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07 新しい場所、新しい私の名前

いざ、新天地!

 黒光りした機関車から、ぶおんと煙が吹き出される。


「はぇ~でっかい……」


 っと、がやがやしていて聞こえていないだろうとはいえ、淑女にあるまじき発言だったわ。

 私はレースの手袋に包まれた手をぽすっと口元に当てた。これでぽかんと開いた口もしっかり見えなくなる。


「お嬢様、立ち止まると危険です」

「ああ、そうね」


 蒸気機関車から出てくる人で駅はごった返している。心配そうなチェスターの声。私は邪魔にならないように柱に体を寄せ、改めて天井を見上げた。


 ここはノイシュテッター王国の中心地、王都にある終着駅。

 ミュールズ王国の国境を馬車で超え、一番近くにある西の駅から数時間。そのまま馬車で向かえば一日はかかる道だが、蒸気機関車に乗ればあっという間だった。


 乗客がどんどん建物の外へ出ていく中、私はまだ天井を見上げていた。

 ここはすべての地方に伸びている線路が集う中心の終着駅で、たくさんの線路が吸い込まれるように大きな駅舎に敷かれている。そのため大量の人が行き交う。息苦しくならないようにか、観光地も兼ねているからか天井は非常に高かった。鉄骨とガラスがカーブを描き、壁とつながっている部分はタイルが使われモザイクで美しい天使や草原、花の絵が描かれている。

 ついポカンと見上げてしまうというものだ。これぞ技術の結晶。歴史はまだないが、これからどんどん積み重なっていくのだろうと分かる。


 前世ではすでに積み重なったあとのものを見ていたけれど、新しいのも素晴らしいわね。


 そんなことを思いつつ、駅舎の外に出た。季節は冬。コートを身に着けマフラーをしていても、唇からはうっすら白い息が流れていく。隣にはクリス、後ろにチェスター、シリルを従えている。皆もちょっと驚いているようだ。

 見渡す限り大きな広場。葉を落とした木が等間隔に並んでいた。

 祖国の王都でこんなに広い場所は王城前の庭園くらいだもんね……。公共施設がこんなに広いなんて私も思わなかったからドキドキしている。

 中心に噴水がある、景観も美しい石畳に視線を巡らせると、右側に見知った人物を見つけた。彼女も同時に気づいたようだ。


「キャリー!」

「おばさま!」


 私はやってきた女性の方へ向かい、その小さな体をきゅうっと抱きしめた。


「久しぶりね、すっかり大きくなったじゃない」

「ふふ、おばさまを追い越してしまいました」

「とても良いことよ」


 母親の妹、叔母であるカロリーナ・フォルケル。ミュールズ王国の侯爵家出身で、この国で繁栄を続けるフォルケル侯爵家へ嫁いだ女性だ。

 金混じりの茶髪に青っぽい緑の瞳、私の肩ほどの身長で、体型は少しふっくらとしている。そして優しそうな笑顔。懐かしい、と思う。最後に会ったのは、記憶にある限りは5年前のようだ。


「さあさあ、寒かったでしょう。いらっしゃい。馬車が待っているわ」

「ええ、おばさま。よろしくお願いします」


 馬車は2つに分かれていた。荷物をたくさん持ったチェスターとシリル、そして私からそっとマフラーを取ったクリスは後ろの馬車に、私と叔母、叔母のメイドが前の馬車に乗り込むと、合図のあとすぐに走り出した。

 広い馬車だが、それでも密室だからかじわりと暖かかった。私はコートを脱いで、隣に置く。


「ハロルドは家にいるのだけど、ちょうど来客があって来れなかったの。ごめんなさいね」

「いえ、私こそ急に来てしまいましたから」

「良いのよ、アルヌール様は何事も迅速ですからね」


 ハロルドというのはフォルケル侯爵、つまり叔母の旦那様の名で、アルヌールというのは父親の名前だ。

 確かに宰相職についている父は仕事が早い。

 叔母がこんな言い方をするとは、つまりこのことはかなり急に申し付けられたに違いなかった。それでも負の感情を出さずに朗らかに笑っているなんてさすが侯爵夫人である。


 馬車の中では今回の旅の感想や、これまでの近況報告に徹した。

 婚約破棄とか、養女に迎えていただきありがとうございます、なんて言葉はおくびにも出さない。こんな馬車の中でする話じゃないしね。


 叔母はこの5年間で成長した息子の話や、育てているお抱え楽団の話などを楽しそうにしていた。

 叔母の息子――つまり私の義理兄になるヴァルディおにいさま(小さい頃からそう呼んでいたみたいなのよ!)はフリーデ学園を今年卒業し、そのまま騎士団へ所属したらしい。フォルケルの家は武官の一族で、フォルケル侯爵は騎士団を総括する騎士団長を拝命している。


 叔母は退屈が嫌いで、楽しいことがお好き。音楽が特に好きで、自ら楽器も嗜まれる。お茶会も好まれるが、姦しい人と悪意のある噂話はお嫌い。


 そんなキャロラインの記憶を思い返しつつ、私も家族の近況や最後に会った日から自身が学園に入ったところまでを話し終えたところで、馬車が目的地に到着したようだった。


 フォルケル侯爵家は代々武官の家だということもあるのか、王都にある屋敷の構えは随分とシンプルで、剛健質実に見えるものだった。公爵家(実家)と比べると棟の数も少なかった。

 けれど、敷地の方は十分に大きい。それは実家の比ではなかった。馬を十分に走らせるための広さを確保したのか東側の塀は見えなかったし、厩舎も立派なものが遠くに見えていた。ちょっとした演習場もあると聞いている。

 騎馬隊が急にやってきたり、武器などを持ち込んでも問題なさそう。きっといざ戦争となったときのために、古くから武官を務める家はこうなっているのだろう。


 これからここが、私の家になるのね……。


 寂しくないと言えば嘘になる。だが私のことを考えてこの家へ送ってくれた父親のことを思うと、胸はじんわりと暖かくなってくるのだ。

 叔母は迷惑ではないだろうか。朗らかな笑顔からは真意は読み取れない。そう思っていると、彼女は開かれた扉の前で、ゆっくりと振り返った。


「いらっしゃい……いえ、おかえりなさい、かしら?」

「これから、よろしくお願いします。……ただいま帰りました」


 いたずらっぽく笑った叔母が差し伸べてきた手に自らのそれを重ね、私は大きな扉をくぐった。



***



 自室にと宛てがわれた東南側の部屋に入り、旅装束から室外でも対応できる、シンプルだが失礼のないレベルのドレスに着替えた。

 チェスターやシリルはトランクを部屋に入れたあと、それぞれの役目の場所へと移動したようだ。クリスは他についた私のメイドと共に荷解きをしてくれている。


 私は別のメイドに呼ばれて、フォルケル侯爵の執務室へとやってきていた。


「久しぶりだ、キャリー」

「お久しぶりです、おじさま」


 私は淑女の礼を取り、応えの後に顔を上げる。

 この実力主義の国で騎士団長を務める叔父は、かなりの風格と威圧感がある。180cn以上ある身長に、がっしりとした体つき。腕の部分の布がかなり張っていて、オーダーメイドのはずなのになぜ、と思う。


 筋肉って成長するのかしら……。


 黒髪に近い茶髪にヘーゼルの瞳は意思が強いことが一目で分かり、太い眉や厚い唇はじっと黙っていると恐ろしささえ醸し出していた。


「まずは遠いところからお疲れ様だったね」

「、お気遣いありがとうございます」


 外見に似合わず、その口調は柔らかだった。笑顔さえ浮かべている。その瞬間、私は無意識に詰めていたらしい息をほっと吐いた。キャロラインの記憶と同じで、優しそうな人だ。


 とはいえ、この柔らかな口調で演習じゃめちゃくちゃ厳しいと有名らしいけれど。


「そんなに畏まらなくて大丈夫だよ。君は私たちの義娘になるんだから」

「不甲斐ない私にもったいないお言葉、恐れ入ります」

「だから良いと言うのに」


 困ったように笑う叔父だが、私はこの調子をあまり崩す気はなかった。

 記憶の中では優しい人達だけれど、それはキャロラインの判断だ。私の判断は、これから。毎日同じ屋根の下で暮らす間に、様々なことを知れるだろう。心を開くのは、それからでも遅くはないと思う。


「まぁおいおい慣れていけばいいか。祖国では色々あったようだが、その噂はこちらにも少し届いている」

「そうなのですね……」

「だが、衰退するばかりで旨味もなければ過去の栄光に縋り慇懃な態度を崩さない隣国の、それも第二王子の醜聞など、こちらの人間は大した興味も抱いてはいないさ」

「……はい」


 厳しい……。

 やっぱり祖国ってダメダメなのね。そんな気は少ししていたけれど、こう容赦なく言われてしまうともう何も告げられなくなる。


「とはいえ君の名前は国を越える。銀色の髪に青い瞳。賢く、美しき公爵家令嬢『キャロライン・カーティス』の名はね」

「……そんな」

「これはお世辞でも身内の欲目でもなく、ただ真実だよ。――だから、君にはこれから新しい名を与える。キャロル・フォルケル。それが侯爵家へ新たに仲間入りした君の名だ、キャリー」

「新しいお名前を頂きありがとうございます――お義父様」


 私はスカートを持ち、ゆっくりと頭を下げた。

 キャロル・フォルケル。それが、キャロラインでなくなった『私』の新しい名前。


 愛称は変わらないみたいだし、一方的にこの国へやってくることになった私に心をくばってくれたのかな。

 そう思うと、この義理の父親とはうまくやっていけそうな気がした。


「うん。ひとまずはこちらに慣れるようにね。4月になったら学園に編入できるように手配しているから。こちらは隣国の学園とは違って全寮制ではないから、馬車で通うことになるよ。詳しいことは執事に確認して」

「はい、お義父様。あの、私……学園が始まるまでにやってみたいことがあるんです」


 それは、新しい私だからできること。義父は興味深そうに片眉を持ち上げた。


「何だい?」

「それは、今は言えません。ですが、楽団の見習いをお借りすることはできるでしょうか?」


 その言葉で、私がこの国に馴染もうと思っていることは分かってくれたようだ。


「ふむ。この国で成り上がるには音楽が手っ取り早い。キャリーはここのことを良く知っているようだね。……いいだろう。カロリーナを頼りなさい」

「ありがとうございます」


 許可も貰えた。

 どんなことが待っているかまだわからないけれど、やるだけやってみよう!


 ゆっくりと頭を下げて、私は感謝の意を示した。

新しいパパとママも優しい人です。


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