第12話
学校の帰り道。
淳はトランプ研究会に入部してくれた。なんでもあのダルさがいいらしい。
「時々、部員じゃない子も混ざってやってるんだよ」
「誰でもウェルカム」
「いーねーそういうの大好き」
入部届けは明日、先生に出すとして。
今これから、俺達は詩呂の家にいる「雛菊」さんに会いに行くことになった。
というのも、
「雛菊どのだが、何故か名前しか明かしてくれない。あとは、人を探しているとしか。済まないとは思うが……私も祖父に養ってもらっている身だ。いつまでも身許不明の者を家に住まわせるわけにはいかない」
「だから、俺達も呼んで何か情報をしぼりだせないかって?」
「ああ。……女人にそのようなことはしたくないのだがな」
まあ、そんなこんなで、詩呂の家に向かおうと思っていたところだった。
詩呂の家は、ご両親がいない。ある日旅行に行ったきり、帰ってこなかったそうだ。そのせいで彼女も一時期グレたようなものなんだけど。
で、今は父方のお祖父さんお祖母さんが面倒を見てくれているらしい。
学校を出て、詩呂の家の方に足を向けたそのとき。
「あのー」
「はい?」
呼びかけられてそちらを向いて、黒い服のおっさんを確認した。
淳を見ると、無表情だ。
昨日の奴らかもしれない。
詩呂も淳の様子に気付いたらしく、少し重心を傾けて臨戦態勢になった。
「何かご用でも?」
「いえ!」
慌てるおっさん。日本語が達者だけど、中国人の顔立ちだ。
さらに、詩呂の気配がガラリと変わっている。
この気配は懐かしい。
グレていたころの気配だ。
詩呂がそういう気配を醸し出す相手は、今ではウラの人間しかいない。
つまり相手は、中国やくざと考えていいのかもしれない。
「ただね、あなたがたが雛菊、とおっしゃっていたので呼び止めただけなのですよ」
「雛菊を知っていらっしゃる? また、何故?」
「私の知り合いに、その方を探している者がおりまして」
探している。
「雛菊」さんはウラの人間なのだろうか。
「中国人さん」
じっと黙っていた暁が、口を開いた。
「あなた、どこの組の者です?」
「組、ですか…………失礼ながら、そういったものを言うのはあまり 」
「では、どの親分衆の管轄に? それも言いたくなければ……ウラのどの辺りに拠点をお持ちの方々ですか?」
暁は、寺の子供だ。
お寺は、オモテとウラの境に建っている。そのせいか、ウラからも供養の仕事が回ってくる。暁も、寺の手伝いに出ることがある。
その過程で、知ったらしい。
おっさんは、冷や汗をかきながら、そうですねえと言った。
「親分衆の管轄には入っていません。ウラというのが、白い線で引かれた向こう側なのであれば…………我々は白い線のすぐそばに居ますよ」
「………………そうですか」
暁は、やさしく笑った。何だか怖い。
「昨夜、雛菊さんと名乗る女性を夢に見まして。その話をしていただけのことです」
「そうですか。……いや、失礼しました。それでは」
おっさんは去っていった。
詩呂が歩きだしながら暁を呼ぶ。
「何故、嘘をついたんだ?」
「だってさっきの人達、晶子の言ってた『逃げてきたばかりの危ないマフィア』なんですもん。そんな人達に渡すなんて危ないでしょう」
「何でそいつらだってわかったんだよ?」
「ウラは、一人の頭を持つ四人の親分が地域ごとに取り仕切っています。管轄に入っていないのは、まだ来たばかりの彼らだけ。あとは、そうですね…………………………ウラの人間はね、絶対オモテではウラの話をしないんですよ」
へえー、と晶子が目を丸くしている。
淳は何故か黙り込んだままだ。立夏は考え込んでいる。
歩きながら、さっきの件について話した。
「マフィアか…………もう銃も刃物も持たないと決めたからな。ウラにはもう入らない」
「マフィアはまだ、オモテで犯罪を犯しちゃいけないって知らないかもしれないわ。危なくなったら、家族と雛菊さんを連れてウチに来なさい。警察すぐに動員できるから」
「ありがとう、晶子。だが、一番近い警察に逃げ込むよ」
「…………その方がいいわね」
「さすが署長の娘、と言ってもいいか?」
「どうぞ」
「さすがしょちょーのむすめぇー」
「亮、あんたふざけてるの?」
「かなり」
晶子が亮を殴った。
それを無視した立夏が、口を開く。
「………………おい」
「立夏、どうしたの?」
「尾行されている」
最後の言葉だけ、隣にいた俺にささやいた。思わず立ち止まりかけて、立夏に肩を掴まれ、押される。
「歩き続けろ」
「どうしたんだよ?」
亮に聞かれて、同じ内容をささやく。亮はつるんでいた晶子にささやき、晶子は詩呂にささやき、詩呂は暁にささやいた。淳は立夏にささやかれている。
淳は驚いていない。
「………………公園に行かねーか?」
「いいわね。のども渇いたし」
公園に逃げ込む。淳が深く息を吐いた。
「……黒服のせいでこの公園に来てばっかなんだけど」
「災難だね」
「何かあったのか!?」
「昨日、彼らにピンクの世界に連れていかれそうになってさ、ここで撃退した」
立夏のまわりにどす黒いオーラが渦巻く。
ブツブツ言ってるけど怖いので話しかけないふれない。
淳は空を見上げて、目を閉じた。
「十人」
「は?」
「十人、さっきの奴と一緒にこっちに向かってる」
言われて、思わずまわりを見回したけど、誰もいない。
淳は目を閉じたままだ。
「生れつき、五感が鋭いんだ。目で見えるほどには近づいてないから、耳で足音を聞いてる」
「足音…………他にも人間なんていっぱいいるわよ?」
「一度会った人間の容姿、匂い、足音、気配なら忘れない」
静かにそう言い切った淳が来た、と目を開ける。彼女は太い枝をひとつ拾い、左手に持つ。
淳の視線の先に、ナイフを持つ黒服の男達がさっきのおっさんも合わせて十一人、立っていた。
「酷いなあ。
嘘をついてたんじゃないか」
おっさんの声と共に、黒服がナイフをちらつかせる。
いや、ちらつかせようとしていた。
淳が行動を起こすまでは。