眠った女
「描きあがったから見に来てくれ」
友人から連絡があったのは明け方のことだった。
「おう、久しぶりだな」
彼を見たのはだいたい1ヵ月振りだったが、更に痩せたように見えた。
「正志くんは?」
「まだ、寝てるよ」
三和土には甘い安らかな香りが漂っていた。
「題は?」
「『眠った女』だ」
「眠っている女じゃないのか?」
そこには伏せ目の女性が描かれていた。
線は細く、色白で、長い睫毛はふるふると揺れ、ふっくらとした唇が薄く開いた儚い女性であった。
「まぁ、見ていればわかるさ」
彼はそう言ってアトリエのカーテンを開けた。
朝日がゆっくりと差し込んでくる。
そのとき、彼女は確かに目覚めたのだ。
初めは微睡みから醒めるように。次第に瞳に光を宿し、はっきりと。
彼女は変わらず伏せ目のまま、少し物憂げな表情でそこに生きていた。
私はしばらく言葉も忘れて、ただただ見とれていた。
「どういう仕組みなんだ?」
「企業秘密さ」
コーヒーを口に含み、ほぅ、と息をつく。
「あれ、売るのか?」
「いや、あの子に遺そうと思う」
「そうか……」
いくらまでなら出せるか無意識に考えていた自分が少し嫌になった。淀みを流すようにコーヒーを煽る。
「で、感想は?」
彼の質問に対し、少し考えてからぽつりと零す。
「俺も恋をしそうだった」
彼は何とも言えない、力の抜けたような穏やかな笑みで応えたのだった。
その日は線香をあげて帰った。
おそらく次に会うのは彼女の7回忌の日だろう。