04 腹心の家臣はお嬢様ファン-2
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早めに冒頭を終わらせ新天地に向かいたいと思っています。
ノックの音は随分と騒がしいもので、それだけで私は誰がそこにいるか分かってしまった。
「どうぞ」
「お嬢様、お帰りだったんですね! おかえりなさいませ!!」
「チェスター、お嬢様のお部屋ですよ!」
私の声にかぶせるように、扉が開く音と大声が響く。そしてすかさずクリスが美しい柳眉を寄せてたしなめた。
ドタドタという騒がしい音に、私はつい頬をほころばせた。
「す、すみませんっ! お嬢様と久しぶりに会えると思ったらつい……」
「良いのよチェスター、久しぶりね」
大型犬のようだとしか称せない男に懐かしさを感じて微笑む。
彼はこの家に務める護衛で、士爵家の三男だ。士爵とは平民が国家への貢献で承った爵位で一代貴族。つまり彼は、本人が何か手柄を立てない限りは平民とほぼ変わりない。だから父親にならって騎士団へ入る道が順当なのだろうがそうせず、この公爵家の護衛として雇われる道を選んだのだ。
茶色の短髪にヘーゼルの瞳というありふれた色をしているが、その容姿は男らしく整っている。鋭い目付きや滅多に笑わない硬派なところなどが人気で、下位令嬢や商人の令嬢から密かに想いを寄せられているという。城に上がるときや夜会の際に連れて行くことがあったので、それなりに顔が知られているのだ。
しかしそんな『硬派騎士』の面影は、今はない。
「お嬢様に久しぶりに会えてすごく嬉しいです! お嬢様はいつ見ても美しくていらっしゃる! その上、俺に優しい言葉までかけてくれて……! ああっ、感激です!!」
「ふふ……相変わらずね、チェスターは」
チェスターは鋭いはずの目を大きく開き、キラキラと虹彩を揺らして、満面の笑みを浮かべていた。外では真面目で硬派と言われているが、実際はキャロライナに心酔しすぎて暴走気味になってしまうこともある、少々難儀な男だった。
別名『お嬢様の下僕』
それがこのカーティス家で呼ばれている彼の異名である。
年下ワンコ系……可愛いなぁ。
彼がここまでキャロラインに心酔しているのにはもちろん理由がある。
この国では10年前に自然災害による大きな飢饉があって、食糧不足や失業などにより民がかなり疲弊した。そんな非常時にもかかわらず、王族はあまり対処をしなかった。税を下げることも国庫や備蓄庫を開くこともなく、ただ時が過ぎるのを待っていたのだ。
カーティス公爵家はそれをよしとせず、領地を助けようと尽力した。それにキャロラインも駆り出され、炊き出しや慰問活動を続ける中で当時13歳のチェスターに出会ったのだった。
チェスターの父親は騎士団の一員としてカーティス公爵家が収める領地での警備にあたっていた。その関係でチェスターも領地に住み、平民が通う学校へ通っていた。飢饉では騎士団所属といえどどうにもならず、平民と同じように疲弊し、父親以外の者は炊き出しを受けていたらしい。
そのときにキャロラインの天使のような美しさと、白いエプロンをつけてスープをよそうその献身ぶりに惚れ抜いて、いきなり跪き騎士の忠誠を誓いだしたのだ――。
『美しい天使のような貴女様に、忠誠を誓いたいのです!!』
耳を真っ赤にしながら、当時から大きな体を丸めて手を差し伸べていた姿は、すぐ脳裏に思い浮かべることができる。あのときのキャロライナの頭に浮かんだ感情は『困惑』だったようなのが色々と残念だけれど。
「それよりお嬢様っ! どうしてお帰りに? 今日は卒業パーティじゃ……」
「ええ、色々あったのだけど……お父様からきっとお話があると思ったのよ」
「なるほど、公爵様のお言葉があると事前に察知し、こうして先回りを……さすがお嬢様です!」
クリスと同じように第二王子に対してあまり良い印象を持っていない彼が暴走しないようについ誤魔化したが、あまりの盲目ぶりにそれは正解だと思う。
私は前世の実家で飼っていたラブラドール・レトリバーのことを思い出してちょっと和んだ。
あれ……そういえば、私って死んだのよね?
何だかいきなり色々ありすぎて実感ないけれど……。
今はまだそのことについて深く考える余裕はなさそうだ。
それより、この先第二王子の言う通りに追放されるというなら、一体どこへ追い出されるのだろう。
乙女ゲームの定番だとどこぞの修道院とか、どこぞの市政に放り出されて……とか?
けれど、第二王子は『新しい考えを学ぶが良い』と言っていた。つまり、留学……いや、違うか。あの男がそんな温情を与えたようにはとても……。
宰相である父親は、キャロラインにとって『忙しすぎて全然会わない人』という印象のようだ。だから、彼が何を命じるか私にはちっとも分からない。
恐ろしく血の気が引いている、というようなことはないし、クリスやチェスターの普段と変わらない態度を見ても、問答無用で家から追い出されるようなことはないはず。
……たぶん。
そんなことを考えていたら、またノックの音がした。ついに父親が帰ってきたのかと思って応えの声を上げると、静かに扉が開いた。
「お嬢様、お久しぶりでございます」
「シリル。久しぶりね」
そこにいたのはこの家を取りまとめる老齢の執事長バスターの部下である、若い執事見習いのシリルであった。金色に近い茶髪に暗い緑の目、ノーブルな美貌を持っていて、性格も温和だ。使用人からの人気ナンバーワンである。クリスと同じ18歳で、次期執事長と言われている有望株だった。
「公爵様がお帰りでございます」
「そう。じゃあ、行こうかしら」
私が立ち上がると、シリルは当然のようにその後ろにつく。
クリスは頭を下げて見送り、チェスターは何か役目の途中だったのか、慌てた様子で頭を下げながら部屋を出ていった。
「お供させていただきます」
「良いのに」
「そうはいきません。お嬢様と共に歩ける至福の時間を、僕が逃すとお思いですか?」
バスターからこの役目を横取りしてここに来たんだろうという予感がして、私は内心で苦笑いを浮かべた。
この家、キャロラインの信奉者が多すぎる……。
シリルがこの家にやってきたのは10年前。飢饉のあとかなりの失業者が出て、そのときに孤児やスラムも増えてしまった。それを憂いたカーティス公爵は、屋敷の使用人をその失業者たちから積極的に行ったのだった。
そのときシリルの母親が下女として雇われることになり、彼も共にこの家へやってきたのだ。父親は飢饉の時に亡くなったらしい。
シリルは非常に聡明で見目も良かったため、バスターの目にとまった。そして、執事教育を施されることになったのだ。
しかし執事になるためには才覚だけでなく努力も必要となる。シリルにとっては飢饉で疲弊したところで父親が亡くなり、住む場所を変えることになった。その上でいきなり厳しくされては溜まったものではないだろう。良く裏庭でしゃがみ込んで泣いていた。
それに気づいたキャロラインは彼を慰めた。子供らしく頭を撫でたり、横で一緒にいつまでもしゃがんでいたり。シリルは私が公爵令嬢だとは最初知らなかったらしい。すぐに気づいて、隣で一緒にしゃがむことは許されなくなった。
けれど、キャロラインの優しさに次第に心を開いていったようだ。
『いつかわたくしの執事になってね』
そして、そんな言葉をきっかけに、シリルはキャロラインに並々ならぬ想いを持つこととなったようだった。
「お嬢様、憂いた顔をしておいでです」
「あなたとの出会いのことを思い出していたの」
その言葉に、驚いたように目を見開くシリルを見てふふっと笑ってしまう。
「まだ覚えてくださっていたのですか」
「ええ、もちろんよ。私の執事さん」
「……まだまだ若輩者です。バスター様に扱かれていますよ。でもいつか、お嬢様の執事となり、お嬢様と手となり足となりましょう」
「期待しているわね」
きっとバスターは公爵家の次期執事にと思っているだろうから、私の執事になることはない。そう気づいたのはいつだろうか。キャロラインには兄がいて、彼が公爵家を継ぐことになっている。シリルの主は兄になるはずだ。だが、シリルがそのことを口にすることは一度だってない。
私が結婚してもついてきそうな感じだものね……。
そんなことを考えていたら、ようやく父親の執務室へついたようだ。
家が広いのも考えものである。隣の棟だったからまだマシだったものの、向かいの棟だったら一度外へ出て広い中庭を突っ切った方が早かったりするほどにこの家は広かった。
扉の前で立ち止まり、息を整える時間が必要だったことに驚く。
「それでは僕はこちらでお待ちしています」
「何か仕事があるなら、遠慮なく戻っていいのよ」
「お嬢様を待つことこそ、至高の仕事ですから」
にっこりと笑う笑顔にウッとなる。正統派美形に真正面から慈愛の笑みを向けられるなんて、前世では一度だって経験がない。眩しいオーラに目が灼かれそうだった。
公爵令嬢たるもの、こんなことで動揺してはいけないわ……!
後ずさりそうになる体はキャロラインの意思が止めてくれた。体に染み付いたものに感謝し、私は父親の待つ部屋へと入っていった――。
騎士と執事見習い。
どっちもお嬢様大好きです。