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最後の恋  作者: 七緒葉月
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「渡辺君」

 呼ばれて、渡辺幸成は振り返る。

「三積先生」

「卒業おめでとう。はいこれ。約束の品」

 綺麗にラッピングされた本。以前、渡辺が図書館に寄った際、三積が卒業記念に図書館の本をプレゼントしてくれると約束してくれたのだ。

「サンキュ、三積先生。大切にするよ」

「間違っても古本屋には売れないからね。なんたって図書館の印付。ちゃんと貸し出しカードまでつけといたから。友達に貸すときはちゃんと書いてもらいなさいね」

 なるべく大事にして貸し出しなんかしてほしくないんだけどね、と付け加えて笑う。

「大丈夫、俺の友達でこんな本読むようなやつがいないから。きっと家の本棚でおとなしくしてるさ」

「それもそうだったわね。いつも友達連れてくると騒がしくてしょうがなかったものね」

 それにはコメントせずに渡辺は笑う。

「大学、東京の方なんだってね。読書と部活しかやってないと思ってたら勉強もちゃんとやってたのね」

「授業中には寝ても、ちゃんと勉強はしてたんだぜ。テストの点も悪くなかったし」

「やな生徒だわね」

 二人して笑いあう。向こうの方で渡辺を呼ぶ声がした。

「あ、クラスのやつらだ」

「あら、長話してごめんなさいね。渡辺君、もてもてだから忙しいわね」

「男にもてたってしかたないだろう」

 今、呼んだのは男のクラスメイト。さっきから部活の後輩や何かが声をかけてきたが、ほとんどが男だ。気のいい先輩だった渡辺は同性に多く慕われていた。もちろん異性にも人気があったわけだが。

「じゃ、先生、お世話になりました」

「これからがんばってね」

 手を上げて答えてから、呼ばれた方へ走っていく。


「手紙ちゃんと読んでくれるかしら」

 出来れば高田の思いが届けばいいのに、と三積は思った。


「あれ、ユキ。それなに?女から?」

 目ざとい友達がチェックを入れる。

「そう、女から。っつっても司書の先生に本をもらっただけだよ」

「へえ、どんな本?」

「おまえらが見ないような本だよ。挿絵なしのな」

「いいじゃん、ちょっと見せてよ」

「仕方ねえなあ」

 そういって渡辺は包みを開ける。本を取り出そうとすると何かが落ちる。拾い上げると。

「貸し出しカードと手紙?」

 カードには何故か一人の名前が書いてある。新刊をくれるというのが三積の約束だったのに、そう思いながら渡辺は差出人の名前を見る。


『高田なつみ』


「何?司書の先生からのラブレター?」

「いや。ただの手紙だよ、きっと。ちょっと読んでくる。教室行っといてくれ」


 興味津々で聞いてくる友達を先に教室に行かせ、渡辺は壁際に座り込む。


「渡辺幸成様


 突然の手紙で驚かれたと思います。

 私は高田なつみと言います。名前くらいは知っているかと思います。偶然だったけれど、図書館でよく同じ本を借りていたから。

 いつも本の貸し出しカードにあるあなたの名前を見て、どんな人なんだろうと想像してました。偶然、あなたを知った時、すごく意外に感じました。だって本を読む人には見えなかったから。


 本当は手紙なんか書くつもりじゃなかったんです。でも、あなたは卒業するし、私も遠くへいってしまうし。伝えてもあなたが困るだけだと思ったけど、どうしても伝えたかった。

この手紙は気にしないでください。私が、伝えたかっただけだから。もう、あなたに会うことはないから。


 私は、あなたが好きでした。

 

高田なつみ」



「本当にラブレターだったか」


 貸し出しカードにある名前は高田なつみ。渡辺はたしかにこの名前をよく目にしていた。本の趣味は一緒だな、と思っていた。

「たしか一度声をかけたことがある」

 本を探している高田なつみの姿を思い出した。なかなか決まらずに迷っていた。ちょうど手にしていた本の貸し出しカードには男の名前しかなかった。だから、声をかけて本を渡したのだ。

 後から、名前を聞いておけばよかったと思った。だから返却されてきた本の貸し出しカードをわざわざ見に行った。そこには高田なつみの名前があった。

「もう、会うことはないって何だよそれ」

 しばらくうつむいていた渡辺は、顔をあげて歩き出す。


「あ、渡辺先輩。卒業おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」

 部活の後輩が花を渡してくれる。しかし、サッカー部、男ばかりで花が似合わないことこの上ない。

「先輩、おめでとうございます。あれ、それ司書の先生からのプレゼントですか?」

「ああ。そういや拓巳はあの時一緒だったか」

 渡辺が三積に本をもらう約束をしたとき、拓巳はお使いで図書館に来ていた。そして、渡辺は拓巳が高田なつみと同じクラスなのを思い出した。

「あ、なあ拓巳。ちょっといいか?」

「あ、はい」

 とりあえず、大勢いる教室から二人で抜け出し、廊下に出る。

「拓巳のクラスに高田なつみっているだろう?」

「あれ、先輩。なつみのこと知ってるんですか?」

 渡辺はクラスメイトなら何か知っているかと思ったが、拓巳が高田なつみを名前で呼んでいることに驚く。拓巳は拓巳で渡辺の口からなつみの名が出てきたのに驚く。

「おまえ、親しいのか?」

「幼馴染です。なつみがどうかしました?」

 そう聞かれて、渡辺は困る。どう拓巳に聞けばいいのかがわからない。結局、素直にしゃべることにした。

「いや、手紙をもらったんだ」

 渡辺がそういうと、拓巳は突然泣きそうな顔をする。

「どうした。拓巳?」

「い、いえ。何でもありません」

「何でもないわけないだろう?」

 そういって、しばらくどちらも黙ったままでいた。しばらくして、拓巳の方から口を開く。

「それ、青い手紙でした?」

「何で知ってるんだ?」

「うちの兄貴からなつみへの誕生日プレゼントだったから。それで大事な手紙を書くんだって言ってたから」

「そうか」

 そしてまた黙り込む。今度は渡辺が口を開く。

「なあ、彼女と連絡とれないか?会いたいんだ」

「もう会えないんです。あいつ、いないから」

 一瞬息をのんだあと、苦しげにそう言って拓巳は一息つく。

「あいつんち、引っ越しちゃったんです。なつみあまり体が丈夫じゃないから、手術するってアメリカへ」

 拓巳は一度も渡辺を見ようとしない。渡辺はそのことに気付かない。ただ高田なつみがアメリカに行ってしまったという事実に驚いていた。

「帰ってこないのか?」

「ええ、親父さんの仕事も向こうになったらしくって。ずっとむこうで定住するって」

 渡辺は深いため息をつく。

「だから、もう会うことはない、か」

 拓巳に聞こえないくらいの小さな声でつぶやく。

「すまなかったな。問いただして」

「いえ」

 そして、渡辺は教室とは違う方へ歩き出す。


 渡辺が去った後、拓巳は涙をこぼす。

「ちゃんと嘘ついたぞ。これでよかったのか?なつみ」


 後日、拓巳の家に一通の手紙が届く。

「あれ、渡辺先輩からだ」

 中を開けると、もう一通封筒が出てくる。宛名は

「高田なつみ・・・なつみ宛の手紙だ」

 拓巳は急いで外の封筒に入っていた手紙を読む。


「拓巳へ


 突然で悪いが、中に入っている手紙を高田なつみへ送って欲しい。住所を聞いて直接送ろうとも思ったが、やっぱり聞きたくないのでおまえに頼むことにした。


 よろしくな。


 渡辺幸成」


 拓巳にはなぜ渡辺が住所を聞きたくないのかわからなかった。でも、聞かれなくてほっとした。アメリカと言ったけれどアメリカの住所を嘘つけるほど拓巳はアメリカを知らない。

「でも、何で聞きたくないんだろう」

 とりあえず、拓巳はその白い封筒をなつみへと持っていくことにした。

「なつみのとこ行ってくるか」


 小高い丘の上の墓地。空が広いからと、なつみが生きているうちに自分で決めていたらしい。天気がよくて空がとても青かった。

「なつみ、渡辺先輩の手紙もってきたぞ。中、入れておくからな」


 風が吹く。なつみが笑った気がした。


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