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05 父親との邂逅、そしてミュールズ王国からの卒業

サブタイトルにはアイドル用語を入れているのですが、すでにちょっと厳しくなってきました……。

たくさんの方に読んでいただきとても嬉しいです!


次回ゲームと隣国の補足を入れまして、次次回で新天地へ行く予定です。

 応えに答えて入った広い執務室の中では、礼服を着た父親が背を向けていた。

 180cm以上はありそうな身長だが、文官――宰相だからか、さほど筋肉質ではない。それでも165cmほどの私には後ろ姿だけでも威圧感があった。


 ……というより機嫌が悪い、ような?

 うぅ、あっけなく家から除名宣言とかされませんように……。


 そんな風に祈りながら、私は父親の背中に声をかける。


「お父様、失礼致します」

「ああ」


 振り返った父親は、しかめっ面だった。

 キャロラインに似て悪役顔――というか、キャロラインが父親に似ているのだろう。

 鋭い目つきはつい怯んでしまうし、人を圧倒するような輝く銀色の髪や、何を考えているか分かりづらい藍色の瞳もそれに一役添えてしまっている。


 たぶん王城では『氷の宰相』とか呼ばれているタイプだ……。


 父親は宰相や領主としての仕事が忙しく、この別邸にも滅多に帰ってくることはない。家族間での会話もさほどないようだ。ただし、母親とは恋愛結婚だと聞いている。


 そういう部分に情があると信じて……いざっ!


「今日はパーティに出てこなかったな」

「はい……コンラッド殿下が何かおっしゃいましたか?」

「ああ。婚約解消と、そして新たな婚約を結びたいと陛下の前で宣言されていたな」


 私は眉を寄せ、内心で息を吐く。


 やっぱり、ゲーム通りに物事が進んでいるのね……。


 断罪イベントの後、エンディングラブラブイベントという名の卒業パーティがある。そこで衆人環視の中、攻略相手が跪いて『婚約を結びたい』と、つまりプロポーズをしてくれるのだ。

 第二王子ルートでのそれはキャロラインの社交界での没落を意味する。王族から婚約破棄された女、なんて話はもはや醜聞に近く、その後の市場価値なんてないに等しい。家の格がものすごく下の男か、爵位持ちの男の後妻に入るくらいしか道はなかった。


 乙女ゲームって夢と希望溢れる物語だと思ってたのに……!

 悪役令嬢に厳しすぎる!


「この度はお父様にもご迷惑をおかけしたかと思います。申し訳ございません」

「婚約破棄については本人同士の話によるものということだったが、それは違いないか?」

「……はい」


 いや、完全なる一方的な破棄ですけどー!


 とは言えず、私は頭を下げることしかできない。

 父親は顎に手を当てて何か考えているようだった。きっと、私の拙い演技など見抜いているに違いない。冷や汗が流れる。


 私はどうなるんだろう。第二王子は追放って言ったけど……。


 修道院か、市政に落ちるか……。そんな、ベタな乙女ゲームの悪役令嬢のその後を思い浮かべてぶるりと震える。現在日本の知識くらいでやっていける世の中なんだろうか。外見は16歳の小娘に一体何ができるというのだろう。

 恐ろしく思えてきてつい視線を下げると、父親は訝しげに問いかけてきた。


「どうした?」

「いいえ。……あの、お父様はお怒りでしょうか?」

「そうだな。非常に遺憾である」

「……申し訳ありません」

「何を言う。お前にではない、キャリー」


 え……?


 私はぱっと顔を上げた。父親はしかめっ面をしていたが、それは私に向けているものではないらしい。宙を見上げて思い出すようにしていたからだ。


「コンラッド殿下の我儘にはこちらとしても辟易としているのだ。そもそもキャリーとの婚約だって王族が望んだもの。それを一方的に解消と言われるとはな。公爵家を馬鹿にしているとしか思えん」

「そんな、不敬では……」

「本人がおらんところで何を言ったって、伝わらねばいいのだ」


 お前が言わなければバレないだろう、と言う父親は、顔こそ恐ろしいものの冗談が通じる性格らしい。


 ぽかん、とした私に気づかず、父親は続けて言った。


「この国は、末期だ。王は民衆を考えず、王子たちも自分のことしか考えておらん」


 10年前に起きた飢饉では国は大した対策を取らなかった。その上重税とした。それだけではなく、それ以前からも王の命という無茶振りをかなり受けているらしい。王を支える文官のトップである父親がそう言うということは、本当にひどい有様なのだろう。

 この国はいつの間に、そんな風になっていたのだろう。

 体が驚いているということは、キャロラインは気づいていなかったのかもしれない。王妃教育を受けているキャロラインが知らないということは本当に上層部の者だけにしか伝わっていないのだろう。


 確かに今は飢饉の影響はなくなってるみたいだし、テレビもネットもない世界じゃ情報なんて簡単に隠蔽できるもんね……。


「キャリーには迷惑をかけたな。少しでも抑止力になればと婚約に同意したのだが……まさかこんな結果になるとは」

「いえ、お父様のせいでは……」

「だがお前はもうこの国にはおれん」


 追放という言葉は父親にも伝わっているらしい。私は顔をうつむける。

 父親は話が分かるようだし、これから仲良くなれるのではと考えていた矢先だったからだ。ままならない、と思っているといつの間にか父親が近くへやってきていた。ポン、と肩を叩かれる。その手は暖かかった。


「お父様……?」

「この国はもう駄目かもしれん。だが、宰相である私がこの国を見捨てるわけにはいかない。だがお前は違う、キャリー。お前は自由にしていいんだ」


 王族の婚約者という枷が取れた今、どこへだって嫁入りできるし、仕事をしたっていい。そんな風に言ってくれる父親に感激する。


 お父様は、キャロラインのことを愛しているのね……。


 そう思うとじわりと胸が熱くなった。キャロラインの意思だろうか。

 でも、私も嬉しい。そう思った。


「隣のノイシュテッター王国に、ミュラーの妹が嫁いでいる。そこを頼ると良い。彼女のところには娘がおらんから、養子縁組しても良いと言われている。名を変え隣国へ行けば悪い噂もなくなろう」

「お父様……」


 ミュラーとは私の母親の名前だ。父は叔母の家を頼れと言いながら封書を差し出した。どうやら養子縁組のための文書も用意してくれているようだった。それを受け取りながらも、私の心は複雑だ。

 嬉しかったが、体よく捨てられるのだろうかと思うと……表情が暗くなってしまう。


「もちろん、将来的にこの国がなくならなければ、戻ってきても良い。お前は私の娘なのだからな」


 父親は間髪入れずそう言って、口角をほんの少しだけ上げた。


 その言葉で、覚悟は決まった。


「お父様……ありがとうございます! 私、行きます。ノイシュテッター王国に」

「ああ。お前は卒業までまだ一年ある。ひとまずあちらの王立フリ-デ学園に編入し、身の振り方を考えると良い。あちらの国は実力主義だが、その分女性が働く道もあるという。やりがいはあるはずだ」

「はい、ありがとうございます、お父様……って、フリーデ学園っ!?」


 その学園名を聞いた瞬間、私にはある記憶が蘇って呆然とする。

 青薔薇が舞い散り、画面の後ろから6人のイケメンがこちらに近づいては台詞を囁く、そんなPVが頭の中で鮮明に再生されたのだ。


『蜜愛のノイシュテッター・フリーデ~王子様と臣下たち~』


 フリーデ学園って『密愛』第二シリーズの舞台――!!


「どうした?」

「え、いえ……なんでもありません……」

「そうか。では数日後には馬車を用意させよう。それまでに準備はできるな?」


 ぎゅっと軽く肩の上の手を握られる。

 そうか。この父親とはもう会えないんだ……そう思うと何だか寂しくなってしまう。


 でも、私はもうこの国にはいられないんだ。


 目を開けてやってきて一晩も経っていない国なのに、名残惜しく思うのは絶対にキャロラインの意思だろう。けれど、逃れることは許されない。

 胸に手を当てて、私は覚悟を決める。


「はい。……あの、クリスとチェスター、シリルを連れて行ってもいいでしょうか?」

「うむ、あの三人は言わなくても勝手について行きそうだな。クリスとチェスターはお前の直属だから問題ない。シリルはバスターの許可を得れば私の許可としよう」

「ありがとうございます、お父様」


 それでは失礼致します、と頭を下げた。

 父親は名残惜しそうな目をしているような気がしたけれど、最後まで表情や言葉にすることはなかった。

パパは娘に甘めのタイプ。

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