第三部 捜査網拡大
「う…ん」
なんだろう。すごく体が重く感じる。
私が今寝ている場所は硬い床の上。申し訳程度にかけられている毛布は私の体温のお陰で暖かい。
ここはどんな部屋なのか、辺りからは古い本が放つ匂いで満ちている。
本…という事はここは図書室かな?
軽い予測を自分の中で立ててから、私は少しずつ目を開けていく。
「…暗い」
仄かに天井からぶら下がる裸電球。
それに照らされた壁面にびっしりと置いてある本棚。
私は関節の固まってしまった体をほぐしながら立ち、状況把握に乗り出す。
と言っても、窓は無いしあるのは私が寝ていた場所の隣に置いてあるビニール袋だけだ。
ビニール袋からは懐中電灯と電池、更には十分すぎるほどの食料品が覗いている。
「う〜ん、監禁…て言うには待遇が良すぎるよね。ドアは正面に一つ、窓は無し。ドアの鍵がかかってるかどうかは後で確認、となるとまずは時間か」
幸いな事に携帯電話は盗られていない。
まあ、お約束としては電話も通じない、なんて考えたがそれもなさそうだ。
ここにはちゃんと電波が通じている。
それだけでだいぶ精神的なゆとりを得る事が出来る。
「うん、どうせ暇だし。古里と相模にメールの一つでも送っておこう。もしかしなくても、少しは探してくれるでしょ」
むしろ探してくれなければ困る。
もし、私を監禁した犯人がまた戻ってきたら、今度は何をされるか分からないのだから。
充電をしていない携帯は既に半分以上電力を消費している。
メールを送った後は電源を切る事にしよう。その方がシリアスも出て、二人が探してくれる確率が高くなる。
暗い部屋の中で浮かび上がる携帯ディスプレイ。
メールを打ち終わって送信した後、私は有言実行として電源を落とす。
「さて、この後どうしよう」
ドアの鍵の有無など三秒で終わる。
問題はその後、鍵がかかっていた場合の後に何をするかという事だ。
「バッグがあれば、本を読んで待っていられたんだけどなあ」
暗い部屋を見回しても、私のバッグの姿は一切見えない。
まあ、あの人の事だからちゃんと保管はしていると思うけど。
「あっ!犯人の名前書くの忘れてた!」
なんと!
私としたことが、そんな凡ミスをする事になろうとは。
まあ、良いか。
ヒントを探せばいつかは分かるだろうし、私の生徒手帳が未だに教室に落ちているのなら、誰かが古里に渡してくれるかもしれない。
そうなれば、古里だったら気付くだろう。
あの人の真意も、佐久間さんの自殺の原因も。
「さて、外の事は古里に任せるとして、私はこの部屋をもう少し物色して…」
私の言葉が途切れます。
私の視線が捉えた物、それは本棚の中にある古い文庫本の数々。
それは『探偵部』の部室にある本棚に入っていたようなノートではなく、昔に刊行された本。しかも、その全てが…
「これ全部ミステリー小説⁉︎しかも、中には絶版になってる奴まであるし!」
パラダイス…なんて言葉がピッタリの、私にとっての楽園がそこに広がっていました。
そこで私は考えます。
目の前には仄かな灯りに照らされたミステリー小説の山。しかし、流石にこの暗さでは読むのはままならない。
まるで機械のように、私の首は硬さを帯びた動きでビニール袋へと向けられる。
その中に覗く、現代社会が生み出した携帯する明かり。…懐中電灯。
私の体は吸い寄せられるように懐中電灯に近づいていき、電池の入っていない懐中電灯に電池をねじ込む。
天井から吊るせれば最高なのだが、欲は出来るだけ少ない方が良い。
それより、今は絶版になった小説の方が大事だ!
「どれから読もうかな〜。これ?それともこれ?うん、全部読もう。迷うくらいなら全部読もう!」
私が一冊の本を手に取り開いた時には、時刻は既に午後の三時。
人生初の、私の無断欠席の瞬間である。
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「それじゃあ、今日はここまで。明日は一週間後のオリエンテーリングの事前指導だ。特に持ってくる物は無いが、頭の隅にでも置いておけよ」
ホームルームで頂く教師の有難い言葉も終わりを告げ、俺は寝不足の頭を振りながら教室を後にする。
学校生活も一週間ちょい経てば、生徒の行動は大体絞られてくる。
運動部は持ち前の体力を生かして練習場まで全力疾走、文化部は持ち前のルーズさを生かして教室で駄弁る。
では俺はと言うと、別にどちらにも属さない。
確かに運動部ばりに教室からいなくなるのは早いが、かと言って全力疾走する訳ではない。
ただ単に、話すだけの友人とも呼ぶべき人間がいないだけだ。
クラスではちらほらと話す奴は出来たが、別に放課後に話すほど仲良くはない。
まあ、ボッチでないだけ僥倖と言うものだ。
朝からずっと電源を切っていた携帯を手に取る。
電源を入れ、完全に起動するまで待っていると、画面に表示される受信の二文字。
俺なんかにメールを送る奴と言えば、家族に翔、それと立河くらいだ。
案の定、メールの差出人は立河だし。
一体全体何の用だろうか。まさかここまで来て今日は帰れ、と言われるのだろうか?
嫌ではないのだが、なんとも気持ち悪いのは否めないな。
「お〜い、修一、珍しいね。廊下で会うなんて」
メールを開きかけていた俺に話しかけたのは翔。おそらく俺と同じで部室に行くのだろう。
「よお、翔。お前、今日は立河と学校で会ったか?」
「えっ?いや、今日は一度も会ってないけど。そもそも、C組とF組は階が違うしね。A組の修一の方が確率的には高いんじゃない?」
まあ、普通はそうだろうな。
だが、俺は意識的にあいつを避けている傾向があるからな。むしろ会わない方が当たり前なのだ。
俺の元に届いた一通のメール。
はてさて、何が書いてあるのやら。
「翔、お前の所に立河からメールなんて来てないよな?」
「うん。むしろ、僕より修一の方に行ってる可能性の方が高いんじゃない?」
はっ?それはどういう事だ?
俺の会心の疑惑の視線を、翔は猫のように目を細めながら笑ってスルーする。
こいつが笑ってスルーする時は大抵口を割らない。時間をかけても無駄だ。
俺は完全に起動した携帯のメール受信欄をタッチして、届いたメールを確認する。
『ヤッホー、古里!
私なんか誘拐されたっぽいんだよね〜。(わあ、大変!)
という訳で、なるべく早く助けに来てね。
あっ、あと生徒手帳を教室に落としちゃったから、出来れば回収よろ。それじゃあ!』
………。
「ん?ちょっ、ちょっと⁉︎修一、携帯を振りかざして何してるの⁉︎…はあ、投げる。いや、駄目でしょ!いきなり何を言い出すのさ⁉︎」
学校の廊下はどれだけ硬いのかな〜。なんて思いながら、俺は携帯を力いっぱい振り落とそうとしたが、それは翔に止められる。
まあ、親の金を使って持っている携帯だ。大事にはせねばなるまいしな。
しかし、このふざけたメールは一体なんなのだろうか?
誘拐された?誰に。そして何故。
「修一、誰からのメール?なんて聞かないからさ。何て来たのかくらいは教えてくれない?」
翔の笑顔はもはやワラワラではなく、ニヤニヤに変化している。
端から見てると、その顔はまさしく犯罪者のそれだ。
俺は携帯を廊下から翔へとターゲットを変えて飛び、翔の手の中へと吸い込まれるように収まる。
「ははっ、これは確かにふざけてるね。本人は本気かもしれないけど、観た当人は嫌がらせにしか思えない」
「嫌がらせとは思えないのが、厄介な所ではあるがな」
立河は『真実魔』だ。
これはただ単に真実を追う変人という意味だけではなく、あいつの人柄も表されている。
詰まる所、立河は絶対に嘘を吐かないのだ。
あいつが言った事は全て本心であり、本当にあった事である。
あいつが誘拐された、と言ったのだから誘拐されたのは本当なのだろう。
しかし、誘拐された当人がこれだけテンション高いと、こちらもシリアスになりきれない。
あいつはそこの所が分かってやっているのだから腹が立つ。
「さて、修一。立河さんが誘拐されたわけだけど、これからどう動く?」
「正直に言うなら、俺は真っ直ぐ家に帰ってしまいたい。でも、そんな事をしたら後で何をされるか分からんからな。取り敢えずは、立河のクラスに行って生徒手帳の回収を第一目標にするか」
俺達は元来た道を引き返す。
C組へはA組の前を通らねばならない。
同じ階にありながら、この二つの組は階の両端にある。
立河が誘拐されたのはおそらく昨夜。俺と別れた後の事だろう。
学校で誘拐されたのなら、部外者の可能性は限りなくゼロに等しい。
となれば、焦らずとも立河はこの学校内のどこかにいる事になる。
立河のメールに誘拐場所が書いていなかったのも、それで説明がつくしな。
「しかし、生徒手帳を落としたからって俺達に拾わせに行くかね、普通」
「案外それがヒントかもしれないね。立河さんを誘拐した犯人に通じる手掛かりが、立河さんの生徒手帳に書いてあったとか」
「なるほど。それなら俺達の生徒手帳にも書いてあるのを期待するかね。どうせ、その生徒手帳は犯人に回収されてるだろうからな」
「お得意の『推測』かい?」
「良く分かってるじゃん」
俺達は歩き続ける。
おそらくは徒労に終わるのだろう行動を、半ば確信を持って行う。
まあ、別に良いのだ。
もう既に、大体の『推測』はしてるからな。
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「ふう…。これで一冊終わりっと」
あれからどのくらい経っただろうか?
私は本を読むのが異常に速い。これは家族も言っていた事だ。
漫画ならば十分あれば読めるし、小説でも一•二時間あれば読めてしまう。
特技に読書、と書く人間は多々いるけれど、私はあれは間違っていると思うのだ。
特技とは即ち、優れた技術の事を言う。
特技と言うからには本を数多く読んできた、では不十分なのだ。
特技にまで昇華させるには、いかに本を沢山読み、且つ速く読めるかにかかっていると言っても過言ではない。
「はあ…、流石に一人で語っても虚しいだけだね。古里達は何してるのかな?早くしないと日が沈んじゃうよ」
まさかとは思うが、私のメールを見て全く何も思わずに帰ったのではなかろうか?
やはり古里だけでなく、相模にも送っておくべきだった。
なんて、私が軽く後悔を抱いている間にも時間は進む。
窓が無いこの部屋では時間の経過は携帯と自分の感覚だけが頼りだ。
故に、私は既に夕方となったこの時間帯に思った事が一つある。それは…
「お腹減った…」
裸電球だけが吊るされている天井を眺める。
それだけではまったくお腹は膨れないけれど、少し目を休ませたい時とかには天井を眺めると良いらしい。
一番良いのは睡眠に入る事だが、いつ誰が来るか分からない状態でそれをやるほど、私も頭はイカれていない。…まあ、古里には小説の読み過ぎとか言われそうだが。
「それにしても、ここは一体なんなのかしら。誰も使ってないように見えるけど、それでいてしっかりと生活感もあったし。ここ本当に学校内かしら?」
ほぼここまでノンストップで小説を読んでいた私だが、それでも二度ほど立ち上がった時がある。
一度目はビニール袋から水を取った時、その時に私は正面の鍵のかかった扉の隣にもう一つ扉がある事に気付いた。
この時点では小説はまだ序盤、丁度一人目の犠牲者が出た辺りだったので私は読書を優先した。
そして二度目、この時に私は扉を開けてみたのだが、最初に抱いた感情としては『感謝』だろうか。
古びた扉の向こう側には、綺麗に掃除されたホテルなどでよく見かけるタイプのユニットバスがあった。
試しにシャワーを出してみた所、電気と同じで水もちゃんと通っていた。
女子高生としては、身嗜みは最大限努力したい。ここは私にとって十分生活出来るレベルの設備が整っていた。
「まあ、服がこの一張羅しかない時点で、私がシャワーを浴びてもあまり変わらないと思うけど」
だからこそ、古里達には早く私を見つけて欲しい。
私があのシャワーを浴びる前に発見されれば、私はすぐにでも家に帰って着替えるだろう。
「さて、休憩は終わりにして読書を再開させますか。携帯は…もう少し後になったら確認しよう」
私は本棚に近付いて本を抜き取る。
その本棚から抜いた小説の中から零れる、一枚の古びた写真。
「えっ、これって、…誰?」
おそらく学校の校門で撮ったのだろう写真。
少女の右隣に男性が、左隣には入学式と書かれた板が写っている。
そこに写っていたのは、二人で仲良く笑って並んでいる男女の姿だった。
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俺と翔の二人はC組で今日、立河が学校に来たかどうかをまず聞いた。
返答は、まあ答えるまでもなくNO。
更に噂では欠席連絡も来ていないらしい。これで、立河が誰かに拉致された事に真実味が出てきた。
「まったく、意地が悪いね、修一は。別に聞かなくても分かる事を聞くんだから」
「お前はどうだか知らんが、俺は立河を完璧に信じている訳じゃないからな。あいつだって人間なんだ。嘘の一つや二つ、吐いていたっておかしくない」
翔が俺の言葉を聞いて頭を振る。
顔はさっきからニヤニヤ笑いのままなので、失望とかそこらの感情ではなさそうだが…翔が何に頭を振っているのかさっぱり分からん。
「分からないなら分からないままで良いんだけどね、僕の知った事じゃないし。ただ、中学時代の恩人を少しでも疑うのは、どうかと思うね」
なんだ。こいつはそんな事が言いたかったのか。まったくくだらない心配をしてくれたものだ。
「翔、お前は俺と立河の会話を一度でも聞いた事があるか?」
次の目的地への廊下を進みながら、俺は手を頭の後ろにやって歩く翔に問いかける。
その歩き方、違和感が無いのだろうか?
「う〜ん、確かに、二人がどんな会話をしているかは良く知らないね。何度も聞いたんだろうけど、まったく意識してなかったから」
まあ、そんなものだろうな。
基本人は他人の会話をろくに覚えていないものだ。
特に、自分と関係が無い話題は尚更だ。
「俺と立河の会話は基本的に疑う事を惜しまないからな。現にあいつ、レディファーストの意味を取り違えてたし」
間違いは誰にでもある事だ。
立河の場合は、それが如実に分かってしまうというだけで…
「…間違い」
そうだ。立河が間違っていたとしたら?
もし立河が犯人が分かったみたいな事を犯人の前で言っていて、それで誘拐、拉致されたとしたら。それは無理があるだろうか?
いや、ないはずだ。
となると、俺達は立河の動向をそのままトレースするだけでは犯人が分からないという事になる。
立河が出したヒントは…生徒手帳。
C組に行ったが、立河の生徒手帳が落ちていたなんて情報は一切無かった。
十中八九、犯人の手に回収されているとは思っていたが、立河は何を見て間違った解答を出したんだ?
俺は自分のバッグから自分の生徒手帳を出し、それを一通り見通していく。
「修一、歩きながらの読書は危険だよ?習わなかった?」
「お前は俺の母親か何かか!大丈夫だよ。放課後で、しかも職員室に向かってるんだ。人なんて殆ど通らねえよ」
次の目的地とは、即ち職員室だ。
だが、正直もう用はあまり無いな。
なんせ見つけちまったからな。…立河が見た物の正体って言うやつ。
はてさて、これをどう繋げたものかね。
「なあ、翔。過去の部員全員が載った名簿ってどこかにあるか?」
「どこの部活かによるけど、大体は図書室じゃないかな?バックナンバーとかも一緒にあるから、探すのに時間が掛かるかもよ?」
ちっ、面倒な所に置いてあるな。
司書がまだ図書室にいれば話は別だが、どこかに出かけていたらその時点でアウトだぞ。
仕方ない…か。
「なあ、翔。お前は『傍観者』だよな?」
ゆっくりと翔のいる方に振り向きながら、俺は翔に確認を取る。
翔はいきなり何を、みたいな顔をしていたが、伊達に同じ中学を卒業していないだけに、俺の意図にすぐに気付いた顔をする。
「確認するまでもない事だね。僕は天性の『傍観者』だ。自分の都合が悪い時以外は、決して他言しないよ」
俺達の顔を今見た者は、おそらくすぐに教師を呼びに職員室に急行した事だろう。
それほどまでに、俺達の顔に張り付いている笑顔は真っ黒で、まるでトランプのジョーカーのようにふざけていた。
さあ、行こう。
図書室の鍵の奪取へと。
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どうしよう。
もう六時なんだけど、未だにあの扉が開くような動きが微塵も無い。
えっと、もしかして今日も…ここでお泊り?
いや、流石にそれはキツい!
女子高生だよ⁉︎私、仮にも。
二日連続で同じ制服って、どうなの?
もう本とか読んでられるほど余裕無いんですけど!
「よし、これも読み終わった」
いや、うん、ごめんなさい。ちゃんと本を読んでました。
でも、嘘ではないんですよ。私にしては読むスピードが落ちましたし、内容把握も下手になってきたし。
区切りが良いから読み終わっただけで、もう一冊も読まないつもりなのですよ。
それにしても…六時かあ。
もうそろ、家が恋しくなってくるなあ。
あの先生、私の家に連絡入れてるんでしょうね?
恨めしげに開かずの扉を睨めども、重く閉じた扉は開かない。
こうなれば、あまりやりたくなかった大声で助けを呼ぶ戦法を取らざるをえなくなる。
「う〜、でもこれ、恥ずかしいのよね。いや、そんな事を迷ってる状態ではないけれど」
でも、意外とこういうの大きくない?
羞恥心が働く、というかなんというか。そういうのってやっぱりあると思うの。
もしここが私の部屋みたいに綺麗だったら、床に転がってゴロゴロして悩みたいものである。
「うん、もう少し待ってみよう。流石にそろそろ来るはず」
結局、私はここに帰結するのだ。
古里達が遅いだの言いながら、私は最終手段に出ずにあいつらを待つ。
やっぱり、これも信頼しているという事なのだろうか?
薄暗い空間にも慣れた私は、もはやここをリラックス空間として認識出来るだろう。
時折り点滅する裸電球も、このような場所ではむしろ趣深くさえ感じられる。
私は溜め息を一つ漏らしながらも、唇を少し歪めながら横になる。
もうここまでくれば笑うしかないだろう。
あの写真を見た時から、どうにも事が終わったみたいで気分が良い。
ただ一つ気になる事があると言えば、それはあの人が何故ここまでしたのかという事だ。
どうにもそれだけが分からない。
一つ一つ、私が知っている情報を繋げていく。…やっぱり駄目だ。
私が知っている情報だけではどうしても足りない。
古里達がどれだけの情報を持っているのかは知らないけれど、正直これはあまり期待出来ない。
なんせ、この結論に至った理由はあの写真のお陰だ。
しかも、仮にこれだとしても証拠が無い。
実証出来なければそれはただの仮説にすぎないのは、古今東西のミステリー小説が語っている。
制服のポケットから写真を取り出して眺める。
これを撮った時、この二人は一体どんな気分だったのだろうか?
入学式に撮ったのだろう古い写真。
思い出のアルバムなんかに入れるはずのこれが、何故こんな所にあったのか。
そこまでは私でも分かる。
写真を眺める目が徐々に細くなる。
ああ、二冊ぶっ通しで読んだ事と、元々の疲れの所為だろう。
私の瞼が少しずつ下がっていく中、写真の男女はずっと変わらない笑顔をしていた。
それに見送られるように、私の意識は泥沼へとダイブする。
お世辞にも綺麗とは言えない床の上で、私は二度目の意識の放棄を行った。
さて、次に目が覚める時は、この光景に変化がある事を期待しようと思う。
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「くそっ!ここにも手が回ってやがったか」
「どうやら、『探偵部』のやつだけ無いみたいだね。不自然なくらいの隙間もあるし、これは証拠隠滅されたかな」
図書室。
それは学校の一人ぼっち共が自然と集う場所だったり、なかったりする所。
そこの司書室で俺と翔は現在ある物を探している。
『探偵部』の歴代部員達の名簿だ。
もし、俺の推測が正しいのなら、その名簿を見れば一発で今回の騒ぎの犯人を特定出来るのだが。
「もう五時半か。急がないと先生達もどんどん帰っちゃうよ、修一」
翔のいつもより真剣味を感じさせる声が俺に響く。
分かってる。最悪、他の先生方に事情を説明して二年前の事を聞く事は出来るが、それじゃあ明確な証言が得られるか怪しい。
二年前という歳月は、舐めてかかってはいけないレベルの月日なのだ。
左手を頭に当てて思考を早める。
図書室の鍵をパクれるのは精々あと十分が限界である。
そもそも、この鍵はスペアを翔が盗んできた物。あまり長く借りるとバレる危険性が高くなる。
本来は今すぐにでも脱出したい所だが…
「えっと、これはここで。これは…こっち。それで、ここだけが空く…と」
翔がすぐに撤退出来るように名簿を片付けている。
大量の部活がある為に、名簿の数も異常な程に多い。
その大量の名簿の中に一つだけ、『探偵部』の名簿があったのだろう場所が空白となる。
犯人に抜き取られた…空白の穴。
「あっ、そうだよ。別に探す必要無いじゃん」
不意に閃く一つの方策。
証拠が無いのは仕方ない。相手が完全に隠してしまった物を見つけるのは、それこそ時間がかかってしまうのだから。
こりゃ、ミステリー好きの立河に言ったら激怒されそうな考えだな。
そんなどうでもいい事を思いながら、片付けを終わらせた翔に鍵を預ける。
別に翔まで一緒に行く必要はない。
元々は俺と立河が始めた事だからな。
それを告げると翔は少し不機嫌そうになったが、後日飯を一回奢るという事で話がついた。
あいつを買収するのは意外と、いやかなりの割合で可能そうだ。
「さて、そんじゃあ職員室に行くとしますか。あの人、まだ帰ってないと良いんだけど」
さっきとは違い、今度は俺一人で職員室へと向かう。
日はだいぶ傾いて、おそらく俺が立河を見つける頃には完全に夜だ。
「はあ、面倒くさい」
思わず心情を吐露する。
本当に面倒くさい。なんでもっと早く終わるはずの事がこんなにも複雑化しているのか。
全ては立河とあの人が勝手に暴走したからだ。
これが終わったら、必ずどちらかに何かしてもらうとしよう。
俺は心の中で固い決心をして、一つの扉を丁寧に叩く。
扉の上に書かれているプレートには、『職員室』と確かに書かれていた。
あれ?テストがあと一週間前?
マジっすか?いつの間にそんなに時間経ちましたっけ?
書いてるからそうなるんだ、はあ、まあその通りなのですが…。
正直、時間経つのって、歳取れば自然と早くなっていきません?
皆様の方はどうでしょう。最近、なんか時間が経つのが早いなあ、みたいな事ありません?
私、片府は毎日そう思い始めております!
もうボ◯ト氏が走ってくる感じ。
その内スーパーカーが走ってくる勢いで時間が過ぎ去っていきそうです。
それなのにテスト勉強は殆ど手付かず。
大丈夫かな…中間…。
さて、最近の心中を話させていただいた所で、次回の話に移りましょう。
次回はズバリ解決話。
最初は恩人の自殺の理由を探っていた主人公達ですが、いつの間にか一人誘拐されているという状況に陥ってしまいました。
さて、殆ど証拠なんて大層な物が無い状況で、主人公はどんな風に解決へと導くのか。
それはまた次回を読んでいただいてご確認下さい。
次回は『狐の事情の裏事情』を書いてからの投稿になります。
では皆様、今回の所はこの辺で。さようなら!