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 石造りの静謐な部屋には大きな祭壇があり、祭壇の前、その床には円と直線、それと某かの文字によって画かれた魔法円が淡い光を放って居た。

 その魔法円の上には薄布を身に着けただけの、見目麗しい少女3人が両膝をつき熱心に祈りを捧げ、見れば魔法円の周りには白いローブを着た十数人の者達が、両手で剣を持ち何かの祝詞を一糸乱れず唱えている。

 その儀式……召喚の儀式を少し離れた場所から見つめる男は、険しい表情で微動だにせず佇んでおり、その男の周りには数人の兵士と、確りとした仕立ての服を着た別の男が侍って居た。

 よくよく見れば、最初の男も華美にならない程度の豪奢な服とマントを着け、その頭には王の証、王冠を戴いている。


「王よ、何卒少しの間でもお休みいただく事は出来ませんか?」


 横に居る男の言葉に、王と呼ばれたその男はギロリと強い眼差しを向け、口を開いた。


「王女とその親友たる聖女殿達が命を懸けていると言うのに、そなたは(ワシ)に休めと言うのか?」


 王の鋭い眼光に、男は若干顔を青褪めさせながらも「畏れながらも」……と、王の言葉を肯定する。

 しかし、男……宰相の心配も最もな事ではあった。王は眼光こそ鋭いが、その目は落ち窪み、目の下には黒々とした隈が出来、その頬は痩せこけ、こうして立っている事が不思議だと思える状態だったからだ。

 実際、王はこの3ヶ月の間、まともに眠っては居ない。それもこれも魔王軍の所為であった。

 10ヶ月程前、唐突に宣戦を布告して来た魔王軍は、再三の対話要請を無視し、国境付近の砦を襲撃したのを皮切りに、次々に都市を襲い壊滅させて行ったのだ。

 そう、壊滅。占領ではなく、討ち壊し、火を放ち、その尽くを壊滅させたのだ。

 当然、王国にしたところで、何も手段を講じなかった訳ではなかった。

 すぐさま近隣の国に呼び掛け討伐軍の組織を急ぎ、その間も王国軍による抵抗を試みていた。

 ただし、この時点での近隣諸国の反応は、あまり芳しいものではなかった。

 魔王領と隣接していなかったと言う事もあるだろう。どの国も対岸の火事と言う認識でしかなく、どうにも危機感に乏しかった事は否めなかったのだ。

 それが甘い認識だったと気付かされたのは、飛行型魔族による電撃的な強襲が行われ、自国の町が幾つも攻め落とされた後であった。

 当然、各国はその責任を王国に引被せようとしたのだが、そんな人類の醜い言い争いを嘲笑うかの如く、魔族は次々に町や村を蹂躙し、結局近隣諸国が危機感を募らせ、王国と足並みを揃える事が出来たのは、実に人類生存圏の3分の1が滅んだ後だった。

 そうしてようやく行われた魔王軍討伐であったが、しかし、それは魔王軍の勢いと圧倒的戦力の差の前に、惜敗の憂き目に会う事となる。

 そして、その戦いの最中、王国は第一王子、第二王子が揃って戦死してしまうと言う不幸に見舞われたのである。当然、国王は絶望に暮れた……だが、それでも魔王軍は待ってくれはしなかった。

 当たり前である。武勇に優れ、人望も厚かったかの王子達の戦死は、寧ろ魔王軍からすれば都合の良い攻め時ですらあったのだから。

 何とかこの状況を打破できないかと、王宮魔術師や歴史家、王立学園の教師等が、寝る間も惜しみ調べた結果、最後の希望として見出したのが……


 “勇者召喚”


 であった。

 しかし国王は当初、反対の姿勢を見せた。当たり前である。勇者召喚に必要とされる“精霊の乙女”、それは王国の始祖の血統であり、その血を色濃く受け継いでいる者こそ今の王族なのだ。

 つまり、勇者召喚を行うと言う事は、言わば最後に残った自らの愛娘を生贄に捧げるのと同意義なのだから……

 しかし、王女は自らその役目を買って出る。この世界の為であるから……と、当然だが、国王は「ならば自分が!」と、名乗り出た……がしかし、精霊の乙女の血が色濃く出るのは女系であり、国王では無理だったのである。

 王女は言う。


「大丈夫ですお父様。きっと勇者様が、この世界の全てを救ってくださいます」


 その言葉に国王は涙するしかなかった。

 その後、傍流ではあるが、それでも精霊の乙女の血が色濃く出ている公爵家の令嬢と、幼い頃より神聖魔法の適性が高かった為に出家していたその妹、王女の親友でもある二人が名乗り出てきて、この勇者召喚に世界の運命は託されたのだった。



 勇者召喚の儀式は、既に2日目に入っていた。一心不乱に祈りを捧げる王女達の顔には色濃い疲労が見て取れ、その肌には珠のような汗が浮かんでいる。


「くっ!」

「!! こ、国王様!!」


 国王がフラつき、慌てた家臣達が支え様とするのを国王はその手で制すると、頭を一度振り両足に力を込め踏み止まる。


「王女達が、その命を懸けて()るのだ。(わし)とて倒れてなどおられぬよ」

「…………」


 宰相が眉根を寄せる。元々、心労が原因で何時倒れても可笑しくは無かった体調の国王だが、この儀式を行っている王女達に付き合い、彼もまた、食事はおろか休みすら取ってはいない。

 家臣は皆、国王の事を(おもんばか)り、休みを取る様に進言をしているのだったが、国王はそのいずれも先と同じ様に「王女達が……」と言って、突っぱねているのだ。

 確かに、この勇者召喚の儀式のや、王女達の事もそうであるが、この時期にリーダーシップを取り続けている国王に、万が一の事が有っては、それこそ国が立ち行かなくなる。

 だが、それを承知ではあろう国王であるが、それでも頑として、この儀式を最後まで見守ると言って聞かなかった。

 それはやはり、この儀式が、生きている(・・・・・)王女の最後の姿となるからなのだろう。本来であれば、例え恨まれようと国王を休ませるのが忠臣として正しい姿のだろう。

 だが、国王のその心中を察する事の出来る宰相は、これ以上強く国王に言葉を告げる事が躊躇われていたのだった。


「あ!」


 家臣の誰の言葉だろう? ドサッっと言う音がした後に聞こえたその声に、国王はハッとなって王女達に目を向ける……と、儀式をしていた一人、王女の親友でもある聖女が倒れ伏している。

 その顔には疲労が濃く見て取れ、青褪めるどころか既に土気色と言って良い状態であった。おそらく精神力が尽きてしまったのだろう。死んでこそ居ないが、放置していては命に係わる事は確かだった。

 しかし誰も動けない。勇者召喚の魔法円の中に精霊の乙女の血脈以外の者が立ち入る事は、すなわち儀式の中断となり、それは儀式の失敗となるからだ。

 それは、精霊の乙女の血が薄い国王でも同じ事であり、国王以下家臣達は、苦々しい表情でその成り行きを見ている事しか出来なかったのだった。

 王女達の心身の事を思えば、ここで中断してしまえば、再び儀式を行えるようになるのはかなりの時間が掛かるのは確実であり、しかし既にこの国にはやり直せる様な時間は残されていなかった。

 誰も彼もが、手を差し伸べる事の出来ない悔しさをその顔ににじませ、血を吐くような思いで、儀式を見守っている。

 やがて、二人目の聖女も倒れ、残っているのは王女一人となった。


(勇者は……勇者はまだ召喚出来ないのか?)


 固唾を呑んで見守る国王や家臣達、その罪悪感からか、家臣の中には目を背けてしまっている者や嗚咽を声に出さず涙を流している者も居た。

 そして……王女がフラリとふらつき、家臣達には悲壮感が漂う。


(失敗……なのか?)


 既に王女も限界だった。しかし、魔法円は何の反応も示さない。ならば、せめて王女達の命位は助けようと――例え、それがほんの僅かな時間を長らえるだけだとしても――そう思い国王が足を踏み出した、その瞬間……


「!!」


 魔法円は遂に眩く輝き出したのである。

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