流れる星は…
数千万、いや数億の棺が並ぶ真空の洞窟に、僕は一人たたずむ。
遥か故郷の星から出かけたこの船は、新天地を求め、希望に満ちた人々を運ぶはずだった。人々は卵殻のような棺の中で凍らされ、目覚めの時を静かに待っていた。僕もかつては希望に胸膨らませ、愛しいあの子との未来を胸に秘め、眠りについていた…。
しかし、僕の夢は儚く崩れた。
目的地の遥か手前で人工冬眠が…。
「到着まで後どれくらいなんですか?」
殺菌灯で満たされた覚醒用の無菌室で、僕は担当者に声をかけた。彼のそぶりに違和感を感じたので話しかけたのだ。彼は真白な白衣とは不釣り合いな、落ち窪んだ目と深く刻まれたシワ顔で僕を見つめると、つぶやいた。
「そんなに急ぐこともあるまい…。」
「急ぐって、他の人はどうなってるんですか?」
オトコは、深いため息と共につぶやいた。
「今この船で起きているのは、ワシとおまえさんだけなんだ。」
「えっ?何でですか。規定の覚醒ルーチンがあるじゃないですか!一度覚醒したら人工冬眠に戻れないはず!どうして‼︎」
シワだらけの顔に深い溝を更に際立たせるように眉を寄せると、オトコはポツリ、ポツリと語り出した。
「わかった、わかった。怒鳴らないでくれ、あんたの言葉はキツすぎる。静かに聞いてくれ。」
「おまえさんも知っての通りこの船は、植民星に向かっていた。」
「メガロポリスの人口を抱えたこの船は足が遅くて、目的地に着くまでに数千年の時間がかかる。しかし、おまえさんや他の…。まあ、ワシも含めた乗客はグウスカ寝てればいいだけだった。」
「そうです、なんだって今!起きているのは…。」
「まあ待ちなって、焦るなって。皮肉なコトに、時間は、腐る程あるんだ。それに、そんなに語れるコトはないんだよ。だから事実だけを話しておくから、今後の判断は自分で決めてくれ。」
オトコは明らかに弱っていた。ひと言話すのも辛そうで、肩で息をする始末。
「大丈夫なんですか?」
僕もオトコの衰えに気づき、思わず尋ねてしまった。
「大丈夫と答えたいところだが…、まあ、ワシのコトよりこの船に降りかかった厄介ごとを話そう…。」
オトコは淡々と移民船に起こった悲劇を、話してくれた。
「行程の半分程度は順調だったんだ。しかし、航法コンピュータに不具合が出て船の行き先が、大きく逸れ始めてしまったんだ。そこで航法コンピュータの修整ができる人材を抽出して覚醒させたんだ。」
「それがあなたなんですね。」
僕が口を挟むとオトコはゆっくりと首を横に振り…。
「ソレはもう、200年ほど前なんだ。」
「え?コンピュータの補修が上手く行かなかったって、コトになるんですか…。」
今度はオトコは静かに頷き、続けた。
「そう、故障したコンピュータは今も直っていない。日に数回、修整プログラムを入力する必要があるんだよ。」
つまり船の航行の為に寝ずの番が、必要になったと言うわけだ。
「次が僕の番なんですね。」
残念な事実を悟り、激しく落ち込んだが、『自分に課せられた責務に気付け』とオトコに諭されると、僕はこの船の舵を取るコトを決めた。
僕がなんとか航法を習得したとき、先任者は静かに息を引き取った、この船の行く末と老いさらばえた自分の肉体を人眼につかぬよう船外に捨てることを託して。
彼は人生の最後の最後まで、後任の僕を起こすコトにためらいがあったようだった。起こされ者にとって、死刑よりも辛い宣告であることを彼は知っていたから…。
僕もときが来れば、この無数に並ぶ棺の中から誰かを起こすしかない。しかし、それまでには時間がある。出来うる限りの努力で、航法システムの改造を目指そう。
僕のような墓守りを作らない為に…。
数千年の時を経て移民船は、目的地に着いた。
緑の大地、柔らかな陽の光。汚染が進んだ故郷とは全く異なる世界が、彼らの眼前に拡がっていた。
人々は新天地に心踊らせ、歓喜の輪が彼らを包んだ。船から我先に降りる彼らを祝福するように澄み切った大気には、数え切れない数の流星が流れた。
人々は圧倒的な景観に息を呑み、幻想的な光景に観入った。流れる星の核が、墓守の成れの果てであることも知らずに…。
おわり