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06 さて、遠征準備です

遠征準備回です。

よろしくお願いします!

 隣国ノイシュテッター王国。


 そこは近隣諸国から一目置かれている。どの国よりも先に近代化を進め、古来よりある蒸気、つまり熱エネルギーを研究し蒸気エンジンを生んだからだ。まだ保護下にあり国から出せない技術ではあるが、それが生まれたということだけでも快挙だ。

 彼の国では蒸気機関車が王都を中心に地方へと伸び始めているという。それをきっかけに商人は遠くまで行商に出ることができるようになり、情報がより素早く、精密に届くようになった。地方でも食材や資材が豊富になり、飢えという恐ろしい病はなくなりつつあるという。


 そして、ノイシュテッター王国は戦争で土地を奪い合うようなことからは一線を引いている。

 理由は単純。どの国も『あそことは戦いたくない』と避けるからだ。

 蒸気の研究施設には優秀な研究者がたくさんいるという。彼ら、彼女らが開発する革新的な機関や武器は非常に精密で他の国ではとても真似ができない。そんな最新機器に対して、古来からの剣や弓を持って生身の体で立ち向かうのは負け戦をするだけだと分かっているのだろう。


『最先端の国』


 それがノイシュテッター王国の近隣からの評価だ。

 だがそれとは別に、こういう異名もある。


『音楽の国』


 古来より音楽に親しみ、国が発展してきた。機関が生まれる十数年前まではそちらの名前のほうが有名だったのだ。

 その実力は代々正しく受け継がれているようだ。現在はどの国でも五線譜が使われているが、ノイシュテッター王国では石に刻んだ詩や記号などの、文字譜の歴史もまだ受け継がれているらしい。


 貴族たちは競い合うように音楽家や演奏家に支援し、商人たちは新たな楽器の製造や販売に余念がない。庶民でも実力さえあれば王族や貴族から重用される。

 実力主義な国となった根底はここにあるのかもしれない。


 キャロラインの知識はここまで。


 私の知識――ノイシュテッター王国が乙女ゲームの世界だ、という確信は王立学園の名がフリーデだったことからだ。


『蜜愛のノイシュテッター・フリーデ~王子様と臣下たち~』


 一作目の『フローラ』は古典的な中世ヨーロッパを舞台にしている感じで、苛めシーンがちょっと陰湿だったり、国自体もお硬いイメージだった。

 だからか、二作目である『フリーデ』――こちらはキャロラインの知識にあるように革新的な国で、実力テストで競い合ったり、生徒会選挙がイベントに組み込まれているらしい。


 らしい、だ。

 そのゲーム名を思い出すと同時に私が思い出したこと。


 私は、その二作目の方をやっていないのだ!


 理由は、まだ発売していないからである。

 発売する前に死んでしまった、ようだ。嘘でしょ……。


 だから私が知っていることはかなり少ない。

 ディザーサイトにあるPV、SNSで公開されていたヒロインと攻略メンバー、ライバルキャラ一人の立ち絵と簡単なプロフィール、そしてあらすじと開発画面から見える僅かな情報――くらいだ。


 あらすじはこうだ。


『フリーデ学園に王太子が帰ってきた。一年間隣国に留学していた彼が帰ってきたと聞いてつい出歯亀をする男爵令嬢の私。そのとき目が合ったのはきっと気のせいだよね? 本物の王子様よりも王子様らしい彼のことを意識しつつも遠い存在だと思っていた。けれど、まさかクラスメイトになるなんて! そんな彼やクラスメイトの男の子たちと、ひょんなことから成績を競い合うことになって――!?』


 男爵令嬢が主役で王子様とか高位貴族に愛されるやつです。知ってた。

 まぁ、乙女ゲームというのは勧善懲悪とかシンデレラストーリーとかそういうのが基本だから、しょうがない。


 私、ことキャロラインが追放される先がこの国だということがゲームに沿っているかどうかは分からない。二作目の方でキャロラインが出演するかも分からない。新たな悪役令嬢は一人だけは知っているけど、彼女だけかどうかは分からない。


 分かっているのは、私の推しジークフリート王太子殿下がメイン攻略対象ってことくらいよ!


 一作目の隠し攻略キャラになるかと思いきやの二作目のメインだからね!

 制作会社分かってる! 一作目はむしろ布石だったのね! って思ったものよ。


 発売前に死んでしまったのが本気で解せない。

 でも、リアルで推しを攻略できるチャンスなのでは……ビバ、乙女ゲーム!


 って、私ヒロインじゃなかった……。


「つらい……」

「どうかされましたか、お嬢様?」

「あ……いえ、なんでもないのよ」


 私は私室に戻ってきていたのだった。クリスは私のことを心配そうな顔で見ている。

 先程、隣国へ行くことになったことを伝えて荷造りを頼んだからだ。クリスは非常に憤ってくれて、何だか胸が暖かくなった。自分の代わりに怒ってくれる人がいるというのは、いいものよね。


「お嬢様、私も行きますからね」

「分かっているわよ、大丈夫。チェスターとシリルも一緒よ」


 シリルの許可はまだだけれど、承諾をもらってみせるわ。私のことを絶対に裏切らないと信じられるのは、今はこの三人くらいなんだもの。


 第二王子から裏切られた――婚約破棄された事実は、私の心にやるせない枷をかけてしまっている気がする。父親のことを最初訝しんでいたのもそのせいだろう。何だか、体が竦んでしまうのだ。


「お嬢様がこの国を出ないといけないなんて理不尽です!」

「あら、でも私は楽しみよ。だって、ノイシュテッター王国は先進国だし、音楽や楽器は好きだし、蒸気機関車にも興味があるわ」


 それに、ジークフリート殿下もいるし。


「楽器……?」

「え、どうかした?」

「あ……いえ、お嬢様はあまり楽器が得意でなかったように思いますが……」

「え……?」


 そうなの?

 言われて思い返してみると、出てくる出てくる、ヴァイオリンで酷い金切り声を出し、フルートで醜く音を掠れさせ、トランペットの音を無様に割れさせた記憶が。


 公爵令嬢にあるまじきよ、キャロライン……。


 とはいえ今いるこの国では貴族が楽器を嗜むことは嗜みレベルで、夜会でダンスが踊れたら十分のよう。だから、キャロラインの実力は学園内などでは表に出てこなかったようだ。


 クリスは顔をひきつらせている。それほどキャロラインの実力はヤバい。

 でもそれならば全く問題はないのだ。


 前世の私は音大でヴァイオリンを専科とし、副科でピアノを選択していた。

 音楽一家、否、音楽一族だったこともあり楽器は一通り触ることができるし、マニアックな楽器好きの親戚がいたから結構知識もあったりする。


 それに私、音楽ゲームがすごく好きだったのよね……。


 昨今、乙女ゲームに近いゲームとも言える音楽ゲーム。

 スマホアプリでアイドルたちが歌ったり踊ったり……しているPVを眺めながらひたすら指で画面をタップするというあの手のゲームである。

 私がハマっていたゲームは通称『金の卵』と言われる男の子たちを道端や学校など様々な場所でスカウトし、レッスンで成長させ、選抜メンバーを決めてセッティングする。すると3DCGでイケメンがぬるぬる踊っているのをバックに画面をタップすることができるのだ。踊っているのを見るのがメインで、画面をタップするのはサブなのがこの手の音楽ゲームの性である。


 キャラを担当している声優さんがライブでその曲を歌いながら踊ってくれるサービスまである、メディアミックスで至れり尽くせりの深い沼だったなぁ……。


 私は乙女ゲームではヒロインになりきるが、音楽ゲームではアイドルをプロデュースするプロデューサーとなり、様々なイケメンを愛でていたのだった。


 そんなことをつらつら考えていたら固まっていたらしい。

 ふと気づくと、目の前に美しい相貌が……!


「お嬢様……?」

「あなたって……綺麗ね」

「お嬢様の方がお美しいです」


 ポッと目元を染めた真剣な瞳で言われるとなんだかドキドキしてしまうではないか。というか、これはむしろワクワクというか。

 彼女……いや、彼は非常に磨きがいがある『金の卵』ではないだろうか?


「隣国ではアイドル文化は根付いているのかしら……?」


 もしなければ、私がプロデューサーとなってアイドル文化を広めたい!!


「お嬢様っ?」

「ねえクリスは、私の願いを叶えてくれるわよね?」

「お嬢様が言われるならば、なんだって」


 手を握って意気込めば、クリスは間髪入れずに応えてくれる。


 ふっふっふ……。

 決めた、私、アイドルプロデューサーになるっ! たくさんのイケメンをプロデュースするわよっ!


 そう思うと、隣国へ行くのが俄然楽しみになるのだった。

ありがとうございました!

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