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推理否定の探偵部  作者: 片府 忍
2/3

第二部 聞き込みは手近な所から

 目覚まし時計の音が鳴り響く。

 また気だるい朝が来た。

 産まれてからの十六年、俺は何度こんな朝を迎えたのだろう。

 ゆっくりと上体を起こして部屋から出る。

 洗面所で顔と歯を洗い、そのままリビングでいつもと変わらない朝食を食べる。

 変化の無い日常。これもまた良い。

 別にこんな日々が嫌な訳ではない。むしろこのくらい平穏でないと気が狂ってしまうだろう。

 いつもと変わらない時間に家を出て、歩き出す。

 いつもと変わらない通学路。

 俺がこれから三年間も通って行く、未だ完全には慣れない道。

 唯一変わったのは、昨日からの俺の心境だろうか。

「やっぱ、行くんじゃなかったな。思い出したくなかったのに、結局戻ってきちまった」

 あれから家で二度ほど泣いた。

 一度目は家に帰ってすぐ。

 母親が夕飯に俺を呼びに来るまでには涙は止まっていたが、それでも目は赤いままだった。

 二度目は、部屋でゆっくりしていた時に。

 急に最期に会った佐久間さんの顔がフラッシュバックした。

 親父が死んで間がなかった事と、俺がその時に手詰まりになっていたという理由で、俺はあの人に懐いた。

 佐久間さんには色々な事を聞いた気がする。

 どういう所に犯罪者がいそうか、どの時間帯が犯罪者にとって動きやすいか。

 何かやたらと詳しいと思ったが、まさかあの学校の教師とは知らなかった。

 しかも、それがお誂え向きに『探偵部』の顧問ときたもんだ。

 これは天からの皮肉だろうか?

「古〜里!相変わらず卑屈そうな顔してるわね〜。…ってか、まだ昨日の事を引きずってるの?」

 昨日と大体同じ登場の仕方で現れた立河は、俺の顔を見るとすぐに真面目な顔にシフトした。

「古里の事情はまだよく分からないけど、そこまでモヤモヤしてるなら調べてみれば良いんじゃない?」

「簡単に言うな。もう二年も前の事、誰も話すとは思えねえよ」

 人の記憶とは薄情な程に薄れるのが速い。

 たとえそれが地元の物だったとしても、人は自分に有益な情報しか覚えようとは思えないのだ。

 しかも、たかが一地方の一教師の自殺なんて珍しくない物、誰が覚えていると言うのか。

「いるわよ?たぶんだけど、その事件をまだ覚えてる人なら」

 一歩先を歩いていた俺は立河の言葉を聞くと半信半疑で振り返る。

 だって、二年前だぞ?

 二年前のたった一日の事を覚えている奴なんているのか?

「ちょっと!私だってのうのうと生きてる訳じゃないの!お母さんに頼んで資料を探してもらったの。たとえ小さな事件でも、地方紙くらいには載るでしょ?」

 立河の母親は報道機関の人間だと聞いた事がある。

 俺が中学時代に大量のマスコミが俺の所に来たが、立河の母親は各社編集部に連絡し、マスコミの動きを抑えていたのだとか。

 もし、立河の母親が動いてくれなければ、俺は今よりもっと荒んでいたであろう。そこの所は感謝している。

「んで?職権乱用してまで調べた結果はどうだったんだ?まさか、関係者全員の名前を捜し出した。…とか言わないよな?」

「職権乱用なんて人聞きの悪い。私はあくまで要らない資料を頂いただけよ?むしろ感謝して欲しいくらいね」

 いつものテンションを取り戻した立河が顔を横に向ける。

 たまに子供っぽい所は中学の時から変わらない。だが…

「おい、俺の後半の台詞に対しての否定が飛んでこなかったんだが、まさか本当に調べたのか?」

 だとしたら色々とヤバイ。

 確かに今の俺は昨日から心が揺らいでいる。

 二年前に何があったのか、少しだけだが気にならないでもない。

 だが、もし立河が関係者各位を調べ上げたのだとしたら、俺の心境とはまったく無関係に事が進んでしまう。

「いや、流石に関係者に関してはガード固かったわ。まあ、資料流出の時点でかなり緩い方ではあると思うけど」

「そ、そうか」

 表の顔では苦笑い、裏の顔で満面の笑みを浮かべながら俺は話を合わせる。

 良かった。流石にそこまでの流出は防いでくれたか。

 いや、しかし待てよ?関係者を知る事は出来なかったのに、それでもこいつは二年前の事を知っている人物を知っていると言う。

 こいつは矛盾していないか?

「なあ、お前が言う、二年前の事を知っている人間ってのは誰だ?関係者の誰かなのか?」

 恐る恐る、まさにそんな言葉がぴったりの様子で俺は尋ねる。

「う〜ん、今話しても良いんだけど、もう学校近くなってきたし、放課後に部室で話しましょう?どうせなら相模もいた方が良いし」

 それを最後に、立河は速足で俺から離れ、学校の正門を潜る。

 どうやら話している内に学校に着いていたようだ。

 立河は俺を一切気にする様子は無く、振り向きもせずに自分のクラスの下駄箱へと姿を消した。

「はあ、何というか、自由だよなあ」

 そんな一言を呟いて、俺も自分のクラスへと向かう為に校門を潜る。

 そういえば、立河は部室でと言っていた。

 翔の事は知らないが、俺は未だに入部届けに名前すら書いていない。

 そんな状態でも部室に入って大丈夫なのか?

「まあ、いいか、そんな細かい事。昨日だって入れたし」

 下駄箱で上履きに履き替えながら俺は口ずさむ。佐久間さんが好きだと言っていた曲を。

 これを歌うのも久し振りだな。

 無性に懐かしさが込み上げてくるのは、俺もやる気になってしまっているからだろうか?

 家を出るまではずっと鬱々としていたにも関わらず、今の俺は少しだけ笑っていた。

 その笑みがどこから出てくるのかも、まったく自覚しないまま。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 一日の授業の終了を告げるチャイムが鳴る。

 心なし、今日一日のチャイムの音がいつもと違う気がするが、まあ気にする程でもないだろう。

 クラスでも未だに友人の少ない俺は話しかけられる事が無い。

 故に、俺は誰よりも早く席を立ち、置き勉をしていて軽いバッグを担いで教室を後にする。

 目指すのは昨日も行った文化部の部室棟。

 相変わらず物置きみたいな『探偵部』の部室を開けると、今日は先生もいなかった。

 棚に置いてある沢山の活動日記を意識的に見ないようにして、余っていた椅子の一脚を机の側に持って行く。

 担いでいたバッグから文庫本を出し、誰か来るまで時間を潰すことにする。

 夕陽が窓から差し込み、電気を点けていなくても光量には困らない。

 三十ページ程だろうか?俺がページをめくった時に廊下を走る音が聞こえてくる。

 軽い足音から察するに、おそらく立河だろう。

 勢い良く開かれたドアの向こうには少し制服を乱し、髪のあちこちが振り乱れた立河が現れる。…正直、一瞬化け物かと思ったのだが、それは黙っていよう。

「良かった〜!体育で遅れて教室行ったら古里いないし、職員室行っても設楽先生もいないしであちこち走り回っちゃったよ」

 なるほど、道理で来るのが遅いはずだ。

 それでも学校中走り回って息切れしていないとは、流石中学時代にバスケをしていただけはある。

 休みの日は家に籠ってる俺とはえらい違いだ。

「先生ならここにもいないぞ。ここ最初から鍵開いてたし、担当クラスに行ってるんじゃないか?」

 立河の登場と同時に視線を文庫本に戻していた俺は目線を上げずに答える。

 暫しの沈黙。

 一向に返事が来ないので、俺は少しだけ立河に視線を戻すと、立河は何やら顎に手を当てて考えていた。…因みに、制服の乱れは一切戻っていない。

「どうした、そんなに気にする事か?」

「だって、あの人どこも受け持ってないんだもん」

 へえ、よく知ってるものだ。

 俺なんかクラスの担任の顔すら覚えていないというのに。

「ねえ、何してるの?」

 そんな時、不意に出入り口から声が聞こえてくる。

 この声は、翔か?

「よお、遅かったな」

「教室の掃除当番でね。それより、立河さん、退いてくれないかな?入れない」

「ご、ごめん」

 翔の登場により立河の考えも一時中断し、俺達は三人で椅子に座って落ち着きを取り戻す。

 立河も制服の乱れを翔に指摘され、一時顔を真っ赤にして消えたが案外早く戻ってきた。

 その際に俺は指摘しなかった事でムッツリなどと言われたが、華麗にスルーさせてもらった。

 制服を崩しても存在するのかどうか疑わしい胸の事についても、また同様に。

「さて、後は先生が来てくれれば完璧なんだけど…どこに行ったのかしら?最悪、職員室でお呼び出しの連絡をしなくちゃいけないわね」

「そんな事で職員室を使うな。最悪、翔に探させに行くからそれで手を引け」

 俺の言葉に反応して騒いでいる翔の事はスルー。

 立河も翔が探すと言う事で一応納得し、ひとまずは待機との事。

 その後三十分後に宣言通り翔を職員室へと送り、先生が戻っているかを確かめさせたが無駄だった。

 相変わらず先生は戻らず、先生方からは帰ったらしいという言葉も聞いていない。

「つまり、行方不明って事ね」

「そこまで大袈裟ではないと思うけど…」

「『傍観者』が聞いて呆れるな。結局、分かった事はそれだけか?」

「『傍観者』と『情報通』を一緒にして欲しくないね。僕は普通に得た情報を横流しする奴とは違う。僕が見たい物の為に情報を流すんだ」

 一体どんなこだわりだよ。

 まあ、どんなこだわりでも使えなければ意味を成さないがな。

「そんな事は無いよ?少なくとも先生が帰っていないのは分かったんだし、学校を手分けして探せば見つかるんじゃないかな?」

 それではお前を派遣した意味が無いだろうに。

 だったら立河の言う通り職員室で呼び出しの放送をした方が早い。

 仕方ない…

「探す必要は無いさ。どうせ、もうすぐ来るだろうからな」

 俺の確信めいた言葉に二人が驚きの顔をする。

 だが、それも一瞬だけ。

 翔の顔は驚きから安心したような顔を、立河の顔は苦々しい顔へと変化して俺を見る。

「古里、どういう事?何か理由があって言ってるんでしょうね?」

「久し振りだね。修一がそんなに自信たっぷりで答えるの」

 そんな事は無い。俺は常に自信が無いからな。

 自信が無い事をさも自信があるかのように答えている、ただそれだけの事だ。

「まず、今日一日で一つ変わった事があるんだが、お前ら分かるか?」

 俺の唐突な質問に答えあぐねる二人。だが、流石は俺の友人。

 ほんの少し戸惑っただけで、それ以降は普通に俺の問いかけについて考えだしていた。

「もしかして、修一が言っているのはチャイムの事かい?今日はいつもと違って少し音が高かった気がしていたけど」

 翔が回答に至った所で、俺は自分のバッグから生徒手帳を取り出して二人にある一文を示す。

「『生徒立ち入り禁止区域について』?これがどうしたって言うのよ」

「チャイムが何か関係があるの?でも、それと立ち入り禁止区域がどう…」

「繋がるじゃないか。学校のチャイムは大体職員室にあるけれど、どの学校もチャイムはプログラムで動かしてる」

 田舎の分校とか以外はな。と心の中で注釈を加える。

「この学校の立ち入り禁止区域は全部で四つ。屋上、購買のスタッフ出入り口、校長室、それと教員専用の放送室。さて、この中で電波状況が良く、且つ人気が少ないのは?」

 まるでバラエティのクイズが如く、俺は状況に若干付いて行けていない二人に構わず問いを出す。

 まあ、推測にそんなに時間を掛けてもしょうがないので、二人が状況に追いついた辺りで俺はネタばらしをさせてもらうが。

「正解は教員用の放送室。屋上は天文部が使ってるから見つかってアウトだし、購買は普通にスタッフが使ってる。校長室なんて論外だ。つまり、一番最適な場所は教員用の放送室となる」

 放送室であればコンピューターの一台や二台は使えるだろうし、放課後なら教員も来ない。これほどの好条件があるだろうか?

「えっ、それじゃあ設楽先生がいない理由って結局何?」

「おそらく、チャイムに細工した人間を見つけようとしてるんじゃないか?まあ、場所と使用設備を考えればコンピューター部か放送部のどれかだろうが」

 一番怪しいのはコンピューター部だな。

 放送部がそんな機械の知識があるとは思えないし、それに仕掛けをしたのは昨日の放課後だろう。

 であれば、昼休みしか活動しない放送部は仕掛けが出来ない。

「まあ、このくらいの事ならそう長くは続かない。もう犯人が割れてる可能性もあるな」

 そう言って俺が締めた直後、部室のドアが開かれる音がする。

 俺達がドアの方を見ると、そこには設楽先生が眠そうな顔をして入ってきていた。

「やあ、君達、昨日振りだね。今日は入部届けを持ってきてくれたのかな?」

 昨日と変わらないボサボサの頭に白衣姿の設楽先生。

 これで本当に国語教師なのか疑わしいが、休み時間に生徒に質問されている所を見てしまっては信じざるを得ない。

「どうも、設楽先生。今日はどうしたんですか?先生は大体ここにいるって職員室で聞いたんですが」

 無駄な情報を集めたらしい翔が先生に問いかける。

 別段ここに住んでいる訳でもないのにそんな扱いとは、なかなかに同情を誘われる。

「いやあ、コンピューター部の三年がチャイムの音を変えたみたいでね。今までずっと犯人捜索の手伝いをさせられていたんだよ。気付いた先生方が私を含めて三人だけでね、手こずってしまった」

 何と、ここまで予想通りとは驚いた。まあ、表には決して出さないが。

 他の二人も俺から予測を聞かされていた為に驚きは少ない。

 その驚きも、全ては俺が予測と推測で言った事が当たったからだ。

 だが、何もそれは今に限った事では無い。

 中学の時にも何度かあった事だし、おそらく誰だって出来る簡単な物だ。

 設楽先生は俺達の驚きが少なかったのが意外らしい。その顔はもっと内容を聞いてくれ、と言わんばかりだ。

 その顔にはさしもの俺も口が出せず、立河が代表して口を開く。

「えっと、あの、どうやって犯人を見つけたんですか?」

「ああ、何でも教員用の放送室からコンピューターを使って、プログラムの書き換えを行ったみたいでね。昨日の時点から変わっていたらしい。気付いた先生方は午後からの授業だったからお昼前に来て、その時に気付いたらしい」

 何というか、何度も同じ話を聞いているみたいだ。

 翔もさっきから話を右から左に聞き流してるし、おそらく表面上ちゃんと聞いているのは立河だけだ。

 先生の様子から察するに、教員用の放送室に気付いたのは先生っぽいな。

「先生、何で教員用の放送室が怪しいって思ったんですか?」

「ん?私が放送室を怪しいと思った事、君達に話したっけ?」

 しまった!うっかり話を先に進め過ぎた。

 だが気付いた所で後の祭り。先生は昨日自分が座っていた椅子を俺と向かい合うように置き、何かを疑うような視線を向けてきた。

「さっきまで、俺達もその事を話していたんです。丁度俺達も放送室が怪しいと思っていたので、少し興味が」

 顔を俯きがちに、そしてあくまで俺個人の推測とは言わずに全員の考えと主張する。

 それは俺が目立ちたくない、とかそういう事ではなく、単純に怖かったのだ。この時の、設楽先生の視線が。

「あ、あの、先生に聞きたい事があるんです。別件で」

 そんな俺と先生の雰囲気に圧されながらも、立河が助け舟と本命を同時に切り出す。

 俺だって薄々勘付いていたさ。ここに全員が揃う。

 それは、俺、立河、翔、設楽先生の四人以外はありえない。

 俺と立河は半ば協力関係、翔は昔からツルんでいたし、何かと役に立つ情報を持っている事が多い。…では、設楽先生は?

 決まっている。そんなの…

「昨日、お母さんの資料で見つけました。設楽先生、あなたは二年前に亡くなった佐久間さんの高校からの友人だそうですね?」

 そんなの…立河が言っていた、事情を知る人間以外あり得ないではないか。

「二年前に何があったのか、聞かせてくれませんか?」

 立河のいつもより意思の強い声が部室に響く。

 さっきまで俺に向けていた先生の視線はなりを潜め、そこにいたのは粗雑な印象のいつもの先生。

「ああ、良いよ」

 その短い返事は覚悟を感じさせ、先生は…彼は待っていたのだと思う。

 俺達のような、変人の生徒達を…

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ここからは悪いが話を要約、割愛させていただく。

 一から十まで説明するとややこしいし、何より設楽先生の話は殆どが思い出話だったからな。

 二年前、正確には俺と佐久間さんが出会う三ヶ月前くらいの事。矢須原高校は一つの問題に陥っていた。

 一昔前だろうが現代であろうが起こりうる問題。学級崩壊である。

 キッカケは分からない。

 誰が原因で、何故そんな事になったのか。

 教師達がそれに気付いたのは生徒が半分も休んだ時だったらしい。

 各家に電話して、登校している生徒達からも事情を聞いてようやく判明した事実。

 高校で起こるとは誰も思わなかった。…なんて言い訳は聞きたくないが、分からないでもない。

 小学生や中学生ならまだしも、高校生にもなって学級崩壊なんぞ聞いた事もないからな。

 さて、その学級崩壊した矢須原高校だが、調べて分かったのは一つのおまじないと噂の存在。

 噂の内容は分からないが、どうやらそれが原因でいじめが発生、しかもいじめを受ける人間が一人二人の問題ではなかった。

 クラスの休んだ半数の人間。

 それがいじめを受けた人間であった。

 教師達は噂の根絶を目指し尽力。その甲斐あって、何とか生徒達は学校生活に復帰する事が出来た。

 学校側は事態の早期発見が出来なかった事を全面的に謝罪。それで事は終わりを告げると思われたのだが…

「噂の発信源を特定する事が出来ず、それで『探偵部』が動いた…か」

 いや、正確には動いたのは佐久間さんだけだったのだろうけど。

 先生から二年前の事を聞いた俺達は、結局誰も入部届けを出さないまま解散になった。

 翔は他の部活も見たいと言って何処かに消え、特に用も無い俺と立河は大人しく下校している。

 俺の呟きに立河はまったく反応しない。いや、先生の話を聞いている辺りから既に上の空だ。

「立河は何が気になってるんだ?先生の顔を睨んでまで考えてたの、流石に全員分かってるぞ」

 黙々と歩き続けるのにも飽き、俺は立河の悩みに付き合う事にする。

 立河と別れる十字路まではまだ先だ。小さな問題ならその間に完結するだろう。

「古里、どうして佐久間さんは自殺したのかな?」

「おい、今それを探ってるんじゃなかったのか?俺の勘違いだったのか?頼むから、いきなり話の中枢をぶつけるのはやめてくれ」

 小首を傾げて聞いてくる立河に、切実な願いを訴える俺。

 まったく無関係の知らない人間がこの光景を見たら、おそらく全員が俺の事を有罪と見るだろう。

「んで?立河は何が言いたいんだ?どうしても何も、俺達はまだ殆ど情報を持ってないんだぞ。判断のしようが無い。」

「いや、そういう事じゃなくてね。何で、佐久間さんはもう終わっていた事に首を突っ込んで自殺したのかな?って」

 サラッと暴言を吐きながら立河は本気で悩んでいる、とでも言いた気にまた小首を傾げる。

「それが原因とは限らないんじゃないか?まったく無関係の事で悩んで死んだのかもしれない」

 肩からずり落ちそうになるバッグを担ぎ直して、俺は答える。

 しかし、立河の今回気になっている事は佐久間さんの死の真実だ。

 俺はすっかりそれを忘れていた。故に…

「そうとは思えないのよね〜。私、気になるからもう少し先生に事情を聞いてくる」

 なんて言っている立河をほおって置いてしまった。

 俺が止める間も無く、立河は元来た道を爆走していく。

 俺としては、そこまで付き合う義理も、意思も無い。

 それに、今日はゲームのレベル上げと決めているのだ。

「遅くならない内に帰れよ〜」

 遠くなっていく背中に向けて一声掛けて俺は再び歩き出す。

 どうせ、明日も部室に行かなければならないのだろうし。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「う〜ん、やっぱりあれ以上は知らないか」

 私は一人校舎を歩いて情報を探る。

 まるで本当の探偵になったみたいで面白いけど、でもやっぱり探偵のように上手くはいかない。

 さっきも設楽先生にもう少し話を聞けないかと思って職員室に寄ってみたけど、残念ながらもう帰った後だった。

「う〜ん、でも気になるなあ。何で佐久間さんは自殺したのかな?」

 それだけはどうしても気になって仕方がない。

 二年前の噂、それに佐久間さんが関わっている可能性もあるのだろうか?

「『探偵部』の部員は二年前から0のまま。…そういえば、部活って部員がいなくなったら本来廃部になるんじゃ」

 そうだ。何で『探偵部』は廃部になっていないの?

 一つの疑問が出てくると確かめたくなるのが私という人間だ。

 バッグから生徒手帳を取り出して『部活』の項目をめくる。

 意外と生徒手帳って使えるのかもしれないなあ。

「うん、やっぱり。これで一つの突破口は見えたかな」

 生徒手帳に付箋を付けて、私は自分の教室である一年C組の前を通過しかける。

「そういえば、本をロッカーに入れっぱなしだっけ。持って帰ろうかな」

 外はもう暗くなり、流石に連絡無しでこれ以上遅くなるのは両親に悪い。

 自分のロッカーを開け、数冊あったミステリー小説をバッグに入れる。

 明日は別の物を持ってこないといけないなあ。

 なんて、そんな事を思っている内に教室のドアが開く音がする。

 最終下校時刻を回っているから先生が注意しに来たのだろうか?

「すいません。もうすぐ帰りますから…」

 ロッカーを閉め、私は後ろを振り返る。でも…

「えっ!」

 そこに立っていた人物と、その人物が持っている物に戦慄する。

 何かが肌に当たる感覚と何かが焦げる匂いを最後に、私の意識は遠くなる。

 その時に私の手から生徒手帳が落ちてしまったが、私は気にする事が出来ない。

 ああ、やっぱり小説の探偵みたいにはいかないんだなあ。

 良くて私は真実を知りたがる『真実魔』。

『名探偵』のポジションは私には荷が重すぎるよ。

 だから、だからね?また見せてよ。

 あんたが自信たっぷりで確信の無い事を言うのが、私が嫌いな所で、好きな所でもあるんだからさ。



「さて、どこに運ぼうかな?…仕方ない。あそこに入れておくかな。どうせマニアックな物しかないんだし」

 いくら高校生とは言え、まさか男子高校生より重いはずがないだろう。

 いくら私が体育会系でなくとも、この時間なら他の先生方も帰り始めてるだろうし。

「よっと!あれ、予想よりも軽…ああ、胸か」

 素質ってのは、残酷なものだね。

 人一人を担いで私は歩く。

 彼らだけが知っていた隠れ部屋へと。

 彼らの思い出が集まる、彼らの遺品の数々がある所へと。

「さて、これで少しは動いてくれるかな?少年」

 彼が遺した私と彼の思い出。

 そこで語る彼は楽しそうに、それでいて嬉しそうに笑う。

 私によく似た少年がいたんだよ。なんて語る彼は幸せそうに、それでいて辛そうに。

 彼が笑う顔を見たのはそれが最期。

 いや、彼自身を見たのが最期かな。

 少女を運んだ私は苦笑する。

 私が彼の意志を受け継ぐ決意をした日の事を思い出す。

 遠く遠く、罪悪感に押し潰されないように耐えてきた日々と一緒に。




はい、こんばんわ。片府です。

今回は第二部にして物語が少し進んで、犯人役が出てきた所での終了となります。

予定としては、次回で犯人役を追い詰めていこうと思っております!

しかし、その前にまずは『狐の事情の裏事情』を進めようと思います。

なので、次は『狐の事情の裏事情』を投稿した後になりますね。

では皆様、『推理否定の探偵部』並びに『狐の事情の裏事情』も宜しくお願いします。

こんな長い文章を飽きずに読んで下さった読者様に感謝を。

こんな稚拙な文章にめげずに読んで下さった読者様に感謝を。


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