第四話
未空が生徒会室を出て行ったあと、真白は静かにため息を吐いた。
本当は姉としてこんな脅迫じみたことはしたくない。
でもこうでもしなければ未空をここにとどめることはできない。
ここは天空聖騎士になるための学校。天空聖騎士になる可能性のない生徒はここにいてはいけないのだから。
「私も嫌な役ばかり引き受けますね」
生徒会長としては正しいことだったのかもしれないけど、姉としては心苦しい。
コンコンコン。
ドアが三回ノックされた。
「はい」
「失礼するね、真白ちゃん」
生徒会室に入ってきたのは一つ年下で幼馴染の峰岸和奏だった。
身長は百六十半ば、茶髪のセミロングである。
胸は真白よりも少し小ぶりでCカップ。
「今日はどうかしましたか」
和奏がここに来ることは珍しくはない。
「ただ遊びに来ただけだよ」
和奏は屈託ない笑顔を真白に向ける。
またかと真白は思った。
和奏はなんのようもないのに生徒会室に来ることが多い。
「またですか」
真白は静かにため息を吐く。
「ため息なんて吐かないの」
軽く和奏に怒られる。
最近、気苦労が絶えないとはさすがに和奏にも言えない。
「……大丈夫です」
「ならいいけど。それよりも未空が生徒会室から出て行くのを見たんだけどなんかしたの。それともついに姉と弟の超えてはいけない一線を越えたの」
「和奏、私も怒りますよ」
また変なことばかり言う。
和奏は優しそうで穏やかそうに見えるが結構こんな風に人をからかってくることが多い。
それに未空とはそんな関係ではない。
確かに好きではあるがそれはあくまでも家族としての好きだ。
異性の好きではない。
「ごめんごめん、冗談だよ。それはともかくどんな話をしたの。まさか辞めさせられるわけじゃないよね」
和奏がここまで未空のことを心配しているのはただの幼馴染だけではない。
未空は和奏の隊に所属していた。
そして和奏は隊長なのだ。
だから未空のことを心配しているのだろう。
もしかしたら和奏も未空のことが好きだからここまで心配しているのかもしれない。
その真意は真白も知らないが。
「違います。未空に初等部の天空聖騎士の教官になってもらったのです」
「未空がついにロリコンになったんだね」
和奏がニヤニヤと笑っている。
未空の言ったことはあながち間違いではないのかもしれない。
「でも未空が教官か……なんか以外」
「私もそう思います。でもこれしか方法はなかったのです」
「真白ちゃんも優しんだから」
和奏は優しく真白をいたわる。
和奏は決して悪い人ではない。
たまにみせるこの優しさが本来の和奏だと真白は思っている。
「……しかし私にはここまでしかできません」
「それでも十分だよ。未空ならきっと戻ってくるよ。だってあの未空だからね」
和奏は今も未空が自分の隊に戻ってくることを願っている。
和奏の瞳に曇りはない。
「確かに未空ならできますね」
「でしょ。だから真白ちゃんも一人で抱え込まないでね」
和奏が真白にウインクを投げかける。
やっぱり和奏には見透かされていた。
真白はこれまで一人で未空のことをサポートしてきた。
未空がこの学校で暮らせるのも、ひとえに真白が裏で手をまわしていたから。
それを威張るわけではない。
むしろ逆だ。
あの日、真白が違う判断をしていたら未空は天空聖騎士を辞めずに済んだかもしれない。
これはいわゆる未空への贖罪だ。
「分かっています」
「全然分かってないよ。全く、姉弟そろっていっつも一人で抱え込むんだから」
和奏はヤレヤレとため息を吐く。
確かにそうかもしれない。
真白も未空も自分一人で抱え込むものが多いかもしれない。
でもそれはそういう性格なので直すことはできないが。
「善処します」
「……まっ、言っても無駄なことは私も知ってるから」
和奏の方が折れたようだ。
真白は思う。
和奏も和奏で一人で抱え込んでいるのではないかと。
でもそんなことを言うと話がややこしくなるので黙っておく。
「だからなんか悩みごとがあったら私でも誰でもいいから相談するんだよ」
「はい、分かっています。和奏もですよ」
真白は和奏の瞳の奥を見る。
わかってるよーでも言いたげそうな瞳だ。
そろそろ休み時間が終わるので和奏は生徒会室を出て行く。
「真白ちゃん。いくらメイクで誤魔化してもクマは隠せないよ」
出て行く時、和奏は振り向きざまに言った。
真白は自分の目元を触れてみる。
今朝、完璧に隠したはずだったのに。
「……未空は気づかなかったのに」
だからといって未空を批判しているわけではない。
今度は誰にもばれないように誤魔化そう。
真白は自覚してないがこういうところも真白の悪いところである