02 私の推しは隣国の王子様です
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いやいやいや。
ひどくない? 今の展開。あまりにも一方的すぎる。
「はぁぁぁ~……あ、やっと喋れるようになった」
今まで唇が勝手に動いていた。
自分の意志ではある気がするものの、内心とは裏腹の言葉が口から勝手に出てくる状況がどうにも落ち着かなかったわ……。
だが部屋を出て大きな扉に背をつけて一人になった瞬間、その呪縛のようなものはするりと消えた。ようやく、この体が自分のものだと感じるようになった。
今の、チュートリアルだったのかな。
なんて、現実逃避気味に考えながら手元を見る。ずっと堪えるようにぎゅっと結んでいた手が、赤くなっていた。
これはキャロラインの意思だろうか? それとも私の――?
そんな風に考えるが、答えは出てこない。
そういえばキャロラインの意思はどこへ行ってしまったのだろう?
「とにかく、今は家に帰って……沙汰でも待つとしますか」
ゲーム上では、このイベントで追放された悪役令嬢のその後は特に語られていなかった。ならば、ひとまず自由に行動して良いのだろう。
誰もいないだろう寮に戻っても仕方がないし、家に帰るのが自然だろうと思う。
それにしても、処刑されるとかじゃなくて良かったよ。
いや、でも確か王太子ルートだと悪役令嬢処刑エンドあったな、と思い出してぶるりと身震いする。あの断罪現場でヒロインの横にいたのが攻略相手――つまり第二王子ルートだったのは不幸中の幸いだった。
「うぅ……とりあえず、家に帰ってお風呂入りたい……」
そんなことを考えながら、公爵家の邸宅へ帰るための馬車を呼ぼうと歩き出した瞬間、前から人が歩いてきていることに気づいて顔を上げた。
そこにいたのは――。
「……キャロライン嬢?」
「――ジークフリート殿下」
ぎゃああっ!
どうしてこんなところにこの人がっ!?
見覚えのある男の人。彼は――。
どきどきと心臓が高鳴る。
「どうかしましたか? 卒業パーティの会場はそちらじゃないですよね?」
「え……えぇと、少し所用がありまして……でももう済みました」
「そうでしたか。でしたらこれから会場に?」
「いえ、急に家から呼び出されていまして……。これからお暇させていただくつもりです」
さすがにこのままゲーム上でのエンディングラブラブイベントであるところの王城で行われる卒業パーティに参加する気力はなかった。
私は不思議そうに見下ろしてくる男を、控えめに視線だけで見やる。
美しく力強い声に、男らしく整った相貌。サラサラの黒髪に魅入られ、金色の瞳に吸い込まれそうになる。
背も高くて、鍛えられた体を正装が包み込んでいる。だが、その魅力は全く隠れることがない。匂い立つように溢れていた。
ザ・正統派王子様といった出で立ちの彼は、攻略対象ではない。
もう一度言おう、攻略対象ではない。
「公爵家から――? 王城で行われる卒業パーティを欠席させてまで呼び出されるとは、火急の用なのかもしれませんね。困ったことがあるならいつでも相談してください。クラスメイトですから」
「ありがたいお言葉、恐れ入ります」
あぁぁ、優しい……。
信じられない。こんなに美しくてカッコ良くて最高なのにね、攻略対象じゃないんですよ。
彼は乙女ゲームの舞台であるミュールズ王国の東にある、ノイシュテッター王国の王太子で、見聞を広げるためこの学校に留学している。
ゲーム上ではクラスメイトという設定で、図書館に行くと高確率で会えるし、ちょっとした会話イベントもある。だが、攻略はできない。つらい。会話イベントがあるから期待して通ったけど、選択肢は一度も出なかった。
ちなみに私の最推しです。外見がまず好きだし、温和で公平な性格も好きだ。話し方も好きだし、一人称が「私」なところとか、たまらん。好き。
ちなみに隣国・ノイシュテッター王国は気候に恵まれた大国であり、東は海に面していて交易も活発、近代化にいち早く取り組んでいる成長著しい実力主義な国家だ。
だからといって後継者争いがあるということはない。王太子である彼が一人息子だということもあるが、次の王は彼に確定だと今から言われるくらいに、幼い頃から能力が高く人望もあるからだ。
――これは乙女ゲームの記憶というよりは、キャロラインの記憶のようだった。
さっきから、乙女ゲームのことを思い出している間に、まるで補足するように『この世界の記憶』が勝手に思い浮かんでくる。全く、便利なものだ。
「卒業パーティに出席できないのは残念ですが――私は必要ないようなので」
「……彼が?」
意図を察し、思案げな顔になった王太子に、私は曖昧な笑みを浮かべる。
第二王子が男爵令嬢に懸想しているという話はもう隠せないほど学園中、どころか社交界や市政にまで広まっているのだ――。
今日の卒業パーティは、ヒロインと悪役令嬢、攻略対象の一人である騎士団長の子息以外の攻略対象に対するものだった。ひとつ年下である私たちは後輩や婚約者としての立場で出席する。
悪役令嬢は第二王子の相手役として出席する予定だったが、断罪イベントののちはその役目はヒロインに成り変わる。
ゲーム上では、立ち去った悪役令嬢にほっとしたヒロインの前に第二王子が跪いてエスコートを頼む――という、乙女がキュンキュンするシーンが用意されている。
しかし今はそんなシーンが背後の部屋で繰り広げられていることに気分が悪くなるだけだ。
心配そうな顔をしてくれる王太子に私はキュンキュンしつつ、いい加減この場を立ち去らないといけないとようやく理性が舞い戻ってきた。彼らが従順にイベントをこなし、後ろの扉から登場してしまえば、確実にややこしいことになる。
できれば二次元の推しが三次元になった上に会話をしてくれているという僥倖を堪能したかったし、もっと見つめていたかったけれど、仕方ない。
ああしかし、今後もうお会いすることはないかもしれないと思うと、悲しくなる。
私は第二王子の命でこの国を追放されるのだ。この学園からももちろん退学だろう。ならば、この学園と寮から出ることができない賓客であるところの王太子と再び相見える確率は、ゼロだ。
つらい。けれど、名残惜しい気持ちを抑え込んで私は頭を下げる。
「それでは、失礼致します――」
王太子はもう何も言わなかった。
私は、公爵令嬢らしい優雅な足取りで、城を後にした――。
ヒーローの登場です。