「スライムに、全力で挑むな」
初クエストはスライム退治。
ですが田中にとって大事なのは、討伐より素材でした。
魔王ネネ、早くも社会の厳しさを学びます。
クエストへの出発前、田中が一服していた。
ネネが黙って隣に立つ。
エリュシアが少し離れたところで待っている。
「それ、吸いすぎではないか」とネネ。
「一本だ」
「毎日一本か?」
「……そうでもない」
ネネは特に何も言わなかった。
――――
王都の石畳が途切れ、土道に変わったあたりから、空気が湿ってきた。
道の先には浅い水たまりが点々と光り、泥の匂いが鼻につく。
「よりにもよって、こんなぬかるんだ場所なのか」
ネネが露骨に眉をひそめた。
「だから安い」
田中は前を向いたまま答える。
「安い理由がそれでよいのか」
「他が嫌がる。なら狙い目だ」
「嫌な理屈だな」
「金になる理屈だ」
後ろを歩くエリュシアが小さく息をついた。
(発想が徹頭徹尾、生活者なのですよ……)
湿地の手前で、田中が立ち止まる。
「ここから先、全力を出すな」
「なぜだ」
「素材が飛ぶ」
「またそれか」
「まただ」
ネネが胸を張る。
「スライムごとき、我が魔法で一掃すれば終わりだ」
「だからだ。潰すな。溶かすな。飛ばすな」
「注文が多い!」
「素材が金になる」
エリュシアが額を押さえた。
「勇者様、戦闘前の説明が全部お金基準なのですが」
「当然だ」
「当然ではありません」
「常識だろうが」
田中は湿地の縁にしゃがみ込み、泥に指を入れた。水面の揺れ、ぬかるみの浅い跡、粘液の筋を目で追う。
「いるな」
「どこだ」
「そこだ」
拾った棒で水たまりをつつくと、半透明の塊がぬるりと盛り上がった。
「うわ」
エリュシアが半歩下がる。
拳二つ分ほどのスライムだった。青とも緑ともつかない濁った身体の奥に、小さな核が見える。
「雑魚だな」
「雑魚でも沈めば終わりだ」
田中は棒を構えた。
「ネネ、押すだけでいい」
「倒しきらぬのか」
「俺が仕留める」
「私は?」
「足場担当」
「足場?!」
「俺たちが滑りそうなら光れ」
「女神の存在を動詞扱いしないでくれます!?」
文句を言いながらも、エリュシアは指先に光を宿した。
「今だ」
ネネが小さな闇弾を撃つ。スライムは横に弾かれ、核があらわになる。田中が一歩踏み込み、棒の先でそこだけを叩いた。
ぱしゃ、と水が跳ねる。
スライムの動きが止まった。
「おお」
「押すだけでいいと言っただろ」
「なるほど」
エリュシアが足元に光を落とす。ぬかるみの表面が一瞬だけ固まった。
「その程度ならできます」
「十分だ」
「褒めていませんよね、今の」
「してる」
「雑です」
最初の数体は、その調子でうまくいった。
ネネが押し、エリュシアが足場を支え、田中が核を叩く。地味だが安定している。
「どうだ。なかなかよいではないか。フッフ」
五体目を仕留めたところで、ネネが少し得意げに顎を上げた。
「そうだな」
「もっと褒めてもよいぞ」
「まだ早い」
「厳しいな、お前は」
そのとき、少し離れた水場で、ぼこぼこと泡が立った。
「ふは。今度は多いな」
「......抑えろ」
「わかっておる♪」
そう言った声が、少し楽しそうだった。
(あっ、これはたぶん駄目な流れです)
エリュシアがそう思った瞬間、ネネが片手を前へ出した。
「ふはは! 見よ!わが力!!」
「待て」
遅かった。
黒い魔力が湿地を走り、現れかけていたスライムをまとめて吹き飛ばす。水と泥と半透明の粘液が、べちゃっと四方へ散った。
しん、と場が静まる。
「ふはは! 見たか!」
「見た」
「どうだ!」
「飛んだな」
「……何がだ?」
「当然、金が」
「うっ」
田中がネネに歩み寄る。
こつんっ☆
「あだっ!?」
ネネが額を押さえた。田中がネネに軽くゲンコツを食らわせた。
「全力を出すなと言っただろうが」
「だ、だが一瞬で終わったぞ!」
「素材も終わった」
エリュシアが胸の前で手を握る。
(正しい。正しいのですが、魔王を気軽に小突かないでいただけます!?)
田中は散った粘液を棒でつついた。
「状態が悪い。買い取りが落ちる」
「そ、そんなに違うのか?」
「違う」
「……むう」
ネネがしゅんとする。
「次は抑える」
「最初からそうしろ」
「わ、わかっておる!」
だが、そのすぐあと。
「このくらいか!」
今度は小さめの闇弾が飛ぶ。さっきよりは弱い。だが弱いだけで、弱すぎはしなかった。二体まとめて潰れ、また泥の中へ散る。
田中が無言でそちらを見る。
ネネが固まった。
「……い、今のは抑えたぞ」
「ネネ」
「はい」
「こっち向け」
「え」
田中はネネの肩を掴み、くるりと体の向きを変えたかと思うと、腰に手を当てお尻を突き出させた。
「な、何をする無礼者め」
「悪いことした子はお尻ペンペンだ。常識だろうが」
「そ、そんなの、常識ではない!」
ぺん。ぺん。
「~~~っ!?!?」
ネネが跳ねた。
エリュシアが一歩下がる。
「ちょっ……!?」
(やったーーー!? 本当にやったーーー!?最高ステータスの勇者様がお尻ペンペン!普通に痛いよあれ!!)
「次から気をつけろ」
田中は真顔だ。
ネネは真っ赤な顔で鎧の尻を押さえた。たかがお尻ペンペン。されど痛いはず。
「う、うぅ……わかった……」
「よし。続けるぞ」
「切り替えが早い!」
「戦闘中だ」
「それはそうだが!」
だが、そのあとは明らかに変わった。
「ネネ、右」
「こうか?」
「それでいい」
小さな闇弾がスライムを押し出す。
エリュシアが足場を支え、田中が核を叩く。
「前」
「当然です」
「助かる」
「雑に感謝しないでください」
最後の一体を仕留めると、湿地に静けさが戻った。
「回収する」
「ここからか?」
「ここからだ」
ネネが眉をひそめる。
「全部持って帰るのですか」
エリュシアも嫌そうな顔をした。
「当然だ」
「倒して終わりではないのだな」
「倒して終わりなら赤字だ」
田中は状態のいい素材と値が落ちる素材を仕分けていく。
「これが上。こっちは下。さっき飛ばした分はさらに下」
「うぐ」
「次から覚えろ」
「……うむ」
結局、三人で回収した。
――――
ギルドへ戻る頃には、日が少し傾いていた。
泥をある程度落としてから中へ入った。
「ヨシコー、帰ったぞ」 素材袋をリッカに渡すと、彼女は素材袋を見て目を丸くした。
「……こんなに?あと――リッカです。」
「取れた」
袋を開いたリッカの表情がさらに固まる。
「状態もかなりいいですね」
「飛ばさなければ取れる」
「いえ、そういう意味ではなくてですね……」
横でネネが帳面を開く。
「討伐報酬……素材売却……」
「書くな。まだだ」
「大事だぞ」
「査定が先だ」
「うむ、そうか」
通常の討伐報酬に素材売却分が乗る。飛ばした分は安かったが、全体では十分に黒字だった。
「……こちらが討伐報酬で、こちらが素材買い取り分です」
金額を見て、ネネの目が光る。
「黒字だな」
「黒字だ」
田中がうなずく。
「ネネ、今のはいい」
「そ、そうであろう」
「悪くない」
ネネの頬が少し赤くなった。
(また褒めた……)
エリュシアがなんとも言えない顔で視線を逸らす。
リッカは帳簿を書きながら、三人を見た。
「初回でここまでやるとは思いませんでした」
「やれるだろ」
「……普通は、もう少し勢いで押すものです」
「無駄だ」
「そう返しますよね、やっぱり」
少しだけ、リッカが笑った。
ギルドを出ると、夕方の王都はまだ騒がしい。
今日黒字でも、宿代や食費で削られる額は大きい。
田中が小さく息を吐く。
「やっぱり王都は高い」
「またそれですか」
「事実だ」
「今日は黒字だったではありませんか」
「だからだ。黒字が消える」
ネネが帳面を閉じて、ふむ、と考える。
「では、もっと安い場所へ移るのか?」
「次の手を考える」
それだけ言って、田中は歩き出した。
ネネがその横につく。エリュシアも半歩遅れて続く。
新しい装備は、もう少しだけ身体に馴染んできていた。
「……ほんとうに、困った勇者様ですね」
エリュシアは誰にも聞こえない声で、そう呟いた。
――
ここは魔王城。腹心ゾルグが四天王の3人と頭を抱えていた。
「魔王様が帰ってこない……!」
「奪還計画を立てねば」
そんなの絶対に不要だと一目でわかる過大な作戦ボードを豪奢な机一杯に広げ、
四天王たちとあーでもないこーでもないと無駄な時間が過ぎていくのであった......。
※おじさん解説!
昔のゲームって、雑魚敵でもちゃんと倒し方を考えたんですよ。
全力で消し飛ばすより、被弾しない、消耗しない、得する。そっちのほうが大事でした。
あと「倒して終わりじゃなく、ちゃんと拾う」のも現場感です。常識だろうが。
※神界業務日報 第7回
本日の特記事項。
勇者が初級依頼にて、討伐報酬より素材売却益を重視する戦闘行動を実施。
理屈は通っておりますが、やはり勇者としてどうかと思います。
なお、魔王が二度やらかしました。
一度目は軽く小突かれ、二度目は……記録したくありません。
ですが、原因は完全に魔王側です。非常に悔しいです。
※魔王の家計簿 第7回
本日の収支。
討伐報酬、素材売却、合計黒字。
ただし途中で我が二度ほど失敗し、価値を下げた。反省はしている。少しだけだが。
本日の学び。
雑魚でも全力はよくない。
飛ばしたのはスライムではなく金である。
あと、二度目は本当に油断した。
本日の追記。
お尻ペンペンは常識ではない。
断じて常識ではない。
……だが、黒字だったので今日は許す。




