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01 目を開けたら断罪現場でした

 死んだ、と思った。

 確かにぼんやりと横断歩道を歩いていた。けれど、赤信号ではなかったはずだった。

 けれど、私の体には衝撃が走って、高い空に飛んでしまったみたいだ。

 最後に見えた景色といえば、ちらりと過った青色と大きなトラックだった。運転手は目を閉じていた気がする。

 悲鳴が聞こえた。気がした。

 そんなことを思っている間に勝手に目を閉じてしまったのか、視界は真っ暗になっていた。


 う……痛い、

 ……痛くない?


「――婚約は破棄させてもらう。貴様の蛮行を許すわけにはいかない!」


 目を開けた瞬間、飛び込んできた言葉に瞬きする。


 え? 私は今、トラックに轢かれたはずじゃ……?


 婚約破棄、という全く見に覚えのない言葉。怒気が含まれた声に反射的に身をすくませた。

 ぱちぱちと目を瞬かせる。

 ぼんやりとした視界は、ゆっくりと鮮明になっていった。


「聞いているのか、キャロライン・カーティス!」


 いや、誰よ。

 キャロライン? あ、もしかして映画の撮影とか?

 いや、でもなんだかその名前に聞き覚えがある気がする。何だっけ……。


「キャロライン、貴様はこのカミラ・マレット男爵令嬢に対して野蛮で低俗な行いをしただろう。いい加減に認めろ!」

「――野蛮で低俗な行いとは、どういったものでしょう?」


 視界がクリアになった瞬間、唇が滑らかに動き出した。

 そう、自分の唇が、である。

 自分の意志下にあるはずのそれが勝手に言葉を紡ぎ出している。一体どういうこと、と思う暇もない。


「彼女に対して無礼な振る舞いをしたと聞いている! ほら、言ってやれカミラ」

「う……うぅ……。わたしは……キャロライン様に……うぅ、ひどく怒られて……でも……うぅ……」

「ああ泣くなカミラ、もう怖くない。俺がそばにいるだろう?」

「コンラッド様……!」


 目の前にいる長い金髪を首の後ろでひとまとめにした金色の釣り眼の男、そしてその男に守られるように腕に抱かれているピンクブロンドに、大きな茶色の瞳をした少女――。

 べったりくっついた2人と、そしてその後ろに控えた4人の男たち。彼らは皆一様にこちらを睨みつけている。


 この風景――どこかで見たような……。


「――怒った、とはどういうことでしょう。もしや、マレット男爵令嬢がわたくしに対して『先に』挨拶をしたときに、それは無礼な振る舞いになると『注意』したときのことでしょうか?」


 そして私の唇はまた勝手に動き出す。

 その瞬間、金髪の男は釣り眼を更に釣り上げ、隣の少女はうるうると目尻に浮かべた涙を更に潤ませた。


「も、申し訳ありませんっ! わたし、わたしは……っ!」

「貴様、カミラをまたいじめるつもりかっ!」


 んー、この台詞、知ってる。知ってるぞ……。

 もしかしなくても、これってこの間までやっていた乙女ゲーム?


『蜜愛のミュールズ・フローラ~わたしの王子様たち~』


 中世ヨーロッパの王立寄宿学園を舞台に、男爵令嬢の少女がふたりの王子様や上位貴族とときめくような甘酸っぱい恋に落ち、悪役令嬢にいじめられながらも愛を貫いて幸せになるという、ベッタベタの、これといった特徴もない、寝る前に三十分くらいやってまた明日~、くらいで一ヶ月もすればクリアして飽きちゃう程度の凡庸なゲーム……。


 とまぁ世間の評価はそんな感じだったようだが、私は結構好きだった。

 持ち前のコンプ欲もあってつい全員のハッピー・トゥルー・バッドエンドをコンプして逆ハーレムエンドもクリアしスチルはすべて埋めたほどには。

 だから唇が勝手に動いたのも自然なことなのではないだろうか。

 私の意思が一切聞いていない気がするけれども。


「――コンラッド殿下。わたくしは公爵令嬢です。男爵令嬢である彼女が初対面で『先に』挨拶をするのは失礼なことだと、それは分かっておいでですか?」

「ここは王立フローラ学園。王立とはいえ、フローラ学園の名の元に自治が認められている。そんな場所で外の身分をひけらかす貴様がどれだけ愚かで無様か、この場にいる全員が理解している」


 馬鹿にするような笑い声。後ろの男たちもそれに続く。

 正直イラッとした。だが公爵令嬢として幼い頃から貴族としての振る舞いをしっかりとしつけられた私は、その程度の挑発で表情を変えることはなかった。

 そして思い出す。これはスチル絵そのままの構図だ。

 第二王子とその取り巻きの卒業パーティ直前。別室に呼び出されたカーティスがヒロイン・カミラをいじめていたと追求されるシーン。


 あ~これって完全にそうだ。あの乙女ゲームの断罪イベントだ。どうしてこうなった。


 どうやら私は乙女ゲームの悪役令嬢である『キャロライン・カーティス』になってしまったようだった。

 これって何だ? あれか、ネットでよく見る『転生』とかいうやつか。悪役令嬢が断罪されるのを回避するためにアレコレするパターンのやつか。


 えっ、でもさでもさ、もう断罪現場じゃん!?

 ここからどのように回避しろと~~!?


 頭の中ではそんな風にパニック状態にある私だけど、唇の方は絶好調にゲームのシナリオをなぞっている。


「――でしたらここで婚約破棄などという世迷い言を口にしたところで、実際の社交には影響しない、ということでしょうか?」

「何を馬鹿なことを。俺と貴様の関係はここで終わりだっ! カミラをいじめる貴様など虫唾が走る。二度と顔を見せるな!」


 しっかし第二王子はイラッとするなぁ。こいつがメインヒーローって、このゲームは一体どうなってんだ?

 ヒロインになりきってゲームをやっていたときは、鋭い口調で断罪するコンラッド様カッコイー! イケメーン! って思ってた気がするけれど、断罪される側に立ってしまうとそりゃもう理不尽な言い回しにイライラが募る。


 第二王子はキャロラインの一つ年上の婚約者で、子供の頃はわりと仲が良いという設定だった。

 彼は真面目で堅苦しく、王は王で、貴族は貴族で、庶民は庶民であれ、分相応でない振る舞いなど許さない。

 そんな、ある種古風な考え方を持った亭主関白な男だった。

 そう。このゲームでは第二王子は完璧な第一王子――王太子にコンプレックスを抱いているのはテンプレート通りなのだが、その王太子というのが新しい考えを持ち、保守的で鎖国気味の王国を外に開き、めきめきと近代化の道を進む近隣諸国ともっと交流をはかっていこうと考える革新的な男なのだ。とはいえ破天荒な性格でかなり強引なところがあるせいか、ついてくる貴族は少ないという。

 それに対するように第二王子は国そのもののように保守的で凝り固まった考えで、現状位置が一番だと思っている。

 キャロラインも古くから続く公爵家の生まれで、伝統を重んじる貴族たちが支える第二王子派を盤石にするために婚約となったという設定だ。


 しかし第二王子は学園で出会った、貴族の庶子であったことが発覚し男爵令嬢となったヒロインの規則に囚われないリベラルな考えに影響される。そして諸々のイベントをこなし愛を深めた結果、王太子を支える礎になろうと改心する。

 これまでの古風な考えを捨て、そんな考えに未だ囚われて、更に改革派そのものとも言えるヒロインをいじめるような保守的な発言を繰り返す悪役令嬢に失望し、婚約破棄を、という流れになるのだ。


 とはいえ、今の『ヒロインをいじめるな』発言は完全に私情でしかないと思うけど。


 そんなことをつらつら考えている間にも唇は勝手に動き、第二王子は激昂し、ヒロインは涙を流し、古い考えを持つ悪役令嬢を断罪する。それは新しい世界への幕開けとも言える。古いものは切り捨て、前へ進む。ヒロイン視点ならばそれでいいのだが……。


 私は納得できない!!


 しかし、現実は非情だった。断罪イベントの終わりだ。


「カーティス公爵家は古い考えに囚われすぎている! いい機会だ、この婚約破棄を機に貴様は国を出、新しい考えを学ぶが良い」


 追放だ、と告げられてつい唇が『望むところよ!』と言いかけるが、そんな私の気持ちとは裏腹に、キャロラインの唇はきゅっと結ばれたまま。

 公爵令嬢らしい美しいお辞儀をひとつ。そして、くるりと振り返って静かに部屋を後にした――。

ありがとうございました!

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