表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第1章:異世界最強の節約勇者 ――召喚されたのに、まず予算を確認した

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/39

「装備ができた。いくらだ」

 昼の王都は、朝より少しだけ騒がしかった。


 石畳の道には荷車が増え、露店からは焼いた肉と香辛料の匂いが流れてくる。鎧の金具が鳴る音。商人の呼び込み。子どもの笑い声。人の流れは絶えないのに、その真ん中を歩く田中の足取りだけは妙に一定だった。


「昼だ。鍛冶屋に装備を回収に行く」


 それだけ言って、田中はさっさと前を歩く。


 その後ろで、ネネは腕を組みながらも、どこか落ち着きなく視線を揺らしていた。角の先が、ほんの少しだけぴくぴくしている。


「ふ、ふん。別に楽しみにしているわけではないぞ」


「声が浮いてる」


「浮いておらん」


 即答だった。だが半歩あとで歩幅が乱れる。


 エリュシアはそのやり取りを横目で見て、静かに息をついた。


(浮いております。すごく浮いております)


「先に申し上げておきますが」


 白銀の髪を揺らしながら、エリュシアが少しだけ顎を上げる。


「あまり妙な格好になっていたら、私は拒否しますからね。女神としての品位というものがございます」


「動けて、守れて、高くない。それで十分だ」


「十分で片づけないでください」


「十分だ」


「だから、その言い切りが雑なのですよ」


(女神なのですよ、私……! もう少しこう、響きのある扱いというものが……!)


 田中は振り返らない。


 ネネは横で、ふむ、と小さくうなずいた。


「動けて、守れて、高くない。たしかに強い言葉だな」


「お前は真面目に受け取るな」


「なぜだ。我は今、学んでいるのだぞ」


 エリュシアが黙って目を伏せる。


(魔王が真顔で学習しないでください……)


 そうして三人は、朝に訪れたばかりの鍛冶屋――ガンツの工房へと足を踏み入れた。


 扉を開けた瞬間、熱気が頬を打つ。


 炭火の匂い。焼けた鉄の匂い。油と煤が混じった、鼻の奥に重く残る工房の空気。壁には鈍く光る刃物がずらりと並び、奥ではまだ小さく火が鳴っていた。


 ガンツは作業台の前にいた。腕組みをしたままこちらを見て、短く鼻を鳴らす。


「来たか」


「昼だ」


「見りゃわかる」


 ぶっきらぼうに言い返しながらも、その声には朝ほどの棘がなかった。


 作業台の上には、三つの装備が置かれていた。


 田中は一歩近づき、無言でそれらを見る。


 ネネは威厳を保とうとしているのか、わざとらしくゆっくり歩いた。エリュシアは平静を装いながらも、視線だけは真っ先に自分の分へ向いている。


「ほらよ。まずはお前のだ」


 ガンツが指で示したのは、飾り気のない胸当てと、最低限の補強が入った腕甲、それに腰回りを固めるための革ベルト一式だった。


 宝石はない。彫金もない。勇者と聞いて誰も想像しないような、地味な一式だ。


 だが、田中はしゃがみ込み、胸当ての裏側を覗き込んだ。指で縫い目を押し、金具を弾き、革の厚みを確かめる。立ち上がって肩を回し、腰をひねり、膝を曲げた。まるで買った道具ではなく、現場に入る前の機械でも点検するような目つきだった。


「映えはしねえが、壊れにくくしてある。間接も殺してねえ。補修も楽だ」


「映えはいらん」


 田中は即答した。


 ガンツの片眉がぴくりと上がる。


「即答かよ」


「見栄だ。削れ」


「勇者の第一声じゃねえだろ、それ」


 ネネが横から装備を覗き込む。


「本当に飾りがないな」


「必要ないからな」


 田中はそう言って、今度は腰の革ベルトを外し、留め具を確認した。金具の位置。革の重なり。引っ張った時の遊び。細かく見て、短くうなずく。


「いい」


「それだけかよ」


「十分だ」


 短い評価だった。


 だが、その一言でガンツの口元がごくわずかに緩んだ。


「……次。魔王サマの鎧だ」


 そう言って出された鎧を見た瞬間、ネネの目が丸くなった。


 黒を基調にした形は変わっていない。だが胸元と肩にあった過剰な装飾は大幅に減り、無駄に大きかった飾り板も整理されている。重厚さは残しているのに、全体の線が締まっていた。以前よりも、ずっと“戦うための鎧”に見える。


「着ろ」


「う、うむ」


 ネネは少しだけ緊張した様子で鎧に手を伸ばした。


 数秒後。


「……軽い」


 第一声がそれだった。


 肩を回す。腕を振る。腰を落とす。踏み込む。二歩、三歩と動いたネネの顔が、目に見えて変わっていく。


「なんだこれは。軽いのに、薄くない」


「削ったのは飾りだ」


 田中が即答する。


 ネネはもう一度、腕を大きく振ってみた。鎧の継ぎ目がほとんど引っかからない。前より明らかに動きやすい。


「だが……なんというか……」


「なんだ」


「圧が減った気がする」


 田中が真顔で答える。


「圧で勝てるなら苦労せん」


「うっ」


 痛いところを突かれた顔で、ネネが言葉を詰まらせる。


 エリュシアがそっと視線を逸らした。


(毎回きれいに刺しますね、この人……)


「威圧感も大事なのだぞ」


「動けるほうが大事だ」


「それは……そうだが」


 否定しきれない声音だった。


 ネネはもう一度、踏み込んで、止まる。今度は表情に少しだけ満足が混じる。


「……悪くない」


「だろうな」


「なぜお前が偉そうなのだ」


「注文したのはこっちだ」


「ぐぬ」


 ネネが悔しそうに唸った。


 その横で、エリュシアが自分の改修服をじっと見つめていた。


 白を基調にした色味は残っている。女神らしい清潔感も、完全には消えていない。だが広がりすぎていた裾は整理され、袖も扱いやすい長さに詰められていた。胸元や肩の防護はさりげなく厚くなっている。見た目の印象より、明らかに実務に寄った服だ。


「最後。女神サマのだ。面倒だったぞ」


「面倒、とはどういう意味ですか」


 エリュシアが即座に反応する。


「布が多い。飾りが多い。なのに汚れたくない顔してる」


「当然でしょう!」


「着てみろ」


 田中が割って入る。


「……命令口調をやめていただけます?」


「確認だ」


「言い換えていないのと同じです」


(でも、気になる……)


 不機嫌そうに言いながらも、エリュシアは服を受け取った。


 工房の奥で着替えて戻ってきた彼女を見て、ネネが小さく目を見開く。


「ほう」


 以前よりずっと動きやすそうだった。裾の流れは美しいままなのに、足さばきを邪魔しない。肩回りは細く見せながら、きちんと守っている。余計な装飾は減ったのに、女神らしい雰囲気は不思議と残っていた。


 田中が顎で外を示す。


「動け」


「やはり命令口調ですね」


「確認だ」


「それ、便利な言葉ですね」


 言いながらも、エリュシアは工房の前の空きスペースに出た。


 まず一歩。次に半身になる。袖を引き、腕を振り、しゃがむ。立ち上がる。くるりと回る。


 その一連の動きのあとで、彼女は黙った。


 田中が問う。


「どうだ」


「……実用性は、認めます」


「実用で十分だ」


「ですが神聖さというものがございます」


「転んだら終わりだ。布に守ってもらえ」


 エリュシアのこめかみがひくりと震えた。


「言い方が最悪です」


「でも正しい」


「……悔しいですが、正しいです」


 わずかに視線を逸らしながら、それでも言い切る。


(ぐうの音も出ません……!)


 ネネが横から感心したようにうなずいた。


「よいではないか。前よりずっと戦えそうだ」


「戦えそう、ではなく、戦う前提にしないでください」


「補佐に来たのだろう」


「それはそうですが!」


 田中は三人の装備を一通り見て、短く息を吐いた。


「いい。これで形にはなった」


「それで終わりじゃねえぞ」


 ガンツが作業台の縁に腰を預ける。


「工賃の話がある」


 そこでようやく、本題が来た。


 田中の視線がまっすぐガンツへ向く。


「内訳」


「……は?」


「まとめて言うな。材料、加工、調整、分けろ」


 エリュシアがそっと目を閉じた。


(始まりました……)


 ネネは帳面を取り出していた。


「我、今のは少し聞きたい」


「お前は素直に聞きすぎだ」


「学んでいるのだ」


「そこは学ぶな」


 ガンツが舌打ちする。


「……っち。材料費はこれだ。で、加工賃がこれ。女神サマの服の調整で手間が増えた」


「私のせいですか!?」


「布が多い」


「またそれですか!」


 田中は帳面も見ず、並べられた金額を眺める。


「調整分が高いな」


「だから言ったろ。女神サマの服が面倒だったって」


「神聖価格だな」


「服の調整に神聖もクソもあるか」


 ネネが真顔で帳面に書き込む。


「調整分……上振れ……」


「なんでそんなに真面目なのだ、お前は」


「固定費は敵だろう」


 ネネが顔を上げもせずに答える。


 エリュシアが遠い目になった。


(もう完全に覚え始めていません?)


 田中は指先で金額を軽く叩いた。


「仕事はいい」


「……おう」


「だが次から採寸を先に詰めろ。二度手間が減る」


 ガンツの眉が寄る。


「お前、客のくせに現場に口出すのか」


「減るだろ」


「……確かに、減るな」


「留め具も共通規格にできる。修理が楽だ」


「そこまで見るかよ」


「見ればわかる」


 数秒、沈黙が落ちた。


 工房の奥で火がぱちりと鳴る。


 ガンツがじっと田中を見た。


「お前、ほんとに勇者か?」


 田中は一拍だけ置いて、平然と答えた。


「俺はロックだ」


 ガンツの眉間に深い皺が寄る。


「名前を聞いてんじゃねえよ」


「今は()()()()()


 ネネが顔を上げた。


「おぬし、田中ではないのか?」


「今はロックだ」


「“今は”とは何だ」


「今は今だ」


「意味がわからん」


 エリュシアがそっと額を押さえる。


(本名を名乗らないのですね、この人……)

(しかも説明を放棄しました……)


 ガンツが深く息を吐いた。


「気に食わねえな」


「よく言われる」


「だろうな」


 それでも、その声はさっきまでよりずっと柔らかかった。


 田中は提示額のうち、削れるところと削れないところを切り分け、最終的な支払い額をさっさと決めた。無理に全部を叩き潰すのではなく、仕事の質に見合う分はきちんと払う。その代わり、次から削れる工程ははっきり削る。


 それを見ていたガンツが、最後に小さく鼻を鳴らした。


「値切るだけかと思ったが、ちゃんと見てるな」


「仕事は見ればわかる」


「気に入らねえ言い方だが……まあいい」


「次も持ち込む」


「最初からそのつもりで作ってるよ」


「工賃は次、もう少し削れる」


「最後まで気に食わねえ客だ、お前は」


 ネネがくすりと笑った。


「だが少し楽しそうだぞ」


「うるせえ」


 ガンツはそう返しつつも、本気では怒っていなかった。


 工房を出ると、昼の光が少しだけ眩しかった。


 三人は自然と並んで歩いた。


 田中が前。ネネがそのすぐ横。エリュシアが半歩後ろから二人を見る。新しい装備はまだ身体に馴染みきっていないはずなのに、三人とも前よりずっと足取りが軽かった。


「で、どうするのだ」


 ネネが聞く。


「試す」


「試す、とは?」


 エリュシアが問う。


「新品は使って初めて買い物の終わりだ」


「なるほど」


「ギルドに戻る。一番安く済むやつ(クエスト)を受ける」


 エリュシアが眉を寄せた。


「勇者の初陣の言い方ではないのですよ……」


「高い依頼はいらん」


「名誉とか、見栄えとか、そういう概念はありませんの?」


「無駄だ。いらん。それは邪魔だ」


「本当に容赦がありませんね……」


 少し歩いたところで、ネネがぽつりと言った。


「財布の敵だな」


 田中が横目で見る。


「……ネネ、わかってきたな」


 ネネは一瞬、目を瞬かせた。


 それから、ほんのわずかに視線を逸らす。頬にうっすら熱が乗る。


「と、当然だ。我は魔王だからな」


「関係ない」


 田中は淡々と言う。


「悪くない」


「……っ」


 ネネは咳払いで誤魔化した。


「そ、そうであろう。もっと褒めてもよいぞ」


「調子に乗るな」


「乗っておらん!」


 その声だけはいつもより少し高い。


 エリュシアが無言で二人を見る。


(今、さらっと褒めましたよね?)

(しかもネネ、露骨に照れてません!?)

(ずるいのですよ、そういうの……!)


「行くぞ」


 田中の一言で、三人は再び歩き出した。


 冒険者ギルドは、昼を過ぎてもまだ混んでいた。朝より人は少ないが、それでも掲示板の前には何人もの冒険者が集まっている。酒場スペースからは笑い声が聞こえ、受付では書類をめくる音が絶えない。


 扉を開けると、カウンターの向こうでリッカが顔を上げた。


「もう来たんですか」


「装備ができた」


 リッカの視線が三人を順に見る。田中、ネネ、エリュシア。さっきまでより全体のまとまりが増していた。地味なのに、妙に隙がない。


「で、次は?」


 田中は掲示板に近づき、依頼書を一枚抜いた。


「これだ」


 リッカが内容を見て、わずかに目を見開く。


「スライム湿地討伐、ですか?」


「報酬は安い」


「はい。初級向けですから」


「だが、拾える」


「……はい?」


「素材が取れる。回収次第では黒になる」


 リッカが止まった。


 ネネが横から依頼書を覗き込む。


「安いのか?」


「報酬だけ見ればな」


「だが拾える、と」


「そうだ」


 エリュシアが小さく息を呑む。


(もう報酬の額だけでは見ていない……!)


 田中は依頼書をひらりと振った。


「スライムに、全力で挑むな」


 その一言に、ネネが首をかしげる。


「全力ではだめなのか?」


「無駄だ」


 田中は即答した。


「削れるものは削る。常識だろうが」


 リッカは依頼書を受け取る手を止めたまま、しばらく三人を見ていた。


 変なパーティだ、と思う。


 勇者なのに地味な装備。女神なのに妙に実務寄り。魔王なのに帳面を持っている。そしてその中心にいる少年は、依頼の額より先に採算を見ていた。


(……変な人たち)


 でも。


(ちょっとだけ、気になる)


「受注処理します」


 リッカは真面目な顔でそう言った。


「行ってくる――ヨシコ、また来る。」


「お気をつけて。私は、リッカです」


「当然だ、ヨシコ」


 田中は短く答える。


「お気をつけて」


 その横で、ネネが小さく帳面を開いた。


「スライム……素材……黒字候補……」


「書くな、今そこで」


「大事だぞ」


「わかるが今じゃない」


「今だろう」


 エリュシアが目を閉じる。


(始まる前から、もう頭が痛いのですよ……)


――――――


 一方そのころ、魔王城では四天王ゾルグが計画書の一枚目を

 書き終えていた。


 だが、表紙だけだった。


「まず予算だろ」「ですね」「ネネちゃん、元気かなぁ!」と、三方向から声が飛んだ。


 ゾルグは拳を握った。「……次こそは」

※おじさん解説!


 昔のゲームって、見た目が派手な装備ほど強いとは限らなかったんですよね。

 むしろ「軽い」「動きやすい」「安く済む」みたいな実用性が、攻略ではすごく大事でした。

 あと、鍛冶屋で装備を整えてから最初の雑魚敵に行くの、あれはもう儀式です。常識だろうが。


※神界業務日報 第6回


 本日の特記事項。

 勇者が鍛冶屋にて装備一式を受領。その際、完成品を褒める前に工賃の内訳確認を要求。さらに加工工程に改善案まで提示。

 鍛冶屋は途中から少し楽しそうでした。意味がわかりません。


 また、私の衣装についても「転んだら終わりだ。布に守ってもらえ」との発言あり。

 言い方が最悪でしたが、内容は正しかったため反論しきれませんでした。非常に遺憾です。


 追記。

 勇者は本日も本名を名乗りませんでした。

 「ロックだ」と言っていました。

 何が“今は”なのか、報告書側としても把握不能です。


※魔王の家計簿 第6回


 本日の支出。

 装備調整費、加工費、補修費。合計はやや高め。だが内容は悪くなかった。

 特に鎧が軽い。動きやすい。少し威厳は減った気もするが、たぶん気のせいだ。気のせいということにする。


 本日の学び。

 固定費は敵。

 財布の敵は、だいたい見栄。

 あと、飾りは削っても死なない。


 本日の記録。

 我が「財布の敵だな」と言ったら、田中に「ネネ、わかってきたな」と言われた。

 悪くない、とも言われた。

 家計簿に書くことではない気もするが、大事なので書いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでいただきありがとうございます。感想・評価・レビューお願いします!励みになります
少しでも気になっていただけたら、作品ページものぞいていただけると嬉しいです。

小説家になろう 勝手にランキング
ギルド酒場るすと公式サイト

異世界ゲームバー転生おじさん(42)
影森ゆらは今日も死ぬ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ