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推理否定の探偵部  作者: 片府 忍
1/3

第一部 新入生歓迎

『活動日誌 探偵部顧問』


 高校生の青春と言えば、一体何を想像するだろう?

 部活動の大会、恋愛、そして文化祭などの各種イベントの数々。

 これらは人が一度は経験する学生生活のほんの一端だが…まあ、話が脱線しそうだ、今回はやめておこう。

 高校生に限らず青春という輩はトラブルが頻繁する。

 殺人などは滅多に起きない分、質に関して言えば一般社会に劣るが、それは思春期ならではの複雑さでカバーされている。

 少しの些細な傷や戒め、果てには環境で起きるそれはどうあっても根本的な解決には至らないと私は思うのだ。

 今回もまた、始めの傷は些末な事だった。

 でも、それがここまで肥大したのはやはりここが学校だからだろうか?

 探偵部諸君には悪いが、私にはどうしても方法は見つからないと思う。

 私にはもう、この問題を看過する事は出来ない。

 この活動日誌は秘密の場所に隠そう。

 私とあの子だけが知っている、宝物が詰まったあの箱の中に。

 そろそろ時間だ。

 さようなら、私の愛した数奇で奇妙な探偵部。



 …その日、誰かが死にました。

 学校の屋上から地面に落下し、アスファルトの路面に血の海を作った男性。

 彼は即死で、今際の際も何もなく亡くなりました。

 私は泣きませんでした。

 朝その事を知りましたが、私には涙どころかショックすら受けませんでした。

 薄情だと思います。

 冷徹だと思います。

 だって、彼を殺したのは私だから。

 それなのに、私は全く感情が動かなかった。

 だから、私はそれ以来自分が怖くなったのです。

 怖くて怖くて、遂に私は仮面を着けました。

 誰にも剥がす事の出来ない、自分だけの完璧な仮面を。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 高校の三年間とは実に憂鬱だ。

 そこで成功する者もいれば失敗する者、変化しない者のどれかに該当させられる。

 大抵の人間は失敗、または無変化の道を辿り、そして何か得たと勘違いして三年を終える。

 まあ、それは中学でも言える事。

 今更言った所でどうにかなる訳でも、まして成功率が上がる訳でもない。

 成功したいとは思わないが、失敗したいとも、変化しなくて良いという訳でもない。

 無限ループのようになってしまうが、実際にはそんなモノだ。

 私立矢須原高等学校は変人の集まる場所だ。

 地元にあったという事と変人の集まる場所という事で俺はこの高校に入った。

 明確な理由は無いが、しかし俺は一つだけ決めている事があった。

 ずばり、自分が目立たない場所がある学校だ。

 俺自身は何の変哲もない人間だと思っている。…だが、どうやら世間は俺を過大評価したいらしい。

 中学時代にあった一つの出来事で俺は注目を浴びた。

 欲しくもない警察からの感謝状に目障りなマスコミ陣。

 ほとぼりが冷めるのはいつになるかと思ったが、これがなかなか終わらない。

 マスコミから解放されても、次は俺の中学で話題の的になった。

 話題は消える事は無く、結局俺は卒業まで煩い面倒に付き合わされてしまった。

 もう普通の高校に通う気は起きなかった。

 受験では地元にある変人が集まる噂の学校を受験し、見事合格。

 これで少しはマシになる。そんな風に思っていたのだが…

「やっほ〜、古里。あれ、一人?」

「おう、立河。見ての通り一人だ」

 俺と同じ学校を志望する酔狂が二人程いたのが予想外だった…。

 しかも、二人共俺の知人。俺が知る限りでは二人の志望校は別の学校だったはずなのだが。

「相変わらず、憂鬱そうな顔してるわね〜、あんた。まあ、その方が私は嬉しいけど」

「その台詞は中学でも聞いたな。少しはバリエーションを増やせないのか?お前」

 地元の学校故に徒歩で学校に向かう俺達。

 高校に入学してまだ数週間。

 クラスは三人共別々だった為、俺がノイローゼになる事は避けられたが、それでも精神的に辛い物があるな。

 一歩前を歩く立河のロングの髪が揺れる。

 脱色や染色をしておらず、丁寧に手入れされているのだろうその髪は立河に気品を与え、立河の整った顔立ちの助けもあり令嬢のように綺麗だ。

 だが残念かな。立河はおそらく令嬢なんてもってのほかな評価は激してねじ伏せるだろう。

 何故なら彼女はゴシップ、事件、謎等の『真実』と言う言葉の魔力に取り憑かれた人間だからだ。

 まあ、それ以外にも理由はあるが、やはり彼女が令嬢になれない理由はここにあるだろう。

 一度家に行った事があるが、部屋がミステリー小説で溢れていた事を思い出すと記憶喪失になりたくなる。

 しかも、それを彼女は嬉々として、うっとりと陶酔するような顔で話し出すのだ。

 これでは彼氏も出来ないだろう。勿体無い。

 …とまあ、少しばかり付き合いがあるので心配してやったが、俺自身はどうでも良いと思っている。

 立河に彼氏が出来ようが出来まいが、俺は全く興味が無い。リア充結構、俺の目の届かない所でイチャついてくれたまえ。

「古里、どうしたの?何かいつもより顔が歪んでるよ?」

「歪んでるか。それが本当なら、俺は既に人間じゃないな」

 バッグの中から文庫本を出し、それを読みながら歩く。

 昔は母親に注意されたが、変人学校への道なんて通る奴はなかなかいない。

 なんでも昔、ここを通ったサラリーマンが不幸な目に遭った的な噂もあるし。

「古里〜、何か話してよ〜。私が暇になるじゃん。あんたが暇ならまだしも、私が暇なのは許せないよ〜」

 中学時代の立河を思い出す。

 そういえば、こいつは人が何かしているのを邪魔するのが好きだったな。…まあ、俺限定ではあったが。

「あと数分の辛抱だろ。少しは我慢しろよ」

「嫌だ!そこまで言うならそっちが読むのをやめなさいよ。レディファーストと言う言葉を知らないの?」

 知らないな。

 そんな、女性を特別視した言葉を俺は知らない。俺は男女平等主義者だからな。

 あと、レディファーストはそういう時に使う言葉ではなかった気もする。

 俺が立河を黙殺していると、立河は静かになってきた。

 確かにこいつは変人だが、ちゃんと空気が読める良識のある人間だ。

 朝早い人間は誰であれ不機嫌になる。それはこいつだって承知している。

 ちゃんとしたイザという時の気遣い。

 それが、俺がこいつと中学から友人でいられる所以である。

 そうこうする内に学校は近くなる。

 変人学校と言われてはいるが、その表向きはれっきとした進学校。

 校舎がいきなり爆発する、とかの事は一切無い。

 まあ、噂では一度やろうとした奴はいるらしいが。

 偏差値は中の上といった所で、別にそこまで難関という訳ではない。

 だが如何せん、この学校に来ようとする志望者はかなり低い。

 俺の地元でも行ったのは俺•古里 修一、立河 愛衣、相模 翔の三人だけだ。

 これでもどうやら多いらしく、担任からは今年の矢須原は大量だな〜。などと言われた。

 三人で大量とは…よく今まで人を集められたものだ。

「それじゃあね、古里。また体育館で」

「ああ、はいはい。どうせ意味なんて無いけどな」

 校門に入って下駄箱で上履きへと履き替えてクラスへと向かう。

 今日は一年生歓迎会、またの名を新歓とも言うイベントが午後からある。

 五時限目から六時限目にかけて、体育館で各々の部活がデモンストレーションを行うのだ。

 正直俺は部活なんて興味は無い。

 だったら家で昼寝をするか、はたまたゲームのレベル上げでもしていた方がマシだ。

 まあ、それは帰宅部が全員考える事だから口には出さないでおくが。

 デモンストレーションが終了すると、今度は全員に一枚の用紙が配られる。

 入部届けだ。

 今日からの学校生活。その間に入りたい部活が決定すれば、この用紙に必要事項を記入して担任に提出。

 それで晴れて部員になる事が出来る。

 姉の受け売りではあるが、今日の厄介所はここだな。

 変人達が集う学校にまともな部活動なんて存在するのか微妙だし、そもそも午後一杯使ってやるほどの事か?このイベント。

 教室の扉を開いてクラスに入る。

 この一週間、俺は友人を作るでもなく、窓際の席を最大限に利用して目立たないようにしている。

 たとえボッチと蔑まれようと、たとえ淋しい生活になろうとも、俺はもうあんな目には遭いたくない。

 中学時代の嫌な記憶がフラッシュバックする。

 自分の席に群がるクラスメイト、羨望の眼差し、嫉妬の眼差し、質問責めの嵐に中傷としか思えない罵詈雑言。

 思わず唇を噛みながらヘッドホンを取り出して音楽をかける。

 まだ教師が来るまでは時間がある。少しくらいなら問題無いだろう。

 約一曲分、自分の好きな音楽を聴いている内に心が穏やかになる。

「ふう…、良かった。今回は割と早かった」

 もはや発作のように起きるこの恐怖心。

 俺自身、何に怯えているのか分からないが、それでも確かに俺は怖いと感じている。

 音楽を止め、ヘッドホンを鞄の中に戻し、登校中に読んでいた文庫本を開く。

 予鈴が鳴るまで本を読み、授業が始まれば基本は寝る。

 それが俺の生活スタイルだ。

 人間、どれだけ寝ようと、寝ようと思えば寝れるものである。

 今日も俺は人生を浪費し、それを繰り返す。

 これが良いと俺は思うし、今の所変える気も無い。

 でも、本当に良いのか?と問う自分がいる。

 成功したいとも、失敗したいとも、変化しなくても良いという訳でもない、矛盾した人生。

 俺はいつも意識が落ちる前に、そんな事を考えていた。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 体育館。

 体育の授業や全校集会などで度々使われる建物。

 そこには今現在、俺を含む矢須原高校の新入生が集まっている。

「(ざっと見た感じだと…二百人弱といった所か)」

 新歓の開会式の言葉を適当に流しながら、俺は新入生の数に大体の目星をつける。

 たいして意味の無い行動ではあるが、まあ、退屈な校長の言葉なんて聞いても実際はそんなにタメになったりはしない。

 だったらどんな奴がいるのか、それを把握するのが最優先事項になるだろう。

 俺がいるのはA組の前方付近。

 位置としては申し分ない。辺りを見回していればそのうち教師に注意される可能性があったが、ここならその心配はない。

 立河はC組、相模は確かF組だったかな?

 全六クラスある人間の顔を一人一人確認していく。

 変人学校と呼ばれている割に、その実変わった衣装をしている奴もいない。

 やはりただの噂か?

「え〜では、さっそくデモンストレーションに移りましょう。まずは…蒐集部です」

 前言撤回、やはり噂は真実だった!

「(何だよ?蒐集部って…)」

 おそらくこの場にいる普通の人間は頭に疑問符を浮かべた事だろう。

 司会の教師、並びに平気な顔して受け入れている奴は本物の変人だ。

 変人学校の名は、伊達ではなかったようである。

 蒐集部を皮切りに、ポスター部、ディベート部、漢部、文芸部と既知の物から初めて聞いた物まで様々な部がデモンストレーションを行っていく。(因みに漢部と書いて『おとこぶ』と読むらしい。一体いつの時代だよ。)

 矢須原高校は自由な校風をしており、部活の数もなかなかに多い。

 だが、やはり存在意義が疑わしい部活も多々ある。

 その中でも、俺が警戒心を露わにした部活が一つだけあった。

 入部届けが配られた後の生徒達は解散となり、運動部の見学に行く奴以外は帰り始める。

 俺もその流れに乗って帰ろうとしたのだが…

「あっ、古里!何帰ろうとしてんのよ!」

「いやはや、立河さんの勘は凄いねえ。修一が裏門から帰るのを完璧に予測してたよ」

 背後からの声にげんなりする。

 振り返った先には憤慨する立河と猫のように目を細めて笑う翔、俺が警戒していた人物がいた。

『真実魔』の立河 愛衣。

『傍観者』の相模 翔。

 最悪の組み合わせだ。

 中学からの付き合いで二人の考えは大体分かる。

 おそらく…

「さあ古里、今から『探偵部』へ行くわよ!」

 それ見た事か。ジャストなタイミング、ジャストな予想。

 俺が最も警戒心を露わにした部活、『探偵部』への内部勧誘。

 ふざけるな。

 何で俺がお前の興味と俺自身のトラウマの坩堝となるだろう部活へ顔を出さねばならんのだ。

 そこまで傷を抉りたいのか?

 いや、今はそんな事どうでもいい。今は一刻も早くこの状況を打破しなければ。

「悪い、俺今日は用事があるんだ。また今度な」

 どうだ!この完璧な逃げ口上は。

 用事であるのならば責める事も、まして止める事も出来ない。

 単純であるが、それでいて最も隙の少ない策なのだ。

「へえ、一体どんな用事?」

 ふっ、やはりそう来るか。

 だが、俺がそこいらの口だけ野郎と一緒にするな。

 最悪の場合を想定して、俺は既に準備を完了している。

「姉貴に買い物を頼まれたんだ。少しばかり遠出しないと買えないから、悪いな」

「………」

 よし、何も言ってこないな?

 そうであるのなら長居は無用。

 この場から離脱させて貰おうと…

「あっ、どうもご無沙汰しています。…はい、その事で。はい、ありがとうございます」

 ん?翔がどこかに電話?

 珍しいな、こいつはあまり電話を好まないんだが。

「修一、お姉さんの買い物ならもうしなくて大丈夫だよ。もうお姉さん買ってるみたいだから」

 な、何⁉︎

 馬鹿な。まさか、さっきの電話は姉貴の携帯へ?

 しかし、そんな事してこいつに何の得が?

「ナイスよ、相模!さあ、これで用事は無くなったし、行きましょうか☆」

 立河の不気味なほどの笑みと、その後ろで仕事終わりのサラリーマンみたいな顔をした翔を見て、俺の頭の中で一つの仮説が浮かび上がる。

「ちっ!翔、お前買収されたな?」

「ご明察だよ、修一。僕も人間だからね、欲くらいは少なからずあるさ」

 やはり…か。

 俺は悔しさより、目の前の策士に一種の尊敬を覚える。

 要するに、立河は全てを予想していたのだ。

 俺が『探偵部』を警戒するのも、その俺が裏門から帰るのも、確実に逃げる為に動機も用意していたのも。

 その全てを予想、そして一つずつ確実に潰す為に翔まで自軍に引き入れた。

「完敗だよ。良いよ、どこへなりとも連れて行きやがれ」

 どうせ、俺がその部に入る事は絶対に無いんだからな。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『探偵部』と書かれた一つの教室。

 俺達生徒が本来は使わない部室棟。

 その部室棟の端っこ、まるで物置き部屋のように存在したその教室には人影が一つ。

 普通なら先輩か何かだと思うのだが、実際にはそんな事はありえない。

 何故なら、この『探偵部』に現在在籍している生徒は一人もいない。

 それは新歓の時に司会の教師が言っていた事であり、顧問がいるだけの無意味な部活となっている。

 では、そんな『探偵部』の部室に一体誰がいるのか、気になるだろうか?

「いや、ならない。よし、帰ろう。今すぐに」

「どんだけ行くの嫌なのよ…」

 部室に人影がある?

 それなら結構。部員がいるなら何も俺が行く必要は無いではないか。

「修一、残念だけど帰る事は出来ないよ。さっき職員室で言われたじゃん。顧問の先生はちゃんといるって」

「分かってるよ。俺だって覚悟は決めてる。別に入部する気は無いがな」

「覚悟を決めた…ような動きではなかったわよ?割と本気で帰ろうとしてたし」

 さいですか。まあ、確かに帰ろうとはしたからな、言い訳も言うつもりは無い。

 立河が一歩前に出て扉を開く。

 小さなアパートのリビングくらいの大きさの教室、その中央に座って陣取る白衣を着たボサボサの髪をした見た目三十代の男。

「やあ、こんにちは。ようこそ、『探偵部』へ。お茶を出す事も出来ない貧乏部だが、歓迎の言葉を一つくらいは言おうじゃないか」

 ヨレヨレの白衣を着込んだ男は…そうだ、確か入学式に見た事がある。

 担当科目は…

「国語の設楽先生ですね?入学式に三十分遅れて登場した」

 翔が自分の茶髪の猫っ毛を弄りながら問う。

 そうだ。国語教師のくせに白衣を着ていた変人がいたと思ったら、こいつだったか。

「ふふん、よく覚えてるね?君、もしかして世界史とか日本史が好きかな?」

 白衣を着た設楽先生は生徒用の椅子から立ち上がると、不意に手を前に突き出す。…何だ?

「あっ、もしかして入部届けですか?すいません、まだ書けてないんです。明日には全員出しますので」

 ああ、なるほどそういう事か。…っておい!今さらっと俺まで入れなかったか⁉︎

 批難を込めた目で立河を見る。

 すると、立河はこちらの視線に気付くやいなやウインクしながら舌を出した。

 どうやら、またも嵌められたらしい。

 あんな事を言われれば、俺は入部届けを出さずにはいられなくなる。

 俺の性格を熟知した人間だから出来る事…か。

「そうかいそうかい。いや、私もどうやら急ぎすぎたようだ。何せ、顧問になったは良いが、部員が誰一人としていないんじゃつまらないからね」

 設楽先生は白衣を翻すと再び生徒用の椅子に腰掛け、足を組む。

 教室の中は意外とすっきりとしており、先生が座っている椅子の他にもあと五つ程椅子が余っている。

 その椅子以外に教室にある物と言えば、長机一つにその上に乗るノートパソコン、本棚とその中に収納されている多数のA4ノートだけだ。

「先生、あの本棚に入ってるノートって、活動日誌ですか?」

「ん?やっと話したと思ったら変な事を聞くね?君は。…ああ、そうだよ。私が来るまでの前任の先生が書いた物らしい。まったく、酔狂なものだ」

 やけにニヤニヤした設楽先生の言葉を聞きながら、俺は本棚の前へと移動する。

 その中から一番端っこ、最も新しい活動日誌を取り出して開く。

 一ページ、二ページ、三ページと開く内に、朝味わったばかりの謎の恐怖心が俺を襲う。

 だが、それでも俺の指は止まらない。

 まるで、俺とは違う誰かが俺の体を操るように。

 次第に呼吸は荒く、徐々に息を吸えているのかどうかも怪しく感じてくる。

 大体一冊の半分程進んだ所で、後ろから大きな手が伸びてノートを取り上げた。

 いきなり取られた俺は、そいつの顔を見ようと後ろを振り返る。

 後ろには、ノートの話をした時の笑みを消した設楽先生が、まるで別人の雰囲気を纏って立っていた。

「何…するんですか?」

「これ以上はやめときなさい。何もそこまでして読まなければならない程の物じゃないだろう?そんな…泣きながら読むような物じゃ」

 はっ、泣いている?誰が?

「古里、あんた大丈夫?まさか、中学の時の事、思い出して?」

 立河や翔も、俺を心配げな顔で見ている。

 俺は自分の頬に触れ、確かにそこが濡れているのを感じた。

「いや、えっ?何で、俺泣いてんだ?」

 俺自身訳が分からない。

 でも、今になって気付いたが、心臓は早鐘を打つように早くなっており、さっきまでノートを持っていた手は異常な熱を帯びている。

 何故だ?(駄目だ、気にするな!)

 どうしてだ?(思い出したいのか⁉︎あの気持ちを!)

 分からない。分からない。分からない。

 もう何がなんだか分からない。

 設楽先生がノートを棚に戻し、椅子には戻らずに教室から出ていく。

 去り際に立河と一言二言話していたが、今はそんなのどうでもいい。

 今はとにかく、家へと帰って忘れたかった。

 今の事を、今見たノートの中身を。

「どうするんだい?立河さん。修一はあんなだし、今日はもう解散しても良いと思うんだけど」

「うん、先生にも言われた。入部届けはいつでも良いから、今日はもう帰れって。…古里、あんたはどうする?」

 先ほどまでとは違い、俺を気遣う翔と立河。

「…帰る」

 俺は少し俯きながら答えると、そのまま三人で校門を目指す。

 帰っている間も、俺はあの日誌を書いた人物へと思いを募らせていた。

 本来は知るはずの無かった何冊ものノート。

 俺はそのノートを書いた人物を知っている。

 正確には、関係者から話を聞いて知っている。

 翔と別れた後、俺と立河は登校時と同じ道を歩いていた。

「古里、本当に大丈夫?顔色が悪いけど。」

「俺の親父の話はした事あったっけ?立河」

 いつも立河と俺が合流地点のようにしている十字路。俺はそこで立河を止めて唐突に話し出す。

 何故、俺が警察から感謝状なんてもらったのか、その理由を。

「俺の親父な、警察官だったんだ。でも、二年前にある事件で犯人に殺された。偶然俺はその犯人を捕まえて感謝状を貰ったんだけど…でもな、俺一人の力で捕まえた訳じゃないんだ。その時俺に力を貸してくれた人、それが、前任の『探偵部』顧問 佐久間 紘平」

 俺の言葉を立河は黙って聞く。

 でも、これだけじゃあ意味は分からないだろう。

 だから、俺はもう一言付け加える。

「その人は、犯人を捕まえた翌日に死んだ。あの学校で、その屋上で、あの人は身を投げた」

 そう。二年前、俺がひょんな事から出会った知らないおっさん。

 その人は、ほんの少しの手がかりから犯人の居場所を特定し、俺に教えてくれた。

 俺に警察を呼ばせて、自分は名前だけ言うとさっさと姿を消して。

 勿論捜した。

 でも、警察はまったく信じてくれず、俺は幸運にも犯人の居場所を見つけたヒーローにされた。

 その翌日に、その人が死んだニュースを聞いた時は意識を放り投げたくなった。

 おそらく自殺。

 そんな曖昧な言葉がニュースキャスターから告げられ、俺は愕然とする。

 あの時はあんなに元気だったのに。

 自殺なんてする風にはまったく見えなかったのに。

 立て続けに知人が死んだ事に俺は恐怖を覚え、それからというもの、俺は親父の一件を思い出すと無性に怖くなるようになった。

「ふ〜ん、それで時々怯えてたんだ。良かった、それが聞けて」

 予想以上に長い時間話してしまったが、立河はそれでもちゃんと聞いてくれた。

 やっぱりこいつは、普通にしてればモテるだろうに。

「古里、あんたはどうしたいの?私に話したって事は、少しは思うモノがあるんでしょ?」

 いつにも増して、真剣な表情で立河は俺に問う。

 何がしたいのか?

 どうしたいのか?

「…分からない。俺がしたい事が、俺自身分からない」

 落胆、失望、それに準じた何かを抱かせただろう。

 俺は立河の顔を見る事も出来ず、ただただ地面を見続ける。

「そっか、分からないか。じゃあ良いよ。分からないままで。その代わり…」

 いつもと変わらない、お嬢様とは縁遠いテンションの高さで立河は告げる。

 高々と、声高に、まるで開会式で選手宣誓をするように。

「私が『真実』を見つけるの、手伝ってもらう!」

『真実魔』立河 愛衣は宣言した。…私は『真実』が知りたいと。

『ただの少年』 古里 修一は言った。…勝手にしろ。勝手に動いてくれと。

 少年少女は十字路で別れ、それぞれの家へと帰る。

 互いに思う事は異なれど、互いに目指す物が一つになる。…方向性が一致する。

『探偵部』の顧問に起きた出来事の解明。

 高校に入学して初めての、変化した日常が幕を開けた。



どうもこんにちは。『狐の事情の裏事情』の作者でもある片府です。

今回は第二作目として書かせて頂きました。

検索ワードに設定した通り、これはなろうコン大賞応募作品です。

まだまだ新入りなので、暖かい目で見てもらえればありがたいです。

短い後書きですが、ここで筆を置こうと思います。

今後も縁があれば、『狐の事情の裏事情』でもお会いしましょう。

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