第一話 日常からの決別
第一話 日常からの決別
私は静か過ぎるほどの世界に目覚めた。終わらない退屈な世界。
私はベッドから起きると、周りを見渡した。暗くて本当に静かだ。執事であるピエールに頼んでおいて良かったと思う。
私はベッドから離れて、手探りで部屋の明かりを点けた。
私はそれから鏡の前へ行き乱れた髪を直す。髪の毛が短いために簡単に直せた。
それから、部屋の出入り口へと向かう。扉を開けると、外の少し冷たい空気が部屋の中に入ろうとする。冷たい空気が部屋に入られては困るので、すぐに廊下へでて扉を閉めた。
「ピエール。どこ。何処に居るの。」
私は執事を探して廊下を歩いた。外を見れば日が落ちていて夜のようだ。
「ああ、ソフィー様。こんな時間にお目覚めになったのですか。」
眼鏡をかけた白髪交じりの男がこちらに近づいてくる。
この人が執事のピエール。名前の通り色々な意味で硬い。私も同じようだけど。
「ピエール。決めた、決めたの。今夜呼ぶことにするわ。」
私はピエールに近づいて言った。ピエールの身長は私よりも頭一つ分以上高いためにいつも見上げる格好になる。
「そうですか、決意されましたか。ならば早速。」
私はピエールへ首を振る。
「今何時。」
私は聞いた。暗いのならそれなりに時間を回っているだろう。
「今は、夜の六時ごろです。」
ピエールはポケットから取り出した懐中時計を見ながら言った。
ならば、まだ時間がある。これから外へ出よう。
「ピエール。これから外へ出る。付いて来て。」
ピエールの反論はあったけど、結局外へ出ることになった。だって、私のわがままももう終わりなんだもの。
私たちは城外への出入り口に着いた。
ドレスなんて動きづらいものでは外は歩けない。それに私が外へ出ることを知って居ない人間に知られることは良くない。だから、私たちは何時も服装を変えて町を歩く。
「ピエール。何時もながら似合っていますよ。」
ピエールを見れば、城内で着用している服の上からコートを着て、頭にはシルクハット。
男は簡単でいいな。本当に。
「ソフィー様もお似合いですよ。かわいらしいです。」
ピエールが私に微笑む。
そんな、私がこの服を着てもかわいくは無い。この服を着ればかわいいと思える子は何人も見てきた。だから、私が私であるかぎり自分が似合うとは思いたく無い。
「どうしたんですか、とてもお似合いですよ。」
ピエールが私に優しく声をかける。
そうだ、あの世界と比べてはいけない。私たちにはこれが普通なんだ。
「そうですね。わかりました。」
私はピエールを見て言う。そして、続けた。
「まずは町の中を歩きましょう。」
町の中は夜のためか所々点いている明かりを残して真っ暗である。
その中を私はピエールと二人で歩く。そして、町をゆっくりと見ていく。誰も居ないかのように本当に静かだ。
私は町の中をぐるぐると歩き回った後、その中でも外へ向けて明かりを点している場所へと向かった。夜でも点いているのは、その時間でも必要であるためだ。
「こんばんは。」
私とピエールは店の中に入る。中は店主と工具だけ。今日は修理していないようだ。
「おお、ソフィー様じゃないか。なんだい用かい。」
店主は私の前に来ながら言った。そして、腰に手を当てて続けた。
「それにしても、こんな時間に町を歩くとはね。うちの奴じゃ叱るよ。」
この店はものを修理する修理屋。この世界のルールを破っていない限り何でも修理出来る。そう、なんでも。
この人は何度か修理でお世話になっている。自分から赴いたり、城に来てもらったりという風にだ。
店の中をなんとなく見回していると、奥の扉が開くところが見えた。
「お父さん。誰か来たの。」
扉から顔だけだして、少年は店主である父親に聞いている。
「おい、マルコ。お前は寝てろ。」
店主が息子を叱る。マルコは父親の言葉に怯むも私を見てため息をついた。
「なんだ、ソフィーか。寝よっと。」
マルコはそんなことを言って扉を閉めてしまった。そんなに私じゃ悪いの。
「ったく。マルコのやつは。」
マルコが消えた扉を見ながら店主が言う。そして、こちらを見て続けた。
「本当にすみません。あいつソフィー様に慣れすぎちゃってて。」
店主は謝るも、私はかまわなかった。
「それでは私は他に行くところがあるので、この辺りで失礼します。」
私は店主に丁寧にお辞儀をすると、ピエールとともに店を出た。外は真っ暗。本当に真っ暗だ。空を見れば月が私たちを照らしている。
「行こう。ピエール。」
私はピエールを見て言った。
「ソフィー様の行く先何処へでも付いて行きますよ。」
ピエールは何処かを見ながら言った。
正直、付いてきてほしいところと付いてきてほしくないところがあるんだけどね。
私たちは町の外へ向かって歩き出した。
私は今まで町の外へは出たことが無かった。こんな夜に何も無いところに行くなど無いからだ。しかし、私には行く所がある。どうしても今行って見たい所が。
町を出れば、周りは草原。その奥は森がある。森には先ほどの修理屋の店主が修理に使う材料の木を取りに行くらしい。
そういえば、夜の明かりは木をもとにしてはいないらしい。お城の明かりも同じようだけど、何で照らされているかは分からない。気にしたことが無いから。そして、これからもだろう。
「それにしても、ソフィー様。本当に向かわれる気ですか。」
心配そうにピエールが私に聞いてくる。ピエールの心配も分かる。普段の私ならば、こんな時間にそこへ向かいたいとは思わないだろう。だけど、今じゃなきゃいけないと思ったから。
「大丈夫よ。見たら、戻るから。」
私はピエールを見て言った。そして、森を見て続ける。
「森の向こうだよね。」
「はい。確かに。」
ピエールは私の言葉に応える。
私は頷き、森に向かって歩き出す。途中柔らかい地面があった。多分、ここが昔川だったのだろう。
私は聞いたことがある。町にあまりに近いから埋め立てられたと。今はそれが見たいというのに。
私たちはそのまま森へと入った。森は月の光など通さず真っ暗だ。中から気味の悪い音が聞こえるだけ。
横を見れば、ピエールが、円柱形の筒に火を灯している。すると、辺りが少し明るくなった。
「こんなもの。外で使ったことはそうは無いですよ。さあ、行きましょう。」
ピエールは私に微笑みかけると、私の前を歩き出した。私はピエールの左腕にしがみ付きながら森の中を歩く。
私はしきりにあたりを見回す。何か出てくるんじゃないかと思った。しかし、変な音はするけど何も起こらなかった。
目の前に明かりが見えてくる。自分たちが持っているような明かりでは無く月の明かりである。
森を抜けると、目の前に川があった。右側を見れば岩の上から水が流れ出している。それが、川となって海へと流れていくのだろう。
「同じだ。」
私はピエールの腕から手を離して川へ近づく。
「ソフィー様。危ないです。」
ピエールの声が背後から聞こえたが、今は目の前の川を見たかった。
私は両手を両膝に置いて、川をじっと見た。川とは水の集まったもの。そう水の塊。
私は右手を膝から離して手のひらを見た。右手を強く握る。その時、左手が左膝から滑り落ちた。
「きゃっ。」
バランスを崩して川に落ちそうになる。川に流れる水に触れる寸前で止まる。後ろからピエールが支えてくれたらしい。
「危ないですよ。ソフィー様。私が居なかったら、そのまま水の中ですよ。」
ピエールがそう言いながら私を安全な場所に座らせる。
「ありがとう。ピエール。」
私は目の前に立つピエールを見上げて言った。
一人で来ていたら本当に危なかった。落ちたら流されていただろう。流されたらそれはそれでお父さんが心配するだろうな。あれでも一応私の父親だから。お母さんは、もし死んだら会えるかな。
私は空を見上げる。お母さん、ごめんね。
私は視線を目の前の川に戻す。
「戻ろうか。」
私はそう言うと、立ち上がった。もう、用は済んだのだ。戻ろう。
「はい。戻りましょう。」
行きと同じく、私たちは暗い森を抜けて草原へと戻る。そして、草原を抜けて町へと戻った。
町の明かりは全て消えていて、まるで誰も居ないのではないかと思うほどだ。まあ、修理屋はたたき起こせばすぐに明かりを点けると思うけど。
私たちは、町を抜けて城外への出入り口へと戻った。
城内へ戻ると、私は着替えて何食わぬ顔で周囲を確認しつつ自分の部屋へと戻った。そして、真っ暗な部屋に明かりを点ける。
ピエールもそのあと私の部屋に入り、扉の鍵を閉めた。
「周りには誰も居ません。大丈夫ですよ。」
私はピエールの言葉に安心する。これからすることを他の、城のみんなにも見られてはいけない。
私は部屋の中心に立つ。私は一呼吸を置くと、指で空中に大きな円を書いた。すると、指に沿って金色の線が引かれ円を作る。
右手をその中心に当てると、中心から小さな波が外枠である金色の線に向かって広がっていく。私は円の中心を見て唱えた。
「別の空間よ。出でよ。」
次の瞬間、金色の円の中に別の世界が現れる。それはここでは無いどこか。
私は円から手を離す。手を離しても、円はそのまま存在し続けた。
「ソフィー様の力は、これから起こることのためにあるのかもしれませんね。」
背後からピエールの声が聞こえる。
多分、そうかもしれない。新しい私には宿らないだろう、こんな力。ただ、別の世界への憧れで終わるんだから。
私は右手を円に伸ばし、あらかじめ探しておいた人間を探し出す。しばらくすると見つかった。
「こいつよ。彼をこちらに呼ぶわ。」
私は円に向かったまま言った。言ったからといって、今更ピエールが止めたりはしない。私が決めたんだから。
私は目を閉じて、考えをまとめる。
「書き換え開始。」
私は目を見開き力強く唱えた。すると、円は水平に回転を始める。
回転停止とともに、書き換えが完了した。
次の言葉を唱えたら、もう後戻りは出来ない。今なら、もう一度書き換えて元に戻せる。
けど、来て貰わなきゃ困るの。私は目を閉じて深呼吸をした。
「転送開始。」
目を開き、最後の言葉を唱える。
円が九十度奥側に倒れ、円自体が水平になる。それから円が上昇し、ゆっくり下降すると同時に少年はこちらの世界へと転送され始めた。
私は円の中に現れ始めた少年と目が合う。
「ごめんね。」
私は円の中の少年へ言った。まだ聞こえるはずも無いのに。
だって、私は……。




