第18話
麻雲さんがお茶を出してくださって、詩呂に椅子を勧められ、二人がソファーに座ったところで。
順番に、今までの経緯を話していった。
話し終えて。
ふうん、と琴花さんが、沈黙を破った。
「つまり、巷を騒がすガキ共がこの町に逃げ込んだと」
「そうだ。奴らに心当たりはあるか?」
「あるも何も。あの野郎ども、中立地帯で銃だのナイフだのを振り回して、親分衆の中でも問題になってるぜ」
淳が首を傾げる。
「中立地帯?」
「東西南北に一つずつ、乱暴をしちゃいけねえ場所を決めてある。すりゃあ親分衆の元で制裁だな。
だが今回、どこの親分の部下かはっきりしなくて困ってたんだ。………………なるほどな。そりゃどこの部下でもねえわ」
「根城の場所は分かってますか?」
「だから、その中立地帯であるホテルに居んだよ。あそこには、銃も、刃物も、麻薬も置いてあるからな」
「それって………………かなり苦しいんじゃねーの?」
「だから攻めあぐんでるんだよ。さらに、だ」
琴花さんの視線を受けて、詩呂がああ、と苦り切った顔をした。
「まさか、置いてあるクスリとは………………『ライン』なのか?」
「そう、そのまさか」
詩呂がソファーにもたれる。
訳が分からないまま周りを見ると、晶子は黙々と今までの経緯をノートに記し、亮と立夏と雛菊さんは首を傾げ、淳は思い出すかのように顎に手をあて、暁は険しい顔をしている。空野先生は糸目で分からない。
淳が待って、と声を発した。
「その『ライン』って麻薬………………あまりにも精神状態に悪いからって一般には販売されてないヤツだよね?」
「そうだ。知ってんのか?」
「知り合いが売ってた」
思わず淳を見ると、ケロッとした顔で舌を出す。
「お金が足らなくてね。色んなところに片足を突っ込んだよ」
「淳………………」
「ただ、その知り合いも効果については教えてくれなくてね。どんなの?」
琴花さんが溜め息をつきながら教えてくれる。
「『ライン』はまあ………………とりあえず、ヤバい薬だ。液体として血管に直接打てば身体も飛躍的に強くなる。が、頭もイカれる。
あれだけの変化を起こせば身体は無事じゃいられない。いつかはガタがくる。ましてや脳のダメージは深刻だ。
たとえ時間をかけて抜いたって元には戻らねえ。むごいが」
「それで、今ではウラでも、原液の半分の濃度に薄めた物しか発売していない。その分強さも減るけど。……合っているか、琴花?」
「おうよ。さっすが、シロはよく覚えてんな」
俺は前に、その説明を聞いた上に、実際に中毒者と対峙して、その恐さ、強さを見ている。
でも、やっぱり亮達には実感がないらしい。暁は知っていたのか、驚いた様子もない。詩呂も説明してたしね。
話を進めるしかなさそうだ。
「で? マフィア達がその『ライン』使っちゃってるの?」
「ああ。残念な事に、四十%までしか置いてなかったけどな」
亮が手をあげた。
「何で残念なんだ? もっと強くなるより良いんじゃねーのか?」
「五十%以上を打つと、大抵の人間がイカれる。変化に耐えられなくなって、脳や心臓が停まるんだよ」
「危険だな」
空野先生がぼそりと呟いた。
そうなんだよー、と琴花さんが頭を抱える。
「正直、ラインに対抗できんのは、同じライン中毒者か、俺達親分衆か、親分衆を束ねる頭にしかできねえ。素面で勝てるやつなんぞ、まさしく指で数えるしかいない」
「現状は?」
「北のが麻薬大嫌いだからな。本人達にその気は無えだろうが、かなり手伝ってくれている。
東のは静観だな。まあラインの製造と販売を停止してくれたのは有り難いが。
南のは水面下で警察と連携をとろうとしてる。
…………サトル、お前無表情になってんぞ」
「ごめんなさいね」
「イヤそれ謝ってねーだろ」
亮に突っ込まれても表情を変えない暁。確かに怖い。
晶子が携帯を取り出した。
「私の父が、警察の結構上の方にいるのよ。話する?」
「………………いいか?」
「ええ」
「じゃ、後で頼む」
マフィアの話は、とりあえずこれでおしまいらしい。
次は、雛菊さんの話だ。
琴花さんに、雛菊さんの顔を見てもらった。
「琴花さん、彼女の顔に見覚えはない?」
「オモテのポスターで、竹刀構えてるのなら見たぜ!」
「それはうちの妹が町の代表として大会に出た時のポスター」
見たことなさそうだ。
俺達は、雛菊さんをマフィア達が探していたことを話した。
「へえ! …………つまり、またお前らのところに奴らが接触するかもしれねえんだな?」
「そう。で、空野先生」
先生なら、彼らから何らかの話を絞り出しているかもしれない。
先生も頷いて話し出した。
「警察に引き渡したが。その前に聞くことは聞いたぞ。
当たりだ、奴ら、光辰さんを仲間に引き入れようと画策している」
空野先生が言うと。
光辰さんが、ウラの彼らの拠点に現れたらしい。当然殺そうとしたらしいが、彼はひょいひょいと避けて、何人か倒したらしい。
で、光辰さんに何故来たと聞けば、
「『雛菊という人を探している』と言われたそうだ」
「!」「当たりね!」
つまり、奴らは光辰さんを仲間に引き込むために、雛菊さんを確保しようと動いている。
何ともまあ、迷惑な。
雛菊さんも首を傾げている。
「目立つ事は苦手だったのだが………………?」
「本人に接触してからでいいでしょう。ということで琴花、奴らが根城にしている中立地帯のそばに、着物をきて、彰にそっくりな顔の男性がいるか探してください」
「サトルお前、人使い荒いな!? 今じゃあの辺り一帯、ずっとドンパチやってんだぞ!?」
「頑張れ」
「シロ、お前もか!」
琴花さんが可哀相に見えた。
が、この中で今ウラに対して影響力があるのは琴花さんだけなので。
「死なないようにお願いしますね」
「ショウにまで裏切られた!?」
俺からも応援しといた。
がっくりと頭を垂れた彼はブツブツ言ってたが、やがて唸りだした。
「シロ、お前のイヌ借りてもいいか? あいつらならお前の頼み事ってだけで手伝ってくれそうだしよ」
「いいが…………あいつらも忙しくないのか?」
「片方はライン狩りに全力を注いでるな」
「ああ、試してくれ!」
やけになって叫んだ詩呂がソファーに背中を押し付けて天を仰いだ。
が、すぐに体を戻して淳を見る。
「で、淳? アンデッド、とやらについて教えてくれないかな?」
「今の流れでそっちに行っちゃう?」
「ああ。イヌと言われている元子分がやたら嗅覚のいいやつで、それで思い出した」
「アンデッド?」
琴花さんだけが、何かよく分かっていない。空野先生は立ち上がり、淳が緊張して睨んでいた窓際に歩み寄った。