音楽隊といった、市政に根付いたものもあるようだ。音楽の国というだけあって他にも様々なところで音楽が使われている。
まだスピーカーや録音機器などは存在しないこの世界では、生演奏というのはごくごく当たり前の手段なのだ。
アイドルに必要なのはアイドル本人だけではない。
お客さんを楽しませるライブで流れる、音楽が必要だ。
そのために私は、フォルケル家の楽団の練習を見学に来たのだった。
「お邪魔致します」
個人練習中らしい室内は、がちゃがちゃした音楽がそこかしこで鳴っていた。まだ全体的な練習は始まっていなかったようでほっとする。広い室内には百人近い男女がいて圧倒された。全員が正規の楽団員ではなく、弟子や見習いらしい少年少女も混じっているようだ。
新しいことがしたい。そのために見どころがある人をスカウトしたい。そんなことを事前に叔母のカロリーナから聞いていたからか、少年少女たちのほうが意欲ある瞳を私に向けている気がした。
フォルケル家の楽団は国内でもかなり規模が大きく、才能ある人物が集まっているらしい。そのためか、下位貴族の次男三男なども所属していると聞いている。
貴族籍の人間は見目が良い者が多い。つまり、見目の良いアイドルの後ろで演奏していても負けないと思うのだ。
期待に胸が膨らみつつも音楽の才能を見るほうが先だと思い直し、私は注目を浴びる中凛とした声を上げた。
「楽団長はどこかしら?」
「私です、キャロルお嬢様。オタカルと申します」
指揮棒を持った男は四十代くらいだろうか。白髪交じりの茶髪にシトロンのような明るい茶色の瞳。腕まくりをしたシャツから伸びる手は細身だが、腕には筋肉が布越しに感じられた。優しげな瞳をしているが、それだけではない気がする。これだけの人数をまとめ上げるのだ。きっと白髪は苦労の跡だろうが、優しい瞳はあえて培ったものな気がする。
「よろしく、オタカル。早速だけど練習を見学させてもらいたいわ」
「承知いたしました。ちょうどこれから全体練習ですので、こちらの席へどうぞ」
普段はここを取り仕切る叔母が確認を行うためのものだろう、豪勢なビロード張りのソファに案内されて腰かける。クリスはさっと後ろに回ってぴたりと立ち止まった。
「じゃあ、よろしくね」
「はい。――それでは皆さん。音合わせのあと、練習曲4番をやりましょう」
その声に男女がさっと楽譜を用意し、それぞれの楽器を構える。
B♭の音を鳴らし、チューニングを行う。オタカルさんは絶対音感の持ち主らしく、チューニング用の機械がないこの世界では非常に重宝されるのだろう。何人かのチューニングの不備を的確に指摘していた。
この世界ではあの能力がないと指揮者は無理なんだろうな。
音を合わせ直したあと、ようやく合奏練習が開始される。
ジャジャーン!
そんな音と共に優雅にヴァイオリンが奏でられ、ヴィオラが続き、フルートやオーボエが入ってくる。金管が派手な音を鳴らし、ティンパニやシンバルが後押しする。フルオーケストラの演奏は、練習曲とはいえかなりレベルが高かった。
おお、すごい。
練習曲と言うだけあって技工を凝らした曲ではなかったけれど、音は濁りなく合っているし、曲のセンスも良いと思った。
誰が作曲したかわからないけど、この国の音楽の水準は前世の中世にたくさん生み出された曲たちとそう代わりないように聞こえる。
演奏が終わったあと、私は控えめに拍手を贈る。
「――素晴らしい演奏でしたわ」
「恐れ入ります」
「この者たちは正規の演者なのよね?」
「はい。この者たちが基本的なメンバーになり、夜会などでも活躍している者たちです」
となると、結構忙しいよね。夜会ってかなり頻繁に開かれるし、定期演奏会が月に1度や2度あるってことでしょ。それでこの楽団は人気だから王都に広い土地を持っていない成金貴族が主催する王城でのパーティにまるっと貸し出されることもあるらしいし、その練習の上、この国は弟子システムだから下の者を教えることも仕事のうちだ。
この人達は使っちゃ申し訳ないわね。最初は給料も大して出せそうにないもの。
自分の手持ちのお金はそこまで多くない。過去身に付けたドレスを売った資金や、親からもらったものが少しある程度。それでも平民よりはずっとお金持ちなのは間違いないけれど、貴族籍の者すら三分の一はいるこの楽団の正規メンバーを長い時間借りるお金はない。
となると、やっぱり弟子が良いわね。ちょうど年の頃も合うし。
私は鋭く冷たい美貌と称される顔をできるだけ柔和にし、にっこりと微笑んだ。
まずは音楽の問題を解決します