03 腹心の家臣はお嬢様ファン-1
読んでいただきありがとうございます!
しばらくキャラ紹介のターンです。
公爵家に戻ったところで早速父親からの指示を受けようと思ったものの、この国の宰相である彼は不在だった。
当たり前だ、今日の王立学園の卒業パーティは社交デビューも兼ねているため、王城で行われる。
だから国王陛下や王妃、そして彼の忠実なる部下である父ももちろん出席しているはずだからだ。
隣国の侯爵令嬢であった母親は家にいるようだが、王都にある公爵家の屋敷は非常に広い。
私の祖母は王女殿下だった。カーティス家は現在でも王族が降嫁するほど歴史も血筋もある家だ。広々とした庭や厩舎を持ち、建物は4つの棟に分かれていて、個人の部屋はバラバラの棟にある。先程の沙汰の知らせが母に行っていたとしても、彼女が動くにはまだ早いだろう。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「部屋に戻るわ。父が帰ってきたら呼んでくれる?」
「承りました」
中途半端な時間に帰宅しようと眉一つ動かさない、しっかり躾けられた使用人に迎えられた。ずっと家を取り仕切っている老齢の執事に命じてから、階段を登って長い廊下を進み、東棟にある自室へ入った。
そこには、ひとりのメイドが表情も崩さずに待ち受けていた。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
「あら、クリス。あなた戻ってきていたの」
「お嬢様が戻られると分かっていましたから、当然のことです」
淡々と言葉を紡ぐクリスは私の部屋付きメイドで、王立学園の寮へも唯一連れて行っていた。
しかしどこかで情報を得たのか、私が戻ってくることを見越して移動していたようだ。一番に信頼する優秀なメイドは、本当に卒がない。
「着替えられますか?」
「そうね。お父様がお帰りになったらお話したいの」
「承りました」
クリスは一礼すると、すぐにクロゼットから父親との面談にも問題ないドレスを取り出して、キャロラインの着替えを手伝う。
卒業パーティのドレスコードに則った、正式なドレスは一人で脱ぎ着するのが難しい。私の銀髪に青い瞳に合う青地に銀色の刺繍が入ったドレスや、きつく締めたコルセットをクリスの手を借りてするすると脱がされる。銀色の留め具で飾り付けられていた髪も緩められた。
ドレッサーの前に座った私の髪に櫛を通しながら、クリスは鏡越しにうっとりと見つめている。
「ああ、お嬢様の銀色の御髪……いつ触っても本当に艶々輝くようです」
「ありがとう」
「それにしっとりとしているのに雪のように真っ白なお肌も……ですが最近は眠りがお浅いせいか、少し荒れていますね。湯浴みの後にクリームを塗りましょうか」
「そうね……お願いしようかしら」
学園では日に日に肩身が狭くなっていた。
次期王妃だった私に近づいてくる人間は好意的な者ばかりではないし、心を許せる友人はいなかった。
そんな中、第二王子が男爵令嬢を見初めて婚約者をないがしろにしていたのだ。更に、私が嫉妬しヒロインをいじめているという噂もあった。もちろん根も葉もないものだが、やっていないことを証明するのは非常に困難なのだ。
学園生全員が寮生活で朝から晩まで逃げ場がない中、張り詰めるように生活していた。そのせいで最近はあまり眠れていないのだ。
「肌荒れ程度ではお嬢様のお美しさは損なわれませんが、玉のような肌にすることこそ私の使命です」
「あなたこそいつ見ても美しいわ」
「お嬢様に褒めていただけるなんて光栄です」
鏡越しにクリスを見ると、つい手を伸ばしたくなるような陶器色の肌に目を奪われる。それに、緑がかった黒い髪は濡烏のようだ。癖毛なのか緩くウェーブしている横髪を長めに下ろして、メイド用のキャップをかぶっている。
クリスからは、硬質な美しさを感じるのだ。華奢な体型で私よりも背が高い。
2つ年上、18歳のクリスは私の言葉にぽっと頬を染めた。
でも、こんなに綺麗な女性に見えるのに……男なのよね……。
キャロラインの記憶が確かならそうらしい。私は部屋に入ってクリスを見た瞬間から、何だか変な気分になっていた。どうにも落ち着かないし、なんだかちょっとドキドキする。そういう趣味がなくとも、クリスの美しさには引き込まれる何かがあるのだ。
クリスは私が小さい頃にお忍びで市政に出たときに会った孤児院出身の男の子で、そこであまり良い目に合っていなかった。男性からの暴力があったらしく、大きな男を見ると萎縮してしまうのはその頃から。
幼い私はそんなクリスと仲良くなり、良く話を聞いていた。
ある日、家を抜け出したことがバレて追いかけてきた護衛を撒くために服を交換する機会があった。子供の頃から線の細い美人であるクリスのドレス姿に私は逃げていたことも忘れて盛り上がったものだ。
クリスが10歳のとき、孤児院で決定的な事件があった。切り裂かれた服のまま命からがら逃げてきたクリスは、私の誘いで屋敷で働くことになった。
しかし、下男や執事見習いになると男たちの中で生きないといけない。辛い記憶がまだ鮮明で、男が近づくだけで怯えるようになってしまったクリスを見かねた私は、迷った挙げ句に下女用の服を渡したのだ。
それがきっかけで、それからクリスはずっと女物の服を着ている。クリスの正体を知るのは私と父、そして信頼できる一握りの者だけだ。
クリスは私に恩を感じているようだ。
本当の性別を隠しながら仕事をするのは辛いこともあるだろう。だが努力を怠ることはなかった。下女からメイドへと昇進し、更に私の部屋付き、つまり専属メイドになったのはクリスが15歳の時だ。
18歳になって身長は男らしくなったものの線が細いのは遺伝なのか、筋肉もそれなりについているようなのにこれまで疑われたことはないらしい。むしろ男から言い寄られているようだ。今のクリスは護身術を身に着けているし、この屋敷では男性不信のことは周知されているので不安はないけれど。
しかし女装メイド……この世界にもそういう萌えが……。
そうつぶやきそうになるが、クリスの境遇を思うと気軽に口に出していいことではない。部屋付きのメイドになってから、恩人である私につきっきりでお世話をできるようになったとクリスは非常に嬉しがっている。麗しいクリスの笑顔を見るたびに、私は服装なんて些細なことだと思うのだった。
けれどクリスは、かーなり私のことが好きだ。
恋愛感情ではないけれど、盲目的と言っていいかもしれない。
そんなクリスは今回の婚約破棄のこと、どう思ってるんだろう……?
そう考えていると、クリスがタイミング良く切り出してきた。
「少し話してもいいでしょうか?」
「ええ、構わないわ」
「どうして、放っておいたんですか?」
第二王子とヒロインのことを。
クリスはずっと、非常に憤っていた。私がゲームの記憶を思い出す前から、絶対に厄介なことになるから早く立ち回ったほうが良いと忠告してくれていたのだ。
キャロラインがそれを拒否したのは、ひとえに第二王子が好きだったからだろう。
たぶんだけど……。
すでにこの体にキャロラインの意思はなく、私には頭の中にある過去の記憶から想像することしかできなかった。
戸惑いから、つい表情が暗くなってしまう。
「どうしてかしらね……」
「お嬢様……すみません、怒りからつい差し出がましいことを」
「良いのよ」
慌てたクリスをフォローしてから、つい息を吐いた。
頭の中には、コンラッド殿下との記憶がたくさんある。
カミラがやってくるまでは仲もかなり良かったようだ。愛を囁くことはないし、触れ合いもエスコートやダンス、そして手の甲へのキスくらいだったが、それでも柔らかな空気がそこにはあったと思う。
けれどカミラが現れてからそれは瓦解していった。キャロラインは遠ざけられ、気づけばコンラッドの横にはカミラがいた。それを遠くから眺めることしかできなかったキャロラインの俯く視線の先には、ぎゅっと握りしめられた手があった。
やっぱり、辛くて我慢していたんだろうな……。
そのことを思うと胸が苦しくなる。心ではなく痛みという形で体に響いてくるこれは、キャロラインの意思に違いない。
他人事である私はすでに第二王子なんて断罪イベントで冷たくされすぎて萎えたわ~って感じだけど、キャロラインならば、きっと信じられなくて苦しい気持ちでいっぱいだろう。
キャロラインは本当に……どこへ行っちゃったんだろう……?
そんなことを考えていたら、コンコンとノックの音がした。
美人メイドさん。だが男だ。