「王様に会う前に、条件を確認しろ」
初クエストを終えた翌朝。我々が宿泊している、宿場「金麦亭」の朝飯が終わったところだった。
田中は宿代と食費と素材売却の収支を帳面に書いていた。
ネネは自分の家計簿と見比べながら横で唸っていた。
エリュシアは窓の外を見ながら静かにお茶を飲んでいた。
「やっぱり王都は高い」
田中がぼそりと言った。
「昨日も言っていた」
「昨日も思った」
ネネが帳面から顔を上げる。
「次の手とは何だ」
「考え中だ」
そこへ、宿の扉が開いた。
鎧はぴかぴか、乗っている馬はでかい。羽根飾りのついた帽子をかぶった――いかにもお金がかかっていそうな男が立っていた。
「勇者様! レムリア国王ご陛下が、謁見を賜りたいとのことでございます!」
田中が顔も上げずに言った。
「報酬は?」
使者が止まった。
「……は?」
「行ったらいくらもらえる、と聞いている」
(最初の一言が報酬……)
エリュシアは目を閉じた。
「め、滅相もございません! 国王陛下のご厚意として、勇者様には最高の装備と
報奨金を――」
「具体的な金額は」
「……五プラチナ(※後書参照)と、勇者専用の装備一式を予定しております」
田中が少しだけ考えた。
「わかった。行く」
ネネが帳面を取り出した。
「五プラチナ、五プラチナ.....と」
「書くな。まだ確定じゃない」
「わかった……消した」
*****
謁見の前に、使者が名前を求めた。
「お名前をいただけますか。ご案内状に記載いたします」
「シモンだ」
「……シモン様?」
「シモン・ベルモンドだ」
エリュシアが小声で言った。
「田中さん、それは――」
「シモンだ」
使者は困惑しながら案内状に「勇者シモン・ベルモンド様」と書いた。
ネネがぼそっと言った。
「……我はネネでよいのか」
「お前は有名だから隠しようがない。それにネネは略称だ。気づかんだろ」
「そうか」
(魔王がそれで納得するのも大概ですが)
エリュシアは何も言わなかった。
*****
謁見の間は天井が高かった。
柱に金箔。床に絨毯。侍従が左右に並んでいる。
田中たちが正面を見ると、玉座に、恰幅のいい中年男性が座っていた。
国王だった。にこやかだが、目は鋭い。
「よく来てくれました、勇者よ。まずは我が国の感謝を――」
「それより先に確認したい」
謁見の間が、しん、と静まった。
田中は続けた。
「報酬の内訳だ。装備一式とプラチナ5枚と聞いた。装備を先に見せろ」
侍従長が青い顔で耳打ちした。「陛下、これは……」
国王は少し考えて、手を振った。「……持ってきなさい」
*****
運ばれてきたのは、剣・鎧・盾・マント・指輪が五つ・首飾りが三つだった。
全部、光り輝いていた。宝石がつき、全体的に装飾が多かった。
田中が手に取った。
剣を抜いた。刃を見た。重さを確かめた。
「……刃が甘いぞ。この装飾のために鋼の量を削ってるだろう」
鎧を手で叩いた。
「軽すぎる。金箔の重さを鉄の厚みに使え」
盾を持ち上げた。
「この宝石、四つ。合計で盾が二枚作れる値段だな。違うか?」
指輪を五本まとめて持った。
「指輪は邪魔だ。戦闘中に引っかかる。論外だ」
首飾りを一瞬見て置いた。
「同じ理由。いらん」
謁見の間に沈黙が落ちた。
国王が、ゆっくりと口を開いた。
「……勇者よ。その品々は、レムリア王国の職人が一年をかけて――」
「金で渡せ」
「……は?」
「装備はこっちで作る。この装飾品を全部売れば資金になる。金で渡した方が有用だ」
侍従長が震えながら言った。
「め、滅相もございません! これは国を代表する勇者への……」
「売値はいくらだ」
「そ、それは……」
「言えないなら俺が査定する」
田中が振り返った。
「おいガンツ、いるか」
なぜか鍛冶屋のガンツが入口に立っていた。
「王都に仕入れに来てた」
「ちょうどいい。この装備の素材価値を出してくれ」
「……ああ」
謁見の間で、鍛冶師が装備を査定し始めた。
(この状況は何……? なぜ鍛冶師が謁見の間に……?)
エリュシアは額に手を当てた。やれやれ。
*****
「素材価値で三プラチナ二百G。宝石込みなら、五プラチナはいける」
「聞いたか。現金五プラチナのほうが話が早い」
国王が絶句した。それに続いて、侍従たちも絶句した。
ネネが帳面に書き込んだ。
「五プラチナ……」
「金で渡してくれ。装備はこっちで作る。その方がお互いに得だ」
国王は、長い間、田中を見ていた。
そして、小さく笑った。
「……変わった勇者だ」
「合理的なだけだ。常識だろうが」
「……わかった。十プラチナ渡す形で折り合おう」
侍従長が「陛下!」と言ったが、国王は手を振った。
「正しいことを言っている。従いなさい」
(……国王が折れた。三分で)
エリュシアは何も言えなかった。
*****
「よし。お前、そこに正座しろ」
田中が国王に言った。
謁見の間が、再び静まった。
「……私が、ですか」
「お前とネネだ。話がある」
侍従長が「へ、陛下に向かって――」と言いかけた。
田中が振り返った。
「うるさい。二分待て」
侍従長が黙った。なぜか黙った。
国王は少し考えて、玉座から降りてきた。
ネネは既に床に正座。慣れていた。
田中の説教が始まる――。
「いいか。お前たちは組織のトップだ。
トップが経費の中身を知らないのは経営破綻の入口だ」
国王「……ほう」
「まず固定費を見ろ。この謁見の間、維持費はいくらだ」
国王「……把握しておりませんが」
「論外だ。次。あの柱の金箔、一本いくらかかってる」
国王「……それも」
「全部論外だ。帳面を出せ。今から教える」
ネネが自分の帳面を差し出した。「使うか?」
「お前は黙って聞け。お前も同じ話をする」
「……わかった」
(始まった)
エリュシアは入口の壁に背を預けた。
(この流れ、止められない)
*****
一時間後。
侍従長が「陛下、そろそろご公務が」と言った。
「二分待て」
「勇者様、それはシモン様がおっしゃることで――」
「うるさい」
田中と国王が同時に言った。
侍従長が黙った。
(二人が揃ってうるさいと言った……)
エリュシアは静かに息を吐いた。
(止められない。完全に止められない)
二時間後。
エリュシアが三回「田中さん、そろそろ」と言った。
田中は三回「あと二分」と言った。
二分は一度も来なかった。
国王は途中から、熱心にメモを取り始めていた。
ネネも横でメモを取っていた。
二人のメモが、だんだん似てきていた。
「……王国の維持費と魔王城の維持費、構造が同じだな」
国王がネネに言った。
「そうだ。無駄が多い」
「……お互い、削れるところがある」
「そう思う」
田中が二人を見た。
「話が早い。そういうことだ」
(国王と魔王が、家計の話で意気投合している)
(神界への報告書の様式が、存在しない)
エリュシアは静かに目を閉じた。
*****
もう数えていない〇時間後――
「では、また来てやる。話の続きがある」
田中が立ち上がった。
エリュシアが小声で「また来るのですかー!?」と言った。
「固定費の見直しは一回じゃ終わらん。常識だろうが」
国王が苦笑した。
「……シモン殿。またいつでも来てください」
「お前は、田中でいい」
エリュシアがわずかに目を見開いた。
(今、本名を……)
田中はもう歩き出していた。
国王が静かに「田中殿」と繰り返した。
(……この方が、この国を少しだけ信用した瞬間だったのかもしれない)
エリュシアは口をつぐんで、後に続いた。
*****
宿に戻ると、田中が帳面を開いた。
「プラチナ硬貨10枚。当分の資金になる」
「どうするのだ」
「王都を出る」
ネネが帳面から顔を上げた。「……いつだ」
「明日だ。ここは高すぎる。常識だろうが」
エリュシアが少し笑った。
自分でも、気づかないくらい小さく。
(……やっと、次へ行けますね)
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※おじさん解説!
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本日、田中剛は国王に数時間以上の昭和説教を実施した。
内容は主に「固定費の把握」「装飾と実用の区別」
「トップが経費を知らない組織の末路」の三点である。
国王は一時間目からメモを取り始めた。
魔王も同様であった。
なお侍従長は合計四回「陛下」と言ったが、
うち二回は田中と国王に同時に「うるさい」と言われた。
侍従長のせいではない。
この世界の通貨設定
1G=15円
1000G=1P
最小単位は1000カッパー=1Gですが、節約勇者世界ではほぼ出てきません。
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※神界業務日報 第8回
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担当勇者:田中 剛(本日の名乗り:シモン・ベルモンド)
本日の特記事項:
勇者が謁見において支給装備一式の査定を要求。
鍛冶師を現場に呼び、三分以内に国王を説得。
報酬を倍のプラチナ硬貨10枚に変更させた。
その後、国王と魔王に対し固定費削減の講義を数時間実施。
侍従長が四回止めようとしたが、全回無視された。
私の所感:
これは謁見ですか。経営指導ですか。
様式に該当カテゴリが存在しません。
「その他」で提出いたします。
追記:
帰り際、勇者は国王に本名を名乗った。
……これについては何も書かないことにする。
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※魔王の家計簿 第8回
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今日の収支:謁見につき特になし。
田中の言葉:「固定費を知らないトップは失格だ」
感想:
二時間、話を聞いた。
隣に人間の王様が座っていた。
千年間、こういう状況は一度もなかった。
我のメモと王様のメモが、だんだん同じ内容になっていた。
敵だと思っていた相手だが、固定費の悩みは同じだった。
不思議なことがあるものだ。
田中が帰り際に本名を教えていた。
我には最初から教えてくれた。
これは家計簿に書く話ではないが、書いた。
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第8話 了
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