「D級から始めるのが、常識だろうが」
冒険者ギルドは、朝から混んでいた。
受付に三列。掲示板に人だかり。奥のテーブルでは冒険者が朝飯を食いながら騒いでいた。
「大きいな」
魔王ネネが少しだけ声を落として言った。普段より小さく感じる。魔王の気配を抑えようとしているらしかった。
「変装しろとは言わんが、角は目立つ」
「角は我の誇りだ」
「そうか。じゃあ好きにしろ」
田中はさっさと受付に向かった。
*****
受付に、茶色い髪の女がいた。
背筋が伸びている。書類の扱いが正確だった。頭のてっぺんからつま先まで、規則書でできているみたいな女性に感じた。
「いらっしゃいませ。ご用件をどうぞ」 誰にでも印象良く感じる、受付嬢らしいトーンの声。
「登録したい」
「新規のご登録ですね」受付嬢が三人を見た。止まった。「……こちらの方々は、パーティでのご登録でしょうか」
「そうだ」
(……角が生えている。この方、魔族では……? でもニコニコして立っているし......)
(……とりあえず規則通り対応しよう。それが私の仕事だ)
「勇者様のご登録でしたら、専用窓口がございますが――」
「一般でいい」
「……は?」
「一般の窓口でいいと言った」
受付嬢が止まった。
田中を見た。どこからどう見ても普通の少年だった(※注 田中の外見は17歳。中身は46歳だ!)。
(……なぜ?)
「失礼ですが、ランクのご希望は。初回は通常E級からのスタートとなりますが――」
「D級でいい」
「……」
(……E級を飛ばしたいのではなく、D級でいいと言っている?)
「D級へのランク調整には、実技審査で相当の実力を証明していただく必要があります」
「審査はどこでやる」
「裏の訓練場です」
「わかった。先に手続きを教えろ。手順の話をしている」
受付嬢は少し揺らいだ。
(騒ぐわけでも、怒鳴るわけでもない。純粋に、手順を聞いている)
「……登録証の発行費用は30Gです。年に一度、更新料が10Gかかります」
「身分証の再発行は」
「15Gです」
「なくさなければ不要だな?」
(なくさなければ……確かにそうですが……)
横で、ネネが帳面を取り出した。
「登録……30G……更新……10G……」
筆を走らせている。真剣だった。
(魔族の方が……メモを……真面目?)
「気にしないでください。この人の日課なので」
エリュシアが静かに言った。
「……は、はあ」
*****
田中がポケットから箱を取り出し、タバコの残りを確認した。
「……減ったな」
ネネが横から覗く。
「それ、何本あるんだ」
「あと、10本」
「……異世界では補充できんのか」
「できん」
ネネは何も言わなかった。
田中も何も言わなかった。
―――――
手続きを終えて、掲示板を眺めていると、後ろから声がかかった。
「よう、新入り」
振り返ると、大柄な冒険者が三人、テーブルから田中を見ていた。装備は重厚。C級からB級といった風体だった。
「どこの田舎から来た? D級志望って言ったか? ハハ、いきなり飛び級かよ」
田中は振り返らなかった。
「無視かよ。新入りのくせに態度だけはいっちょ前だな」
それを聞いたネネが、抑えていた魔力を開放しようとしていた。
「ネネ」
田中が言った。
「なんだ」
「放っておけ」
「……しかしあの者ども、無礼ではないか」
「下を見て動くやつは、いつまでも下だ」
大柄な冒険者の顔色が変わった。
「……今、なんつった」
田中がようやく振り返った。
「聞こえなかったか。もう一度言う。下を見て動くやつは、いつまでも下のままだ」
沈黙――。一触即発。
大柄な冒険者が立ち上がりかけた。その時、
「実技審査の時間です。こちらへどうぞ」
受付嬢が割り込んだ。声は低かった。笑顔ではなかった。
それだけで、大柄な冒険者は腰を下ろした。
(……場を制した。なかなかやりますね)
エリュシアが少しだけ目を細めた。
*****
裏の訓練場。
審査員は四十代の男だった。目が鋭く、腕は確かそうだった。
「では実技を見せてもらいます。型でも実戦形式でも構いません」
「一番早く終わる方法でいいか」
「……どちらでも」
田中が動いた。
何をしたか、見えた者は少なかった。
審査員の目に、田中が動いた、という残像だけが残った。
次の瞬間、審査員の剣が田中の手の中にあった。
奪った。ただそれだけだった。
沈黙。
「D級でいいか」
田中が剣を返しながら言った。
「……それは、D級では収まらないと――」
「D級でいい」
審査員は何も言えなかった。
*****
「なぜD級でよいのだ」
外に出ながら、ネネが聞いた。
「ランクは目安だ」
「それだけか」
「信用は実績で作る。最初から高く始めるやつは、足元を見ない」
「……足元を」
「高いところから落ちると、痛い。低いところから上がる方が確かだ。常識だろうが」
ネネは少し考えた。
(……魔王軍に入れる前に、必ず試練を課していたのは我だった。あれも、同じことだったのかもしれない)
「……そうか」
それだけ言った。
*****
ギルドを出る際、受付嬢が登録証を差し出した。
「田中 剛様。D級登録、完了です」
「ありがとう。」
「これからよろしくお願いします。私は受付嬢のリッカ・ヨシュア・カトレイン――」
そこまで言うと――
「長い。ヨシコさんだな。覚えた」
「……いえ、リッカなんですけど......」
(……なぜ覚えようとしないのですか。本当に。この人、本当に……)
「ヨシコさん。また来た時はクエストのおすすめを教えろ。安くて効率のいいやつだ」
「……善処します。あとリッカです。」
「頼む、ヨシコさん」
田中は出て行った。ネネが帳面を閉じながら続いた。
「ヨシコ! また来る!」
「だーかーらーリッカですって!」
エリュシアが最後に出た。
「……お手数をおかけしました、ヨシコさん」
「い、いえ……あの。リッカです。えーと」
「なんでしょう」
「あの方は……本当にD級でいいんですか。さっきの実技は、どう見ても――」
「私に聞かないでください、ヨシコさん――」
エリュシアは静かに頭を下げて、外に出た。
リッカは一人、カウンターの向こうに残った。
(……変な人)
(でも)
(……なんか、気になる。てかなんでヨシコなの!?)
*****
「次は鍛冶屋だ。昼に仕上がると言っていた」
「装備が楽しみだ」
「楽しみより機能を見ろ。動けるかどうかだ」
「……それを楽しみにしているのだが」
田中は少しだけ黙った。
「……そうか」
それだけ言った。
(……今の、少しだけ柔らかかった)
エリュシアは思ったが、口には出さなかった。
出せなかった。
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「D級から始めるのが、常識だろうが」 了
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※おじさん解説!
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本日、田中剛はD級冒険者になった。
審査員の剣を奪うまでの時間、0.01秒以下と推定される。本来SSS、SSクラスの規格外である。
しかし田中剛はD級でいいと言った。
「信用は実績で作る」とは、製造管理の現場においては
「まず期待値を低く設定し、確実に超えていく」戦術のことである。
D級から始めることは、田中にとって最初の節約だったのかもしれない。
また、おじさんは昭和脳なので横文字の人名が覚えられない。自分で決めつけたレトロな名前を勝手に名付けてしまうのである!
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※女神より一言
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本日、私はD級冒険者の補佐になった。
女神がD級の。
神界への報告書に、この件をどう記載するか
三十分考えたが、適切な書き方が見つからなかった。
……「特記事項あり」で提出します。




